【完結】ONE PUNCH MAN 最弱のヒーローと時間泥棒   作:春風駘蕩

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  一撃目 異変の始まり

 爆音が轟き、大きく揺れたビルが倒壊していく。まるで紙細工のように脆く崩れ落ちていくコンクリートの塊は、隣の建物を巻き込んで巨大な瓦礫の山を形成していく。

 人々は逃げ惑い、悲鳴が耳障りに重なって響き渡る。他者を踏み台にし、押しのけ、醜い本性を剥き出しにして蜘蛛の子を散らすように逃げていく様は、地獄のごときありさまであった。

 そんな中、積み重なった瓦礫が揺れ、砂埃を巻き上げ、その下から巨大な何かが立ち上がろうとしていた。

 土煙の中から現れたのは、ある昆虫の異形。節くれだった長い足にツヤツヤと光る大きな羽、天を衝くように伸びた角に硬い鎧のような外殻を持ったそれは、カブトムシによく似ていた。

 だがその角は無数の棘が重なるように生えていて、脚も異様に長く太く多い。何より数十階相当のビルを軽々と超える大きさを誇る体が、その異様さを表していた。

 協会によってつけられた名称は「テラカブト」。

 数年前に同時期に確認された「メガカブト」「ギガカブト」のボスとも言える存在であり、元は普通の昆虫であった個体が環境汚染によって異様に巨大化し、人を襲う怪人の一種と化した一体である。元が虫であるゆえ知能は低いが、強靭な体と硬い防御力により並のヒーローでは全く相手にならず、協会によって「レベル・鬼」と認定された災害レベルの怪人であった。

 

『防衛ライン、突破されました‼︎』

『民間人の避難、完了していません‼︎』

 

 協会に属するオペレーターたちが懸命にヒーローたちをアシストするが、レベル・鬼の怪人に対抗できるヒーローは現状手が回らず、はっきり言ってお手上げ状態にあった。

 動けるのはせいぜいB級からC級の弱小ヒーローたちばかりであり、できることといえば民間人の避難誘導ぐらいである。

 止める者のいないテラカブトは我が物顔で街を闊歩し、建造物を次々に破壊して被害を拡散していく。止まらない破壊音と衝撃に、人々は悲鳴をあげてめちゃくちゃに逃げていく。

 傍若無人な破壊神を前にして、T市は壊滅へと向かおうとしていた。

 

 

 この時までは。

 

 

 逃げ惑う人々の中に、全く逆の方向を歩いているものがいた。怪人から逃げるのではなく、むしろ怪人に向かって歩いてきている。まるで人の流れに逆らうようにして、目立つ格好をした一人の男が歩いていた。

 その格好は、異様だった。黄色いタイツのようなスーツに、赤い手袋とブーツを履き、白いマントを肩から垂らした、絵に描いたようなヒーローの格好。

 そして、何より目立つのはその頭。眩い光を放ちながら怪人に向かって悠々と歩いて行くその男の頭部はーーーハゲていた。

 男はまるで、テラカブトに立ち向かおうとしているようだ。だがそれは明らかに不利、無謀な挑戦に見えた。

 自分に向かってくる存在に気づいたのか、テラカブトの目がギョロリと男の方に向けられ、複眼の全てがその姿を映し出した。ずんずんと六本の足をコンクリートに沈み込ませ、ビルをも踏み潰せる巨体で男に迫っていく。

 グオオオオオオオオオオ‼︎

 本来昆虫にはないはずの声帯を震わせ、テラカブトは自慢のツノを振り上げる。その巨大にして堅固な角は、岩盤ごと男を叩き潰そうと勢いよく降ろされた。

 人々から悲鳴が上がる。絶望が感染していく。ここで全て終わるのだと、全ての人間たちが恐怖の渦の中に沈もうとした、が。

 

 ドパン‼︎

 

 そんな轟音とともに、風船でも割れたかのようにテラカブトの頭部が一瞬にして弾け飛んだ。強固な鎧である甲殻が飴のように、内組織が細かな破片となってぶちまけられ、町中に降り注いでいく。

 頭部を丸ごと失ったテラカブトは一瞬動きを止め、ゆっくりと地面に体を傾けていく。巨体が地面に墜落して地響きを起こし、洪水のように体液を撒き散らして沈黙した。無敵を誇る昆虫怪人は、謎の一撃を受けて絶命したのだ。

 その真下に、拳を突き上げた一人の男―――先ほどテラカブトに向かっていったヒーローの姿があった。

 ヒーローは呆然と、振り上げた拳を引きつった表情で凝視する。緑色の体液が付着した自分のグローブをじっと見つめると、くしゃくしゃに顔を歪めていった。

 

「…また、ワンパンで終わっちまった」

 

 彼は膝をつき、両手もついてガックリとうなだれる。見た感じからしてやばそうな相手だったから、ちょっとは期待したというのに、得た結果はいつも通りワンパンでの決着、これはあまりに―――虚しすぎた。

 

「クソッタレぇぇぇ―――――――‼︎」

 

 彼の名はサイタマ。ヒーローとして活動している者の一人。

 自身の髪が禿げるほどまで修練し、その結果どんな怪人を相手にしても一撃で仕留めることができる実力を備えーーー代償としてやりがいを失ってしまった、最強のヒーローである。

 

 そんな彼を、じっと観察している者がいた。

 

「……やっと、見つけた」

 

 ボロボロのローブをまとった少女は、地に手をついて項垂れている男を見下ろし、そんな謎めいた言葉をこぼしていた。

 すると次の瞬間、ローブを激しくはためかせる風が吹き抜け、少女の前を黒い影が通り過ぎる。軽快な音を鳴らし、甲高い金属音を響かせる影が通り過ぎた時。

 少女の姿は、跡形もなく消えていた。

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