【完結】ONE PUNCH MAN 最弱のヒーローと時間泥棒 作:春風駘蕩
異変に最初に気づいたのは、三人の弟子を連れて街を歩いていた和服に刀を提げた中年の男、S級ヒーローのアトミック侍だった。
「…ん? なんだありゃ」
ふと感じた違和感に、彼はその場で立ち止まると刃を思わせる険しい目で天を仰ぎ見た。
さっきまで晴れ渡っていた空は、急激に立ち込めてきた分厚く暗い雲によって塗りつぶされ、光をのみ込んでしまっていた。
「急に曇ってきましたね…」
「それにしちゃぁ……妙な広がり方してねぇか、あの雲…?」
弟子の一人のA級ヒーロー、イアイアン・オカマイタチ・ブシドリルも何かを感じ取ったのか、訝しげな視線を天に向けて眉をひそめている。
しかし、ただ単に奇妙な天気だなという感想しか抱いていない弟子とは異なり、アトミック侍は鋭く虚空を睨みつけている。
その数秒後、彼らの目は驚愕によって大きく見開かれていた。
「おい…まじかよ」
視界に映り始めたその光景に、アトミック侍はくわえていた葦の葉を取り落としそうになりながら絶句する。
次第に異変に気付き始めた人々の目にも、天空の雲の間から徐々に姿を現してくるその巨大な物体を目の当たりにし、小さな悲鳴やざわめきを響かせ始めた。
「せ……戦艦⁉」
暗雲を割いて現れた、髑髏の船首を持つ島と見間違わんばかりの大きさを誇る戦艦だった。
戦艦はその巨体のあちこちに備え付けている、一つ一つが百メートルはある大砲を動かし、ビル群に向かって容赦無く砲撃を放ち始めた。
「うわあああ⁉」
「きゃああああ⁉」
大砲が爆ぜ、ビル群が砲撃を受けて粉々に砕かれると、真下にいた人々は崩落や瓦礫の直撃を恐れて逃げ惑う。
その最中、町中に設置された警報機がうなりをあげ、もはや聞き慣れた気もする放送を流した。
『緊急警報発令! 緊急警報発令! 現在A市において、レベル龍に相当する事態が起こっています! 近隣住民の皆様は、政府の指示に従って速やかに避難して下さい! 繰り返します―――!』
すでにほとんど聞いている余裕はなかったが、警報機は己の役目を果たすために無機質な声を響かせる。
しかし不意に、うるさく叫んでいた警報機は何者かの攻撃を受けて破壊されてしまった。
「げははははは‼」
「久々のシャバだぁぁ‼」
口汚く騒ぎながら現れたのは、地面に散る砂から生まれ出てくる怪人の数々。どこかで見たような、昔話の登場人物を模したような無数の怪人たちが、我が物顔で街を闊歩し始めた。
「まさか……これも師匠の言っていた最近の異変と関係が⁉」
「とりあえずは……喋ってる場合じゃなさそうだぜ!」
イアイアンが戦慄した表情で目を剥いていると、ブシドリルやオカマイタチが自分の得物を用意して怪人たちを見据える。
話している間にも、現れた怪人たちはさらにその数を増やし、逃げ惑う人々の方に近づいているのだから。
「ひぃいい!」
逃げ遅れたらしい一人の男性の元に蟹型の怪人が近づき、ガシャガシャとハサミを鳴らして追い詰めていく。
ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべた怪人が、鋭く研ぎ澄まされたハサミを大きく振り上げた。
アトミック斬‼
だがその刹那、無数の銀色の閃光が走り、蟹の怪人に襲いかかる。
蟹の怪人は一瞬訝しげに動きを止めると、少しの間を空けてバラバラに崩れ落ちていき、爆発四散してしまった。
九死に一生を得た男性は、自分を助けてくれた相手を見上げて大きく目を見開いた。
「あ…アトミック侍!」
「早く行きな。流石の俺も、守りながらじゃちとキツイぜ」
神速の剣術を誇るアトミック侍は、怪人の軍勢を睨みつけながら眉間にしわを寄せる。
助けたばかりの男性や近くにいた民間人が避難するのを確認しながら、アトミック侍は見惚れるように固まっている弟子たちに鋭い目を向けた。
「てめぇらは街の連中の避難誘導だ‼ 誰一人死なせるんじゃねぇぞ‼」
「は…はい!」
ハッと我に返った弟子たちは、すぐさま師の命を聞いて走り出す。
ほかのB級やC級ヒーローも、一般人の避難誘導のために動き出しているのを横目で確認すると、アトミック侍は刀を肩に担いで怪人たちを見据えた。
「さてと、いちにぃさん……数えんのもめんどくせぇぐらいに揃ってやがるな」
ざっと見ただけでも、道路が埋まるほどの数の怪人たちがアトミック侍を取り囲み、それぞれが持つ武器を突きつけている。
もとより退く気などないが、退路を完全に立たれていることも気にせず、S級ヒーローはニヤリと不敵な笑みを見せつけた。
「見てるだけで眠くなりそうだからよ、片っ端からかかってこいや。……まとめて叩き斬ってやる」
「ナメるな人間ごときが‼」
あからさまな挑発に乗った怪人たちが、一斉にアトミック侍に向けて襲いかかる。四方八方、さらには大きく跳躍した個体が頭上から迫ってくるが、アトミック侍は全く狼狽する様子など見せない。
彼が一度刀を抜いた直後、光の爆発かと見間違わんばかりの閃光が走り、怪人たちを細切れに切り刻んでいたからだ。
「他愛もねぇ…………あん?」
数や見た目だけしか対したことがないことに、アトミック侍はやや不満げにこぼす。
しかしその目はすぐさま鋭く尖り、再び刀を抜いて背後から迫る凶刃を間一髪で防いだ。
「ヒャハァ‼」
刃同士が激しく激突し、大量の火花が辺りに飛び散る。
アトミック侍は、刀にかかる重量に少しだけ顔をしかめつつ、目の前で下卑た笑みを浮かべている狼の顔の怪人を睨みつけた。
その顔に、はっきりと見覚えがあったからだ。
「……お前、さっき斬ったよな?」
「さぁ……どうだかな‼」
甲高い金属音を響かせ、アトミック侍と怪人が大きく距離を取る。
鬱陶しそうに眉間にしわを寄せていたアトミック侍は、視界に入るいくつもの異形の影に思わず目を見開いていた。
「おいおい……こりゃちょいと冗談きついぜ」
冷や汗が流れるが、それは敵の脅威に対するものでも、疲労によるものでは決してない。
斬り殺したはずの怪人たちが、先ほどと全く同じ姿で自分を取り囲んでいるという、理解が追いつかない光景が広がっていることへの混乱によるものだった。
「斬っても斬っても数が減らねぇどころか、一体たりとも斬れてねぇじゃねぇか‼」
苛立ち交じりに声を荒げるアトミック侍を、怪人たちはニヤニヤと下卑た目で見下ろすのだった。
「こ……これは、どうなってるんだ⁉ あたり一帯に異常な磁場の乱れが……いやそんなレベルじゃない‼ 世界そのものがおかしくなってるみたいだ⁉」
建物の間の狭い通路、そこに身をひそめるようにしながら、ノートパソコンを開いてキーボードを叩く童帝。
画面ではいくつもの数値が不規則に変動を繰り返し、映像化されたラインを歪に曲がりくねらせていた。
「時空の乱れ…? いや、さすがにそれは非現実的すぎる。SFやアニメじゃあるまいし……でもこれは」
周囲の状況、特にいま現在起こっている謎の現象について調べていた彼は、険しい表情で画面を凝視して思考に没頭する。
一心不乱にキーボードを叩き、数値を確かめる童帝の姿は、近づいてきた怪人たちにしてみれば絶好の獲物だった。
「ぎゃはははは‼ 新しい獲物はっけ~ん!」
「今忙しいんだから邪魔しないでよ!」
おぞましい声で手を下そうとした熊の怪人は、童帝のランドセルの中から飛び出した無数のロボットアームによってバラバラに解体されてしまう。
追加で爆破まですると、調査の邪魔をされて苛立っていた童帝は少しだけ溜飲を下げた。
「まったく…」
調査を続行しようと視線を戻しかけた童帝は、ハッと目を見開くとその場から跳びのき、振り落とされた巨大な腕をかろうじて躱した。
童帝はすぐにロボットアームを構えるが、攻撃してきた怪人の姿をみると困惑で固まってしまった。
「え⁉ な…なんで⁉ お前は今さっき僕が…」
「なんででしょうねぇ~⁉」
いま先ほど襲われ、撃退したはずの熊の怪人は、天才の人間が理解できない事態に遭遇し、混乱する姿に笑みを浮かべる。
持ち前の性格の思考ができなくなっている隙を狙い、怪人は鋭い爪を振りかぶった、だが。
ダークエンジェルラッシュ‼
真横から振るわれた、とてつもない威力と速度の拳の連撃が怪人に炸裂し、あっという間に爆発四散させてしまう。
童帝は飛び散る破片をロボットアームで防ぎながら、かばうように現れた全裸の豪傑を思わず凝視した。
「大丈夫かね⁉ 童帝君‼」
刈り上げとアフロを合わせたような特徴的な格好の、見上げるほどの巨体を持つ漢女は、頼もしい野太い声で童帝を気遣う。
「ぷりぷりプリズナーさん…⁉」
「そう! あなたのために脱獄完了! ぷりぷりプリズナーだ‼ …ム⁉」
男性を好む肉弾戦系S級ヒーローはグッと親指を立て、巷ではあまり人気がない不敵な笑みを見せる。
強さと優しさをアピールし、男子からの好印象を望んでいたぷりぷりプリズナーだったが、その表情は固く険しいものに変わる。
「これは……ずいぶん厄介な事情のようだな」
再び倒れたはずの怪人が、三たび何事もなかったかのように目の前に立っていることで、ヒーローたちはさらなる警戒を余儀なくされた。
「オラオラオラオラァ‼︎」
別の場所では、尋常ではない固さを誇るバットを振り回すリーゼントに学ラン姿の青年、S級ヒーロー・金属バットが、イライラした様子で暴れまわっていた。
バットの固さだけではない、金属バットの凄まじい膂力により、打撃の嵐が怪人たちを次々に粉砕していった。
「クソッ…! めんどくせぇ上に気持ち悪ィ…!」
目に入っていた怪人たちを軒並み叩き潰し、ようやく一息つけるかと思えば、あたりに積み重ねた怪人の骸は霞のように消え去り、代わりにピンピンした様子の同じ怪人たちが向かってくる。
手のひらにペッと唾を吐き、金属バットは再び愛用のバットを振りかぶる。
「今日は妹の劇の発表会なんだっての‼︎」
これはまた、約束を守れなかったことで怒られるかもしれない。
わかっていても、次々に現れる怪人たちと戦うことを止めるわけにはいかなかった。
すぐ近くでは、動きやすいタンクトップ姿の男たちが、徒党を組みながら怪人たちを相手にしている。
その中でも別格の動きを見せるのは、短髪に藍色のタンクトップを合わせた、他の男たちよりも凶刃な肉体を持つ巨漢だった。
「タンクトップラリアート‼︎」
S級ヒーロー・タンクトップマスターが鍛え上げた四肢が放つ、強烈な一撃が怪人たちに炸裂し、異形の群れがまとめて吹き飛ばされる。
その光景に、彼の舎弟であるヒーローたちは我が事のように騒ぎ立てるのだった。
「決まったぁぁぁぁ‼︎ タンクトップラリアート‼︎」
「タンクトップの動きやすさが可能にする、あらゆるものを吹っ飛ばす無敵の一撃だァ‼︎」
恐ろしい外観の怪人たちが、ボウリングのピンか何かのように吹き飛ばされていくと、舎弟たちは気持ちの良さそうな笑い声をあげる。
だがその表情は、倒れた怪人たちが再び無傷の姿で現れたことで凍りつくこととなった。
「ウソだろ…おい」
「よし弟よ、逃げる準備だ‼︎」
みるみるうちに顔色を悪くしていく舎弟たちを背にかばいながら、タンクトップマスターは眉間のシワを深くしていた。
「……不死身か。だが、それと俺が退くこととは無関係だな」
倒しても倒してもキリがなくとも、怪人から逃げる理由にはならない。
そう告げたタンクトップマスターは、凄まじい雄叫びとともに再び怪人たちに向かって突っ込んで行った。
また異なる場所、とある公園では白い犬の着ぐるみを着たヒーロー、番犬マンが怪人たちの残骸を放り捨てて息をつく。
狩った怪人の数は百や二百をとうに超え、山のように積み上げられているはずだったが、視界に入るのは無傷のまま向かってくる異形たち。
「…ひとのナワバリでうるさいな」
滅多に自分の担当場所から離れない彼にとって、自分の領域を我が物顔で侵そうとする輩がいるだけで不快以外の何物でもない。
終わる気配のない謎の現象への疑問よりも、なかなか片付かない面倒ごとへの苛立ちが優っていた。
あらゆる場所で、多くのヒーローたちが懸命に戦闘を繰り広げる。
今のところはまだ、誰も敗北する様子など見られない。だが、止む気配のない敵の増援と蓄積していく疲労は、確実にヒーローたちを蝕んでいく。
強力な戦士が、徐々に力を削がれていく。それは、この一件の黒幕にとって望み通りの展開であった。
「ククク……慄け、恐れよ、愚民どもに役立たずの似非ヒーローども。どうせ全部消える世界で、必死に足掻いてみせろ」
大きな瓶の酒を呷り、焼いた獣の肉を乱暴に食いちぎるガオウは、街のあちこちから聞こえてくる悲鳴や破壊音に満足げに笑みを浮かべる。
聞こえてくる音は全て、これから始まる祭を盛り上げるためのBGM。上がる火の手は、祭を彩る提灯代わりだ。
「さぁ……俺様主催の宴の始まりだ‼」
恐怖と絶望が支配する世界を作り出し、ガオウは高らかな哄笑をあげるのだった。