【完結】ONE PUNCH MAN 最弱のヒーローと時間泥棒 作:春風駘蕩
「童帝、およびぷりぷりプリズナー、怪人との戦闘開始!」
「アトミック侍の戦闘、継続中です‼︎」
暗い空間の中、モニターや計器の光がいたるところで瞬き、スーツ姿の男女数人の顔を照らし出す。
幾千もの戦闘をサポートしてきた組織のエリートたちは、かつてないほどに切羽詰まった様子で目の前の機材に集中していた。
「謎の怪人集団、現在も増殖し続けています‼︎」
「市民の避難、まだ20%しか完了していません‼︎」
冷や汗を流し、険しい表情になった彼らは次々に送られてくる情報を片っ端から整理し、ヒーローたちへの指示を放つ。
だが、全国から舞い込んでくる謎の怪人軍団の情報はありえないほどの量で、とても数人のオペレーターだけで捌き切れるものではなかった。
「一体……何が起こっていると言うのだ…⁉︎」
鬼気迫る様子でオペレーションに挑む部下たちを見下ろし、ヒーロー協会の職員であるシッチは震える声を漏らす。
いつも通りのはずだった。いつも通り怪人が現れ、それをヒーローに伝えて倒すまで待つ、その繰り返しが待っているはずだった。
なのに、いま起こっている状況は一体なんだというのか。
「童帝君の言っていた異変といい、突然現れた連中といい…理解のできないことばかり起こっている…!」
戦う力のない、肩書きさえなければただの一般人でしかないシッチは、もはやヒーローたちが自体を収束させてくれることを願うほかにない。
ただ縋ることしか、彼にできることはなかった。
「アマイマスク、現場に到着しました!」
それ故に、強力なヒーローの登場の報を聞けば、現金だとわかっていても笑みを浮かべずにはいられなかった。
一瞬、まばゆい閃光が走ったかと思えば、次の瞬間には怪人たちが細切れに切り刻まれて爆散する。
手にこびりつく砂を気持ち悪そうに払う甘い顔のヒーロー・アマイマスクは、すぐにまた現れる怪人たちに舌打ちする。
「うっとうしい…!」
苛立たしげに、精巧に整った顔を歪めた彼は、迫りくる悪を全て殲滅するため、固く握り締めた拳を携えて迎え撃つ。
旋風と爆炎の中で戦う姿は美しかったが、同時にとてつもない冷たさを見せつけるものであった。
「唸れ、我が愛槍・タケノコ! 五連突き!」
タケノコの形をした穂先が、目にも留まらぬ速さで突き出され、五体の怪人達に一つずつ大穴を開ける。
胸の中心を貫かれ、体をえぐられた怪人達は断末魔の悲鳴さえ上げられず、バタバタと倒れて爆発四散していった。
「くそっ……倒しても倒してもキリがねぇな!」
必殺技とも言える大技を出したA級ヒーロー・スティンガーは、大粒の汗を垂らしながら肩を上下させる。
消耗によりうまく動けない彼の元に数体の怪人が迫るが、そこに稲妻を纏った蹴りが割り込み、怪人達をまとめてなぎ払った。
「大丈夫か、スティンガー!」
「悪い! イナズマックス!」
いつもなら順位を競い合うライバル、しかし現在のこの状況では序列にこだわっている暇などなく、互いを守り合う体制が自然とできている。
一般市民を守りながら戦うという、確固たる意志が共有されているからだ。
「俺たちがしんがりになって、民間人を避難させる。それはわかるが…!」
「こうも数が多いんじゃなぁ…」
謎の戦艦と怪人軍団による襲撃から数十分。
多くのヒーローが自体解決のために駆り出されているが、怪人側も相当な実力者が多数いるらしく苦戦を強いられている。
荒い息を着く二人の元に、数体の怪人を相手にしていた、蛇のように滑らかに鋭い拳法の達人が声をあげた。
「ぼやいてる暇があるなら戦え! 敵は待ってはくれんぞ!」
「わかってるっての!」
蛇咬拳のスネックの叱咤によりやる気を取り戻したスティンガーとイナズマックスは、自らに課せられた役目を果たすために再び怪人達に挑むのだった。
数百人ものヒーロー達の尽力により、大勢の一般市民達が逃げる時間が稼がれる。
しかしどんなにヒーロー達の努力が積み重ねられようと、事態が好転するわけではなかった。他でもない、民衆のせいで。
「どけよお前!」
「ばか、押すなって!」
「もっと急げよ!」
「うわああああ来たあああ‼︎」
怪人との戦闘に向かないC級ヒーロー達に誘導される市民達だが、皆が皆自分が先に助かることばかりを考えて、大騒ぎになっている。
互いに押しのけ、踏み越え、自分勝手に他者を出し抜こうとする者が多く、誘導があってもうまく避難してくれないのだ。
「落ち着いて! ヒーローの誘導に従って速やかにシェルターに避難を!」
C級ヒーローの一人、無免ライダーはどんなに呼びかけても、自分のことばかり考えてしまう市民達に歯噛みする。
脳裏に浮かぶ怒りは、いうことを聞いてくれないことへではなく、耳を貸してもらえない自分の力のなさに対するものだった。
「くっ…一体や二体ぐらいなら、僕だって囮にぐらいなれそうなのに…!」
無数に湧き出す怪人達のうちの一体や二体では、大した助けにはならないだろう。
あくまで自分は一般人並みの力しかないという事実が、無免ライダーの両肩にとてつもない無力感としてのしかかっていた。
「おい! もう行こうぜ! あらかた避難させただろう⁉︎」
「急がねぇと俺たちもあいつらの餌食になっちまうぞ⁉︎」
「あ、ああ…わかった。すぐにいく」
大体の市民の避難が完了したと判断し、他のC級ヒーロー達が無免ライダーに促す。このままここにいれば、自分たちも危険であるからだ。
その時だった。どこかの戦闘の余波により、巨大な瓦礫が無免ライダー達に向かって吹き飛んできたのは。
「危ない‼︎」
とっさに顔を腕で覆って防御態勢をとるC級ヒーロー達だったが、その程度で身を守れるはずもない。
しかし次の瞬間、飛来してきた瓦礫は何者かによって粉砕され、バラバラにあたりに飛び散っていった。
「大丈夫かね、君たち⁉︎」
そう無免ライダー達に声をかけるのは、ブーメランパンツ一丁の装いで、黒く艶やかな肌に鋼のような逞しい肉体を誇示する大男。
怪人の攻撃ではびくともしない、凄まじい肉体の頑丈さに無二の評判を持つヒーローのトップの一人だった。
「え…S級のクロビカリ…!」
「苦戦しているようだね……だが安心したまえ。俺がここにいる限り!」
無免ライダー達を庇った超合金クロビカリは、すぐに振り向いてまた集まり始めた怪人達を睨みつける。
ムキッ、というよりミチミチィッ!と聞こえそうなほどに筋肉を膨張させ、山のような巨体を邪悪な怪人達に見せつけた。
「こいつらは見た目こそゴツいが、俺ほどの防御力はないようだ。つまり、俺のこの鋼のボディさえあれば臆する必要はないということだ‼︎」
力説するクロビカリだが、怪人達もただポーズを決められただけで臆するほどやわではない。
醜悪な怪人達が徐々にヒーロー達との距離を詰めていった時、不意に怪人達が左右に分かれ、道を作り始めた。
「……む?」
「あ…あれは…!」
突然の謎の行動に、クロビカリもC級ヒーロー達も訝しげに眉をひそめる。
そんな中ただ一人、無免ライダーのみが怪人達の列の間を歩いてくる巨大な影を目の当たりにし、ゴーグルの下の目を大きく見開いていた。
「あらぁ…? なんだか見覚えのあるゴミどもがたむろしてるじゃない…‼︎」
現れたのは、黒光りをもける筋骨隆々の体と鱗のびっしりと生えた緑色の肌をした、魚類のヒレのような耳を持つ怪人。
赤いマントに王冠を被った、王と呼ぶにふさわしいいでたちの怪物が、他の怪人達を従えながらニンマリと笑みを浮かべた。
「………⁉︎ 深海王…なのか⁉︎」
かつて数人のS級ヒーローを相手に止めることができなかった、本物の怪物。
一度は討伐されたはずの最恐の存在が、今再びヒーロー達の前に立ちふさがっていた。
「ふははははははは‼︎ 全く事情は飲み込めんが、これほどの僥倖を逃す理由はないだろうな‼︎」
高らかと笑い声をあげ、天空を我が物顔で飛び回る天狗の怪人。
天空王を名乗り、ヒーロー協会本部を少数で襲撃するほどの猛者が、下卑た笑みを浮かべながら逃げ惑う人々を見下していた。
「ホーク! イーグル! ファルコン! カイト! 遠慮はいらんぞ……好きなだけ暴れるがいい‼︎」
自分の息子達に命じ、天空王も口から巨大な火炎の玉を吐き、街を次々に破壊していった。
また別の場所では、マグマのような体に四本の腕を持つ異形が、地面や建物を溶かしながら市民のいる方向へと歩いていく。
その後を、土塊を固めたような姿を持つ無数の兵士たちが付き従い、アスファルトを踏み砕きながら進軍を開始した。
「此度こそ、我ら地底族が世界を支配する時…‼︎」
大地の力を持つ、地底王と呼ばれるその怪人もまた、王と呼ばれるにふさわしい威厳のこもった声で宣言してみせた。
さらに少し離れた場所では、隕石が一つ落ちてきたのかと勘違いするほどの轟音と衝撃が鳴り響く。
その音の原因はあろうことか、全長数千メートルはあろう超々巨大な怪人の足音であった。
「兄さん…どこにいるんだ兄さん‼︎」
なぜか涙を流す怪人は、歩くたびにあらゆる建造物を破壊しながら何かを求めて叫び続ける。
その声もまた凄まじい轟音となり、あたり一帯のガラスや金属を震わせ、一切触れることなく粉々に破壊していった。
「うおおおおおお‼︎ 兄さんはどこだぁぁ‼︎」
探しているものが見つからない悔しさからか、巨人はさらに激しい足取りであたりを歩き回り、様々なものを破壊していく。
その光景を、どうにか建物の陰に身を潜めたC級ヒーロー達が戦慄の表情で凝視していた。
「おいおいおいおい……あいつらどう見ても、前に散々暴れてS級ヒーローに倒された連中ばっかりじゃねぇかよ…⁉︎」
「何でまだ生きてんだよ…⁉︎ 意味わかんねぇ…」
あちこちで目撃される超強力な怪人達、それらは皆上級ヒーロー達と相対し、対処されてきたはずの危険な存在。
それがまとめて蘇ってきたなど、悪夢としか思えない光景であった。
「どうなっちまうんだよ、俺たちは…!」
ガタガタと震え、頭を抱えるヒーロー・ひょっとことスタッドレス。
するとそのすぐそばから、赤鼻マンが一目散に駆け出していった。
「あっ、おい!」
「どこいくんだよお前⁉︎」
「決まってんだろうが! 逃げるんだよ‼︎」
呼び止める二人に振り向くと、赤鼻マンは目を剥きながら怒鳴りかえした。
「あんな化け物どもを相手に戦えるわけねぇだろ⁉︎ あんなのはS級の連中に任せとけば、勝手に片付けてくれるんだってきっと‼︎」
「呆れるほど無責任だが賛成だ‼︎」
「俺たちだって死にたかねぇ‼︎」
ヒーローを名乗るくせに情けない印象もあるが、彼らもまた一般人より少し強い程度のC級ヒーローでしかない。危ない橋を渡る義務はないのだ。
「ん? なんだアレ?」
しかしふと、先頭を全力疾走していた赤鼻マンが立ち止まり、物陰でコソコソと動いている影に気づく。
思わず声を漏らすと、潜んでいた影はビクッと盛大に身を震わせて倒れこんだ。
「ひっ…ヒィイイ‼︎ ま、ままま待ってくださいぃ…‼︎」
物陰に潜んでいた、もやしに手足が生えたような貧弱そうな生き物が、青い顔で頭を抱える。
ビクビクと怯える哀れな姿に、C級ヒーローたちは肩透かしを食らっていた。
「ぼ、僕は全然全く強くなんてないんですぅぅ‼︎ やめて殺さないでぇぇ‼︎」
「…なんだこいつ」
「敵意がまるで感じられない……ホントに怪人か?」
「おい赤鼻マ……」
こんな雑魚に関わっていないでさっさと逃げよう、とスタッドレスが赤鼻マンに振り向く。
その視線の先で、赤鼻マンはニヤニヤといやらしい笑みを浮かべて、どう見ても弱そうな一匹の
「正直さぁ……ヒーローが一体も怪人倒せないってのはカッコ悪いなって思ってたんだよなぁ…!」
「おい、放っておけよ! さっさと逃げようぜ⁉︎」
「ああ、逃げるよ。…ただし」
ひょっとこの制止も無視し、尻餅をつきながら後ずさる怪人にゆっくりと近づいていく。
「怪人一匹分のボーナスを確保してからなぁ‼︎」
あからさまに弱そうな敵にのみ強気になる、ヒーローとしての資格に問われる表情となっている赤鼻マン。
迫りくる拳を前に、怪人は涙目で悲鳴をあげていた。
「冷ぇえええ‼︎ で、でも僕―――」
その表情が、次の瞬間一転する。
恐怖に引きつっていた顔が、あっという間に悪意に満ちた捕食者の形相へと変貌したのだ。
「お前みたいな雑魚には絶対殺されないんですぅぅぅ‼︎」
怪人が手をかざした直後、とてつもない冷気が迸り赤鼻マンを飲み込み、一瞬にして氷の牢獄の中へ閉じ込めてしまった。
ひょっとことスタッドレスは一瞬思考を停止させ、間抜けな顔のまま固まっている赤鼻マンを凝視する。
「なっ…⁉」
ようやく我に返り、臨戦体制に入った時にはもう遅い。
改めて向き直った怪人の手によって、残る二人のC級ヒーローも一言も発することなく、分厚い氷の中に閉じ込められてしまった。
「それとぉ〜……いい気になった弱い奴をぶっ殺すのも大好きなんですぅ…‼︎」
弱者の皮を被り、まんまと獲物を仕留めてみせた怪人ーーーやせ細りもやしは、そういってにたりと不気味な笑み度浮かべるのだった。