【完結】ONE PUNCH MAN 最弱のヒーローと時間泥棒 作:春風駘蕩
A市の上空を我が物顔で旋回する巨大な戦艦。その砲門は今、街ではなく上空に向かって構えられていた。
立て続けに放たれる大砲が狙っているのは、鈍色に光る鋼鉄の鎧を纏う機械の戦士、S級のメタルナイトだった。
『…コレホドノ規模デアリナガラ、通常ノ戦艦ト同等以上ノ機動力ヲ有シ、ソノ上空マデ飛ベルノカ。前回ノ宇宙船トハマタ異ナル技術力ニヨルモノノヨウダナ。……素晴ラシイ』
自身に、正しく言えば遠隔操作された機体に向けて放たれる砲撃を躱しつつ、攻撃のタイミングを計り続ける。
一般人や街を守るためではない、純粋に戦艦と戦い、破壊するためだ。
『ドウニカシテサンプルヲ採取シテミタイガ、ソウソウウマクハイカヌヨウダナ』
高速で飛行するメタルナイトを脅威と判断したのか、戦艦はほぼ全ての砲門を迎撃のために使用している。
まさに嵐のように放たれる砲弾だったが、メタルナイトはそのことごとくを軽く回避し、機体に搭載されたミサイルポッドを展開させた。
『全弾発射‼︎』
メタルナイトの放ったミサイルは、高性能なシステムにより全てが外れることなく命中する。
凄まじい爆発が起き、戦艦の外装が所々破損するが、飛び散った破片は自ら意思を持つように動き、元の形に復元されていった。
『自己修復能力マデアルノカ…! マスマス解析シテ技術ヲ手ニ入レタイモノダ』
敵の技術に感嘆の声をあげるメタルナイトだが、実際は彼の望むような未知の技術の塊であるわけではない。
そうとは知らないメタルナイトが、再び始まった砲撃を躱していた時だった。
『ム? 何ダ、アレハ』
彼の機体のセンサーが、空中に発生した穴から飛び出す奇妙な形状の列車を捉えた。
まるで悲鳴のような甲高い金属音をあげ、緑色の牛の顔を持つ列車・ゼロライナーが真っ逆さまに落下していく。
しかし地面に接触する前に車体が浮き上がり、なんとか墜落することなく地面を勢いよく滑っていった。
「くっ…! おい、大丈夫か⁉︎」
神業のような回避をやってのけたユウトは、操縦席から他の面々の無事を確かめる。
すると、後ろの車両からうめき声のような返事が返ってきた。
「ええ…何とかね」
「クソッ……あの男め!」
「ウップ…気持ち悪っ…」
「……」
モモタロスやジェノスは憤慨し、フブキやハナは頭を振り、サイタマは非常に青い顔で気持ち悪そうにそれぞれ声をあげる。キングのみが、白目をむいて返事をできずにいた。
すぐさまヒーローたちはゼロライナーから降り、外に広がっている景色に眉を寄せた。
「ここは……元の時代か?」
「あの野郎…ミライを手に入れるために合流した後を狙ってきやがったな」
モモタロスは拳をブルブルと握りしめ、自分たちがまんまと罠にはめられたことに怒りを募らせる。
まだ敵の手に落ちていないことが救いだが、このまま今場所にとどまっていればいずれ追っ手がくるのは明白だった。
「どうにか墜落はまぬがれたけど、ゼロライナーがこれじゃ……」
「何がなんでも修理して復帰させるぞ。デネブ、手伝え」
「あ、ああ! わかった!」
横倒しになっているゼロライナーに駆け寄り、まずは縦に起こそうと必死に力を込めるユウトとデネブ。
ハナも力を込めるが、重すぎてうまく動かせないことに苛立ちながら、動く気配のないヒーローたちを睨みつけた。
「ちょっと! あんた達も手伝いなさいよ!」
思わず声を荒げさせたハナは、不意に自分の手にかかっていた重力が軽くなるのを感じた。
サイタマが軽いひと押しで、転覆していたゼロライナーを起こしてみせたからだ。
「これでいいのか?」
「……せめてもう少し丁寧にやりなさいよ」
「注文の多いやつだな」
言われた通りに手伝ったのに、なぜ文句を言われねばならないのか。そんな不満が彼の顔にはありありと表れていた。
だがそんなサイタマの表情は、視線を横にずらした瞬間に苦虫を噛み潰したような険しいものに変化していた。
「うっわ…なんかすげぇことになってるぞ」
サイタマのつぶやきに、ジェノスたちも彼の見ていた方向に目を向けて言葉を失う。
A市があった場所は、今や凄惨な地獄のような世界に変貌していた。無数の怪人、巨大な戦艦、破壊された街、どれを見ても絶望的としか思えない光景が広がっていたのだ。
「あれは…⁉︎」
「あの異形は……間違いない。以前俺も遭遇したことがある怪人達です」
「マジで?」
人の顔も苦手なサイタマは、自分が倒した怪人のことさえよく覚えていない。
しかも彼が関わった怪人以外にも見覚えのある個体もいるようで、ジェノスやフブキは大きく目を見開いて立ち尽くしていた。
「おそらくあれもガオウの仕業だ……理屈はわからんが、過去の敵を〝再生〟しているようだな」
「困ったなぁ…こんな大事になる前に解決したかったのに! このままじゃ時の運行がめちゃくちゃになっちゃうよ!」
険しい表情でユウトが呟くと、デネブが隣で頭を抱えて天を仰ぐ。
これほどまで破壊された時間を、果たしてどれほど修復することができるのか、想像することも難しい。
そんな時に、サイタマはふとこの場にいない少女のことを思い出した。
「…つーか、
無数の瓦礫が転がる、崩壊した街並の中を少女はたった一人で歩く。
激しい頭痛に苦しめられながら、それでも決して足を止めてはならないと自分の肉体に叱咤し、前へ進み続ける。
「うっ……くっ!」
覚束ない足取りは体を引きずっているようで、見ているだけで痛々しさが募るもの。苦痛に歪むミライの表情が、その痛ましさに拍車をかけていた。
それでも少女は、グラグラと歪む視界を見つめ、歩き続けていた。
「早く……もっと、遠くへ……!」
目覚めたときから自分を守ってくれていた、ハナという記憶にない少女達の元からも離れ、人気のない場所へ急ぐ。正気の沙汰とは思えない行動だったが、ミライの目はひたすらに前しか見ていない。
しかしやはり、崩れた街の中をたった一人でゆくのは目立ちすぎた。
「おじょーちゃん、なにしてんのぉ〜?」
「ぎゃはははは‼︎」
「ヒィッ…!」
突如瓦礫の陰から現れた、複数の怪人達。下卑た笑い声を上げて取り囲まれ、ミライは足をもつれさせるとそのまま転倒してしまった。
しかしミライは唇を噛んで恐怖を押し殺すと、何度も転びそうになりながらその場から急いで走り出した。
「逃げるなよぉ〜! おじさんとちょっとだけでいいから遊ぼうぜぇ!」
「そうら鬼ごっこだ鬼ごっこ‼︎」
怪人達は少女の必死の努力をあざ笑うように、わざとゆっくりと後を追いかけ始める。
伸ばせば簡単に手が届く距離を保ち、弱者をいたぶる醜い精神が現れた顔で、怪人達は哀れな少女を追いかけ回した。
「あうっ‼︎」
そしてついに、ミライの足が限界を迎え力が抜けてしまう。
起き上がろうともがくものの、頭痛や吐き気に苦しむいまの彼女には余裕はなく、貼って進むことすらできなくなっていた。
「ひゃっひゃっひゃっひゃっひゃ‼︎ つ〜か〜ま〜え……」
次はどうやって甚振って遊ぼうか、そんなことを考えながら手を伸ばした怪人は、次の瞬間強烈な衝撃を受けて吹き飛ばされる。
突如隣から消え失せた同胞に目を瞬かせた他の怪人達も、一瞬のうちに食らった激流のような一撃により、一瞬で物言わぬ肉塊と化していった。
「…やれやれ。最近の怪人は礼儀もなっとらんのぉ」
ピッ、と手についた鮮血を払い、億劫そうに構えを解いた老人が独りごちる。
あたりに転がった怪人達の骸に背を向けると、S級ヒーロー・シルバーファングは荒い呼吸でしりもちをつくミライに心配そうな声をかけた。
「お嬢ちゃん、大丈夫か? こんなところをうろついてないで、さっさとシェルターに避難しなさい」
逃げ遅れた一般市民と思ったのか、怪人を相手にしたときとは真逆の優しさに満ちた声で手を差し出す。
ミライはじっと目の前の手を見つめていたが、やがて視線を逸らし、その手を横に押しのけた。
「……だめ」
「ん?」
「私が逃げたら……あいつらは追ってくる。私を狙って…来ちゃう…そしたら…みんなヒドイ目に遭っちゃう……」
そう答え、ミライはガクガクと震える体を無理やり立たせ、シルバーファングに背を向けて歩き出そうとする。
慌ててシルバーファングが止めようと手を伸ばすが、ミライはそれを拒むように急ぎ足で歩を進め続けた。
「もっと…もっと遠くに逃げなくちゃ……」
シルバーファングは思わず、大きく目を見開いてミライを凝視する。
恐怖心で怪人から逃げていたのかと思っていたが、彼女はむしろそれを押し殺して、怪人を引きつける囮になろうとしていたというのか。
こんなにも弱々しい姿なのに、なんという決意であろうか、と。
(この娘は……一体何を背負っておるのだ? ただの正義感ではない…追い立てられるような責任感で動いておる。あの怪人の軍勢がこんな子供を狙うなど到底思えんが…)
必死に戦おうとしている少女を止められず、その場で立ち尽くして考え込んでしまうシルバーファング。
そこへまた、新たな怪人がミライを見つけ、甲高い声で笑いながら迫ってきた。
「キヒハハハハ‼︎ 獲物みーっけーーー」
一撃で叩き潰してやろうと、大きく腕を振り上げて飛びかかった怪人は、先ほどの怪人達と同じように刹那の技で狩られる。
残骸を適当にばらまいたシルバーファングは少し考えると、困り顔でミライのそばに歩み寄っていった。
「お嬢ちゃん……そういうのは美徳とは言わん。実際は自己犠牲なんぞ誰も喜ばんぞ。…喜ぶアホもおるけどの」
自分よりも他人を優先する、臆病で勇敢な少女をどうにか思いとどまらせようと、シルバーファングは隣を歩きながら説得を試みる。
しかしミライは、歯を食いしばって歩き続けるだけで、シルバーファングに応えようともしなかった。
「仕方がないのぅ。じゃあしばらくわしがそばにいてやろう。その方が安心じゃ」
本当なら、無理にでも引きずって連れて行くのがベストなのだろうが、どうにもそうする気にはなれない。
稀に見る頑固者に呆れていた時、後ろからバタバタと駆け寄ってくる足音が聞こえてきた。
「お! じーさん来てたのか!」
「んん? サイタマくんか?」
底知れぬ実力を感じ取り、自分の流派を教えられないか勧誘し、親交ができた若いヒーローの登場に、シルバーファングは純粋に驚きの声を上げる。
サイタマも思わぬ相手との遭遇に、少しだけ意外そうに目を見開いていた。
「家に向かっても誰もおらんかったからどうしたのかと思っとったんじゃが、そっちはそっちで急ぎのようだったらしいの」
「あぁ…うちに来てたのか」
「しかし長年生きとるが、ここまで派手にやられたのは流石に初めてじゃのう。ヒーロー協会も対応が間に合っておらんでてんやわんやらしいわ」
そう言うシルバーファングが見つめる先には、街を破壊し蹂躙の限りを尽くす怪人の軍勢と、逃げ惑う人々の悲鳴が聞こえる地獄がある場所。
普段は穏やかな彼の目が、研ぎ澄まされた刃のような鋭い光を帯び始めていた。
「……ちっとばかり、本気を出さねばならんか」
低い、他のだれかに届かないような小さな声でシルバーファングが呟いた時、彼は横を通り過ぎる影に気づいた。
サイタマはスタスタと早足で歩くと、フラフラとよろめいていたミライを捕まえ、強引に抱き上げるとシルバーファングの方に戻ってきた。
「じーさん、こいつ頼むわ」
買い物の途中で荷物を頼むかのような気軽さで、サイタマはシルバーファングにミライを託す。
シルバーファングは訝しげに片眉を上げるが、すぐに応じて見た目よりもずっと軽い儚げな少女を受け取った。
「? 別に構わんが…どこへ行く気じゃ?」
「ヒーローのやることなんて決まってんだろ」
尋ねてきた
敵がどんな能力を持っていようが、説明されてもわからないヘンテコな現象が起こっていようが、彼に一切興味はないし理解する気もない。
「人助けだ」
一人の少女が気合と覚悟を見せつけられたのだから、それに報いることができるくらいに。
己がヒーローであり続けるために、正義を執行するだけだ。