【完結】ONE PUNCH MAN 最弱のヒーローと時間泥棒   作:春風駘蕩

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 十五撃目 最強VS最凶

「ヒーローだぁ…?」

 

 自分の視界に現れたハゲ頭の男をにらみ、ガオウは苛立たしげにつぶやく。

 ぼけーっとした表情で腕を組む、白いマントを翻すサイタマを無遠慮に観察すると、やがてガオウは嘲笑を浮かべた。

 

「ハッ……つまらねぇな。てめぇも下にいるやつらと同じか」

 

 無表情のまま突っ立っているサイタマにそう吐き捨て、ガオウは億劫そうに立ち上がり、ぼきぼきと首を鳴らす。

 居場所を突き止められた焦りなどは、一切感じられない。

 

「他人を助けて何の益があるんだ? この世は弱肉強食……そこらの雑魚怪人にやられるようなやつは、最初から生きてる価値もねぇ」

 

 聞こえてくる悲鳴と怒号、それは怪人たちに狙われている者があげるものばかりではない。

 自分が先に助かろうとする者、他者に蹴り出される者、理不尽に怒りをぶつける者。ヒーローたちが救う中には、そんな腐った性根の人間たちも混ざっていた。

 

「てめぇらみたいなクソみたいな正義感をひけらかす偽善者を見てるとなぁ、虫唾が走るんだよ! 弱い奴を助けて感謝されて、ちっぽけな自尊心を満足させていい気になってるような奴らを見てるとよぉ‼︎」

 

 聞いているのかもわからない、気の抜けた顔で佇んでいるサイタマに向け、ガオウは自身の胸の内で渦巻く苛立ちを叩きつける。

 それはまさに、身勝手でくだらない人間に対する嫌悪に満ちた、真っ黒い感情だった。

 

「見ろよ、この世界を……下にいる弱者どもをよ! バカみてぇにヒーローに助けて助けてってすがりついて、そのくせ役に立たなきゃ見下しやがる! どいつもこいつも胸糞悪いクズじゃねぇか‼︎」

 

 ガオウは自身の目に、彼を破壊者たらしめた憎悪と憤怒を宿らせ、それを発散させるように喚き散らしていた。

 正しいとは決して言えない。しかしあたりの光景を見て、少なからず同意させられてしまうだけの怒りが表されていた。

 

「見ていて本当に腹が立つ…! だから消してやるんだよ。あのガキの残りの記憶もぶん取って、人間の歴史そのものを全部ブッ壊してやるんだよ‼︎」

「うんわかったわかった。忙しいからさっさとかかってこい」

 

 しかしその怒りは、この男にはなんの影響ももたらさない。

 ヒートアップしていたガオウが、サイタマの面倒臭そうな声で唐突に止まる。ぎょろりと殺意のこもった目で睨みつけ、頬をヒクヒクと痙攣させた。

 

「…てめぇ、誰を相手にしてんのかわかってんだろうな?」

「ぎゃーぎゃーうるせぇな。いいからかかってこいって言ってんだろ。天気無茶苦茶悪くなってきたし」

「……あぁ、ダメだわ」

 

 がくりと肩を落とし、ガオウは気だるげに天を仰ぐ。別に理解されたかったわけではない。ただ単に自身の怒りを適当な相手にぶつけ、八つ当たりしたかっただけだった。

 しかしこの男には、ガオウの怒りなど微塵も興味がない。ガオウを脅威とさえ認識していない。

 それがどうしようもなく、腹が立った。

 

「お前は、俺が今すぐに食い殺す」

 

 ガオウは懐から一本の金色のベルトを取り出し、勢いよく振り回して自身の腰に巻く。

 爬虫類の牙のような意匠のついたそれについたボタンを押し、ガオウは片手で持ったパスのようなものを掲げた。

 

「…変身」

〈Ga-O form〉

 

 ガオウがパスをベルトにかざし、直後に無数の光のかけらが舞い散る。

 光は一旦ガオウの周囲を浮遊し、一斉に集まって一着のライダースーツのような戦闘服を生み出す。さらにいくつものパーツが出現し、牙を模した黄金色の鎧となってガオウに纏われる。

 最後に顔に金属のワニの顔が装着され、変形して一つの仮面へと形を変えた。

 

「うお、すげ」

 

 子供の頃、テレビの向こうでよく見ていたような派手な演出に、サイタマは思わず感嘆の声を上げる。

 対する、戦士の姿へ変わった牙王(ガオウ)はベルトの両側に提げられた黒い部品を手に取り、組み合わせて一振りのノコギリのような剣に変える。

 

「テメェは選択を間違えた……俺がこの姿になる前にさっさと逃げるべきだった。今更後悔しても遅いぜ…!」

「知るか」

 

 異様な質量の殺気がサイタマに襲いかかるが、彼はそれを物ともせず、散歩にでも行くような軽い調子で一歩踏み出す。

 そして一瞬にして牙王の目前にまで接近し、固く握り締めた拳を振りかぶった。

 

「とりあえず、さっき撃ち落とされて気持ち悪くなった分だ」

 

 仁王立ちしたまま、動く様子のない牙王の顔面に、文字通り一撃必殺の威力を誇る拳がありえない速度で迫る。

 またただの一発で終わってしまった、そう直感したサイタマだったが、次の瞬間彼の視界は大きくブレた。

 

「……⁉︎」

 

 サイタマは大きく目を見開き、バランスを崩して倒れていく自分自身に困惑する。

 視線を向ければ彼の目の前には、自分と同じく拳を振り抜いた牙王の姿があり、後ずさるサイタマを嘲笑し見下ろしているのが見えた。

 

「何かしたか? お前」

 

 サイタマは即座に踏ん張り、バランスを取り戻すと自分の手をグッパッと何度も握って感覚を確かめる。

 そして戸惑いの顔のまま、またも無防備に佇んでいる牙王に向けて、先ほどよりも力を込めたストレートを放った。

 

 ちょっとマジなパンチ‼︎

 

 大気を破裂させるような音とともに、数多の怪人たちを仕留めてきた拳が振るわれる。

 しかし決まったと確信した直後、サイタマの顔面にとてつもない衝撃が走り、またしても後ずさり後退する羽目になる。

 

「? 今おれ、あいつのこと殴ったよな?」

 

 別に痛くはないし何も問題はない。

 しかしいつも通りの作業の一環だったはずだったのに、一向に自分の攻撃が通らない理由がわからず混乱する。

 半ばムキになってもう一度突撃すると、舌打ちした牙王がそれよりも早く拳を繰り出してきた。

 

「鬱陶しいんだよ‼︎」

 

 凄まじい轟音が鳴り響き、サイタマの体を吹っ飛ばす。危うくビルの屋上から落下しそうになり、サイタマはますます不思議そうに眉間にしわを寄せた。

 

「何呆けてんだ…? 一方的に殴られんのは初めてみてぇだな」

 

 何が何だか分かっていないサイタマに、牙王はゆっくりと追い詰めるように近づいてくる。

 トントンと剣で肩を叩き、見下した態度を隠すことのない余裕の態度を見せ、牙王は仮面の下でニヤリと笑みを浮かべた。

 

「やっとわかったぜ……てめぇがサイタマとかいうヒーローか。どんな怪人でも一撃で倒す…だがインチキだなんだと人間どもから見下されてるってなぁ」

〈Full charge〉

 

 ベルトにもう一度パスをかざし、牙王が剣を掲げる。

 鋭く並んだ牙のような刃にエネルギーを蓄積させながら、牙王はぼーっと突っ立ったままのサイタマに一気に接近して行った。

 

「確かにテメェは強ぇ……だがその拳は俺にはとどかねぇ。テメェがどれだけ向かってこようと、何の意味も持たねぇんだよ」

 

 タイラントクラッシュ‼︎

 

 剣に宿ったエネルギーが爆発するように、強烈な斬撃となってサイタマに襲いかかる。

 巨大なワニが食らいつくような光が炸裂し、常人男性程度の体重しかないサイタマを軽々と吹き飛ばし、ビルの中に激突させた。

 

「……必殺マジシリーズ」

 

 窓ガラスを、コンクリートの壁を数枚破壊しながらようやく停止したサイタマは、すぐに起き上がって床に両手をつく。

 片足を後ろに引いて身を伏せさせると、牙王のいる方向を見据えてグッと全身に力を込めた。

 

 マジダッシュ‼︎

 

 直後、ドンッ‼︎と大気が震え、砲弾のような勢いで飛び出したサイタマが宙を舞う。

 身体能力を全開にしたサイタマが、全力ダッシュの勢いのまま牙王の顔面に拳を突き立てようとする。

 

「意味ねぇんだっての」

 

 だがそれも虚しく空を切り、反対にカウンターを食らって反対方向に吹き飛ばされてしまう。

 いくつものビルを貫き、破壊しながら視界から消えていくサイタマを見下ろしながら、牙王は心地良さそうな笑い声をあげるのだった。

 

「ガハハハハハハハ‼︎」

 

 

 弾丸のように天を貫き、ビルの方へ飛ばされていくハゲ頭のヒーローを目の当たりにし、その真下にいたヒーローたちは思わず目を瞠っていた。

 

「なっ…先生⁉︎」

 

 ジェノスは自分が師と仰ぐ男が一方的にやられ続けているという光景に驚愕を隠しきれず、目を見開いて立ち尽くす。

 それはサイタマの尋常ではない強さを知っているフブキやキング、シルバーファングにとっても信じがたいものだった。

 

「まさか…今吹き飛ばされたのはサイタマ君か⁉︎」

 

 夢ではないか、とシルバーファングは確かめるように口にするが、それで事実が変わるわけではない。

 現に見覚えのある格好のヒーローが激突し、目の前で高層ビルがガラガラと崩壊しているのだから。

 

(バカな…‼︎ 先生の一撃は今確かに決まっていたはずだ‼︎ なのに殴られたのは先生の方……何がどうなっている⁉︎)

(S級ほどじゃないにせよ、あいつの一撃は強力なもののはず! 私の目にも終わったと感じられたのに、どうして…⁉︎)

(……逃げよ)

 

 誰の目にも、サイタマと牙王の戦いの不自然さは目立っていたらしい。白目を剥くキングにも、想定外の自体であることは理解できていた。

 理屈は不明だが、何かしらの異常な現象が起きているのは間違いないと、全員が直感していた。

 

「何じゃ、あの妙な鎧の男は…⁉︎ あのサイタマくんをああも手玉にとるなど……」

「…奴こそが、今起きている異常事態の黒幕だ。シルバーファング」

「なんと…!」

 

 ジェノスの言葉に、シルバーファングはさらに驚愕で目を見開く。

 改めて牙王の方を見やると、しぶとく飛び出してきたサイタマの攻撃を受けるよりも前に、牙王が剣でカウンターを食らわせているのが見え、シルバーファングの表情が険しくなった。

 

「見る限り…あれは単に相手が強いのではないの。破壊力も速度も十分すぎるほどじゃというのに、蜃気楼でも殴っているかのように無効化されておる」

 

 当たればほぼ確実に怪人を倒せる最強の一撃。余波で山をも吹き飛ばせる異常な威力と速度を誇るそれが、いまだに決まっていない。

 幾度もサイタマの戦いぶりを見てきた一部のヒーローたちにとって、それは明らかな違和感だった。

 

「アレを倒すのは……並大抵のヒーローにはおそらく不可能じゃな。わしを含めて」

 

 細めた目で牙王を睨みつけたシルバーファングがそう結論づけると、あたりはしんと静まりかえる。

 地球の危機を、幾度もその拳のたった一撃を持って粉砕してきた最強の男。彼は倒せない相手を、一体どうやって討てばいいと言うのか。

 そこはかとない絶望が漂い始めたときだった。

 

「ちくしょう…! やっぱ見てるだけとか性にあわねぇ!」

 

 ミライのそばであぐらをかいていたモモタロスが、肩を怒らせながら立ち上がる。

 先ほどから、サイタマの戦いを見ている間に何度も貧乏ゆすりをしたり、唸ったりしていたが、とうとう我慢の限界に達したらしい。

 

「ちょっ、ちょっと先輩! ダメだって!」

「離せ亀! あのムカつく野郎の顔面へこませてやるんだよ‼︎」

「あの兄ちゃんにもでけへんのにモモの字にできるわけないやろ!」

「モモタロスのおバカー」

「うるせぇ、熊に小僧‼︎」

「落ち着きなさいよバカモモ!」

 

 牙王の方へ飛び出そうとするモモタロスを、他のイマジンたちとハナが必死に押さえつける。

 彼らも倒し方のわからない敵を前にどうしたらいいのかわからなかったが、迂闊に動くべきではないという冷静さは辛うじて残っていた。

 

(絶対に倒せない敵とか無理ゲー…っていうかクソゲーだな)

 

 ギャーギャーと騒がしいモモタロスたちに背を向け、さていつ姿を隠そうかと考え込むキングがふと思う。

 生粋のゲーマーである彼にとって、ここまで理不尽なボス戦は正直手を出す気にもなれない代物であった。

 

(…ああ、こんなことなら今日サイタマ氏の家に行かなきゃよかった。せっかく過去に行ける電車があるんだから、今日の出来事なかったことにしたい…)

 

 友達の家に行くか行かないか。その選択で自身の命運が決まるなどどれだけ理不尽なのか。

 こんな些細なことで人生がゲームオーバーになるシナリオなどそうそうなかったが、それでも過去の選択を悔やまずにはいられなかった。

 

「……ん?」

 

 過去の自分を思いっきり殴りつけ、現在の自分も手を痛める妄想をしていたキングは、あることに思い至る。

 自分の思い浮かべたフレーズが、何か妙に引っかかった気がしたのだ。

 

 ()()()()()()()()()

 

 その言葉に気付いたとき、キングの頭の中でカチリと動いた気がした。

 そのたった一言が、硬い金属の箱の鍵をたやすく開けたような、難題を解き明かしてしまったような、そんな感覚だった。

 

「……え、アレ? そういうことなの?」

 

 思わず口に出してしまったキングに、サイタマの戦いに集中していたジェノスたちや、騒いでいるモモタロスたちが一斉に視線を向ける。

 キングは「え?」と真顔で反応してしまい、自分の迂闊な発言を激しく後悔するのだった。

 

 それが、本当にこの事件を解決に導くひらめきであることにも気づかずに。

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