【完結】ONE PUNCH MAN 最弱のヒーローと時間泥棒   作:春風駘蕩

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 十六撃目 最後の希望

 青白い炎が辺り一面に広がり、ビルも道も、あらゆるものを灼き、溶かしていく。

 単純な熱によって溶かしているわけではなく、まるで酸を吹きかけたかのようにどろどろにしているのだ。

 

「チッ…! 雑魚のくせにしぶといじゃない」

 

 念動力で空中にとどまるタツマキにもそれは襲いかかる。

 物理法則を無視しまくっている彼女の力を持ってしても、防ぐことができない奇妙な炎。それは確実に、世界最強のエスパーを追い詰めていた。

 

「S級の首、貰い受け……‼︎」

「邪魔すんじゃないわよ‼︎」

 

 しかも敵は一人ではない。他の場所から集まって来た怪人が、弱り始めているタツマキを討とうと襲いかかってくるのだ。

 それを排除するのはさしたる問題ではないが、集中を邪魔されるのは正直厄介であった。そしてその隙を狙い、鬼火のような炎は容赦無く食らいついてくる。

 

「超能力でも消し飛ばせない炎……やってくれるわ」

 

 タツマキは冷や汗をかきながらも、真下から睨みつけてくる幽汽に不敵な笑みを見せつけた。

 

 

 恐ろしいほどに硬い金属同士が超高速で激突し、激しい火花が断続的に飛び散る。

 斧のような刃の生えた銃を振るう機械の怪人と、片腕に黒い刃を備えた駆動騎士。両者が一歩も譲ることなく、互いを仕留めるために攻撃を繰り出し続けていた。

 

「お前の戦闘パターンは完全に把握した―――行動を継続する」

「やりづらい相手だ…!」

 

 一旦、それぞれで武器を強くぶつけ、距離を取る怪人と駆動騎士。

 どちらも機械の肉体ゆえに疲労は一切ないが、駆動騎士の方にはやや焦りのような感情が芽生えていた。

 

「こちらの戦術は、できるだけ秘匿しておきたいのだがな…」

 

 武装を展開するたび、戦闘を繰り広げるたび、駆動騎士の有する戦術は敵に伝わる。しかも倒しても倒しても復活するため、対策を練られてしまう可能性さえある。

 ゆえに駆動騎士は、迂闊に手の内をさらさないように戦うという無茶振りが課せられることとなっていた。

 

 

「むおおおおお‼︎」

「あははははは‼︎」

 

 また別の場所では、超合金クロビカリと深海王が真っ向から殴り合いを行なっていた。

 拳が激突する余波によりあたりには衝撃波が撒き散らされ、全てのガラスは割れてアスファルトも砕かれていく。

 

「む…俺の筋肉でも打ち破れないとは、お前も相当鍛えているな」

「あなた…前に私が潰したやつより強そうね。でもそれだけ……今度はあのハゲと一緒に殺してあげる!」

 

 鋼鉄よりも硬い鋼の肉体を誇るクロビカリは、それをもってしても倒せない深海王に内心感心する。

 すでに一般市民もC級ヒーローも避難済みで退くこともできたが、深海王が後を追ってこないという保証は無論なかった。

 

「相手にとって不足は…‼︎」

「どいてくれないか…」

 

 ならばこの手で始末しておこうと、さらに筋肉を膨張させようとした時、クロビカリの肩を引く一人の豪傑の姿があった。

 クロビカリは振り返った先に見えた、決意を目に宿したS級ヒーローに一瞬言葉を失った。

 

「ぷりぷりプリズナー?」

「できればコイツは……この手で仕留めたい」

 

 そう告げ、ぷりぷりプリズナーはクロビカリの前に割り込み、一瞬にして衣服を己が筋肉で引き裂く。

 戦闘態勢に入った、頭一つ分は小さいヒーローを見下ろし、深海王は実に愉しげな笑みを浮かべてみせた。

 

「あらぁ…? また殺されに来たの?」

 

 見る者を恐怖させる笑みを前にしながら、かつて自分を敗北させた敵を見据えながら、ぷりぷりプリズナーは一歩たりとも引こうとはしなかった。

 

 

「くそっ……いつもならあんな数どうってことねぇってのに」

 

 ビルの屋上であぐらをかき、荒っぽい口調でそう吐き捨てたのは、頭から出血して全身真っ赤になった金属バット。

 怪人たちによる総攻撃を食らった彼は、なんとか撃退しながらも一時的撤退を余儀無くされていた。

 

「童帝君。何か情報は掴めたかい?」

「悪いんですけど……全部の数値がめちゃくちゃになってるってことしか。正直お手上げって感じですね」

「そうか……」

 

 アマイマスクに尋ねられた童帝は肩をすくめ、ビルの上から街中を見渡す。

 戦火は街の周囲にも広がり、そこかしこから悲鳴と怒号がひっきりなしに聞こえてくる。

 特に激しい戦いの場は、S級ヒーローが暴れている箇所であろう。

 

「だぁあくそッ‼︎ もう十分休んだ! 俺はもういくぞ‼︎」

「ちょっ! その状態でですか⁉︎」

「相変わらず血の気の多いやつだ…」

「るっせぇ‼︎」

「待て‼︎」

 

 他のヒーローたちの戦いに触発されたのか、金属バットが応急処置もままならないうちに歩き出そうとして、他の者を呆れさせる。

 それを止めたのは、比較的最近ヒーローになったサイボーグと、それに付き添う最強と謳われる男だった。

 

「ジェノスさん…?」

「キングが気づいた……重要な話がある」

 

 ジェノスの真剣な表情に、金属バットは胡乱げな目を向けつつも、立ち止まった。

 

 

 コンクリートが風船のように破裂し砕け、瓦礫が辺りに四散する。

 衝撃で吹き飛ばされていくサイタマは空中の大きな瓦礫を足場にし、剣を担いで佇む牙王を見上げた。

 

「おいおいどうしたぁ…? ハゲヒーロー…そんなもんじゃ俺は倒せねぇぞ‼︎」

 

 破壊者は相変わらずの上から目線で肩を揺らし、サイタマを嘲笑する。苛立ちはさらに募り、長く続く戦いにうんざりし始めているのがわかった。

 

「いい加減鬱陶しいんだっての…さっさと尻尾巻いて逃げてろよクソヒーロー‼︎」

 

 再び刀身がエネルギーを帯び、剣から分裂してサイタマに喰らいかかる。

 ヒーロースーツが斬り裂かれ、衝撃によってまた吹き飛んでビルに激突するが、サイタマは根性でその場に踏みとどまり、ギロリと牙王を睨みつけた。

 

「あのヤロー調子に乗りやがって……ちょっとヒーローっぽくなってきたけど全っ然楽しくねぇぞ」

 

 一人のヒーローが一方的にやられ続けている痛々しい光景だが、当の本人の表情は、変わらぬまっすぐな目を浮かべていた。

 

「ヒーローが逃げるわけねーだろ」

 

 感情が薄れ、久しく感じていなかった、熱い炎が胸の奥で燃え上がる感覚を噛み締めながら、サイタマは再び破壊者の元へと跳躍するのだった。

 

 

「〝特異点〟に〝分岐点〟ねぇ…」

 

 ジェノスとキング、そして二人とともに来たシルバーファングやフブキ、ハナたちの語った情報に、アトミック侍は渋い顔で顎を撫でる。

 難しい表情なのは、童帝もアマイマスクも同じだった。金属バットに至っては頭から煙を上げているが。

 

「量子力学は専門外なんだけどな…」

「にわかにゃ信じがたいが、そう言われりゃ納得できるもんもあるな」

「あの記憶に関する食い違いも、それが原因ということなら……なるほど、道理で違和感が拭えないわけだ」

 

 とはいえ、敵の謎の能力に関する貴重な情報であることは確かで、ヒーローたちは一応の理解を示す。

 考え込んでいた童帝は、険しい表情で佇んでいるキングに視線を移す。

 

「それで、キングさん。あなたが気づいたことというのは?」

「まだ単なる思いつきなんだが……敵のトップの戦いを見ていて思い浮かんだことがある」

 

 内心、恐ろしいほどプレッシャーを感じてガクブルになっているキングだが、必死に替え面を取り繕って語り始める。

 本当に単なる思いつきだが、異様に納得の声を聞かされた考えを。

 

「やつは食した相手の能力を奪う能力を使い、記憶を改ざんできる能力をも奪った。そして自分の能力の応用か何かで、分岐点であるミライ氏の記憶も奪った……なぜそんな必要があった?」

 

 キングの発言に、ヒーローたちはそれぞれで答えを考える。

 分岐点の記憶が重要なものであるのはわかるが、それを奪うメリットがなかなか思いつかない。

 

「ハナ氏は言った。分岐点の記憶は積み重ねられてきた人類史そのものであると……ならばもし、ガオウの能力がそれさえも好き勝手に改竄できるとしたら?」

「……まさか」

 

 童帝がハッとした表情で振り向くと、ハナとモモタロスたちは忌々しげに眉間にしわを寄せる。

 なぜこんな簡単なことに気づかなかったのか、そんな感情がありありと現れていた。

 

「やつは()()()()()()()()()()()()んだ。自分に起こったことを自分の都合のいいように」

 

 キングが好むRPGゲームに例えて考えてみるとする。

 強力な力を持つボスキャラがいて、それに挑むとする。その能力値は非常に高く、そのままでは一度は必ず負けることが確定している。

 ならばと先にアバターを鍛え上げ、装備を一新し、万全の状態に備えた上で挑む。しかしプレイヤーにはまだ不安がある、相手の攻撃手段もわからないのに挑んでいいものか。

 そこでボス戦を前にセーブし、挑戦して敗北した後、再びセーブする前に電源を切る。そうするとどうなるか?

 

 ボスと戦う前の、所持金も装備も経験値も失っていない、万全の状態の時に戻るのだ。

 ーーーボスとの戦いの経験を得ながら。

 

「自分が攻撃を食らった後、分岐点の記憶を改ざんして過去を改変する…ってぇわけか」

 

 あまりに突拍子もないキングの考えに、アトミック侍は顎を撫でながらなるほど、といった様子で唸る。

 あいにくゲームはしたことないが、卑怯な手段であることだけは理解できた。ズル賢いガキが使いそうな手だ、と思わず例えるほどに。

 

「過去を書き換えるなんて……下手すればレベル神どころか本物の神の所業じゃないですか! そんなものどうやって対処すればいいんですか…⁉︎」

 

 童帝もアマイマスクも目を見開き、しかし疑う様子は見せずにただただ困惑の表情を浮かべていた。

 全員の思考が停滞しかけた時、訝しげに片眉をあげたある男が前に出た。

 

「…ひとつ、いいかのぅ?」

 

 不思議そうに首を傾げ、片手を挙げるシルバーファング。

 手詰まり感に苛まれていたヒーローたちは、訝しげに老ヒーローの方に振り向いた。

 

「怪人が倒しても倒しても復活してくる理屈はわかったが…わしが倒した怪人は蘇っておらんかったと思うぞ? なぜじゃ?」

「えっ」

「……なんだと」

 

 シルバーファングの言葉に、その場にいた全員が驚きの声を挙げる。

 ジェノスは目を見開きながら、そういえば先ほどミライを保護した時、怪人らしき残骸がそこらに転がっていたと思い出す。

 

「そ…それ、本当ですか⁉︎」

「あのミライって子が襲われかけたところに割って入ったときじゃが……うむ、肉塊になったままじゃったな」

 

 現象についてよく知らず、特に気にせず倒したため、シルバーファングもやや朧げに思い出しながら頷く。

 絶句していた童帝は我に返ると、すぐさまシルバーファングの方に詰め寄った。

 

「その時…何かいつもと違ったことはありませんでしたか⁉︎ どこか急所を潰した感覚があったとか、環境の違いとか!」

「そう言われてものぅ…」

 

 気付けば童帝だけではなく、他のヒーローやハナたちもシルバーファングに凝視している。

 凄まじい圧の中でも表情一つ変えず、シルバーファングは眉間にしわを寄せてつい数十分前のことを思い浮かべて見た。

 

「強いて言うなら……この子がいたことぐらいじゃな」

 

 少しの間考えて思いついたのは、ほんの些細なことだった。人類にとって非常に重要な鍵となる少女が近くにいたか否か、その程度のことしか思いつかない。

 だがその情報は、ハナに闇が開けたかのような鮮烈な衝撃をもたらした。

 

「もしかしてーーーミライが()()()()()()()()()()()()()()()()()()…?」

 

 ハナのつぶやきに、童帝も気づいたのかハッと振り向きミライを凝視する。

 頭脳が足りずついていけていない他の面々は、慌てて詳しく説明してくれそうな少女に視線を向けた。

 

「どういうことですか⁉︎」

「…ミライの記憶はまだ、完全にガオウの物になってない。記憶を改竄することで過去が書き換えられるなら、新しく書き加えることもできるってことじゃ…⁉︎」

「目には目を…ってことですか」

「なんて荒技…」

 

 そこまで説明されてようやく、ジェノスたちはハナが思いついた起死回生の一手を理解する。

 敵が過去を書き換えられるのなら、こちらは新たに過去を書き加えればいい。変えられた事実に上書きし、本来の歴史に修復すればいいというのだ。

 アマイマスクは険しい表情でうつむき、次いでもう一人の少女の方に視線を移す。

 

「ならば、この状況を打破できるのはただ一人……」

「……僕、が」

 

 数組の探るような視線に晒されて、ミライはびくりと肩を震わせて後ずさる。

 策があるのはわかった。可能性があることも理解できた。しかしそれを自分がこなせるかどうかという時点で、ミライの胸中には不安が渦巻いていた。

 

「いや、ムリだろ」

 

 話の半分も理解できていない金属バットが、思わず口にした容赦のない言葉。

 それはその場で無言になる歴戦のヒーローたちの本音を、見事に表していた。

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