【完結】ONE PUNCH MAN 最弱のヒーローと時間泥棒 作:春風駘蕩
「お前マジでいい加減にしろよ。どう考えてもなんかズルしてんだろ、絶対」
ヒーロースーツをボロボロにされ、泥だらけになり、それでも体には傷一つついていないサイタマは、こめかみに太い血管を浮き立たせながら牙王を睨む。
いつもいつも、ただの一撃で決着がついてしまう厄介な自分の強さ。それが通用しない相手というのは最初はワクワクしていたが、こうも長く続けられるといい加減頭にきていた。
「どういう理屈かは知らねーけどな、一回殴らせろ。一回でいいから殴らせろこの野郎」
そうすりゃこのイライラは終わるのだと、いつもとは真逆のセリフをぶつけるサイタマ。強敵に出会えた喜びなどあるはずもなく、とにかくこの怪人を倒したくて仕方がなかった。
「必殺マジシリーズ」
じゃり、と地面を踏みしめサイタマがその場で低く腰を落とす。メキメキと両足の筋肉を膨張させ、風船のように限界ギリギリまで張り詰めさせると、一気にその力を解放する。
まるで強靭な弾力を有するゴムのように、サイタマはまっすぐに空中へと飛び立った。
マジジャンプ‼︎
地面に巨大な陥没を作るほどの跳躍で、サイタマはビルの屋上に立つ牙王の元へと飛翔する。
そして同時に、気だるげに佇んでいる怪人の顔面に叩き込んでやろうと頭上に拳を構え、まっすぐに空中を貫く。その一撃は槍のようにビルに突き刺さり、コンクリートを易々と貫通していった。
「……しつけぇハゲだ」
【Full charge】
しかし、ビルを一つ崩壊させるまでの威力を見せたそれも、牙王に傷一つ負わせることもできなかった。
お返しだと言わんばかりに放たれた斬撃により、サイタマはまた別のビルに叩きつけられ、崩れていく瓦礫の中に飲み込まれていった。
「……かなり近づいて来おったの、じきにここにも来そうじゃな」
「先生を相手にここまで生き延びるとは……」
「おいおい…ポッと出の野郎に美味しいとこ持ってかれちゃおっさん達の出る幕なくなっちまうじゃねぇか」
珍しく苦戦を強いられているサイタマを見たシルバーファングとジェノスは、やはり信じられない様子で事態を見守っている。
サイタマの一撃の凄まじさをまだ目撃していないアトミック侍に関しては、そこらのヒーローが翻弄されているくらいにしか思っていないようだが、牙王の厄介さだけは伝わっているようだ。
「っ! 焼却砲‼︎」
その時、背後から接近する熱反応を感知したジェノスが背後に向けて自身の手のひらを向け、強烈な火炎放射を放つ。
ミライを襲うため隙を伺っていたイマジンはそれにより火だるまになり、あっという間に焼き尽くされて地面に崩れ落ちた。
「…そうでもなさそうだぜ…!」
「雑兵がここを嗅ぎつけ始めたか…!」
「まぁともかくよ、俺たちゃあのワニ野郎からこの嬢ちゃんを是が非でも守らにゃならねぇってわけだな」
あちこちから感じられる怪人たちの気配に、アトミック侍は肩をすくめてそう呟く。
ハナやキングの考えを完全に信じたわけではない。だが確かにこの状況を打開できる切り札になるかもしれないと思い、アトミック侍は愛用の刀を肩に担いで背を向けた。
「奴と戦えるのが嬢ちゃんだけだからって、押し付けるのはヒーローどころか、男としても最低だからな」
「へっ! おっさんに言われなくてもわかってんだよ!」
やる気を見せたアトミック侍に触発されてか、まだ血まみれのままの金属バットも勇ましく立ち上がり、中年剣士とは違う方向に向かって歩き出す。
我の強いS級ヒーローたちには、共闘という選択肢はまず挙がらない。強い敵が現れたならそれは自分の相手なのだという先入観があった。
「よっしゃ‼︎」
「うおりゃあああああ‼︎」
互いに背を向けあうように屋上の端に出た二人は、ためらうことなくその身を空中に踊らせる。勇ましく雄叫びをあげた二人は、それぞれの獲物を掲げて怪人たちの群れへと挑んでいった。
だがそれが、黒幕の相手を誰かに任せるという初めての経験であることに、二人とも気づいていなかった。
「くぅうう…! 俺も戦えりゃなぁ…!」
「ボクも暴れた〜い」
「ミライがこんなんやから変身できへんねんからしゃーないやろ!」
「ほんっと、先輩もリュウタも血の気が多いんだから」
戦場に赴いたヒーローたちの背中を凝視していたモモタロスたちが、そう悔しそうに喚くのをウラタロスが呆れたように見やり、肩を落とす。
ジェノスとシルバーファング、フブキも行きたそうな顔をしていたが、ちらりとミライの方に目を向けると自分を諌めるように表情を引き締める。
「…では、僕はここでガオウに対抗する手段を考えることにしますか」
もう一人、その場に残った童帝は再びパソコンに向き直り、全身全霊をもって観測と打開策の模索に集中することに決める。
直接の戦闘ではなく、頭脳に特化した自分にできる、最大限の共闘だと信じて。
「さ〜て…そろそろちょっとぐらい本気を出してみようかな!」
その時、気だるげに屋上で首の骨を鳴らしていた牙王が、忌々しげに舌打ちをこぼし、サイタマを埋めている瓦礫の山の方を見下ろした。
「あぁ…いい加減鬱陶しくなってきたわ、てめぇ」
仮面越しではわからないが、牙王の顔には深いシワが刻まれ、脳裏には間抜けな顔のサイタマが浮かんでいた。
たったの一撃も決まらず苛立っていたサイタマだったが、それは牙王も同じことだった。放たれた攻撃は全て牙王を捉え、そのたびに牙王は過去を書き換えていた。
その手間と拳を受けた時の痛みは着実に牙王の記憶に刻まれ、彼に苛立ちを与えていた。
「ブッ飛ばしても斬りつけても平気なツラして戻って来やがる……ただの弱者が俺の邪魔をしてんじゃねぇ。俺は忙しいんだ」
ギロリとミライがいる方のビルを睨み、牙王はゴロゴロと崩れていく瓦礫の山に視線を移す。
並みの怪人であれば瞬殺できる猛攻をその身に受け、服しかダメージを受けていないなど、すべての破壊を望む牙王にしてみれば屈辱以外の何物でもなかった。
「てめぇの攻撃も無駄で俺の攻撃も無駄……こんなもんいつまでたっても終わらねぇ。俺の貴重な時間を削りやがって……だがしょうがねぇ」
イライラした態度でつぶやいていた牙王だったが、やがて仮面の下でニヤリと笑みを浮かべる。
その手が、瓦礫の間から顔を出したサイタマに向けられた。
「これやっちまったら、正攻法じゃ俺がてめぇに敵わねぇって認めてるようで癪に触るが、もうしのごの言ってられねぇ。てめぇさえ片付けちまえば、後の連中はみんな雑魚ばっかだからな」
そうつぶやいた直後、ズン、と空気が重くなったかのような錯覚をジェノスとシルバーファングは覚える。
世界そのものが握り締められ、壊されているかのような嫌な気配が、サイタマを除く誰もの背筋に寒気となって襲いかかった。
「…⁉︎ 何だこの脅威的な数値の変動は⁉︎ 何かする気だ‼︎」
「…まずいんじゃないの……⁉︎」
周囲の磁場などを調べていた童帝は、機材が示す異様な反応に表情を引きつらせ、フブキは超能力がなくても伝わる威圧感に冷や汗を流す。
すべての人間、そして怪人にまでもに恐怖を与えた牙王は、自分の力の標的にサイタマを捉えながらさらに笑みを深めた。
「生まれた日ごと消えちまえ」
手を焼いた獲物を仕留める、嗜虐的な顔になった牙王が徐々にその力をサイタマに向けて開放していく。
違和感を覚えたのか、緊張感のない表情で訝しげに自分の体を、幻のように薄れていく四肢を見下ろすサイタマに、シルバーファングはハッと目を見開いた。
「いかん! サイタマくんの存在そのものを歴史から消すつもりじゃ‼︎」
「先生!」
人類史そのものに干渉するという、反則じみた力。
それをたった一人に対してのみ発動させようとしている牙王にジェノスたちは焦る。数々の人類への脅威、滅亡の危機を回避させてきた男が、はじめからいなかったことにされるという残酷な危機にさらされる。
止めようと動いたジェノスたちを嘲笑うように、牙王の目が危険な光を放った、その時だった。
「ダメぇええええ‼︎」
誰よりも悲痛な表情で、薄れていくサイタマの姿を凝視していたミライが、悲鳴のような声を上げる。その声が大気を震わせ、牙王の元へと届いた瞬間。
まばゆい白銀の光が、牙王を吹き飛ばした。
「ぐお……⁉︎」
突然襲ってきた衝撃に、牙王は防御もままならないまま後退させられ、発動しようとした力を霧散させられる。
消えかけていたサイタマの体が元に戻るのをよそに、牙王は処刑の邪魔されたことに忌々しげに舌打ちし、白銀の光の中にある人影を睨みつけた。
「降臨…! 満を持して」
光を裂いて現れたのは、白鳥を模したような姿のイマジンだった。
純白に輝く体に、王子のような高貴な佇まいをした彼は、なぜか周囲に舞い散る羽毛の中で舞台俳優のように両手を広げた。
「ジーク…⁉︎」
「手羽野郎⁉︎ 何でお前がここにいるんだよ⁉︎」
「し、知り合いなの⁉︎」
「ずいぶん前に……でも、なんでこの時代に」
新たなイマジンの登場に驚かされたのは、ハナやモモタロスたちだった。
フブキたちは、白いイマジンと知己らしいハナたちを凝視し、何者だと視線で問う。だがハナたちにはそれどころではないらしく、絶句していたところで白いイマジンが振り向き、恭しく首を垂れてみせた。
「姫…お久しゅうございます。姫の窮地と伺い、急ぎ馳せ参じた次第」
「おいてめぇ! 無視してんじゃねーぞコラァ!」
「ジーク…あんたどうやって…!」
騒ぐモモタロスたちを無視してハナにのみ例を見せるジークに、ハナは戸惑いながら立ち尽くす。
だがすぐに、頭上で汽笛を鳴らしている緑の列車の姿に気づき、納得したように笑みを浮かべた。
「ゼロライナー……ユウトが連れて来たのね」
「その通り、そしてこの悪漢を討つために、私はここに参戦した!」
ジークはハナに背を向け、改めて牙王に向き直る。そして、どこからともなく黒いベルトを取り出し、自分の腰に巻きつける。
翼を広げた金色の鳥のモチーフが中心に飾られたそれから美しいハープのメロディが鳴り響き、ジークはさらに取り出したパスを右手で掲げた。
「変身」
【
ジークがパスをベルトの前にかざした直後、大量の羽毛が舞い上がってジークの姿を隠す。
羽毛の壁の中では眩しい光がほとばしり、ジークのシルエットをみるみるうちに変えていく。やがて羽毛が晴れ、ジークの姿が再び露わになっていくと。
「え⁉︎」
「おお」
「何ィ⁉︎」
そこに立っていたのは、白鳥の怪人などではない。
金色のスーツに身を包み、純白の鎧を纏う、青い翼の形のモチーフで髪をツーサイドアップにまとめた、ミライと瓜二つの少女であった。
巨大な機械の翼を背から広げた姿は天使のようで、切れ長の目が高貴な雰囲気を醸し出す。
怪人の予想だにしない変貌ぶりに、ジェノスらはもちろんハナたちも驚かされていた。
「なんでお前……変身できてんだよ⁉︎ ズリィぞ‼︎」
砂の体のまま、モモタロスや他のイマジンたちがジークに向けて吠える。いきなり出てきて出番を掻っ攫われるのは、暴れたい彼らにとっては見過ごせない問題だった。
だがジークは、そんなモモタロスに無言で振り向き、凪いだ目を向ける。そして、ギャーギャーとうるさい彼らに小さく告げた。
「……お膳立てはしてやる。お前達はさっさと手段を講じていろ」
「っ! あんた……まさか時間を稼ぐために…⁉︎」
ジークの言葉の意味を察したハナが言葉を失っていると、ジークはすぐに視線を戻し、腰に下げられた黒いパーツを外し、空中に放り上げて組み合わていく。
アンドアックスとブーメランに変化したそれを構え、ジークは牙王へと斬り掛かっていった。
「誇るがいい…! この私の美しき戦技により逝けることをな!」
「ほざきやがれ‼︎」
牙王の剣とジークの刃が激突し、甲高い音が響き渡る。
白鳥の戦士と牙の暴君は互いを排除すべき害とみなし、また何度も刃をかち合わせ、激しい火花を散らしていった。