【完結】ONE PUNCH MAN 最弱のヒーローと時間泥棒   作:春風駘蕩

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  二撃目 謎の少女

 Z市。

 そこは怪人ですらも寄り付かない、完全な無人都市(ゴーストタウン)

 好き好んで住み着くものはよほどの怖いもの知らずか、神をも殺せる力を宿した人知を超えた存在のみ。

 そんな街の一角、誰も住まないアパートの一室に、その男はいた。昨日現れたレベル鬼のテラカブトを一撃で粉砕し、多くの人々を救って見せた孤高のヒーロー・ハゲマントことサイタマが。

 わずか三年のトレーニングの果て、ハゲと引き換えに最強と呼べるにふさわしい力を手に入れた彼は―――自室のフローリングの上で寝転がり、無気力に天井を見上げていた。

 

「…………やることねぇなー」

 

 ワンパンチで多くの人々の命を救ったサイタマは、ぶっちゃけ言って暇を持て余していた。

 それもそのはず、巨大隕石すらも破壊してみせる実力があると言っても、それを知っているのは彼をよく知る一部の者のみ。世間一般では彼は、他のヒーローのおこぼれを得て成り上がったインチキの嘘つきと認識され、蛇蝎のごとく嫌われている。

 そんな扱いであるから、もし怪人や災害があったとしても誰も彼を呼ぼうとはしない。頼ろうとはしない。

 彼が今まで対応してきた怪人や怪物は、偶然彼がその場にいたかニュースを見たかでしか遭遇し得なかったものばかりだ。たまにパトロールしているが、それでも遭遇は稀であった。

 ゆえに、それがない時間をサイタマは無駄に過ごす他になかった。

 

「失礼します、先生」

 

 グデーッとだらけているサイタマのいる部屋に、ある訪問者が現れた。背の高く筋肉質な、金の短髪の若い男だ。

 だがその目は白目にあたる部分が黒く、瞳は機械的な光を放っている。首から下も鋼鉄に覆われていて、わずかながら金属音と機械音が聞こえる。

 彼の名はジェノス。家族の命を奪った仇を討つためサイボーグとなり、現在はサイタマにほぼ強引に師事を受けているS級ヒーローの一人である。

 

「先生。また先生と俺宛に手紙が届いていますよ」

 

 そう言ってジェノスが持ち込んだのは、ガサガサと音を立てるダンボール箱。

 それを見たサイタマは顔をしかめ、億劫そうに起き上がって恨みがましそうに睨みつけた。

 

「俺のっつーかほとんどお前のじゃねーか。いいよ見せなくても」

「すみません。前回のようにまた一通でも入っているかと思いまして」

「お前さりげに失礼だぞ」

 

 S級ヒーローとして公式に認められ、めまぐるしい功績を挙げているジェノスとは真逆に、サイタマは間違った認識をされているB級ヒーロー。以前届いた手紙には、ジェノスへのファンレター以外に心ない誹謗中傷の書かれた手紙が混じっていたものだ。

 本人は「暇な奴がいるな」と全くへこたれた様子はなかったが、ジェノスは当時差出人を特定して報復しようとしたほどひどいものだった。

 ゆえに自分から期待はしないつもりのサイタマだったが、何と無く気になってダンボールの中を荒らすのだった。

 だがすぐに気落ちしたように肩を落とした。

 

「……案の定お前のファンレターばっかりなんだけど」

「以前とは違い、先生宛の批難の手紙はないようですね。ま、少しは学習したということでしょう」

 

 若干期待していたのか、サイタマのテンションの落差が著しい。次第にその無表情が苛立たしげに歪んでいった。

 

「ないならないでちょっと腹立つけどな。……ここに住んでんの俺なんだけど」

 

 なぜ家主(自称)の自分ではなく押しかけ弟子のジェノスに配送物が多いのか。そこら辺のことについて、小一時間送り主に問いただした気分になったが、すぐに面倒臭くなってやめた。労力の無駄で腹が減るだけである。

 ふと、腹が減るという単語でサイタマは、冷蔵庫の中身がもう底を尽きかけていることに気がついた。

 

「あ。そういうや食材ねぇんだった。ちょっと買ってくるわ」

「先生。俺も行きますよ」

 

 強さの秘訣を知りたいと、ほぼ勝手に住み着いているサイタマに家賃まで払っているジェノスが甲斐甲斐しく共を申し出る。

 げに尊いのは、彼のその忠誠心である。

 

 

 さて、食材の買い足しのために無人のZ市から隣町へと移動したサイタマとジェノスだが、二人が目立つことはその時あまりなかった。

 というのも、ヒーローという者たちは皆基本的に、自身を目立たせる派手な格好をしたがるものが多く、人々はそちらを強く記憶しているものであるからだ。特にサイタマはそのあまりにも特徴の薄い顔、ジェノスは衣服で機械部分を隠しているため、人々が気づく確率はそう高くなかった。

 

「……ん?」

 

 のんびりと歩いていたサイタマが、ふと何か違和感に気づく。なんとなしに振り向いて見て、目に入ったものに違和感が確信に変わった。

 様子の変わったサイタマにジェノスも気づき、足を止めて振り向いた。

 

「どうしました、先生?」

「いやさ。俺の勘違いかもしんないんだけど……あそこにでかいビルなかった?」

 

 サイタマの指差す方向に、ジェノスもちらりと目を向ける。示された方向は確か無数の企業のビルが乱立していた区域で、大きなものから小さなものまで幅広く建設されているはず。しかしそんな中で、ある企業のビルがひときわ大きく、その繁栄ぶりを顕著に表していたとうっすら記憶していた。

 だが、そのビルの姿は今は見えず、ビル街の中にぽっかりと空間を作っていた。代わりに建っているのは、他の企業とそう変わらない高さの無数の建物だけ。

 その様はまるで、その部分だけ景色から切り取ったかのような違和感を感じさせた。

 

「そう言えばそうですね。確かあそこには大手企業の入ったビルが建っていたはず……」

 

 戦闘特化とはいえサイボーグであるジェノスもはっきりと記憶していて、現状との差に訝しげに眉を寄せた。

 何かしらの事故で解体でもされたのか、とひたいに人差し指を当てて情報を他所から検索してみるも、これといった案件は思い浮かばなかった。それどころか、そんなビルが建っていたという記録も企業についての情報さえも探し出せなかった。

 いよいよジェノスは、自身の記憶と外部のデータの差に困惑の表情を浮かべた。

 

「……どういうことだ。検索結果に該当する建造物がない……?」

「やっぱ俺の勘違いだったか?」

「いえ、俺にも覚えがあるのでそういうわけではないかと……しかしやはりヒットしない? バグか……?」

 

 ここまで違和感が大きいと、機械の身とはいえ少々不安になってくる。もしかしたら自分の体の中で何か重大なトラブルが起きているのかもしれない。

 ジェノスは一度サイタマに向き直り、一声かけてから行くことにした。

 

「すみません先生。少し気になるのでクセーノ博士のもとでメンテを受けてきます。ついでに、あのビルについて詳しく調べておきます」

「おう、わかった。遅くなるんなら先帰ってるわ」

「はい。ではこれで」

 

 ぶらぶらと手を振られ、ジェノスはさっと頭を下げて走り出す。コンマ以下数秒でジェノスは自動車並みの速度に移行し、みるみるうちにサイタマのもとから見えなくなった。

 

(自覚している限りでは違和感はない……少し厄介な状態かもしれんな)

 

 ジェノスはしばらく助走をつけてから跳躍し、建物の屋根を伝って目的地へと急ぐ。

 別に急ぐものではない。健康診断ぐらいの気概で青空の下を駆け抜けていった。

 だが、こういったバグを放置するとまた別のバグを誘発する可能性もある。放置するよりは、早めに対処してもらった方が万一の事態にも備えられるというものだ。

 

(油断で窮地に陥る。俺のかつての汚点をまた晒すわけにはいかない。……何より、先生にまた無様な姿を晒したくはないしな)

 

 かつて油断と慢心で機能不能にまで追い込まれた経験を持つジェノスは、二度と醜態をさらすまいという確固たる意志を持って空を跳ねていった。

 

 

 一方、残されたサイタマはジェノスの去った方をぼーっと見上げ、軽くため息をついた。

 

「サイボーグも大変だなー。……っつーかビルのことは別にそんな気にしてないんだけど」

 

 思ったより重要視させてしまったことに悪いことしたなーと思いながら、自分も買い物に行くために踵を返す。今日の夕飯何にすっかなー、とぶらぶら歩きながら考える。

 そんな時、向こう側からふらふらと歩いてきた子供の姿が目に入った。

 若干薄汚れたパーカーにヨレヨレのズボンという、思わず眉をしかめる格好をした子供が、フードで顔を隠しながらおぼつかない足取りでサイタマのいる方へと歩いてくる。

 ちょっと心配になる格好してんなー、とサイタマが一瞬思ったとき、ぐらりと体を傾けた子供にもろにぶつかってしまった。

 

「うおっと」

「!」

 

 不意のことで、サイタマもつい反応が遅れてしまった。

 サイタマはビクともしなかったが、子供の方はぐらりとバランスを崩して転びかける。すぐにサイタマが手を貸してやり転ばずに済んだが、つい掴んでしまった子供の腕の細さにわずかに目を見張った。

 

「おい、だいじょう……」

「ご、ごめんなさい!」

 

 子供はサイタマの顔を見ることなく、終始怯えた様子で必死に顔を隠して走り去ってしまった。やはり足元がおぼつかず、よたよたと不恰好な走り方をして離れていく子供に、サイタマはしかめっ面でため息をついた。

 

「……なんだありゃ」

 

 子供は謝りはしたものの、サイタマに顔を全く見せずにさっさと走り去ってしまった。

 最近の子供は無遠慮というか、生意気な奴が多いなと世の中に呆れていた時だった。

 

「きゃあああああああああああ‼︎」

 

 耳を塞ぎたくなる、けれどサイタマには聞き慣れた甲高い声が、あたりに響き渡った。

 振り向いてみればいきなり大きな爆発が起こり、吹き飛ばされたトラックがサイタマめがけて落ちてくるのが見えた。サイタマは難なくそれを片手で受け止め、ぽいっと邪魔にならないように傍に放る。

 爆発から逃げ惑う人々の隙間から様子を伺ってみれば、その中心には奇妙な姿の団体があった。

 全身を鋼鉄で覆い、鋭利な棘や鉤爪で武装した黒いモグラのような怪人が複数と、青い体にコウモリに似たマントを羽織った怪人が、道を我が物顔で闊歩していた。どちらも全身から光沢を放っており、尋常ではない危険性をうかがわせる質感を伴っていた。

 

「化け物だ――――‼︎」

「逃げろ‼︎ こっちに来るぞ‼︎」

 

 怪人たちは凶悪な顔で人々を睥睨し、まっすぐにサイタマの方に向かって歩いてくる。爆煙を背に堂々と進むその姿は、普通のものたちにはまさに悪夢のように思えたことであろう。

 

「あれ? 俺か?」

 

 自分の方にわざわざ歩いてくることに気づいたサイタマが、ちょっと期待するように声のトーンを上げた。ヒーローとしての知名度が低いせいか怪人自ら挑んでくることなどなかったので、ちょっとワクワクしてしまった。

 

「よっしゃあああ来いやあああ!」

「がああああああああ‼︎」

 

 そういうことなら喜んで相手をしようと、サイタマは自身のうちに蘇りかけた感情に気づかないままポーズをとる。

 怪人たちもそれに応じるように、サイタマに向かって全力で走り出していた。

 強くなりすぎて、いつのまにか無くしてしまっていた大切な感情。それが今、ふつふつと湧き上がり始めている。怒り、焦り、恐怖、自分よりも圧倒的に強い敵を前にした時にいつも渦を巻いていた感情が、勝負を挑まれたことで今蘇ろうとしている。

 サイタマは今、喜びを覚えていた。

 そうだ、自分は、これを求めていたのだ。引き締まる緊張感、人々を蹂躙する敵へ燃え上がる怒りの炎、道の相手に抱く恐怖の闇‼︎

 今まさに彼の中で、戦いの高揚感が蘇ろうとしていた―――‼︎

 

「うおおおおおおおお‼︎」

「がああああああああ‼︎」

 

 だが、凶悪な顔で迫っていた怪人たちは、全身の力を漲らせるサイタマの横を華麗にスルーしていった。

 激突など一切することなく、一人虚しく構えを取るサイタマを完全に無視し、彼の後ろに向かって走っていく。一瞥もくれることなく、むしろ邪魔そうに若干顔をしかめながら。

 なぜか、虚しく風が吹いた気がした。

 

「…………あれ?」

 

 しばらくして、サイタマは誰も自分の方に向かってこなかったことにようやく気づく。

 誰もいなくなったその場で一人佇み、寂しく風が吹き抜ける道の真ん中で立ち尽くしていた。

 

「…………ああ、そうかそうか。怪人が俺を無視しやがりますか」

 

 ふつふつと、先ほどとは全く別の感情が湧き上がった。ビキビキと血管がサイタマの額に浮き上がり、表情筋がヒクついて笑顔のように歪んでいく。

 今まさに彼の中で、苛立ちが最高潮に達しようとしていた。

 

 ―――上等だ‼︎

 

 

 路地裏の暗闇を、先ほどサイタマにぶつかった子供が走り抜けていた。足取りは今にも倒れそうで、見ているだけで悲痛な感情が芽生えそうなほど弱々しい。

 しかしその子供は決して足を止めることはなく、背後から迫る脅威から逃れようと必死に足を動かし続けていた。

 

「ハッ……ハッ……ハッ……‼︎」

 

 しかしその足も、ついに完全に止まってしまう。疲労が全身に絡みつく錘となり、立ち上がる気力を奪い去ってしまう。

 それでも目には恐怖が募り、ガクガクと震える足で必死に前に進もうと、抗おうとしていた。

 だが、そんな子供を突如、大きな影が覆った。

 

「みぃつけたァ……!」

「⁉︎ い、嫌っ……‼︎」

 

 頭上から顔を覗き込んできたコウモリの怪人を前にし、子供は悲鳴をあげて尻餅をついた。

 みっともなく震えて涙をにじませる子供に、コウモリの怪人は心底愉快そうに笑い声をあげた。

 

「クヒャヒャヒャ‼︎ 哀れなもんだなぁ、最初に一度俺を倒してみせた(・・・・・・・・・・・・・)お前が、今度は真っ先に俺にやられちまうんだからなぁ……まぁ、どうでもいいけどなぁ」

 

 他のモグラの怪人も追従するように笑い声をあげるが、がたがたと震える子供には反応すら返すことができなかった。バカにされ、見下されているというのに、それに反論する勇気も余力もこの子供は持ち合わせてはいなかった。

 

「おいおいどうしたよ、あの時のお前はもっと威勢があっただろ⁉︎ まぁ……こっちの方が嬲りがいがあるけどなぁ⁉︎」

 

 コウモリ怪人は愉悦に満ちた下卑た笑みを浮かべ、コウモリの翼に変化した自身の指を見せつける。鋭利な輝きを放つその指はきっと、子供の肌なら容易く切り裂くことができるだろう。そしてそれを楽しむほどの残虐性を、この怪人は滲ませていた。

 

「生きて連れてこいとは言われたけどよぉ……足の一本や二本ぐらいはいいよなぁ⁉︎」

「ヒィッ……‼︎」

 

 頭を抱えてうずくまる子供に向けて、コウモリの怪人とモグラの怪人たちが一斉に襲い掛かった。鋭利な羽が、モグラたちの両腕の斧や鉤爪やドリルが、幼き命を外そうとし逆に満ちた形相で飛びかかっていった。

 力のない子供に、それに抗う余裕などない。ただただ恐怖心に支配され、硬く身を包めてうずくまる他になかった。

 

「がああああ‼︎」

 

 そしてその狂人が、柔らかい皮膚を切り裂こうとした、その時だった。

 

 

「よっ」

「ぐわっはああああああああああああああああ⁉︎」

 

 

 気の抜ける掛け声とともに尋常ではない衝撃に襲われ、コウモリとモグラの怪人たちは一瞬で天高く吹っ飛ばされた。

 鋼鉄の鎧や武器は一瞬で粉々に破壊され、四肢がありえない方向に折れ曲がって酷い有様になる。どす黒い色の血反吐を大量に撒き散らした怪人たちは、上空まで跳ね上げられるとそのままドッカーンと真っ赤な炎を上げて爆散してしまった。

 

「……なんだったんだあいつら?」

 

 相変わらずあっけなく終わってしまった戦闘に虚しい気分になりながら、サイタマは先ほどの怪人たちに微妙な違和感を感じていた。

 怪人にもレパートリーがあり様々な姿のものがいるが、今回の怪人は別種の歪さを持っているように思えた。人間から変じた怪人があんな風に人型を保ったまま異形になることもあるが、それとも微妙に異なる気がする。

 首を傾げて、何がしたかったのかよくわからなかった連中を思い出す。コウモリの怪人はどうにも別に用があったようだが、何をしようというのか。

 一人で顎に手を当てて考えていると、背後でドサっと何かが倒れる音がした。振り向いてみれば、先ほど襲われていた子供が倒れこんでいた。命の危機を脱して安堵したのだろう。

 

「……おい、どうした? しっかりしろ」

 

 グイグイと肩を押していると、子供が被っていた汚いフードが外れて子供の顔があらわになった。

 少女だった。汚れてはいるが幼いながらも整った顔立ちで、テレビのアイドルにも匹敵しそうなぐらいだ。

 サイタマが呼びかけ続けていると、少女は真っ白な髪の下の瞼をわずかに開いていく。長いまつ毛に縁取られた瞼の下から覗いたグレイの瞳が、ぼんやりとサイタマの顔を写していた。

 

「……やっと……会え、た……」

 

 そんな言葉を残した少女は、小さな笑みを浮かべたまま気を失ったのだった。


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