【完結】ONE PUNCH MAN 最弱のヒーローと時間泥棒   作:春風駘蕩

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 二十撃目 起死回生

「……これが、電王」

 

 金属製の籠手に覆われた自分の手を見下ろし、ミライはどこか夢見心地で呟く。

 体に突然宿った力はふわふわとした感覚で、自分の力とは思えない。無理に高いヒールを使って背伸びしているような、そんな頼りなさを感じてしまうくらいだった。

 

『いくぜミライ!』

「う、うん!」

 

 しかしそれでも、その手に仮面の剣を掴んだ瞬間から、ミライはキッと表情を改めて覚悟を決める。

 集められた力に背中を押され、重く手にのしかかる剣を両手で握りしめ、崩壊したビルの屋上でに佇む牙王を睨みつけた。

 

「ぐっ…むぅ!」

「はははは! もう手も足も出ねぇようだな…もうこんなもんでいいだろう」

 

 牙王の手が、ボロボロになったジークの首を片手で掴み、目前に持ち上げる。

 苦悶の声を漏らしながらも、ジークは気丈に牙王を睨みつけ、しかしやはり悔し気に歯を食いしばる。

 純白のドレスと鎧には多くの傷が刻まれ、奮闘の跡をうかがわせた。

 

「あとは俺の胃の中で、この下らねぇ時間が消える様を見てやがれ」

「ぐああああああ‼︎」

 

 牙王がそう告げた瞬間、ジークから白い光が放たれ、その体が粒子のように崩れていく。

 牙王の仮面が口のように開き、その中にジークであった光が飲み込まれていく。そのすべてを食らいつくすと、牙王の仮面はげっぷのように蒸気を放ち、一際大きな光を漏らした。

 

「ジーク…!」

 

 ハナは消滅したジークから目を逸らし、苦し気に顔を歪めてうつむく。ただ見ているばかりで、何もできなかった自分自身が悔しくて仕方がなかった。

 牙王はやや満足げに肩をすくめ、首をゴキゴキと鳴らして横目を向ける。その先には、大量の鉄骨の山の中でもがく禿頭の白マントの男の姿があり、うまい具合に絡まってしまったのかなかなか抜け出せない様子だった。

 

「次はてめぇだハゲマント……せいぜい俺を怒らせたことを後悔して消えちまえ!」

 

 下卑た笑みを浮かべ、牙王はサイタマの姿がよく見えるように屋上の端に歩み寄っていく。

 ゆっくりと掌を掲げ、時間に干渉する力を解放し、忌々しい邪魔者を完全に消滅させてやろうとした時だった。

 

「やああああああ‼︎」

 

 甲高い金属音とともに、真下から少女の雄叫びが聞こえてくる。

 鬱陶しそうに振り向いた牙王は、金色の光のレールの上を剣を掲げて滑走してくるミライの姿を目にし、ちっと舌打ちをこぼす。

 引き攣った顔で剣を振るう少女に、鉄筋に囚われたサイタマは目を丸くしてその姿を見つめた。

 

「……あいつ」

「てめぇ……しつけぇんだよ小娘が」

 

 振るわれた斬撃をやすやすと躱した牙王は、すぐ目の前を通り過ぎ屋上に辿り着いた少女に険しい目を向け、思わず低く唸る。

 たたらを踏みながら降り立ったミライは、おっかなびっくりといった様子で剣を構えなおしながら牙王に向き直り、震える切っ先を突き付ける。その情けない姿に、牙王はますます苛立ちを募らせた。

 

「もういっぺん喰われなきゃわからねぇみてぇだな‼︎」

 

 ブンと自分の剣を振りかざし、牙王はミライの方へ一歩ずつ近づいていく。

 次第に駆け足になっていく敵にミライはやや怯えながら、それを無理矢理押し殺してその場にとどまり、剣を向け続けていた。

 

「おらぁああ‼︎」

「ひぅっ⁉︎」

 

 しかし、牙王が剣を振るうと勇気は一瞬で引っ込んでしまい、涙目で後退り腰を抜かしてしまう。

 牙王は容赦なく次の斬撃を振るい、そのたびにミライは躱そうとするも、すれすれを通り抜ける刃に思わず体を硬直させてしまった。

 

「ぴぃっ⁉︎」

 

 刃が風を切り、犠牲になっていく自分の髪や、浅く傷をつけられる自分の鎧とスーツにぞっと背筋を震わせる。

 そして恐怖する暇もなく向けられる悪意の猛攻に、ミライは情けない悲鳴を上げ、ただひたすら逃げ続けるほかになかった。

 

「ひやああああ⁉︎」

「おいおい…拍子抜けさせんじゃねぇよ! もっと俺を…楽しませろ‼︎」

 

 自分から向かって来たかと思えば、結局この程度なのかと牙王は激しい落胆を覚えて吐き捨てる。

 立ち上がるどころか、まともに向かう事もできずにいる少女に向けて、牙王は執拗に剣を振るい続けた。

 

 

 瓦礫に囲まれたビルの真下に集まる、無数の怪人やイマジンたち。

 彼らは存分に力を振るい破壊をもたらせる場所を探し、やがて軍団の最優先目標である分岐点の少女の姿を捉え、一斉に同じ場所を目指し始めた。

 

「いたぞ! 分岐点のガキだ!」

「捕まえて今度こそぶっ殺してやれ‼︎」

 

 軍団の頭目である牙王、その男に下された命令だからというだけでなく、見るからに弱く甚振りがいがありそうな標的を狙う快感に突き動かされている彼ら。

 そんな彼らを真下で防いでいるのは、自然と共闘体制が出来上がりつつあるS級ヒーローたちだった。

 

「くっ…! 加勢に行きたいところだが、この数では!」

 

 手のひらから業火を発射し、鋼鉄の拳をたたき込むジェノスが、一向に減る様子のない怪人の波に鬱陶しそうに唸る。

 やはり一体一体はそれほど強力ではない、災害レベル虎か鬼程度の脅威でしかないが、それが大群を成しているのだから始末に負えなかった。

 

「しゃらくせぇ!」

「どけオラァ‼︎」

 

 超高速の斬撃と、気合によって振るわれるバットが怪人達を吹っ飛ばし、片っ端から片付けていくもその状況は変わらない。

 だがそれでも、ヒーローたちの表情に絶望はない。やけくそになっているわけではない、唯一の希望に全員が懸けていたからだ。

 

「たった一人の少女に頼ることしかできんとは…せめて雑兵どもの掃除は任されんとな」

 

 流れる激流の動きとともに、シルバーファングが自身の悔しさを破壊の力に変えて怪人達に叩き込む。

 心が折れそうなほどに圧倒的な兵力の差を前にしても、彼らは止まりはしない。各々にできることを全力でやり遂げようとしていた。

 

「邪魔するんじゃねぇぞクソヒーローども!」

 

 進めないことに苛立ったイマジンの一体が吠えるが、その顔面に鉄拳がぶち込まれ、その体が大きく吹っ飛ぶ。

 山のような巨体を誇る黒スーツのその男は、その背に立つ黒髪の美女を守るように怪人の軍勢を睨みつけた。

 

「出番よ、フブキ組!」

 

 美女の号令で、何十人もの黒スーツたちが隊列を組み、怪人達に相対する。

 フブキも自身の超能力を全開にし、地面から少しばかり浮きながら、淡い緑色の光を纏いながら戦闘態勢に入った。

 

「メインディッシュはあの子に譲るけど、向こうより目立たせてもらうわよ!」

「「「はっ!」」」

 

 自身の派閥フブキ組総員を動員し、フブキも少女の戦いを守るために尽力する。

 時の干渉を抜け出た不死の怪人軍団とヒーローたちの戦いは、少女の周囲を中心に激しさを増していくのだった。

 

 

「あうっ…!」

 

 小さく悲鳴を上げ、ミライが勢いよく倒れこむ。

 体中に小さくも傷を負わされた、今にも泣き出しそうになるも懸命に我慢し、震える体を起こそうと足掻いていた。

 

「いい加減うざってぇんだよ……何回喰い殺せば黙るんだよクソガキ! さっさと潰れやがれ‼︎」

 

 生意気に自分の剣を躱し続けていた少女に、牙王は理不尽な怒りをぶつけて怒鳴りつける。もはやこの小娘に反抗する力などのこってはいまい。なのになかなか仕留めきれずにいることが腹立たしくて仕方がなかった。

 剣呑な気配を発する牙王の目の前で、ミライは剣を支えに立ち上がり、傷だらけの顔を上げて目を向ける。

 

「……つぶれ、ない…!」

 

 向けられるその目に、牙王に対する恐怖はない。苦痛の表情が混じっているものの、逃げ出したそうな様子は見受けられない。

 決意と覚悟を秘めた、思わぬ力強さを秘めた目を目の当たりにし、牙王の方がわずかに気圧されていた。

 

「弱かったり、運が悪かったり、何も覚えてなくたっても……それは何もしない言い訳にはならない…!」

 

 ぶるぶると震える足で立ち、ミライは再び剣を構える。先ほどまでの押され続けていた情けなさがいつの間にか鳴りを潜めていて、牙王の方が戸惑わされる。

 剣と鎧がもたらす力だけではない、自分の胸の奥から湧き上がる何かが、気弱な少女に立ち向かう気力を与え始めていた。

 

「この時間は…! 壊させない‼︎」

【モモソード】

「やああああ‼」

 

 剣のついたレバーを回すと、並んだ四つの仮面も回転を始める。

 その中の一枚、赤い桃のような仮面が頂点に達すると、ミライはそれを力強く叫びながら牙王に向けて横薙ぎに振るった。

 

「くっ…!」

【ウラロッド】

 

 受け止めた牙王が、斬撃の思わぬ鋭さに苦悶の声を漏らすと、ミライはさらにレバーを回して仮面を回転させる。

 青い亀を模した仮面を頂点にすると、ミライは剣を構えなおし、まるで槍のような鋭い突きを何度も振るって見せた。

 

【キンアックス】

 

 一転し防御に回った牙王に、ミライは今度は金の字を模した仮面を頂点にして飛び掛かる。

 頭上から剣を振り下ろし、斧のような重い一撃をたたき込むと激しい火花が散り、発生した衝撃が牙王を大きく吹き飛ばした。

 

【リュウガン】

 

 たたらを踏んだ牙王に今度は紫色の光弾が命中し、さらにあとずらせる。

 剣を銃のように構えたミライは、屋上を駆け回り一定の距離を保ちながら牙王を狙撃する。

 牙王はさらに怒りを燃やし、光弾に構わずミライに向かって突進を開始した。

 

「ちぃっ…! うざってぇんだよ! ザコのくせによぉ‼︎」

 

 苛立ちを込めた渾身の斬撃を振るう牙王だが、それが届く直前にミライは大きく後ろに跳び、足元に伸びたレールの上に着地する。

 空中に自在に伸びていくレールの上を滑走し、ミライは徐々にその速度を上げて牙王を見据えた。

 

『やるやないか!』

『効いてる効いてる!』

『イェーイ! ザマーミロ!』

『よっしゃあ! 一気に決めてやれ、ミライ!』

「う、うん! …って、え⁉︎」

 

 モモタロスたちに促されるままに頷いたミライが、レバーを押した後で目を丸くして振り向く。

 レールを統べるミライの周囲にエネルギーが集まり、列車の形を成し始めた時点で、ミライは狼狽しながら剣に宿っているモモタロスたちを凝視した。

 

「え? え? どうすればいいの⁉︎ 何すればいいの⁉︎」

『何って必殺技だ必殺技! あいつらもみんなやってるだろ!』

『とにかく勢いで思いっきりやっちゃえばいいんだよ!』!』

『派手に決めたれや!』

『ほら急いで急いで〜!』

「えっと…! えっと…‼︎」

 

 そうこうしているうちに、ミライとミライを乗せた光の列車は牙王に向けてまっすぐに突っ込んでいく。

 このままではただ激突するだけだと気付き、ミライは慌てて発光する刃を掲げる。そして、眼下のヒーローたちが行っている行為、『技名叫び』を試みた。

 

「で…電車斬り‼︎」

『センスねぇ‼︎』

 

 あまりのダサさに叫ぶイマジンたちをよそに、急遽思いついたミライの必殺技が牙王に向けて放たれる。

 眩しい光とともに突っ込んでくる光の列車を見上げ、牙王は自身もベルトにパスをかざし、剣にエネルギーを収束させていった。

 

「なめんじゃねぇぞ…このガキが‼︎」

【Full charge】

 

 激昂した牙王の放った斬撃が、せまりくる光りの列車と激突してすさまじい轟音と閃光が迸る。

 衝撃波により、ただでさえ崩壊しかけたビルがさらに軋みを上げ、ガラガラと大量の瓦礫を真下に落下させた。

 

「やあああああああああ‼」

「おおおおおおおおおお‼︎」

 

 吠えるミライと牙王、両者の放つ光は互いに引かず、周囲に破壊をもたらしながらビリビリと大気を振動させる。

 闇の空を太陽の様に照らした激突を制したのは、剣を強く振りぬいた牙王の方だった。

 

「あぐっ…!」

 

 鍔迫り合いに破れた未来は、その場から大きく吹き飛ばされて屋上に叩きつけられる。

 その際の衝撃で仮面の剣を手放してしまい、鎧も消えて元のみすぼらしい格好に戻ってしまい、無防備な姿を晒してしまった。

 

「ご大層なオモチャを引っ張り出してきやがって……ご苦労なこったな」

『ミライ!』

『ヤバイよコレ…!』

 

 モモタロスたちは未来を案じて声を上げるが、イメージをし直し再契約した今の彼らでは駆け寄ることもできない。

 そんな彼らを、牙王がひょいと持ち上げ嘲笑うように目前に掲げた。

 

「てめぇらも俺の胃の中でおとなしくしてやがれ」

『ち、ちくしょ……ぐあああああ‼︎』

 

 馬鹿にするような笑い声とともに、牙王の仮面の口の中にモモタロスたちが吸い込まれていく。

 あっという間に彼らの声は聞こえなくなってしまい、ミライと牙王のいる屋上に完全な静寂が訪れる。そして、その場にミライの味方は誰もいなくなってしまった。

 

「モモ…タロスさん……ウラタロスさん……キンタロスさん……リュウタロスさん……ジークさん…」

 

 自分に全てを託し、力を貸してくれた者達が次々にいなくなり、どうにかもっていたミライの心が崩れていく。

 呆然とうつむくミライの目の前に、見下した様子の牙王が立ちはだかった。

 

「頼みの綱のイマジンどもはもういねぇ……クソヒーローどももお前のお守りどころじゃねぇ。詰んだな、時の守護者」

 

 反応を返すこともできないミライの前で、牙王はゆっくりと剣を掲げていく。

 隅に追い詰めた獲物を、じりじりと追い詰めるような醜悪さで、牙王はミライの首を狙う。

 どこからか、ハナが叫んでいるような声が聞こえるが、それに応える余力さえ今のミライには残されていなかった。

 

「ボクは……どうして…こんな……!」

「こいつで本当に終いだ…! じゃあ、あばよ……クソガキぃぃぃぃ‼︎」

 

 心を折られ、身動き一つできない少女に、牙王の無慈悲な刃が振り下ろされる。

 最期を悟り、希望を見失ってしまった未来は、心の中でモモタロスたちやハナ、ヒーローたちに自分の不甲斐なさを詫びながら、涙の滲んだ瞼を閉じる。

 

 ―――弱くて、ごめんなさい。

 

 牙王の刃が、細い首をたやすく切断する。

 そう、力なくつぶやかれた時だった。

 

「おい」

 

 ガンッ‼と鈍い音がして、振り下ろされた刃が止まる。

 仮面の下で目を見開いた牙王が、真横から突き出された赤い手袋に目を見開き、すぐさま忌々し気に歪められる。

 いつまでたっても痛みが来ない事を訝しんだミライが、顔を上げたその瞬間。

 

「だから……俺のことを忘れてんじゃねーっての!」

 

 白いマントをはためかせ、牙王の前に立ちはだかった(ヒーロー)の背中に、ミライは釘付けになっていた。

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