【完結】ONE PUNCH MAN 最弱のヒーローと時間泥棒 作:春風駘蕩
水色に美しく輝く翼が羽ばたき、少女の体を天へと誘う。
無数の光の粒子を撒き散らしながら飛び立った少女は、赤い刀身の剣を振りかざし、最凶の敵に向けて刃を振り下ろした。
「うおりゃあああああ‼」
凛々しい外見からは想像もつかない粗野な掛け声とともに、渾身の力で振るわれた剣が牙王の剣とかち合う。
激しい火花が散り、牙王の足元がクレーターのように陥没し、辺りに衝撃波が発生する。牙王はそれに舌打ちし、鬱陶しそうに力尽くで払いのけた。
「ちっ…来い!」
何もない空間に向けて、牙王が苛立たし気に吠える。
その直後、突然何もなかった空間に禍々しい揺らぎが発生し、その中心から一本のオレンジ色の列車が顔を覗かせ、凄まじい咆哮を上げてみせた。
ワニの顔を模したような、刺々しい外観のそれはデンライナーと同じように空中を走行し、牙王の真下に向かってきた。
「逃がさねぇぞクソガキぃ‼︎」
牙王はその列車、ガオウライナーの上に飛び乗り、空中を舞うMミライを追いかけて剣を振りかざす。
猛スピードで迫ってくる、龍にも見える列車に瞠目していたミライだが、すぐさま表情を改めて剣を構えなおした。
「でやああ‼︎」
「ガァアアア‼︎」
ガオウライナーの上で、ミライと牙王の剣が互いにしのぎを削り合う。
高速で走り続ける列車の上という不安定な足場でぶつかり合う二人、その攻防はわずかにMミライが押していて、牙王は仮面の下で腹立たし気に顔を歪めていた。
「くっ…‼ ちくしょうが‼ 何だってそこまで必死になってんだ⁉ 馬鹿みてぇに俺の邪魔をしやがって…‼ てめェらだって時間をブッ壊すために来た連中だってのによ‼」
「うるせぇ‼」
八つ当たりのように振るわれた剣を、Mミライも鬱陶しそうに払う。
怒号とともに放たれた薙ぎの威力はすさまじく、牙王の身体が衝撃によって大きく吹き飛ばされる。咄嗟に防御した牙王だったが、腕に残る痺れの為かすぐさま応戦する事ができなかった。
「僕らだって、世界を守るとか人の為とか、そういう高尚なもののために戦ってるわけじゃないんだよ‼」
剣が組み直され、長い槍となって牙王に襲い掛かる。
素早く、正確に振るわれる激流のような刺突に翻弄され、牙王は徐々に押し出され、体勢を大きく崩されていく。
「一人の女が戦っとった! たった一人で頑張っとった! そんな姿見とったら、手ぇ貸してやりたなっとったんや‼」
槍は今度は斧に組み合わされ、分厚く頑丈な刃が牙王の剣を弾く。
四股を踏むように力強く、雄々しく踏みしめられた両足が生み出す体重の乗った一撃が、牙王の両腕を勝ちあげて体勢を崩す。
がら空きになった胴を、ミライの紫に輝く目が射抜いた。
「お仕事じゃなくて、かっこつけでもなくって! 自分がやりたいことを一生懸命にやってたから! ぼくたちも一緒にここまで来た‼」
組まれた銃が火を噴き、牙王の両腕に炸裂して小さな爆発を起こす。装甲の表面を削る威力のそれは、牙王の手から剣をもぎ取り、牙王の手の届かない遠くへと弾き飛ばしてしまった。
表情を変える牙王に向かって、鎌とハンドアックスを構えたミライが肉薄していった。
「その気高き心が貴様にわかるか…? 何度倒れようと転ぼうとも、前に向かって真っすぐに歩き続ける美しき魂が‼」
優雅に、洗練された無駄のない動きで振るわれる刃が、牙王の鎧に夥しい数の傷を刻み、火花を散らさせる。
全身に食らいつく刃と、それによる痛みで牙王は見る見るうちに勢いを失くし、憎悪に満ちた苦悶の声とともによろよろと後ずさっていく。
「その理由が……ヒーローになりてぇってガキみたいな理由だぜ」
血を吐く牙王に向けて、再び組み合わせた剣で斬りかかるMミライが、にやりと笑みを見せながら呟く。
かつて少女から聞いた思いを馬鹿にするわけではない、呆れるわけでもない。それを誰よりも誇らしく思い、その目は牙王に向けて自慢げに語っていた。
「最高にかっこいいじゃねェか‼」
牙王は、剣を肩に担ぎにやりと不敵に笑うMミライを前に言葉を失くす。
この少女の姿を借りた怪人が語る、誇らしげな言葉の全てが理解できず、ただ圧倒され慄くほかになかった。
「イカレてやがる…‼ そんな本当にガキみてぇな願いのために、お前らは一緒になって戦ってきたってのか⁉」
「そう言ってんじゃねぇかよ!」
小馬鹿にするようにフッと鼻で笑い、Mミライが目を伏せる。
そして、再び顔を上げ、キッと射殺さんばかりに鋭い視線を向け、牙王を睨みつける。その目に浮かぶ明らかな怒りの炎に、牙王はまたしても気圧された。
「俺達の戦いの歴史を……てめぇみたいなクソ野郎が語るんじゃねぇ‼」
Mミライの振りかぶった剣が、牙王に向かって全力で振るわれる。
武器を失くした牙王は咄嗟に両腕を盾にしようとするが、渾身の力で振り下ろされた斬撃はたやすくそれを弾き、牙王をガオウライナーの上からたたき落とした。
「うおりゃああああああ‼」
「ぐあああああ‼」
上空から落下するMミライと牙王はもつれあいながら、ビルの屋上に墜落して土煙を立たせる。
ゴロゴロと転がり、うめき声を漏らす牙王を見降ろし、翼を羽ばたかせて降り立ったMミライはまたにやりと笑みを見せた。
「さ~て、そろそろ終わらせようぜ。ミライ」
(うん…! こいつを倒そう、みんなで‼)
不敵な笑みのまま、Mミライはパスを取り出し、ベルトの中心にかざす。
するとベルトは、ミライに宿る五体の怪人を象徴する、様々な色に輝き始めた。
【Full charge】
バチバチとMミライの剣が帯電し、刀身が七色の光を放ち始める。
同時に背中に広がる翼も光を放ち、曇天の空の下で眩しい輝きを示したかと思うと、突然無数の羽根に分裂し、どこかへと飛び立っていった。
解き放たれたいくつもの羽根は、自ら意思を持つ様に天を舞い、それぞれ別の場所を目指していく。その先には、今もなお戦い続けるヒーローたちの姿があった。
そして無数の羽根は、懸命に戦うヒーローたちの体に宿り、それぞれで異なる色に染まっていった。
焼却砲‼
ジェノスの放った業火の砲撃により、橙の爆発が発生する。
その場に集まる無数の怪人達を根こそぎ呑み込み、跡形もなく焼き尽くしてしまう。
流水岩砕拳
バングの流れる水の動きが、薄い青の輝きと共に黒い鬼のような怪人を容赦なく叩きのめし、肉体を破壊していく。
地獄嵐‼︎
フブキの全力のサイコキネシス、深緑の念力の竜巻が何十体ものモグラの怪人達をまとめて覆い、その身を片っ端からこま切れにしていく。
アトミック斬‼︎
アトミック侍の目にもとまらぬ斬撃が、紅の光を伴って放たれ、巨大な蝙蝠の姿をした怪人を一瞬で両断し肉塊に変えていく。
「戦術変形『銀』」
片腕に輝く銀の刃を備えた駆動騎士が、G電王に超速の斬撃を食らわせ、抵抗も一切許さないまま切り裂く。
超合金キャノン‼
鍛え上げた脚力により跳び上がり、両拳を固めたクロビカリの焦茶が、天空から超巨大怪人の脳天に叩き落とされる。
閃光斬
長い金髪を靡かせたフラッシュの黄の剣技が、鬼の兄弟の間を瞬時に通り過ぎ、彼らをバラバラに切り刻む。
気合い怒羅厳シバき‼
血まみれで歯を食いしばった金属バットが、朱の光を纏ったバットで巨大なサイの怪人をタコ殴りにし、その装甲を叩き割っていく。
タンクトップタックル‼
タンクトップマスターの全力の突撃が、紺の光とともに龍の怪人のどてっぱらに激突し、その体を爆発四散させる。
ダーク☆エンジェル☆ラッシュ‼
ぷりぷりプリズナーの放った、黒い光を纏った拳の連撃が、深海王の全身に深々とめり込み、その顔を驚愕に歪めさせながら叩きのめす。
ジャスティスクラッシュ‼
がむしゃらに振るわれた無免ライダーの自転車が、栗色の光を纏って怪人達に炸裂し、その体を一撃で両断させる。
【Full charge】
ユウトの構えたボウガンが、緑の閃光を放って放たれ、やせ細りモヤシの顔面に突き刺さる。そしてその醜悪な顔を、恐怖で染め上げながら粉々に破裂させる。
「うおおおおおおおおおおおおおお‼」
キングが操るゼロライナーのドリルが、黄金の光とともに天を裂き、巨大戦艦の全体に無数の穴をぶち開けていく。
あらゆる場所で敵に挑むヒーローたちのもとに羽根は宿り、彼らの戦いを後押ししていく。
「必殺マジシリーズ」
そして、大きく口を開けて迫りくるガオウライナーに向けて、真剣な表情になったサイタマが赤い拳を構える。
その身に宿る最強の力、その全力を一転に集中させ、最強の男はその一撃を放った。
マジ殴り
直後、街中のありとあらゆる場所で、ヒーローたちの全力によって凄まじい爆発が発生し、衝撃と轟音が撒き散らされる。
ビリビリと震動が走り、街中を蔓延っていた怪人達が全て討ち取られ、跡形もなく消滅させられていく。その中から、ヒーローたちに宿ったいくつもの羽根が再び飛び立っていった。
「俺の……俺たちの必殺技…‼︎」
羽根はもう一度ミライの元へ戻り、ミライの持つ剣の刀身に宿っていく。
外見も年齢も、信念さえも異なるヒーロー。彼らがそれぞれ持つ色に染まり、力を蓄えた剣は、まるで虹のような眩しい光を放ち、世界を照らし始めた。
「ウオオオオオオオオオオ‼」
「うおりゃあああああああ‼」
雄叫びとともに、七色に輝く剣を振り上げたミライが駆け出し、牙王に突撃していく。
応戦しようと手を伸ばした牙王の胸に、肩に、腹に、全身にミライの放った斬撃が食らいつき、夥しい数の傷を刻んでいく。目にもとまらぬその連撃が、驕り高ぶった破壊者を叩きのめした。
「オールスター・バージョン」
最後に真下から刃を振り上げ、牙王を天に向かって吹き飛ばす。
牙王の体を真っ二つに斬り裂くその一撃は、天に集う暗雲をも切り裂き、真っ青な空を切り開いてみせた。
「喰われるのは……俺の方か……‼」
呆然とした様子で呟いた牙王は、次の瞬間眩しい光に包まれ、爆炎を噴き上げて四散する。
途端に、辺りに充満していた邪悪な気配が霧散し、異変が起こる前と同じ平穏が雰囲気が取り戻されていった。
「空が……」
「怪人達も…消えた」
町の外に避難していた住人達は、カッと頭上から照り付けてくる陽の光に、広がる青空を凝視し、あっけにとられた様子で立ち尽くす。
それが意味する事実に、人間達の表情に安堵と喜びが蘇っていった。
「勝った…勝ったんだ…‼」
「ヒーローが勝った!」
一つ、二つとこぼれていく歓喜の声は、やがて大勢集まり、大気を震わせる大喝采に変化する。
街中に響き渡る勝ち鬨の声に、挑むべき敵が消えたことを確認したヒーローたちは、ようやく一息ついた様子を見せた。
「磁場の乱れも落ち着いてきた……もうこういうややこしい相手はこりごりだよ」
童帝はほっと安堵のため息をつき、少し痛む目元を指で押さえる。
得物を担いだアトミック侍と金属バットも、晴れ渡る空を見上げて気だるげに肩をすくめた。
「嬢ちゃんの方で決着がついたか…」
「おお~すげぇなあいつ」
弱々しく、頼りなかった少女が見せた根性に、現役ヒーローたちは感嘆の声を上げる。
ビルの上から舞い降りてくる少女の姿はやはり小さくも、その背中は少し、大きく見えた。
「こりゃまた派手に暴れたのぉ。後処理の方が大変そうじゃ」
「やはりやるわね、あの子。本気でほしくなってきたわ」
バングも感心した声を上げ、フブキは意味深な笑みを浮かべて腕を組む。
そんな彼らをよそに、火炎放射器を収納したジェノスは、いつも通りの気の抜けた顔になったサイタマを見つけ、急いで駆け寄っていった。
「先生…‼ お疲れ様です」
「おう。今回はやたら手ごわかったな…」
長く待ち望んでいた、自分が苦戦する相手。自分がヒーローであると実感できる相手と戦えた彼は、終わってしまったことに若干の寂しさを覚えながら顔を上げる。
その先にいる、黒幕を討ち取った若きヒーローを見つめ、サイタマはふっと軽く笑って背を向けた。
「んじゃ、帰るか」
「はい……って、え?」
振り向くことなく歩いていくサイタマに、思っていた反応と異なったジェノスが唖然とした顔を向ける。
しかしそれでもサイタマは立ち止まらず、自宅に向かって黙々と歩き去っていった。
『やったな、ミライ!』
「うん…! ありがとう…みんな‼ …あれ?」
アスファルトの上に降り立ったミライは、共に強敵と戦ってくれた仲間に心からの感謝を示し、満面の笑みを見せる。
だがすぐに、少女の目は一人の男の姿を探し、不安げに揺らぎ始めた。
「あの人は…?」
「いたぞ‼ あの子だ‼」
姿の見えない、今もっともお礼を言いたい人物を探すミライは、次の瞬間無数の人々に囲まれていた。
民間人に、報道関連の者達、またはスーツを着た男たちと、大勢の人間が一斉にミライに向かって押し寄せてきたのだ。
「すごかったぜ嬢ちゃん‼」「ファンになりました‼ 握手してください‼」「どうやって勝ったんですか⁉」「その強さは一体どこで…⁉」「ヒーロー協会には所属していないんですか⁉」「ぜひ…ぜひ君こそヒーローになってほしい‼ 特例で試験はパスしてもいい‼」「おい、どけよ! 顔が見れないだろうが‼」「テレビ局の者です‼ 取材を‼」
皆口々に、勝手なことばかりを口にするため、誰が何を言っているのかもわからない。あまりの騒音に、ミライの声も届きそうにない。
早くその場を離れたかったミライだが、一歩たりとも動けなくなってしまった。
『へっへっへ…人気者は辛いな、ミライ?』
「ちょ…ちょっと、どいて下さ…」
茶化すモモタロスに応える余裕もなく、ミライはある男を探して包囲網をかき分けようとする。
その目が不意に、背を向けて歩き去っていく白いマントの背中を捉え、大きく目が見開かれた。
「待って…! 行かないで! まだ…まだ話が…‼」
小さく見えなくなっていく男を、ミライは必死に呼び止めようと叫び続ける。
それでも彼は、ミライに一瞥を繰れることもなかった。
「――――――‼︎」
懸命に口から迸る声は、人々の喧騒に阻まれ、虚しく空へと消えていってしまった。