【完結】ONE PUNCH MAN 最弱のヒーローと時間泥棒 作:春風駘蕩
穏やかな風が吹き抜ける、無人の街Z市。
あちこちに怪人の残骸や尖塔の跡が残る、いつもと変わらない風景。
過去を改変しすべての破壊を目論んだ敵による、世界存亡の危機を乗り越えてもなお、変わらない光景がそこにあった。
「先生、また手紙が山になって届きましたよ」
どさっと、箱いっぱいに敷き詰められたはがきや封筒の山を運び、ジェノスがサイタマの前に置く。
うんざりするような量を前に、サイタマは実際にうんざりした表情を見せた。
「…いいよもう、どうせ全部お前あてだろ?」
「いえ、一応ヒーロー協会からの通達もあるようなので、まとめて持ってきました」
「通達ぅ?」
ジェノスが差し出した封筒には、たしかに協会から出されたものであることを示す印刷がしてある。
訝し気に眉を顰めるサイタマに代わり、ジェノスが封筒を開けて同封されていた通知を読み上げた。
「今回の事件では、ほぼ全てのヒーローが出動していたため、ヒーローランキングの変動はないようですね。上位のヒーローの活躍も同程度のようで、S級のランクにも変化はないです」
「ふーん」
「それとは別に…」
要点だけを拾っていたジェノスの表情が、僅かに顰められる。
それに気づいたサイタマが視線を向けると、ジェノスはやや声に棘を交えながら告げた。
「非公認ヒーロー、電王ことミライに関する情報を求められています」
それを聞いたサイタマの表情が、若干不機嫌そうに顰められる。
以前、ヒーロー協会の存在を知らず、誰からもヒーローと認知されてなかった自分がいるのに、あの少女の事はヒーローと認知しているのか。
若干納得いかない感覚を覚えながら、サイタマは大人げなく喚くことなく、ジェノスの話の続きを待った。
「今回の事件のきっかけでもあり、解決に導いた張本人ですからね…あれだけの戦力を有したヒーローは、協会としても見過ごせないのでしょう」
「……そっか」
面倒くさそうに頬杖をつき、サイタマは調子のいいことを頼んでくる協会の連中に呆れる。
言いたいことはわかる。協会の連中の目が節穴なのはさておき、かなりの実力を持った逸材を確保し、同時に監視しておきたいのだろう。
「じゃ、知らねぇって返しといてくれ」
「それはもちろんですが…」
だがサイタマは、それを軽く一蹴する。
協会の事を知らなかった自分とは違い、少女は協会には属さず、別の守護者としての役目を担っているのだ。二足の草鞋を履く余裕はないだろう。
それを理解しているジェノスには一つだけ、納得できない事があった。
「会わなくてよかったのですか? ずっと先生を呼んでいたようですけど…」
「別にいいよ。あの中に入ったら完全に空気読めない奴みたいになるだろ」
「ですが…先生の尽力があってこその事態の収束ですし…」
「んなわけねーだろ」
いつも過剰にサイタマを持ち上げているジェノスだが、今回サイタマはそれをはっきり否定する。ジェノスに向けている目も、大きく呆れた様子のものだった。
「今回頑張ったのは、最初から最後まであいつだ。俺はちょっと引っ掻き回してただけで、あの
どこか羨ましそうに、サイタマは語る。
他人の成果を横取りなんてしたくないし、本気で自分が何か貢献したとも思っていない。自分がやったのは、キングたちと同じその他大勢とともに協力したということだけだ。
若干物足りなくもあったが、それはそれでやり甲斐はあったと、ひどく久しぶりにサイタマは思っていた。
「…あんだけあった後だと、流石に怪人も大人しくなんのかな。全然怪人関連のニュース出てこねぇ」
「ヒーロー協会の総力をあげた戦闘でしたからね。戦力を顧みて、一度様子見をしているのかもしれません」
「じゃあ、やっぱ暇になるな」
ジェノスの報告が終わってしまうと、今度こそ何もやることがなくなってしまう。
この虚しさをどうしたものかと思っていたときだった。
「……これは」
「ん? どうした?」
ゴロンと寝転がったサイタマの目に入ったのは、手紙の山に紛れていた一枚のハガキ。
どこかから紛れ込んだのか、かなり古いものに見える偶然目に入ったそれを取り出したサイタマは、訝し気にそれを見下ろした。
「誰からでしょうか……宛先も名前もありませんし」
黄ばんだ紙は、一体何十年前から送られてきたものなのだろうか。
表面には何も書かれていないそれをひっくり返したサイタマは、裏に書かれていた一文に、ぼけっとしていた目を小さく見張った。
『ありがとう! 僕のヒーロー!』
決してきれいとは言えない、しかし書いた時の想いがうかがえる力強い字。
たったそれだけ書かれた、差出人不明の手紙を見つめていたサイタマは、口元に笑みを浮かべるとおもむろに立ち上がった。
「…一応、パトロールにでも行ってくるか」
「今からですか? 今日くらいはお休みになっても…」
「いや、いいって。…後輩が頑張ってるのに、俺がサボってる場合じゃねーだろ」
不思議そうに見上げてくるジェノスに告げ、ヒーロースーツに着替えたサイタマはいつもよりやる気を見せながら歩きだす。
その背中はまるで、自分もまけていられないと語っているようだった。
「頑張れよ、
そう虚空に向けて告げ、サイタマは扉に手をかけ、光の中へと歩き出していく。
未来のファンであるあの少女に負けない、最高のヒーローであるために…。
だがその勇姿は長く続かず、ヒーローは次の瞬間壁に叩きつけられていた。
「突然お邪魔します!」
「ぐへっ」
サイタマが扉を開けようとした直前、見知らぬ少女が飛びこんできて、サイタマと衝突し吹っ飛ばす。
思わぬ事故にサイタマは、せっかく燃えていたやる気が一気に鎮火してしまうのを感じていた。
「なっ…何だ⁉︎ 何者だ⁉︎」
「あ、あれ⁉︎ ハゲマントはどこだ⁉︎ せっかくばーちゃんに教えてもらって来たのにいないのかよやっべー!」
突然の事態に固まっていたジェノスが我に返り、警戒をあらわにするが、少女は辺りをきょろきょろ見渡すばかりで話にもならない。
すると少女の背後から、青い鬼のようなどこかで見たような姿の怪人、イマジンが顔を覗かせた。
「ユキ、その人ならここで倒れている」
「ん? おお! 何だよそんなところで寝てたのかよ! 何やってんだか」
「そりゃこっちのセリフだろうが…!」
呆れた視線を向けられたサイタマは、ちょっと待てと額に青筋を立たせながら起き上がる。
退いてしまったやる気の代わりに、理不尽と無礼に対する沸々と怒りがわき出していた。
「お前なに人ん家に無断で突撃して騒いでんだクソガキ! しかも俺を跳ね飛ばしてよ!」
「あ、そうなのか? 悪い悪い、急いでたもんでよ」
ぴくぴくと頬を痙攣させるサイタマに、少女はたいして悪びれる様子もなく頭をかき笑う。
また怒鳴りそうになったサイタマだったが、それより先に少女が向き直り、サイタマの手を掴んで引っ張り始めた。
「まぁ何でもいいや。とにかく早くついてきてくれよ! ばーちゃんがあんたの助けを待ってんだ!」
「は? ばーちゃん? いや誰のだよ⁉︎」
「オレのだよ!」
わけもわからず、ぐいぐいと手を引かれるサイタマが問うと、少女は誇らしげに薄い胸を張る。
その顔立ちに、サイタマはほんの少しだけ既視感を覚え、固まった。
「オレは野上ユキ! 野上ミライの孫だ!」
告げられた少女、ユキの言葉に、サイタマとジェノスは呆然と目を見開いて硬直する。
するとその視線の先、扉の向こう側に広がっていた砂漠に、聞き覚えのある音楽とともに一本の列車が停止し、扉が開いた。
「ユキにハゲ! 何してんださっさと来い!」
「早くしないと大変なことになるよ!」
「二人とも気張りやぁ!」
「おひさしぶりぶり〜!」
「さっさとしろ、私を待たせるな」
デンライナーの狭い扉から顔を見せてくる、数日前に共に戦ったイマジンたちが、口々にサイタマを呼ぶ。
口を開けて立ち尽くすサイタマを、ユキは遠慮なく引っ張り出した。
「行くぜ、ハゲマント! あんたの力見せてくれよ‼」
「いや先に説明しやがれ…ってうおおおおお⁉︎」
「先生⁉︎」
サイタマの返事も聞かないまま、ユキはデンライナーに向かって走り出す。
強引に乗せられていくサイタマを追い、ジェノスも急いでその後を追い乗りこむと、静かにデンライナーの扉が閉じられる。
二人のヒーローを乗せたデンライナーは、甲高い汽笛を鳴らしながら、前方に続く線路の上を走りだしていく。
彼の助けを必要としている時代に向けて。
―――時の列車、デンライナー。
次の駅は、過去か、未来か。
最強のヒーローが向かう未来は、誰にもわからない―――。
FIN
幾度も休載を経てようやくの完結、長らくおつきあいいただきありがとうございました。
最強すぎてやりがいを失ったヒーローと、最弱から這い上がったヒロインによる、最大級のトラブルが起こる超スケールの物語になっていればいいなと思っています。
感想でもちょくちょく言われていたのですが、サイタマを倒せるのはもう過去を改変できるレベルの敵じゃないと無理ではないかと。
時間に関わるとんでも設定を色々出してきましたが、正直綺麗にまとめられたのか不安で仕方がありません(笑)。
最後に最後までお付き合いいただきました皆様、W・W様をはじめ誤字報告してくださった皆様、この場を借りてお礼申し上げます。
本当に、ありがとうございました!