【完結】ONE PUNCH MAN 最弱のヒーローと時間泥棒 作:春風駘蕩
「緊急の要件ってのは、一体何なんだい? 童帝くん」
無数のモニターと計器に囲まれた、作りかけの機械の部品が転がっている一室。近未来的なデザインの、機密性の高いそこはS級ヒーロー・童帝の
そこへ現れたのは、A級1位のヒーローにして有名なアイドルであるアマイマスクだった。
「もうじき大事なライブを控えているんだ……それを邪魔するだけの意義がある話なんだろうね」
「もちろんですよ。むしろあなただから呼んだんです」
呼び出した本人である童帝は何やらモニターに向かって操作を繰り返していたかと思うと、アマイマスクの前にいくつかの画像を展開させた。
「……これは」
「見ての通り、これは二年前に建設されたショッピングモールの記事です。しかしこの場所は、二年以上前までは大規模なコンサートホールでした」
「知ってるよ。以前施設を利用したことがある」
「では次に、このビル。大手企業の店舗が多数入った建物です。ここは三年前までは、大きな劇場がありました」
「それも知っている……で、それがどうかしたのかい?」
次々に覚えのある画像を展開され、アマイマスクは苛立った様子で尋ねる。彼は無駄な時間を過ごすのは嫌いだが、意図の見えない質問で翻弄されるのも嫌いだった。
そんな彼に、童帝は真剣な表情で見つめて問いかけた。
「……気づいているんでしょう。ご自身の記憶の食い違いに」
「…………」
アマイマスクは口を閉ざし、童帝の目を見つめ返す。
それを肯定と受け取った童帝は、構わず説明を続けた。
「興味がなかったために気づくのが遅れましたが、このコンサートホール、
「……質問の意図が読めないな」
否定も肯定もしない。すでに確信を持って尋ねてきているのだろうと思い、アマイマスクは視線を外す。
「確かに君の言う通り、コンサートホールも劇場もつい最近まで使った覚えがある。僕の記憶と事実に食い違いが起きているのは確かだ。だがそれはただの偶然というだけだろう。騒ぐほどのことじゃ……」
「お前ら二人だけならな」
さしたる問題ではないと判断しかけたアマイマスクの背後から、新たな声がかけられる。
「……なぜ君達が?」
「童帝からメッセージを受けてな。気になったんで来てみたのよ」
そう答えたのは、研究室の入り口近くで佇んでいるS級ヒーローの一人、アトミック侍。そして同じくS級ヒーローであるクロビカリの二人だった。
葉を咥えて佇むアトミック侍の隣で、クロビカリが不思議そうに首を傾げていた。
「それより本当なのかい? ずっと俺の勘違いだと思ってたけど」
「…まさか、君達も妙な記憶違いが生じていると?」
「おうよ。つい二日前に行った料亭がレストランに変わっていた。ど忘れするはずがねぇ」
「先週行ったスポーツ用品店がいつの間にかなくなってたんだ。他の人に聞いたら五年も前になくなったって言われてさ」
「現に四人全員に同じ症状が起きているんです。偶然では片付けられませんよ」
「……五人だ」
不意に割り込んだ声に、童帝たちは一斉にその方向に振り向いた。
アトミック侍と黒光りを押しのけるようにして現れたのは、同じS級ヒーロー・閃光のフラッシュであった。
「フラッシュさん!」
「俺にも、記憶のズレが生じている。まさかとは思うが、何者かの手による妨害かと考えている」
「そうかもしれませんね。……でも僕らに気づかれることなく、そんなことが可能なのかと思って」
頭脳が常人離れしている童帝はともかく、戦闘能力に特化したS・A級ヒーローの意識をかいくぐり、記憶に何らかの干渉を行うことなど可能だろうか。童帝にはそれが一番疑問であった。
「協会にはこのことは?」
「一応事実確認のために問い合わせましたが、僕らと同じ人はいませんでした。……協会の職員、全員がです」
「ヒーローだけに、この症状が見受けられるということか?」
明らかな異常に、流石にアマイマスクも表情を改める。
日常生活に多少難が生じる程度の症状と思っていたが、この状況が人為的なものであった場合、それが可能であると言うことが問題であると考えられた。
(どこの誰かは知らないが、この僕に対して随分と舐めた真似をしてくれる……)
「認識を改めよう。我々には確かに、謎の記憶障害が生じている。人為的なものか自然的なものかはわからないが、何かしらの原因があることは確かだ」
アマイマスクの結論に全員が頷く。我が強すぎてウマが合わないことが多いS級ヒーローだが、ある程度の指針ぐらいには従う懐の広さはあった。
「だが目的がわからねぇ……人為的な症状ならこんなことをして何の意味がある?」
「いずれにせよ、それを成せる存在か現象があるということだ。早々に対処せねばなるまい」
「そうですね。なるべく早く他のヒーローたちと連携を取る必要が……」
話がまとまってきたところで、今後の行動について詳しく決めようとした童帝だったが。
思わぬタイミングでアマイマスクが歩き出し、研究室の入り口を潜ってしまった。
「あ、アマイマスクさん⁉︎」
「話は終わっただろう?事情はわかったから、僕は仕事に向かわせてもらうよ」
言うだけ言うとさっさと出て行ってしまったアマイマスクに続くように、一仕事終えた感丸出しでアトミック侍たちもぞろぞろと歩き出して行ってしまった。
「礼を言うぜ。お前が言わなかったらただの勘違いで終わるところだった」
「気をつけるよ。じゃあね」
「あっ、ちょっと…!」
それ以上何も話す必要はないとでも言うように、あとはみんなバラバラに分かれていってしまう。
ただ一人残された童帝は、心底あきれた様子で肩を落とすのだった。
「……ほんっとに勝手な人たちだなー」
全員の協力を期待していた天才少年は、最高の頭脳を持ってしてもうまくいかない関係に頭を悩ませるのだった。
「……先生、一体何が起こったんですか?」
自分の体のメンテナンスから戻ってきたジェノスは、サイタマの部屋に戻ってくるなり開口一番にそう尋ねた。
それも当然、普段サイタマが利用しているはずの布団の上には、見知らぬ少女が寝かされているのだから。しかも、何か悪い夢でも見ているのかうなされているようである。
「よぉジェノス。もうメンテナンス終わったのか?」
「はい、異常は何も見つからなかったようなので……それよりも先生。この子はどうしたんですか?」
「怪人に襲われてたのを見つけてな、病院に連れてこうかと思ったんだけど……」
そう言って、サイタマは布団の端をめくってジェノスに見せる。
彼の衣服の端は、眠ったままの少女がしっかりと握りしめていて離す様子がなかった。
「全っ然離してくれねぇんだけど、どうしたらいいと思う?」
「……うなされているようですし、もうしばらくそのままにしてあげたほうがいいのでは。それよりも、まずは医者に見せるべきでは……」
「いやそれもそうなんだけどさ」
痛いところを突かれた、と頭をかくサイタマ。どこかその表情は気まずげで、気になったジェノスが尋ねようとした時、ピンポンとめったにならないインターホンが鳴り響いた。サイタマの返事も聞かぬ間にガチャリとドアが開き、一人の大柄な男が姿を現した。
「おーい、サイタマ氏。こないだ言ってたゲーム持ってきたんだけど……」
平均身長を頭一つ二つ分は越し、髪は金のオールバック、相対するもの全てにに緊張を与えるいかつい顔、その左側には激戦を思わせる三本の傷跡がある男。その名はキング。
ヒーローランキングS級7位に位置する存在である。
……と、知られているが、実際は別のヒーローの戦果を彼のものと勘違いされ、あれよあれよという内に祭り上げられてしまった、ただの無職のゲーマーである。
「あ、キング。いいところに来た」
「え?」
サイタマはそのことを知っているが言いふらすつもりなどなく、むしろ今は彼を、この状況を解決する助っ人のように招き入れようとしていた。
「……へぇ、じゃあその子が怪人に狙われてたんだ。でもなんで病院とか警察に連れてかなかったの?」
「一応探したんだけど、近くに見つかんなかったからめんどくさくなった。あと服つかんだまま離してくれなかった」
「適当すぎやしないかサイタマ氏」
男三人で胡坐をかき、布団の中で荒い息をつく少女を囲む。どう見ても怪しい絵面だったが、言ったら最後空気がより悲惨なものになりそうだったため、だれも何も言わなかった。
「それに何もそんなに遠くに探しに行かなくたって、Z市の隣ならいくらでも……」
そう言ってキングは、自分のスマホを操作して最寄りの病院を検索しようとする。ゴーストタウン化しているZ市は無理だろうが、隣町ならいくらでも少女を受け入れてくれる病院ぐらいあるだろう。
そう思っていたのだが。
「……あれ、ヒットしないな」
キングの思惑は外れ、一番近い病院でも車で一、二時間という距離にしか見つからなかった。さすがに福利厚生的な意味でダメではないだろうか?と思ったが、何度検索しなおしても結果は同じだった。
「あっれー?」
「それで先生。この子はこれからどうするおつもりで?」
いくら待っても結果は同じだろうと、ジェノスはサイタマに今後をうかがう。
「ずっとこのまま、ここにおいておくつもりではないでしょう」
「とりあえず、目ぇ覚ますの待ってから考える。なんで怪人に追われてたのかとか聞いときたいし」
腕を組み、眉間にしわを寄せながらサイタマはそう答える。
あの妙な怪人はすでに倒したが、今後も似たようなのが現れるようならまた狙われるかもしれない。何処かに預けるよりは、近くで守っていたほうが安全だ、そう考えていた。
とはいえ、弱っている少女をこのままにしておくという選択肢は、選びたくはなかった。
「爺さんとかに医者の知り合いとかいないかなって思ったんだけど……なんか今忙しいみたいでな」
「そうでしたか。俺も医療に関してはさっぱりですので……」
「悪いけど俺もそんな知り合いはいないなぁ」
「とりあえず片っ端から知り合いに声かけようと思ったんだけど、俺そんなに知ってるやついないって気づいた」
大の大人三人がそろって、一向に事態を好転させられずにいる。なんとも情けない光景であった。
「どっかにいい医者の伝手持ってるやついないもんかねぇ……」
相変わらずの無表情でサイタマが天井を仰いだ時だった。
再びドアベルが鳴らされ、またも返事を聞かぬままに訪問者が現れたのだ。今度は、複数人。
「お邪魔するわ」
颯爽とフローリングをすべるようにして姿を現したのは、妙齢の黒髪の美女。切りそろえた髪は艶めいて輝きを放ち、出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいるというモデルのような完璧なプロポーションの持ち主。
B級1位、地獄のフブキは妖艶で冷たい美貌を巡らせると、部下の黒スーツたちとともにずかずかと押し入ってきた。初登場時と同様、相変わらずの女王っぷりである。
「さぁ、今日こそ言ってもらうわよ。我がフブキ組の傘下に入るってね」
上位のヒーローたち、とくに実姉であるS級2位の戦慄のタツマキに対抗するため、急速に順位を上げている新人ヒーロー・サイタマを配下に置くべく、最近よくこの部屋を訪れるようになっていた彼女。
容姿と同様、かなり高飛車な性格であるため勧誘方法も強引で、温厚というか無関心気味なサイタマもあきれて面倒くさがる相手なのだが。
「……あ、いた」
この場においては、まさに天の助けともいえる人材であった。