【完結】ONE PUNCH MAN 最弱のヒーローと時間泥棒   作:春風駘蕩

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  五撃目 時を走る列車

「―――傷の具合は、大したことはなさそうね。よかった……逸れてからずっと不安だったんだからね」

 

 座席に横に寝かされた少女の汗をぬぐい、もう一人の少女がほっと安堵の表情を浮かべる。その笑みはどこか、手のかかる弟に対する姉のような慈愛があふれていた。

 

「……なんなんだ、ここ?」

 

 そんな少女たちのやり取りなどよりも、上下ひっくり返った体勢のサイタマには見過ごせない問題があった。

 慌てて謎の少女たちの後を追いかけ、玄関のドアをくぐったと思えば、見たこともない狭い空間にいたのだ。冷静になってみると、規則的な振動が体に伝わってくるのを感じた。

 

「いつの間に電車なんて乗ってたっけ?」

「いや、普通に部屋のドアをくぐっただけだったよね…?」

 

 フブキもキングも予想もしない事態に目を見開き、列車と思わしき室内を見渡しながら身構える。当然、キングのエンジンは鳴りっぱなしであった。

 

「先生、見てください……窓の外を」

「ん?」

 

 見た目とは裏腹に感情の起伏の激しいジェノスの、妙に引きつった声に唖然としていたサイタマが振り向く。彼が指差す方向を見て、サイタマの目も大きく見開かれた。

 ジェノスの指差す先、列車の窓の外に広がっていたのは、奇妙な色彩の空と、どこまでも広がっている砂漠の世界であった。

 

「うおおおお⁉︎ なんじゃこりゃ⁉︎」

「うるさいっての‼︎」

 

 見たこともない光景にサイタマが驚きの声を上げていると、看病をしていた少女がいらだたしげに怒鳴りつけた。

 

「まったく……部外者まで乗ってこないでほしいわね!」

 

 サイタマや、怒号によって我に返ったジェノスたちは、そう肩を怒らせる黒髪の少女を見つめ、眉をひそめた。

 

「なんだお前」

「それはこっちのセリフよ。勝手にミライを連れて行ったと思ったら、こんなところにまでついてくるなんて……あんたたち一体何者よ!」

「おいお前、勝手に先生を誘拐犯扱いするとはどういう了見だ?」

 

 ジェノスは自分の師が見当違いの濡れ衣を着せられていることに怒りを覚え、説教をする勢いで両目を光らせる。

 

「先生はヒーローとしての職務を全うし、あの少女を保護していただけだ」

「どうだか……あんたたちもどうせ、ミライの力を利用しようとでも思ってるんでしょ⁉︎」

「あの……さっきから全然話が見えないんだけど」

「何よ…………!」

 

 キングにまで怒鳴りかけた少女の表情が、一瞬で真顔に変わる。

 少女の剣幕に実は悲鳴をこぼしそうになっていたキングは、言葉を失っている少女に訝しげな目を向けた。

 

「驚いた……なんであのキングが一緒にいるのよ」

「普通に遊びにきてただけだぞ」

 

 サイタマがボソリと呟くも、驚愕の中にいる少女の耳には入らない。

 彼女の視線は次に、鋭い視線を向けるフブキとジェノスにも向けられた。

 

「ていうかよく見たらあんた……鬼サイボーグよね? それにそっちのあんたは地獄のフブキ?」

「…ようやく気づいたか」

「あら、私のことを知ってるなんてなかなか殊勝ね」

 

 意外と知名度が高かったことに、このメンツで順位の低さと弱さを気にしているフブキが機嫌をよくする。

 しかし少女は、サイタマには訝しげな視線を向けるだけであった。

 

「……そっちのあんたは悪いけど知らないわ。誰?」

「なんだとコラ」

「まぁ、いいわ。S級ヒーローやB級1位のヒーローならまだ信用できるわ。……さっきは悪かったわね。ちょっと頭に血が上ってたのよ」

「……色々と事情があるようだな」

 

 チンピラのように険しい目になるサイタマを放置し、話し始めた少女にジェノスが厳しい目を向ける。ここまで流されるだけで、何も重要な話を知ることができていないためだ。

 

「とりあえず詳しい話を聞かせてもらおうか。まずは、あの怪人たちについて、そしてこの列車について、何より……その少女について」

「……私の名前はハナ。……あの子の名前は、野上ミライ。時を走る列車で過去と未来を駆け、時間の運行を守る守護者。その名を―――電王」

 

 少女ハナが口にした言葉に、ジェノスは即座に大きく目を見開いた。

 

「時を……⁉︎ まさかこれは、タイムマシンだとでもいうのか⁉︎」

「簡単にいえばそうね。そしてミライは全人類でも有数の電王になれる存在……あいつらはそれが許せないのよ」

「さっきの怪人達か」

 

 サイタマの家を襲撃した無数の怪人たちのことを思い出し、ジェノスたちの間にざわりとどよめきが走る。サイタマはまだ機嫌が悪そうであったが、ほぼ無視されているようなので口出しはやめたようだ。

 

「あいつらはイマジン。人間に取り憑き、その相手と契約することで『過去に飛ぶ力』を得られる特殊な存在……未来からやってきた破壊者の集団よ。あいつらは過去を破壊して、自分たちの都合のいいように改竄することを全体の目的にしている。……ミライがこうなったのをいいことに、今度こそ世界をめちゃくちゃにするつもりよ」

「過去に飛ぶことのできる怪人と、それを追うことのできる戦士…か。なるほど、奴らが血眼になって追うわけだ」

 

 ハナがすごい剣幕になった理由を理解したジェノスは、深く納得して頷く。そこまで重要な人物なら、過剰に警戒していてもおかしくはないだろう。

 

「未来……過去……?」

 

 その時、ハナの話に一切口を挟んでいなかったキングが、険しい表情のままつぶやきをこぼした。何かを考え込んでいた様子の彼は、ややあってから確かめるようにハナに視線を戻した。

 

「ねぇ、もしかしてなんだけどさ。さっきのテレビの不調ってあいつらが関わってたりしてない?」

「え? なんの話?」

「貴様……先ほど先生の部屋で見ただろう。急に放送内容が前触れもなく変わったところを」

「…あ、ああ、そうだったわね!」

 

 ジェノスに言われて思い出したのか、フブキは慌てて表情を取り繕う。ジェノスは何も言わなかったが、内心ではもうボケが始まったのかと密かに馬鹿にしていた。

 

「で? キング、お前何が言いたいわけ?」

「さっきの奴らが過去を変えて未来を書き換えるってことが気になったんだけど……じゃあそれって、今起きたばかりの出来事もなかったことになったりするってことじゃないの?」

 

 キングの口にした例えに、ジェノスたちはハッとなる。

 キングの言った通りなら、確かにサイタマの家のテレビの不調も一致する。勝手に番組が変わったのではなく、事件そのものがなかったことになり、未来が書き換えられたのだ。

 ただ一人サイタマだけが、取り残されたように驚愕の表情を浮かべていた。

 

「そうか……! 先ほど病院を探したときに感じた違和感はこれか! 過去を改変されたことで、俺のデータベースと検索結果に齟齬が生じたか……!」

「え? え? 何? 何でお前キングのあれだけの話でわかっちゃってるの?」

「確かにそれなら、最近…というかさっきも感じた記憶障害のような症状にも説明がつく……でも、ちょっと待って」

 

 先ほどの痴呆に似た反応のちょうどいい言い訳を見つけたフブキがここぞとばかりに納得の声をあげるが、途中で違和感を覚える。

 

「じゃあなぜ、私たちにもそれが認識できているの? 過去を改変されたなら、私たちだってその影響を受けていてもおかしくないはずよ?」

 

 先ほどは確かに忘れかけていたが、改変直後のフブキも確かに変えられる前の過去を覚えている。

 ハナはそれについても説明を始めようとした。

 

「それは…」

「そのミライって子と僕たちが、実は同じか似た存在だからじゃないの?」

 

 だがその解は、思わぬところから返ってきた。

 確認するように声をかけてきたキングに頷きながら、ハナはどこか頼もしさを感じるような笑みを浮かべてキングを見つめた。

 

「……その通りよ。あなた達は間違いなく『特異点』と呼ばれる存在。過去を改変されても、記憶に影響が及ばない特異体質。……そしてそれは、電王になるために必要不可欠の力」

 

 ハナは今、キングに対する信頼が強まるのを感じていた。

 間近で相対したこともない、しかし確かな強さと実績を持つ彼と実際に顔を合わせたことで、歴史的にも有名な彼の力が本物であると確信し始めていた。

 

「よくあれだけの説明でわかったわね……さすがS級7位のキングね」

(いや、シュ◯ゲでそんな感じの設定あったし)

 

 そんなキングの本音を聞けば、きっと彼女の精神はダークサイドに落ちることであろう。

 そんなことなど露知らず、キングは「リー◯ィングシュタ◯ナーとかそんな感じかな…」などと考えていた。

 

「だが、少し都合が良すぎないか? なぜそんな特異体質が同じ場所に5人も集まる?」

「案外、特殊でもなんでもないんじゃないの?」

「……これはまだ予測の段階で、確定しているわけじゃないけど、特異点の体質はある共通点から生まれるものだと私は考えてる」

 

 ある意味当たり前なご都合主義にジェノスが疑問を抱くと、ハナから神妙な表情で仮説がもたらされた。

 

「時の運行に大きく関わった者、歴史の転換期に深く関わった者、その時代の人々に大きく知られている者……そういう時間の流れの中で大きな役割を果たした人が、特異点としての体質に目覚めるんだって」

「なんだそりゃ」

 

 あまりにも曖昧な、仮説とも言い難いハナの話にサイタマは顔をしかめるが、ジェノスやフブキには思い至ることがあった。

 フブキの目に入ったのは、圧倒的な知名度と実力を兼ね備えた最強のヒーローの一角である男。ジェノスの目に入ったのは、圧倒的な力で幾度も地球存亡の機機を回避させてきた、無名の英雄。

 

「……S級ヒーロー」

「……先生」

 

 そのつぶやきはあまりに小さく、サイタマやキングの耳には入らなかったが、ハナはその通りだというように頷く。

 

「じゃあフブキは? さっき忘れかけてたじゃん」

「特異点にもおそらく、体質の強さがあるんだと思う。アレルギーの症状に重さの違いがあるように、影響を受けない範囲があるんじゃないかしら?」

 

 キングやジェノスほどではないにせよ、フブキもまたそれなりに高い知名度を持つヒーローだ、条件は合っている。しかしその知名度の高さの差が、特異点としての体質の強さにも繋がっているということらしい。

 

「それらはきっと、既視感(デジャヴ)のような形でその人の元に残るのよ」

「ほーん……なんとなくはわかった」

 

 相変わらず何を考えているのかわからない無表情のサイタマに、ハナはため息をつく。

 サイタマは気にせず、未だ悪夢にうなされているミライに目を向けた。

 

「でも記憶喪失になってたら意味ないよな、その体質」

「……事態はもっと深刻よ」

「え?」

「ミライはただの特異点じゃない……長い戦いの果てに、この子の体質はより異常なものへ変質してしまったの」

 

 急に緊張をにじませた声を発するハナに、サイタマは思わず声を漏らす。勝気そうな少女からそんな不安げな声を聞かされると、なんだか嫌な予感を覚えた。

 ハナが見つめる、苦しげに荒い呼吸を繰り返すミライ。儚く途切れそうな少女の横顔に、ハナは悲痛げに唇を噛み締めた。

 

「今の彼女は言うなれば、世界を左右しかねない存在―――『分岐点』よ」

 

 聞くからにやばそうな、時間を守り続けてきたという少女の背負う性質。戦い続けてきた少女に課せられたという、明らかにとんでもなさそうな宿命。

 流石のサイタマも、引きつった表情でハナを凝視してしまっていた。

 

「……なにソレ」

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