【完結】ONE PUNCH MAN 最弱のヒーローと時間泥棒 作:春風駘蕩
「分岐点……? 世界を左右しかねないというのは、どういうことだ⁉︎」
ハナが口にした言葉に、信じられないといった表情でジェノスが食いつく。
絶句するサイタマと同じようにフブキも息を呑み、キングは白目を剥いていた。
「まず前提として、人間が存在するということには、人間が記憶していることが不可欠よ。イマジンによって時間が破壊されたとしても、特異点の記憶が無事であればそれを中心に修復することができる。人も建物もね」
ハナはそう言って、これまでの電王―――ミライと共にあった戦いの記憶を呼び起こす。
イマジンの勝手な解釈によって契約を完了させられ、過去で好き勝手に暴れられても、その法則があったからこそ時の運行は無事で済んだ。
ゆえにハナの表情は、ひどくこわばったものになっていた。
「……逆に人々に忘れられた人間は修復するのはほぼ不可能よ。逆に完全に時間が消滅したとしても、特異点だけは消滅しない。永遠に一人、孤独の中に取り残されるのよ」
何か覚えがあるのだろうか、ハナは自分の腕を強く握りしめ、溢れそうな感情を抑え込んでいる。
辛い事情があるのだろうと察したフブキは、深く問い詰めるこちはせずにハナに向き直った。
「……特異点と分岐点は、それとどう関わるの?」
「ミライは過去に飛んだイマジンを追って、数多くの時代で戦い続けてきたわ。ときに、あまりにも遠い過去にも行ってね。……でも、あの子はやりすぎてしまった」
「なんでだ?イマジンぶっ潰したんだから問題は解決したんじゃないのか?」
いつもワンパンでことが終わってしまうサイタマにとっては、苦労して怪人を倒したことへの問題などわかるはずもない。
ぽけーっとした表情で問う彼に苛立ちを覚えたのか、ハナは険しい表情でサイタマを睨みつけた。
「前提がひっくり返ってしまったのよ。かつて何かが起こった時間をミライが守ったんじゃない、
何かものすごく重要そうなことを言っている気がするが、人並みの頭脳しかないサイタマにはよくわからない。フブキやキングもだいたい意味を測りかねているのか、訝しげに首を傾げている。
しかし唯一ジェノスだけが、なにやら考え込んでいたかと思うとハッと目を見開いた。
「まさか……時の運行そのものが、ミライの存在と直結しているということか⁉︎」
「! それ……めちゃめちゃヤバいんじゃないの」
(これ……もう人間の手に負える問題じゃなくね?)
ジェノスの一言で理解したらしく、フブキは冷や汗をかき、キングは遠い目になって現実逃避し始める。
やはりサイタマだけが、あまり理解できずに置いていかれていた。
「時を守る番人が、奇しくも時の運行の鍵となって狙われたということか……」
「その上……破壊された時間を修復できるミライの記憶が奪われるなんて」
「奪われる…だと?」
ハナが呟いた奇妙な言葉に、ジェノスは眉をひそめる。
ハナは頷くと、神妙な顔つきでジェノスたち(サイタマを除く)の顔を見渡し、その耳朶に突き立てるようにはっきりと口にした。
「そう、ミライから記憶を奪ったそいつこそ、この事件の全てを企てた黒幕。全ての時間の破壊を目論む最悪の怪人―――ガオウ」
紡がれたその名を耳にし、フブキはゴクリと唾を飲み込む。
ジェノスはすでに顔も知らないその怪人に敵意を募らせ、キングは早くもキングエンジンを始動させている。
サイタマもまた、真剣な眼差しをハナに向けていた。
「ガオウ…」
「ガオウには、ある能力があったの。喰った相手の能力を自分のものにするっていうね……その能力を使って奴は、あらゆる
身の毛もよだつ話にフブキは肩を震わせる。比較的無害に近い怪人もいれば、悪逆非道な悪魔のような怪人もいる。しかし同属を食うようなやつはそうはいないはずであった。
ハナの語るガオウの怪人像は、そのいずれよりもはるかに凶悪で、最悪に分類される存在に思えた。
「その中で、ある特殊な能力を持った怪人がいたの。名前はドワスレナグサ」
ジェノスはその名を自分のデータベースに照合してみるが、目立った情報は出てこなかった。
「……聞いたことがないな」
「そりゃそうよ。だってそいつのレベルは狼……全然大した脅威じゃないもの。キングだったら睨んだだけで即K.O.よ」
「あ、ああ……」
槍玉に挙げられたキングは思わず苦笑いを浮かべる。確かに顔を合わせただけで怪人に勝手に降参されたことはあるが、残念ながら彼は自分から行けと言われたら迷うぐらいの小心者であった。
「でもそいつの能力は確かに厄介だった。それは相手の記憶を奪い、好きなように改竄する能力……ドワスレナグサはそれを軽犯罪にしか使ってこなかったけど、ガオウは能力を奪うと恐ろしい計画を企てた」
ドワスレナグサの元々の性格か、幸いにも彼自身が大きな犯罪に加担することはなかった。
しかし最悪の怪人によって目をつけられ、哀れな餌食へとなってしまったのだ。ただ、能力だけを奪うための糧として。
「分岐点の記憶を奪い、改竄することで時間を破壊すること」
ジェノスはハナの説明でようやく理解する。科学より量子力学的な解釈が必要であったため証明こそ難しいが、最近の事件と合わせて考えるに理屈は通っている。
ジェノスはサイボーグの体ながら、背筋が冷えるという感覚を味わっていた。
「特異点の記憶により成り立つ時間……そのさらに前提となっている分岐点の記憶を利用し、時間を破壊する。……にわかには信じがたいが、それが本当ならとてつもない事態になるぞ」
「だから私は焦ってるのよ!」
ヒステリックに叫ぶハナだが、自分ではどうしようもないことを理解しているために頭を抱える他にない。
青い表情で固まっているフブキやキングをよそに、サイタマはすでに理解することを放棄していたが、一つだけ理解していることがあった。
それについて考えていた彼の前に、湯気を立てる湯のみが差し出された。
「長話ご苦労様です。お茶でもどうぞ」
「お、悪いな。……このお茶うめぇ」
弁慶のような、黒い衣服に金色の面をつけた奇妙な男の出した茶を、サイタマはなんのためらいもなく口にする。
そのやり取りでようやく気づいたのか、両掌のバーナーを準備したジェノスが振り向きながら身構えた。
「⁉︎」
「敵か‼︎ いつの間にこんな近くに⁉︎」
ほぼ同時に、フブキの髪が超能力によって浮き上がり、キングのキングエンジンがやかましく鳴動する。
一瞬にして臨戦態勢に入った3人(2人)に取り囲まれた怪人は、慌てて掌を突き出して後ずさった。
「わーわー待って待ってって‼︎ 俺は敵じゃないよ‼︎ 乱暴はよくない‼︎」
「くだらん言い訳を……!」
「待って。そいつは本当に私たちの仲間、手を出さないで」
狭い室内で容赦なく焼却砲を放とうとしているジェノスを、ハナが冷静に止めた。なんとなくこうなる予感がしていたようだ。
命の危機を乗り越えた黒い怪人は、ほっと胸をなでおろしてジェノスから離れた。
「あーびっくりした…!」
「そいつはデネブ。私たちに協力してくれているイマジンよ」
「イマジンの……協力者だと?」
ジェノスが疑いの眼差しを向けると、デネブと言う名の怪人は傷ついたように首をすくめ、車内の隅で膝を抱えてしまった。大柄な怪人がいじけている光景はあまりに異様に見えて、フブキは思わず呆れた目を向けてしまっていた。
「確かに……元々は確かに敵だったさ。でもそんな急にみんなでガーって来ることないじゃない……こわかったぁ」
「おいジェノス、こんなうまいお茶出してくれる奴を泣かすなよ」
「あ、いえ、その…」
「と、とりあえずこれ使って」
「ああ……ありがとう、優しいね」
比較的手が出やすい二人の魔の手から逃れ、左右から割と温厚な二人の気遣いを受けたデネブは人目も憚らずに涙する。見た目とは裏腹に繊細な性格なのかもしれない。
師に注意されたジェノスは納得できない気分になりながら、事情を知っているはずのハナに厳しい目を向けた。
「どういうことだ。イマジンは時間を破壊する敵じゃなかったのか?」
「大抵の奴らはね……でもそうじゃない奴らもいた。もともとイマジンの使命に興味がなかったやつ、使命が気に食わなかったやつ、別の生き方を見出したやつ…そんな奴らが、私たちに力を貸してくれた」
ハナはやや視線を逸らしながらジェノスに語ってみせる。ハナ本人も、その関係に複雑な感情があったのだろうか。
ジェノスは未だ疑わしげな表情を浮かべていたが、サイタマがデネブとかなり親密に話している様子を見てあっさり疑惑を捨てた。本人を観察する限り、危害を加えるような怪人には見えなかったと言うのもあった。
「デネブもその一人。このゼロライナーの持ち主であるユウトと契約して戦ってくれる仲間よ」
「…その、他の仲間は?」
「それを今探しているところなのよ」
キングが尋ねると、ハナはあからさまに険しい表情を浮かべた。
「ミライはガオウに記憶を奪われた。でもまだ完全にガオウのものになったわけじゃない。奪われた瞬間、そいつらはガオウに取り憑いてミライの記憶を奪い返したの」
「そんなことができたのなら…!」
「でもその時は切羽詰まっていて、ミライに記憶を戻すことはできなかった。多勢に無勢だったし、あいつら自身もどうやってミライの記憶を奪い返したのかわかってなかったから……だから私たちは一旦、別々の時間に飛んで身をひそめることにしたの」
サイタマはゼロライナーと呼ばれている車内を見渡し、ぼんやりとハナの言うイマジンの仲間たちの姿を想像する。
しかし何故だかデネブのようなカラフルで妙なコスプレをした奴らが頭に浮かんでしまい、すぐにやめてしまった。
「でも慌ててたものだから、落ち合う場所も時間も決める余裕がなくってね……探している間にガオウの一派の襲撃を受けて」
「そん時にこいつとはぐれたわけか」
「そういうこと……改めて、ちゃんとお礼を言っておくわ」
ハナはそう言うと、改めてジェノスたちに向き直った。
先ほどよりも強い意思を秘めたその表情は、どこか迷いが混じって見える。口にしたい思いを伝えるかどうかを悩んでいたようであったが、きつく目を閉じると深々と頭を下げた。
「……恩を重ねるようで悪いけど、お願い。ガオウの野望を止めるために、力を貸してください」
「おう、いいぞ」
勝手に巻き込んだ上に危険なことを手伝わせようとしていると、S級ヒーローといえど断られるかもしれない。
しかしそんなハナの葛藤は、即座に肯定の意を伝えてきたハゲ頭のヒーローによって吹き飛んだ。聞き間違いかと思ってジェノスたちにも目を向けてみれば、否定することなくハナを見つめてきていた。
「…………頼んだ私がいうのもなんだけど、本当にいいの?」
「バカだな。ヒーローが人助けしないでどうすんだよ」
本気で呆れた様子のサイタマが、ジェノスの琴線に触れそうなセリフをぶつける。
悪人をやっつけるヒーローを3年も続けてきた彼にとって、助けを求められて振り払うことなどあり得なかった。
「そこまで重要な話を聞かされては、断る理由は無いな」
「大きな事件なら、それだけ私の株も上がるってものよ」
師が行くならばとジェノスも同行の意を伝え、好戦的な笑みを浮かべたフブキが目を細める。
接敵前からやる気をみなぎらせている二人のヒーローを横目に、キングは穏やかな口調でハナに話しかけた。
「……忘れているかもしれないけど、ここにいるのはみんなS級に選ばれるだけの実力を備えたヒーローばかりだよ。頼ることは(俺にとっても)恥ずかしいことじゃ無い」
何かあったら自分もS級を頼るつもりだから気にするな、と言う意味で告げたキング。
しかしハナはそれを、何があっても自分たちが助けると言う人類最強の男からの
「……ありがとう」
最初の出会いからは想像もできないほどしおらしい様子のハナに、ジェノスは内心で苦笑する。それでもサイタマに向けて堂々とハゲ呼ばわりしたことは許すつもりはないが。
「それで、今この列車が向かっているのはどこだ?」
「ミライが昔救ったことのある時代―――過去の全ての時間よ」
そう言ってハナが取り出したのは、ずらぁっと無数の年号や日付が書かれた、分厚いリストであった。