【完結】ONE PUNCH MAN 最弱のヒーローと時間泥棒 作:春風駘蕩
「助かったよハナちゃん…! もうちょっとで僕ら塵になっちゃうところだったよ」
「もともと俺ら砂やけどな!」
「あー怖かった。ねーデネブ、ジュースちょーだい!」
「はいはいちょっと待っててね!」
ゼロライナーの座席を占拠し、三体のカラフルな怪人たちが勝手気儘に騒ぎ始める。席の端に寝かされているミライの表情も、やや迷惑そうに歪められていた。
「……亀に、熊に、龍か? イマジンというのは本当にバリエーション豊かだな」
「なんでか知らないけど、イマジンはみんな昔話からイメージを取り出すの。うちのはメジャーだけど、マイナーなイメージを拾ったイマジンもいるわ」
「…そういえば、コウモリとかサイに関する昔話もあったわね」
亀と熊と龍と弁慶の怪人が集まっている光景に、サイタマたちは不思議なものを見る目で囁き合う。
敵側の怪人もかなり個性的な外見だったが、こちら側もかなり奇天烈な見た目であった。
「じゃあ! 無事に戻ってこれたことを祝してかんぱ〜い♪」
「「かんぱ〜い!」」
「うるっさいわよ‼︎」
真面目な雰囲気などどこにも感じさせず、騒ぎ続けるイマジンたちについにハナがキレる。
輪になってコップを掲げるイマジンたちに、サイタマが近づいていった。
「で? お前らが人間に味方してるいいイマジンってことか?」
「ん? おじさん誰?」
「おじさんって言うな」
「まぁ、そう言うこっちゃな」
輪の中に入ったサイタマの顔を、キンタロスがまじまじと覗き込む。
この中で最も力持ちな彼は、サイタマの体内に宿る強大な力に感づいているようだ。先ほどとは異なる真剣な眼差しを向けている。
「…お前さん、只者やないな。見た目とは裏腹にものすごい力を感じるで」
「そんなの言われたの初めてだぞ」
「え〜うっそだぁ〜見たことないよこんな人」
「せやけど、さっきのパワーは本物やったで?」
「じゃあなんでそんな強い力持ってるのにマイナーなのさ?」
キンタロスの言葉を信じず、小馬鹿にしたようにサイタマを見やるウラタロスとリュウタロスだが、当のサイタマは全く気にした様子はなかった。
が、彼にとっては放置できなかったらしい。
「おい貴様ら、あまり舐めた態度をとっていると承知せんぞ。先生はあまりご自分で成果を誇ったりしないだけだ」
「そう言われてもねぇ…」
「ほんとに知らないんだも〜ん」
ギラリと目を光らせて威嚇するジェノスに、青と紫のイマジンはジトッとした目を向ける。基本的に順位や知名度と実力は比例するものであるため、やはりにわかには頼る気にはなれないようだ。
しかしそこで、ウラタロスは何かを思い出したように視線を逸らした。
「ん? もしかしてキミ……ミライが前に言ってたヒーローじゃない?」
「え……?」
ウラタロスが隣で寝かされているミライに向けられ、確信を持ったように何度も頷かれる。
自分に注目が向いていることに気づき、ウラタロスは改めて説明を始めた。
「ミライが目標にしてるヒーローがいるって聞いたことがあるんだ。聞いてた特徴と似てるからもしかしてって思ってさ」
「そんなこと言うとったか?」
「僕知らな〜い」
「一回だけさ、なんで電王としてこんなに頑張ってるのって聞いたことがあるんだよ。その時に教えてくれたんだ」
腕を組んで首をかしげるキンタロスとリュウタロスや、興味深そうに体を寄せるジェノスたちは、ウラタロスの語る話の内容から一人の男を思い浮かべる。というか、視線を向けた。
「黄色いスーツに赤い手袋をつけた、白いマントのヒーローがいるって。……ハゲとまでは聞いてなかったけど」
「ほぉ〜? 初耳やな。ハゲとるヒーローやなんて」
「ハゲたヒーローなんているんだね〜」
「私も聞いたことないわよ。ハゲマントだっけ?」
「俺も知らんぞ。ハゲマントなんて」
「ハゲハゲハゲハゲうるせぇよ‼︎ さっきからなんなんだお前ら⁉︎」
いじられまくって苛立ちが頂点に達したサイタマが叫び、ウラタロスたちを鋭く睨みつける。
これ以上は流石にまずいと判断したのか、ウラタロスはパンパンと手を叩いて空気を変えさせた。
「まぁとにかく! そんな強いならこれからも頼りにさせてよ。あとは先輩を探し出すだけなんだからさ!」
「ホンマ、モモの字はどこ行ってもうたんやろなぁ?」
「まいごのまいごのモモタロス〜」
「こいつら…」
「……まさか最後の一人は桃太郎か」
「すごいわ。昔話の三大太郎が揃った」
子供が思い浮かべる最も有名な昔話の主人公、の敵の姿をイメージし、ジェノスたちはやや呆れた表情になった。
ウラタロスたちは追われていることなど感じさせないような呑気さで、ハナは思わず頭痛を感じたように頭を抱えていた。
「それで、また別の時間に行くってこと?」
「ええ、でももう地道に探す必要はないわ。さっきの時代で、ユウトがいいものを見つけてくれた」
「いいもの?」
キングの問いに答えたハナは、ユウトから渡された巻物をテーブルの上に広げた。
ところどころシミや虫食いのあるそれは、博物館か金持ちの蔵にでも置いてありそうなほど年季の入っている書物のようであった。
ムワッと匂ってくるカビ臭さに、サイタマはつい顔をしかめていた。
「きったねぇ巻物だな」
「これは昔、ある侍が妖怪退治に赴いた時のことを記した資料よ。…ここ見て」
確かにハナの言う通り、巻物には何体もの妖怪や化け物と、それと戦う侍の姿が描かれている。なぜか侍たちの顔が現代の有名な強者たちに似ている気がしたが、誰も気にしなかった。
その戦いの絵巻の端を、ハナがビシッと指差す。すると、イマジンたちの目が大きく見開かれた。
「うわっ! 先輩だ!」
「ホンマや!」
「カッコ悪ぅ〜」
「あれまー…」
何事だと一緒になって覗き込むサイタマたちが見せられたのは。
草むらの陰で妖怪と侍の戦いを覗く、一匹の赤い鬼の絵であった。
時は戦国、まだ妖怪と怪人の区別が曖昧であった時代のことであった。
手に松明と鍬を持ち、暗い夜道を照らした村人たちが険しい顔で辺りを見渡していた。その目には、明確な敵意が宿っていた。
「あの鬼めはどこいっただか⁉︎」
「姿が見えなくなったべ!」
「きっとどこかに隠れてるだ! とっ捕まえてぶっ殺すど‼︎」
武器の代わりなのか、鍬の先端を見渡す先に向けながら歩き続ける村人たち。サクサクと静かに草を踏み、鬼とやらを探してひとかたまりになって歩き去っていく。
彼らの持つ明かりが遠くへ霞んで行き、静かになったところで、草むらの陰から赤い影がそろそろと顔を出した。
「ひぃええ……なんでこの時代の奴らはあんな物騒なんだよ!」
赤い体に黒い模様の入った、二本の立派な角が生えた男。見た目はまんま鬼にしか見えない彼は、ブルブルと震えながらキョロ距離と辺りを見渡していた。
彼こそが、ハナたちの探すイマジンの最後の一体、
「早いとこあいつらのとこに戻りてぇなぁ……って寂しがりか俺は!」
もし聞かれでもしたら、散々からかわれ馬鹿にされそうなことを口にしてしまったが、ずっと一人で追い回されていれば寂しくもなる。
早いことやつらと合流しなければ、とモモタロスは辺りの様子を伺った。
「右…よし! 左…よし! 今しかねぇ!」
まずは村人に見つからないうちに離れてなくては、とまるで泥棒のように抜き足差し足で進み始める。なるべく足音を立てず、その上で人がいないか慎重にモモタロスは歩く。
その時、ヒュンッと風を切る音がしたかと思うと、モモタロスの尻に激しい痛みが襲いかかった。
「アッ―――‼︎ 尻になんか刺さった―――‼︎」
あまりの痛みに、棒状の何かが刺さった尻を抑えて倒れこんでしまうモモタロス。
その悲鳴を聞きつけ、さっき通り過ぎた村人や別の場所を探していたその仲間が集まってきてしまった。彼らはモモタロスを見つけると、殺意で目をギラリと光らせた。
「鬼めがいたぞぉ!」
「オラの矢が当たっただ! みんなとっ捕まえろ!」
「このバケモンめがぁ‼︎」
「いやあああああ⁉︎」
誤解がないように言っておけば、モモタロスは彼らになにもしていない。
しかし思い込みというものは恐ろしいもので、鬼は絶対に人間に危害を及ぼすものと決めつけ、やられる前にやってやろうということになっていた。
あわや無実の罪を着せられ、叩き殺されそうになったモモタロスであったが。
「〝必殺マジシリーズ〟」
不意に聞こえてきたその声の主が、モモタロスを救った。
マジねこだまし‼︎
モモタロスと村人がいる場所に、とんでもない音量の爆音が響き渡る。
ダイナマイト数キロの爆発音を一瞬に凝縮したかのような、凄まじい破裂音がこだまし、村人たちから一発で意識を奪い取った。
「な…なんだぁ⁉︎ 爆弾でも爆発したのか⁉︎」
間一髪、村人から身を守るために伏せていたモモタロスは、それでも鼓膜に響く強烈な音に目を白黒させる。
助かったとわかるよりも先に、なにが起こったのか理解することもできずにいた。
「災難な目にあったねぇ、先輩?」
そんな彼にかけられる、気障っぽい聞き覚えのある声。
モモタロスは慌てて体を起こし、暗闇の中から近づいてくる相手を凝視した。
「か、亀ぇ⁉︎」
「えらいボロボロになってもうて…泣けるでホンマ」
「お尻に矢刺さってるダッサ〜イ」
「熊に小僧! …って誰がダサいだコラ⁉︎」
ぞろぞろと集まってくるイマジンたちに、モモタロスは驚きながらも内心で安堵を覚える。顔に出しはしないが、ひとりぼっちじゃなくなったことで実はものすごく安心していた。
「お、ほんとに鬼だ」
「んん⁉︎ おいコラハナクソ女! なに関係ないやつ連れてきてんだよ‼︎」
「うっさい! 迷子のくせに偉そうにすんな!」
「いっでぇ⁉︎」
気の抜ける顔でモモタロスの前に現れたサイタマに、赤鬼はイライラした様子でハナに詰め寄る。が、逆ギレされて尻に刺さっていた矢をズボッと引き抜かれ、また激痛に苦しめられた。
「とりあえず撤収しようよ。あんまり一つの時代に残ってると奴らが見つけちゃうかもしれないよ?」
「そうね…ゼロライナーに戻りましょう」
「ま、待て!」
尻の痛みに悶えるモモタロスを放置し、さっさとこの時代から逃げようとするウラタロスやハナたちが歩き出す。
しかしそれを、モモタロスは慌てた様子で引き止めた。
「もうアイツらはここにいるんだよ! そんでこの時代でも好き勝手暴れてる……しかもそいつら、俺たちが前に倒したやつなんだよ‼︎」
「何ですって⁉︎」
モモタロスの言葉に、ハナは大きく目を見開いて硬直する。
他のイマジンたちも目を見開く中、モモタロスは何かを感じ取ったようにばっと振り向き、緊張した様子で身構えた。
ザザザ、と暗闇の中で草むらが蠢く音がする。何かが走り回り、モモタロスたちを取り囲もうとしているようだ。
「お〜にさ〜ん、見〜つけたぁ」
蠢いている何者かの方をかき分けるようにして、近づいてくる大きな気配がある。
激昂を反射する金と銀の輝きを目にし、ハナは信じられないと言った様子で凍りついた。
「待ってたぜぇ……お前たちに復讐できるこの時をなぁ!」
「弟とともに受けたこの恨み……今こそ晴らさせてもらうぞ」
現れたのは、錫杖のような槍を持った長身の男と、巨大な金砕棒を持った二本角の大男。煌びやかながら禍々しい鎧を纏った、凄まじい迫力を醸し出す二人組であった。
「クチヒコ……ミミヒコ……!」
「鬼ライダーか…‼︎」
硬直するハナと同じように、イマジンたちも驚きのあまり動けなくなっている。
サイタマたちは訝しげな表情で、固まっているハナたちの顔を除き込んだ。
「なんだ、新手か…?」
「ていうか知り合いか?」
以前会ったことがあるかのような会話をしている彼らに問いかけるも、ハナは未だ動揺している様子で金と銀の鬼たちを凝視している。
目の前にあの男たちがいることが、全くの予想外であると言った様子だ。
「そんな……なんでアイツらが……アイツらはこんなところにいるはずがないのに‼︎」
「どういうことだ⁉︎」
怯えているような、青い顔で立ち尽くすハナに焦れたのか、ジェノスはやや厳しい口調で問い詰める。
ハナはそれで多少我に返ったのか、こわばったままの表情を鬼たちに向けたまま口を開いた。
「……アイツらは、鬼ライダーと名乗る
過去の亡霊を前にし、ハナは顔を真っ青にして体を震わせる。
亡霊の鬼たちは、怯える少女の姿をさも面白そうにニヤニヤと見下ろしていた。