それなりに楽しい脇役としての人生   作:yuki01

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感想を見る限り、以前投稿していたものを見てくれていた方が多いようなので、これからは改定は必要最小限にして、溜まっているものをどんどん投稿してしまおうと思います。
そうすれば以前の続きも早めに上げることができると思うので。


十話   対ワルド

「自分で言っといて何だけど……おまえすごいな」

 

「当たり前よ、あんたと一緒にしないでよね! 私には貴族としての誇りがあるの。薄汚い反乱軍に頭を下げるくらいなら死んだ方がましよ」

 

 そう言うとルイズはフン、と鼻で息を吐いた。ワルドはいつも通りの余裕面だが、サイト君はあきれ果てたのか、口をポカンと開けて固まっている。

 正直俺も何もわかっていないだろうルイズが、ここまで毅然とした態度をとれたことには感心を通り越して軽くあきれている。 

 なにせ先ほど来た空賊に、この船は反乱軍の協力者であり王党派の連中を捕まえるように貴族派から言われている。おまえは貴族派と王党派のどちらだ?と聞かれ、堂々と

 

「王党派へのトリステインからの大使よ!」

 

 と言ったのだ。わざわざ貴族派なら港にまで送ってくれると言ってきたにも関わらずに、だ。正直この空賊騒ぎの裏がなんとなく推測できていなければ俺もサイト君と似た反応をしていただろう。肝が据わってんのか頭がカラなのか知らないが、正直すごいとは思う。空賊さんも呆れた様な顔をして、頭にこの事を報告してくると、行ってしまった。ご丁寧にも王党派だってのならただじゃすまない、と言い残して。

 

「こ……の……バカ! おまえはTPOってモンを知らないのかよ! 正直なのも時と場合を選べよ! どうなるかわかってんのか!」

 

「テッ……テーピーオー? 何よそれ、ご主人様にわかる言葉でしゃべりなさい! だいたいね、あんなやつらに下げるほど私の頭は軽くないの。ホラッ、アシル。あんたの言うようにしてあげたんだからさっさとあんたの考えを説明して、この愚かな使い魔に私の正しさを教えてあげなさい!」

 

 お互いの胸ぐらをつかみ合って言い争いを始めた二人を、動物園のサルを眺めるような気分で見ていたところ、こっちに飛び火してしまった。正直冷静になってさっきの空賊さんの言っていた事を考えれば、誰でもその変な部分には気づくと思うし、いちいち説明するのめんどくさいんだが。そんな俺の嫌そうな顔を見たのか、ルイズはつかつかと火薬の入っている樽へと歩み寄った。

 

「喜んで説明させて頂きましょう、美しいお嬢さん。ほら、あなたの白魚のような手に火薬は似合わない。だからほら、それを樽へと戻して。……ようし、ったくちょっと嫌そうな顔をしたくらいで、暴力に頼ろうとするんじゃねえよ。いい貴族ってのは男が嫌そうな顔やらへまやらをしても、火薬片手にこちらを睨んだりしない美人でスタイルと性格の良い若いネエちゃん……そうですねこの台詞二回目でした。待って、ルイズ、火薬はともかく砲弾はちょっと口には入らない。ほら冗談だから、悪かったから。……はあ、まあ茶番は終わりにするとしてだな、冷静になって考えればルイズとサイト君にもすぐわかるよ。面倒だから一番わかりやすい矛盾点を言うとだな、さっきの空賊さんだよ。どこの世界に王党派なのか貴族派なのか調べたい奴相手にわざわざ貴族派なら何もしませんよ、王党派なら痛い目に遭いますけどね、って質問する奴がいるよ。そう聞かれたら仮に王党派でも貴族派だ、って答えることくらいわかるだろ。あれじゃあ、取り調べになってない。その一点だけ見てもこの空賊騒ぎはおかしい。おそらくさっきのルイズの対応が一番だと思うよ。たぶんこの船は王党派だ」

 

 王党派でも貴族派って答えるだろう、のあたりで得意げな顔になったルイズに一発かましたくなったが、間違いなくやり返されるのでやめて置いた。できれば一生、火薬なんかを口にしたくはないからな。

 後今言った理由にプラスするとたかが空賊が交易に使われる輸送船よりもでかく、武装のしっかりした船を持っていること。貴族の子供二人に大人の貴族一人、それに平民らしき男一人、って組み合わせなら平民らしき男は貴族の子供を護るための傭兵か何か、と見るのが筋だろう。……まあ、サイト君自体まだ若いので傭兵とまではいかなくても、デルフを背負っていた以上、戦力として連れていることくらいは推測できたはずだ。それなのに殺さず武器を取り上げるだけだった。平民からとれる身代金など微々たるものである以上、身代金目的に貴族をさらったのならサイト君は殺されているはずだ。まさか空賊のくせに不殺を信念にしているってわけでもないだろう。

 まあ、これらの考えは後付になってしまうし、この船が空賊の物ではないとするには一つ一つの根拠が薄く、俺の勘違いや空賊に別の思惑があった可能性も高いが、先ほどの空賊の質問とあわせて考えるとがぜん意味合いを持ってくる。

 貴族派である方が圧倒的に得である状況下で貴族派か王党派か聞いてきたことからおそらくこの船は王党派。空賊の物にしては船が大きく武装も立派なのは王党派の軍艦だから。サイト君を殺さなかったのは貴族をさらったのが身代金目的ではないから。そう考えればまあ、筋は通るだろう。ということはこの船の頭はアルビオン軍のそこそこお偉いさん、ってところかな。

 そこまで考えたとき扉が開き、先ほど頭に伝えてくる、と言って出て行った空賊が入ってきて、こう言った。

 

「頭がお呼びだ。全員ついてこい」

 

 さあ、答え合わせと参りますか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いくつかの通路を抜け、階段を上がり船長室とおぼしき部屋へ俺達は連れてこられた。部屋の中央には大きなテーブルが鎮座しており、そこに一人の男が座っている。

 薄汚れたシャツに赤く日焼けした肌、ぼさぼさとのびた黒髪を赤いバンダナでまとめ、左目には眼帯をしている。いかにも荒くれ、といった雰囲気をまとったその空賊然とした男は、部屋に入ってきた俺達を残った右目でおもしろそうに見つめてきた。無精ひげで隠れた口元も愉快げにゆるみ、手にはメイジなのだろう、頭に水晶がついた杖を持っている。

 周りには武装した多くの空賊がいて、そいつらも同じようににやにやとこちらを見つめていた。入ってきた扉の前には、俺達をここに連れてきた男がそこをふさぐように立っている。つまり、反抗しても力ずくで抑えることができ、なおかつ逃げることも許さない、暗にそう言っているということだろう。

 

「頭、連れてきやした」

 

「ああ……さてと、嬢ちゃん。呼んだのはほかでもねえ、聞きてえことがあんだ。まあ、まずは名乗りな」

 

「人に名前を尋ねる時は、まず自分から名乗るのが筋でしょう。そうでなくても私達に対して大使としての扱いをしていない以上、あんた達なんかに名乗るつもりはないわ」

 

 頭の問いを無視しルイズがそう答えると、頭は目を少し見開いた後笑い出した。

 

「く、くくっ。いいな、気が強い女は嫌いじゃねえ。ただな、口の利き方には気をつけな。お国じゃあ俺より嬢ちゃんの方が偉くても、空の上ではそうもいかねえ」 

 

 そう言うと頭は立ち上がり、ルイズの方へ近づいて来た。

 

「もう一度聞くぜ、大使の嬢ちゃん。お前らは貴族派か、それとも王党派か? 貴族派ってんなら俺達の仲間みたいなもんだ、丁重にあつかってやらあ。しかし、王党派だってのなら大変だ。俺達は手を汚さなきゃならねえし、嬢ちゃん達は少しばかり痛いのを我慢しなきゃならねえことになる。なあ、どっちだ?」

 

「王党派だと言っているでしょう。あんた達みたいなのに頭下げて嘘をつくほど落ちぶれてはいないわ」

 

 そこまで言った時、焦ったサイト君がルイズの口をふさごうとした。しかし、近づいてルイズがかすかに震えていることに気づいたのだろう、複雑そうな顔をすると何も言わず、ただルイズの横に立って姿勢を正す。

 頭はルイズの答えを聞くと、ますます口元の笑みを深め、持っていた杖をルイズの首筋にあてた。

 

「そうかい、なら貴族派につく気はねえか? あいつらはメイジをほしがっているからな、いくらか協力すればたんまり金ももらえる。なあ、王党派の嬢ちゃん、これが最後の質問だ。貴族派について生きるか、王党派のまま死ぬか……よく考えて答えな。どちらにするんだ?」

 

「だから何回も……」

 

「王党派だって言ってるだろ」

 

 ルイズの言葉を遮り、頭の質問にサイト君がそう返した。ルイズと話していたのに横から口を挟まれた事に気を悪くしたのか頭はサイト君を威圧的な目で見ると言った。

 

「おめえは?」

 

「使い魔だよ。あんたらの言う嬢ちゃんのな」

 

「そうかい……俺もやきがまわったもんだな、使い魔にまで口答えされるとは。それにしてもうちの国の貴族よりトリステインの使い魔の方が誇り高い、ってのはなあ……全く情けなくて泣けてくるぜ。ああ、そういやあ嬢ちゃん、人に名前を聞くときにはまず自分からだ、だったな。じゃあ、まずは私から名乗らせてもらおう」

 

 そういうと頭はバンダナをはずし、眼帯をはずし、つけひげだったのかひげをむしり取り、かつらだったのだろう、ぼさぼさとした黒髪を帽子を脱ぐようにはずした。その下から現れたのは先ほどまでとは似ても似つかない精悍な顔をした金髪の青年だった。

 

「アルビオン王国皇子、ウェールズ・テューダーだ。さあ、これで名前を教えて頂けるかな、誇り高き大使のお嬢さん?」

 

 

 

 

 そこからの展開は俺は詳しくは知らない。ウェールズ皇子が本物かどうか確認するためにアンリエッタ姫殿下から預かってきた「水のルビー」と、彼の持っていた「風のルビー」とかいうらしい指輪を近づけた。するとその二つの間に虹の橋がかかったのだが、それが皇子である証明らしい。正直、指輪なんて盗んだりすりかえたりすることもできそうなものなので身分証明としての力はそれほどでもないような気がするがそれを言っていてはしょうがない、とそこは納得した。

 ちなみに空賊のふりをしていたのは敵の補給路を断つためだったそうだが、そんな危険な事を皇子様がやってたってのも納得いかない。正直こいつ偽物じゃないのかなあ、とは思うが外国の王族の顔なんて知らないからな、信じるしかないだろう。まあ、頭の隅にでも疑いは持ち続けておくつもりだが。

 そして俺達の目的である姫様の書いたラブレターは今手元にないということで、それがあるニューカッスルの城まで取りに行くこととなった。

 そして俺達は王党派のみが知っているらしい鍾乳洞のような抜け道を通り、貴族派たちの軍艦の目から逃れながらもニューカッスルの城までたどり着いた。ルイズ達は皇子の部屋へ手紙を取りに行ったが、俺は行かなかった。

 ウェールズ皇子も恋人へ伝えたいことくらいあるだろう。なら姫殿下の古くからの友人であるルイズに伝言を頼むくらいのことはするはず、それを邪魔するほど俺は野暮ではないつもりだったからな。ワルドとサイト君はついて行ったが、それは仕事だし仕方がないだろう。まあ正直、純粋にあの二人が、空気読めてないだけのような気もするが。

 その後城でパーティーが開かれた。なにやら、貴族派の連中が明日の正午に攻城を開始すると伝えてきたらしく、それにまず間違いなく耐えられないので最後の思い出作りの様な感じで騒ぎたいのだろう。まさに、後の晩餐というやつだなあ、と思った。

 ルイズ達はそれに出るようだが、俺はこちらも欠席させてもらった。滅びる国の貴族なんかと親しくする必要がない以上、大勢で騒ぐのがあまり好きではない俺が出る理由はないからだ。さすがに、ウェールズ皇子とその父であるジェームズ一世にはあいさつと、体調が優れないのでパーティーを欠席する旨は伝えたが、その程度だった。

 

 そうして、用意された部屋で休んでいた所、ノックの音と共にワルドが入ってきた。

 

「休んでいるところすまないが、きみに言っておかなければならないことがあってね」

 

 そしていきなりそう言ってきた。

 

「そうですか、わざわざすいません。で、なんでしょう?」

 

「明日、僕とルイズはここで結婚式を挙げることになった」

 

「……失礼ですが、おっしゃっている意味がよくわかりません」

 

「意味は今言った通りだよ。君は部屋にも行かなかったし、パーティーにもいなかったから知らないだろうが、僕はウェールズ皇太子の誇り高き勇敢さに惚れ込んでね、是非とも僕たちの婚姻の媒酌を、と頼んだところ快く引き受けて頂いたのだよ。しかし、残念ながら明日の正午にはここは貴族派どもに攻め込まれてしまう、だからこんな時にとは思うが、機会が明日しかないんだ。できれば君にも式に出席してもらいたいのだが、あいにくと式は避難用のイーグル号が出発するのとほぼ同時の予定なのでね、グリフォンで帰れる僕とルイズはともかく、君や使い魔君はそうもいかなくなった。だから残念だが君は今言ったイーグル号に乗って、一足早く帰ってくれたまえ」

 

「……はあ、わかりました。あー、一応空を飛べる使い魔を連れて来ましたので、使い魔ごしににはなりますが式は見せて頂きます。では……お幸せに」

 

 そう言って俺が頭を下げると、一言二言しゃべった後、ワルドは部屋から出て行った。

 それにしてもまさかこんな時に結婚式を挙げるとは……。ワルドもワルドだがルイズもルイズだ。あんの脳内パラッパラッパーめ、いくらイケメンの婚約者相手だからって、まさか戦地で式を挙げることに賛成するほどだとは思っていなかった。

 俺はため息を一つつくと、少し早いがベッドに横になった。さすがに誰かが起こしてはくれるだろうが、避難船に寝坊して乗り遅れたなんて笑えないからな。

 

 

 

 

「あんま落ち込むなよ、サイト君。女なんて星の数ほどいるさ」

 

「それ、ただし星には手が届かない、ってオチだろ。なんか聞いたことあるよ」

 

 次の日の朝、俺とサイト君はイーグル号の上にいた。まあ、横から見ててもサイト君がルイズに好意を持っていたことはわかっていたので、俺は失恋したサイト君を慰めつつも、式場に置いてきた使い魔のフクロウと感覚を共有し、式を見ている所だ。ちなみに今、式の方はルイズが登場したところ。なんか元気のない顔をしているがマリッジブルー……だったか?そんなやつなのかね。

 はあ、それにしてもなんで俺こんな出歯亀みたいな事してんだろ。

 

 

 

 

 

「あーほらさ、シエスタいるじゃん、シエスタ。あれサイト君に結構ぐらっと来てると思うからさ、押せばいけると思うよ」

 

「いや、けどさそんなあっちがダメだったからこっち、って男として最低じゃあないか? だいたい俺はさ……ん? なんだこれ?」

 

「どしたのさ?」

 

「いや、なんか左目が変なんだよ」

 

 そう言うとサイト君は左目をこすりだした。ゴミでも入ったのだろうか。

 式の方はいわゆる誓いの言葉の所だ。今、ワルドがルイズへの愛を誓った。それにしても頼りがいのある大人といった感じのワルドと、まだまだ幼さの残る容姿に小柄な体格のルイズが並ぶと変な感じだ。間違いなくどっかの条例に引っかかりそうな雰囲気が漂っている。

 

 

 

 

 

「ゴミが入ったときにあんまりこすると眼球を痛めるよ。今、水出すからそれで流しなよ」

 

「いや、そうじゃねえんだ。なんかぼやけて……うお! なんか見える!」

 

 いきなり目をこすりだした後、そんなことを言い出したサイト君。なんか見える、って言うか、そんなことを言ってる君がやばい人に見えるよ。

 式の方はなにやら妙な事が起きている。どうもルイズがワルドとの結婚を断ったようだ。女心と秋の空というやつだろうか、さすがにワルドが気の毒だな。

 と思ったが当のワルドの様子がおかしい。表情がひきつり、声を荒げ、世界を手に入れるとか言い出した。どうしたんだ? 使い魔ごしのせいで詳しい所まではわからないので状況の把握がしずらい。

 ……ん? 使い魔ごし……?

 

「……サイト君、今、何が見える?」

 

「んー、誰かの視界みてーだけど……たぶんルイズかな。ワルド見えるし」

 

「やっぱりか……急ぐぞサイト君! ルイズが危ない!」

 

「うおっ! なんだよ、アシル。ちょっ、危なっ!」

 

 俺はサイト君の手を掴むと、人をかき分けながらルイズ達が今居る礼拝堂目指して走り出した。

 くそっ、完全に俺のミスだ。ワルドが怪しいことはわかっていたのに。もし、仮にワルドが裏切り者なんだとしたら、目的なんて考えればわかったはずなのに。わざわざ俺達を離し、虚無の担い手である可能性のあるルイズとの結婚式に王党派の中心であるウェールズ皇子を呼ぶ、その目的なんて考えるまでもないことなのに。

 礼拝堂が見えるあたりまで来たとき、急にサイト君はデルフを握るとそこめがけて駆けだし、そしてその勢いのまま壁を突き抜けた。それに続くように礼拝堂の中に入ると、そこには衝撃的な光景が広がっていた。

 座り込むルイズ、それに向けるように杖を構えるワルド、そしてそれを受け止めているサイト君。その近くに倒れているウェールズ皇子、服の胸のあたりが血で真っ赤に染まっている。おそらく生きてはいないだろう。

 

「てめえ……よくもルイズを! あんなにお前を信じていたルイズを裏切りやがって!」

 

「ふむ、何故これたのかと思ったが主人の危機が見えた、というところかね。それにしても困った事を言わないでくれよ、使い魔君。僕を信じるのはそちらの勝手だが、その信頼に応えるかどうかは僕の勝手だよ」

 

「ふざっけんな! くそがあっ!」

 

 そう怒鳴りながら斬りかかったサイト君をひらりとかわし、ワルドは俺達と距離を取った。三対一で圧倒的に不利なはずなのにも関わらず、ワルドの余裕は崩れない。人一人殺しておきながら、今までと何も変わらないような態度に口調。不気味にさえ感じてしまう。

 

「まいったな、三人相手か……。悪いが面倒なのでね、こちらも少々本気を出させてもらうが、まあ、恨まないでくれたまえ」

 

 そう言ってワルドが、風のスクウェアが、魔法衛士隊の隊長が、俺達に対し明確な殺意を持って杖を構える。

 

「ユビキタス・デル・ウィンデ……」

 

 そうワルドが呪文を唱えると共に、ワルドの身体が五人に分身した。 

 やっぱりか……。風のスクウェアであるワルドと繋がっているらしい謎の仮面の男ってあたりから感づいていたが、ワルドは偏在の魔法が使えるらしい。

 偏在、ようは実態を持った分身を生み出す魔法だ。一人一人が意志を持ち、魔法まで使えるという冗談みたいな魔法。それ自体がかなりの高位呪文なので、使える人は偏在を使わなくとも強い場合がほとんどである。つまり、元から鬼のように強い人が数人に増えるという戦う側からすれば悪夢のような呪文。

 正直それと戦わなければいけないことになってしまった俺の心は早くも折れてしまいそうだ。

 

「では、君とルイズの相手は僕がつとめさせてもらおうかな」

 

 そう言って一人のワルドがこちらへ近づいてきた。ガンダールヴを警戒しているのか残りの四人はサイト君の方へ向かった。

 ルイズは婚約者に裏切られ、殺されかけるというダブルショックのせいか、軽く放心していて使い物になりそうにない。つまり俺一人で風のスクウェアをなんとかしないといけないということ。

 

「……ワルド子爵、頼みがあります」

 

 ……しょうがないな。まず間違いなく無理だと思うが、やるしかないか。サイト君の方は四人相手に頑張っているんだ、一人くらいは倒してみせよう。……気は進まんけど、じゃあやるか。

 

「俺だけでも見逃しては頂けませんか?」

 

 水のラインが、風のスクウェアを倒す。そんな一世一代の大バクチを。

 


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