それなりに楽しい脇役としての人生   作:yuki01

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十一話  死者を殺す

「俺だけでも見逃しては頂けませんか?」

 

 そう言いながらも俺は、懐に隠し持っていたビンを取り出し栓を抜くとワルドへ向けて投げた。そしてビンから飛び散る液体に対し、呪文を唱える。

 

「ウォーター・バレット!」

 

 すると散った液体が空中で無数の弾丸状に固まり、ワルドへと飛んでいった。

 

「なんというか……情けない戦い方だね」

 

 俺に向け嘲るようにそう言うと、造作もなくワルドはそれらの水の弾丸をよけ、そのまますさまじいスピードで俺に向けて飛んでくると、俺の胸部に蹴りを叩き込んだ。

 

「う……ごおっ!」

 

 蹴りが入ると共に身体の中で、生木を無理矢理折ったような音がしたような気がした。そのまま蹴り飛ばされ、壁に叩きつけられる。

 

「かふっ!……ってぇな、くそが」

 

 そう言いながらもなんとか立ち上がることはできたが、正直蹴り一発でもうヤバイ。胸のあたりにはすさまじい熱さと痛みを感じるし、壁にぶつかったときに軽く頭をうったのか少し足下がふらつく。これあばらかどっか折れてんじゃないか。

 それにしても、わかってはいたがこれほど圧倒的な差があるとはなぁ。

 ワルドの方を見てみると蹴った直後に後ろへと飛び下がり距離を取ったのか、俺とは少し離れた位置にいる。まずいな、妙な事をされないようにヒットアンドアウェイで戦うつもりか。

 

「さすがに……敵いませんね。けれども俺も生きて帰りたいんですよ。そこで、賭をしませんか?」

 

 俺がそう言うとワルドは怪訝そうな表情になった。当たり前だ、見逃したところでワルドには何の得もない。デメリットだけでメリットのない話を受けるほどバカではないだろう。

 

「そんな顔をしないでください。賭と言ってもまあ、簡単な話ですよ、あなたはライトニング・クラウドを撃ってください。僕はそれを全力で防ぎます。そして、僕が無傷ですんだのなら、スクウェアの攻撃をラインが防ぎきるなんて奇跡が起きたのなら、見逃してください」

 

「なるほど……まあ、いいよ。おもしろそうだ」

 

「そうですか、ありがとうございます」

 

「それにしても本当にいいのかい? 僕がこんな何の得もない賭を受ける理由くらい君もわかっているだろうに……。変わった人だね」

 

「まあ、奇跡でも起きるかもしれませんしね。せいぜい上手くいくよう、始祖様に祈っておきますよ。ケホッ、あー痛え」

 

 ワルドにとって何の得もない賭、しかし俺は間違いなくワルドは乗ってくるだろうと考えていた。なにせ負ける可能性がほとんど無い上、仮に負けたとしても約束を守るかどうかはワルドの胸先三寸な訳だ。なら別に受けたところで損はしない。そして、今までの言動から推測するにワルドは加虐趣味というか、相手よりも上であると確認する行為が好きなように感じる。

 調子に乗ったガキが身の程知らずにも自分の攻撃を防いでみせると挑戦してきた、そんなシチュエーションを作ってやったんだ、それは乗ってくるだろう。

 

「じゃあ行くよ。まあ頑張ってくれたまえ」

 

 そう言ってワルドが俺へ杖を向ける。周囲の空気が冷え始め、ひんやりとした冷気が俺の身体を通っていく。

 おいおい、ただでさえこちとらピンチで背筋が冷えてるってのに。勘弁してくれよ、風邪引いちまう。

 

「ウォーター・シールド」

 

「ライトニング・クラウド」

 

 俺は呪文を唱え、水の盾を張る。それなりの精神力を込めたものなのでわりかし丈夫なはずなのだが、そんな俺の努力を無視するようにあっさりと稲妻が盾を貫いた。

 まあ、こうなるだろうなと思っていたので考えていたとおり左腕で稲妻を受け、杖と利き腕である右腕だけは守る。

 

「がっ……!!あ、あああああああっ!!かあっ、が、あああああああああああああああ!!!」

 

 痛い!いや、熱い!くそがっ!覚悟はしていたつもりだったがここまでだとは!

 あまりの痛みに足から崩れ落ち、焼けただれた左腕を胸に抱え込むようにうずくまった。肉が焼けるような臭いが鼻を突き、気分が悪くなる。

 

「おっと、ずいぶん手加減をしたつもりだったのだが。悪いね、あれでもまだ強すぎたか。それにしてもひどい臭いだな、ちゃんとしたものを食べてるのかい?」

 

 口元を歪ませながらワルドがそう嘯く。いや、手加減をしたというのは実際本当なのだろう。本気で撃ってきたのなら今頃俺は黒こげだ。まあ、ワルドの性格上手加減をするだろうとは思っていた。こちらが先に盾を張ってやれば、それを打ち破りながらもこちらに大けがをさせる程度に、威力を抑えるだろうと。加虐趣味者の長所を挙げるとすれば、即座にとどめを刺したがらない事だからな。

 それにしても痛え、くそが。その上俺を見下ろしやがって、そんなにスクウェア様が偉いかよ。

 

「ここまで……いくらスクウェアとラインだからって、ここまで力の差が有るわけがあるかよ」

 

 震える足に力をいれ立ち上がり、懐からまたビンを取り出すと栓を開ける。そして、ワルドを睨みつけると杖を向ける。

 

「なめてんじゃねえぞ、くそがっ! くらっとけ!! ウォーター・バレットォ!!」

 

 そう呪文を唱えると同時にビンの中の液体が水の弾丸となり、ワルドへ向け射出される。先ほどより精神力を込めた弾は段違いのスピードでワルドへ向かうが、それらは

 

「エア・シールド」

 

 その一言と共に、全ての弾丸はワルドの目の前で見えない壁に阻まれるように動きが止まり、ただの水のしずくとなってワルドの足下に滴った。それを見ると同時に俺は膝から崩れ落ちる。

 

「さて、これで打ち止めかな」

 

「見ればわかるだろうよ、ひげ親父。俺の精一杯を軽く防ぎやがって、ボケが、くたばりやがれ。ちくしょう……。さっきのライトニング・クラウドだってもう少し精神力を込めておけば防ぎ切れたかもしれなかったってのによ……」

 

「くたばるのは君の方だがね。さあ、せっかくだ。先ほどは手加減をしてしまったからね、せめてもの詫びに本当に全力でライトニング・クラウドを撃ってあげよう。そのラインごときがこの僕の攻撃を防ぎ切れたかも、などという愚かな勘違いを正すためにもね……」

 

「…………」

 

 そう言ってワルドがゆっくりとルーンを唱える。さっきと同じように少しずつ周囲の空気が冷えていき、ワルドが俺へと構えた杖の先には青白い電気が集まっていく。後は一言呪文を唱えればその電撃は俺を襲い、俺を肉から炭へと変えるだろう。

 ……やれるだけのことは全てやった。後は俺に運があるかどうかだ。

 

「これで最後だ。何か言い残すことはあるかい?」

 

「……長くなるけど構わないか?」

 

「いや、こちらも忙しいのでね。いいかげん君ごときにかける時間がもったいないのだよ。では、さよならだ。ライ……ト!?」

 

 そこまで言ったとき、ワルドの手から杖が滑り落ちる。そしてそれと同時にまるで糸が切れた人形のように倒れかけ、ひざまずくような体勢になった。

 それとは反対に俺は立ち上がり、痛む身体を引きずりながらワルドへと駆け寄る。

 

「な!?な…にをし……」

 

「おらああああああああ!!!」

 

 そのままワルドの顔を思い切り蹴り抜いた。鈍い音と悲鳴をあげながらワルドは後ろへと倒れ、落ちていた瓦礫に頭をぶつけると、うめき声と共に消えていった。つまり倒した、本物だったら殺していたということだろう。

 裏切り者相手に正当防衛でその上偏在だったとはいえ、もし人相手だったならば殺していたという事実は俺の右足に不快感を残した。

 それにしてもこうも上手くいくとは正直思わなかった。別に俺がやったことは大したことではなかったからな。ただ単に一度目は水で攻撃を行い、二度目は俺が作った特性の麻痺薬で攻撃したというだけだ。

 この薬は無色透明に近く、気化しやすい上即効性という結構自慢の出来だったんだが、時間が無かったので無味無臭とまではいかなかったのだ。だからなんとかしてこれの臭いをごまかしたうえで、これをワルドの近くに撒かなくては俺の勝利はなかった。

 そのために俺は事前に治療薬と飲み水しか持ってきていない、とワルドに伝えておいたのだ。そして一度目は実際に飲み水で攻撃をした。気休め以下だがこうすればワルドの液体に対する危機感が低下するかも、と思ったわけだ。そして実力差を認めないような事を言いながら、今度は麻痺薬で攻撃した。こうすればワルドは実力差を見せつけるため、攻撃をよけるのではなく受け止めるのではと思ったからだ。そして、それは上手くいった。気化しやすい麻痺薬が足下に撒かれた状況で、油断をしてくれた。

 後は臭いだ。そのために賭だ何だと言って俺に対して、ライトニング・クラウドを撃つように誘導した。そして、自分の左腕が焦げる臭いでごまかした、というわけだ。しかし、まさか自分の腕を臭い消しに使う日が来るとは思っていなかった。

 それにしても、上手くいったのがおかしいくらいに危うい博奕だった。

 ワルドが初めから殺す気でかかってきていたら、二度目の攻撃も受け止めずに避けたら、賭にのらずにライトニング・クラウドを撃ってこなかったら、麻痺薬の臭いに気づいていたら……。どれか一つでも上手くいかなかったら、今頃俺はウェルダンだ。ホント、まあ、よくこんな上手くいったと思う。

 だが、結果良ければ全てよし、だ。ラインの腕一本でスクウェアの偏在を倒したんだし、おつりがかえってくるくらいだろう。

 

「つあっ……」

 

 そこまで考えたとき胸と左腕から吐き気がするほどの痛みが伝わり、その拍子に膝を突いてしまう。くそ、こんなことをしている場合では無いというのに。

 振り向くと放心したルイズと四人のワルドとなんとか渡り合っているサイト君が見える。たかが一人偏在を倒したからといって何が変わるわけでもない。こちらもなんとかしなくては、さっきの俺の努力はなんの意味も無い。しかし、正直俺はぼろぼろであちらには俺をぼろぼろにしたのと同じ強さの奴がまだ四人も残っている。その上、偏在を倒したことでもう油断はしてくれないだろう。なら勝ち目なんて万に一つも無い。

 それにしてもデルフが格好良くなってるのは何があったんだ?

 俺は痛み止めを飲むと、治癒の呪文を自身へとかけながらルイズへ歩み寄った。

 

「よう、元気か?」

 

「あ、アシル……」

 

 振り向いたルイズの瞳にはいつもの強気な光が宿っていない。仕方ないだろう、信じていた婚約者は裏切り者で自分を殺そうとしてきたうえ、目の前で人が殺されるなんて初めてだろうし。

 

「私って何なんだろう……?」

 

 ぽつりとルイズがつぶやく。

 

「あなたは偏在のワルドを倒せるくらいの力を持っている。使い魔のサイトは見ての通り四人相手に互角に戦ってるわ。私だけ、何もできない……。私が強ければウェールズ皇子をお救いすることができたかもしれない。もっと気を張っていればワルドの裏切りにも気がついていたかも……。私だけ……いつまでも足手まといで……ゼロのままで……」

 

「何、的はずれな事言ってるんだ。お前がゼロなのは頭の中身じゃねえのか?」

 

「え……?」

 

 そう言ってもルイズの目に浮かぶのは疑問の色であって、怒りではない。

 ……これは重傷だな。

 

「サイト君見ろよ。くだらない事でちょくちょく鞭でうたれてるってのに、うってくるお前を守るために命がけじゃねえか。何もできない? 寝言言ってんなよ。会って半年も経ってない奴が命を賭けてもいいってくらいにはお前は良い女さ」

 

 そう言うとルイズの背中を軽く叩く。

 

「ほれ、立ちな。サイト君が、惚れた女を守るために風のスクウェアを打ち倒した平民、なんていう英雄になるか。力の差もわからずに格上に突っかかって返り討ちにあった間抜けになるか…。お前にかかってるんだ。使い魔の誇りくらい守ってやれよ、貴族なんだろ。ほれ、気の抜けた顔してんなよ」

 

 そう言ってやるとルイズは立ち上がった。

 

「ま、がんばれ。いつもみたいに自信満々な面して、薄っぺらい胸張ってよ」

 

「ファイヤー・ボール」

 

 そう唱え杖を振ると共に、一人のワルドの頭の近くで爆発が起こり、それをくらったワルドは消えていく。あと三人か。

 

「アシル……帰ったら憶えておきなさいよ。人をさんざんバカにして」

 

「嫌に決まってんだろ」

 

 背中を向けてそう言ってきたルイズに対し、そう返す。さっきみたいに静かな方が俺は好きだが、こうじゃないとルイズじゃないしな。

 そしてルイズは、軽く息を吸うとこう言った。

 

「やるわよ、サイト!」

 

 

 

 

 

「はあ……はあ……ふう……。何とかなったな」

 

「ええ、でもこれからどうするの。あのレコン・キスタの連中はもうすぐここにもくるわ。なんとかして逃げ出さないと……」

 

「…………」

 

 ルイズが加勢した後、元から速かったサイト君の動きは見違えるようにさらに速くなりワルドを圧倒した。逃がしこそはしたが、左腕を切り落として追い返した。風のスクウェア相手なのだ、奇跡的な勝利と言ってもいいだろう。しかし、ワルドをなんとかしても反乱軍、レコン・キスタの連中の動きは変わらない。遠くから砲撃や悲鳴が聞こえている、もうしばらくしたらここにも攻め入ってくるだろう。その前になんとかして助かる方法を考えなくてはならない。

 

「悪いね、皇子様。バカな俺にはこれくらいしか思いつかないんだ」

 

 そう呟いてウェールズ皇子の死体に歩み寄る。ちなみにルイズ達は少し離れたところで休んでいる。疲れているのだろう、こちらのことは気にしていないみたいだ。そのまま皇子の死体のそばまでくると頭の横に膝を付いた。

 

「ルイズはともかく俺とサイト君の顔を知っている奴はレコン・キスタにはいないだろう。ならあんたの首を持って自分たちはスパイとして潜入していた、と言えばやり過ごせるかもしれん。そうやって時間さえ稼げればもしかしたら逃げ切れるかもしれないんだ。だから、許してくれ。その代わりと言っちゃ何だけどこの風のルビーは形見だって事で、責任もってあんたの恋人さんに渡しておくさ」  

 

 そう言って、指からルビーを抜き取り、ポケットへとしまう。

 そして息を一つ大きく吸うと、ウェールズの首筋に杖をあて、呪文を唱える。

 

「ウォーター・カッター」

 

 

 

 

 

 俺が蹴り殺したワルドは偏在で、裏切り者で、正当防衛だった。

 俺が首を切り落としたウェールズはすでに死んでいて、それは仕方のないことで、少なくとも俺に非はないはずだ。

 それでも足と手には不快な感触が残っている。それは達成感なんかじゃ間違いなくないが、罪悪感とも違う気がする。このこびりつきような不快な感覚は何なのか? それについて考えるのに疲れた俺は、ほんの少しの間だけ、と自分に言い聞かせ目を閉じた。

 

 

 

「何をしているの?」

 

 目を開き、声の聞こえた方を向くと、何故かそこにはタバサがいた。サイト君達のほうを見てみればギーシュとキュルケもいる。その近くの床に穴が開いているが、おそらくそこを通って来たのだろう。

 

「どうしたんだ?」

 

「迎えに来た」

 

「そうかい。それはどうも」

 

 言葉少なにそう返す。タバサ達も大変だったのだろう、という事くらいわかってる。遊んでいて遅れたのじゃないんだろうな、ってのもわかってる。それでも必要以上に口を開いたら、タバサを責めそうで、もう少し早くきてくれればワルドの偏在を蹴り殺さないですんだのに、ウェールズの首を切り落とさないですんだのに、そんな八つ当たりをしてしまいそうだった。我ながら情けないことこの上ないな。こみ上げる苦笑をかみ殺し、タバサへと向き直る。

 

「じゃあ、帰るか……。タバサ」

 

「……」

 

 そう声をかけると何故かタバサは少し驚いたような顔をした後、うなずいた。

 いつもなら微笑ましさを感じるだろう、そんなタバサの表情を見ても感じるのか妙ないらつきと不快感だけだ。どうかしてるな、今の俺。

 帰ったらまず寝よう。寝て起きればいつも通りの俺のはずだ。

 そう考えるとタバサに続き、俺は穴へと飛び込んだ。

 


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