それなりに楽しい脇役としての人生   作:yuki01

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十三話  水の精霊

「で、何で私までこんなところにいるんでしょうか?」

 

「到着してから言うあたり、わかってるな。カウベルにはつっこみの才能があるよ」

 

「だからアラベルだと何度言ったら憶えるのですか。いい加減貴族様といえど締め落としますよ」

 

 俺は後ろにいるアラベルとそう言葉を交わす。馬に乗れないということでわざわざ乗せてきてあげたのに、この子礼儀ってもんを知らんのか。まあ、半ば無理矢理連れてきた俺が悪いと言えば悪いのだけれど。

 目の前には日の光を浴びてさんさんと青く輝く湖が広がっている。これが今回の目的地であるラグドリアン湖である。

 

「で、本当になんで私は連れてこられたのですか? いきなり朝早くに来たと思ったら『ラグドリアン湖に行くのに付き合ってくれ』って。あれはお誘いというより、もうほとんど拉致か誘拐でしたよ」

 

「迷惑かけて悪いけど我慢してくれ。いや、俺も本来は一人で来るつもりだったんだよ。ただな……あっちを見てくれ」

 

 そう言って俺は馬に乗った近くの二人、具体的にはサイト君とルイズの方を指さす。

 

 

 

 

「サイト……ぎゅってして」

 

 サイト君の胸によりかかりながら、顔を見上げそうささやくルイズ。

 

「ぎゅ、ぎゅってしてって……もうしてるだろ。これ以上強くすると痛いんじゃないか?」

 

「痛いくらいでいいんだもん。強くぎゅってして、昨日首筋につけてくれた痕みたいに痣でもできれば私がサイトのだってみんなにもわかるもん。そうすればサイトは私以外の子を見なくなってくれるって、信じてるんだもん」

 

「ほ、ほあああぁぁぁぁ……」

 

 なにやら軽く痙攣しはじめたサイト君。ルイズのおなかのあたりにまわした右手が不振な動きをしだし、それを左手で必死で止めようとしているみたいだ。

 

「私ももう一度サイトに痕をつけるんだもん」

 

 そう言ってサイト君の首筋に吸い付くルイズ。

 

「や、やめてくれ……ルイズ!お、俺は……俺はもう!!もう!!」

 

 

 

 

 

「……うわあ」

 

「どうだ、見てるだけで殺意が湧いてくるだろ。次はあっちだ」

 

 次はギーシュ、モンモランシーペアの方を指さす。なにやら湖の縁にかがみ込んで水面に手をかざしているモンモランシーに、ギーシュが話しかけている様だ。

 

 

 

 

 

「それにしても美しい湖だね、モンモランシー。透き通るような青い水面に日の光が散りばめられ、まるで星くずを撒いたようじゃないか!」

 

「まあ、風光明媚なことで有名な場所だしね。……それにしても変ね、水の精霊が怒っているみたいだし、それに以前はこんなに水位が高くはなかったはずだれど。家がいくつか水没しているようだし、何かあったのかしら……?」

 

 そうつぶやきながらモンモランシーが立ち上がる。

 

「まあまあ、いいじゃないか。それにしても残念だよ、モンモランシー。そんなに景色がすばらしいことで有名なのなら、君と来るべきではなかったかもしれないね。何せ、君の前ではこれほど美しい景色も色あせてしまうからね!」

 

 そう言いながらギーシュが近づき、モンモランシーの手を取った。

 

「君の澄んだ青い瞳の前ではラグドリアン湖でさえかすんでしまうよ。それにさっきはあんなにも美しく見えた湖面に映る日の光の輝きさえ、君の髪の輝きを見てからでは……えーと、そう! 君の髪の輝きの前ではかすんでしまうよ!」

 

「バカじゃないの。それに私はまだあなたと仲を戻したわけじゃないのよ、軽々しく触らないで」

 

 ギーシュの手を振り払うモンモランシー。だが、それしきのことでギーシュは諦めず、なおもすがるようにモンモランシーに話しかけ続ける。

 

「そんな事を言わないでくれよ、モンモランシー。愛している君に嫌われてしまっては僕は生きていくことさえできないというのに! ああ! 愛しているよ、モンモランシー!」

 

 そう言って手を握るどころか抱きしめて、愛してると繰り返すギーシュ。なんだかんだ言いつつもふりほどかないということはモンモランシーもまんざらではないのだろう。

 

 

 

 

 

 

「……最初にきついのを見たせいか、あれが微笑ましく思えるのですが……これってまずいですかね?」

 

「ああ、それは結構やられてるな。だけど出発前からあんな感じだったんで、俺も頭ではあれがおかしいというのはわかっていても、感覚的には違和感を感じなくなってきちまったよ。帰ったらゆっくり休もうと思う。ほれ、着いたんだし馬から降りな」

 

 そう言って差し出した俺の手を借りながら、アラベルが馬を降りる。

 そして、ラグドリアン湖の方へ近づきながら話を続ける。

 

「で? 結局なんで私が連れてこられたのかの説明がまだなのですが。あの二組がどうかしたのですか? ……まあ、どうかしてるとは思いますが」

 

「ああ、簡単な話だ。あのバカップル二組の中で俺だけ一人ってのは寂しいじゃんか。だから誰か女友達連れてこようと思ったんだけど、タバサっちもキュルケもいなかったからさ、ちょうどよく近くにいたお前でいいや、ってんで連れてきた」

 

「とう」

 

「あだっ!」

 

 妙なかけ声と共に背中を蹴られた。さすがにタバサ達の代わりに、ってのは失礼だったかな。

 

「お……おのれ、平民が貴族を蹴るとかちょっとあれだろうよ。まあ、少し失礼な言い方だったのは認めるけどさ」

 

「わかっているのなら改善するよう心がけてください。さすがに少し傷つきましたよ」

 

「俺の服と背中も少し傷つきましたけどね。まあ、悪かったとは思ってるよ。こんど何か埋め合わせするから許してくれ。で、水の精霊様はどんな感じよ、モンモランシー。ちゃっちゃとやって帰ろーぜ」

 

 未だにいちゃいちゃしているモンモランシーに声をかける。彼女が働いてくれないとまず、水の精霊に会う事ができない。

 

「きゃっ! いたのならそう言いなさいよ。ほらっ!ギーシュ、離れなさい」

 

「そんな冷たいことを言わないでくれよ、愛しいモンモランシー! 今の僕は君と離れるだけで胸に痛みが走るほど、君を愛しているというのに! ああ、どうか離れろなんて言わないでくれよ」

 

「そ、そうじゃなくて。ほら、アシル達も見てるし、私達がここに来たのは水の精霊に用があるからで……」

 

 

 

 

 

「サイト……キスして」

 

「さ、さっきしただろ! そんな何回もしなくていいじゃないか」

 

「だってさっきのはおでこだったから……。今度はきちんと唇にして欲しいんだもん……」

 

「ル、ルイズ……。やめて、その目が俺を!俺を狂わせる!」

 

 

 

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

 

 

 

 ラグドリアン湖の上、つまり水面上に裸のモンモランシーが立っている。正しくは、モンモランシーと同じ形をした水の塊だが。

 あまりに二つのカップルがうざかったので端折ったが、モンモランシーの使い魔のカエルにモンモランシーの血を渡し、水の精霊を呼んできてくれるよう頼みしばらくすると、湖岸からいくらか離れた所の水がまるで沸騰でもしているかのように沸き上がり、しばらくぐねぐねと動いた後あの形になった。あれが水の精霊だ。

 水の精霊自体意志を持った水の様な物であり、決まった形を持っていない。おそらく送った血液の持ち主であるからモンモランシーの形をとったのだと思うが……どういう理屈なんだ? 血液なんて赤ん坊の時から変化していないだろう。なら今のモンモランシーを見て今回の形になったってことだ。つまり水の精霊には視覚があるということになるが、それなら服を着ていない意味がわからない。……普通の視覚ではなくて血液などの液体が流れている部分だけを認識しているということか? それなら服を着ていない、認識できていない理由として筋は通っている気がするが……。それだと今度は髪があるのがおかしいか? 髪に体液は流れていなかったような気がするしな。

 ……まあいいや。俺もこのファンタジックな世界で十数年生きてきて、考えてもしょうがないことがあると言うことは学んできたからな。水の精霊だから裸で現れた、それでいいよもう。

 

「で、モンモランシー。男として一言くらいは感想でも言った方がいいか? スレンダーで綺麗だね、くらいならお世辞で言ってあげてもいいぞ」

 

「シッ! 水の精霊を怒らしたらシャレにならないんだから、今回ばかりはくだらない事を言うのは自重してちょうだい」

 

 モンモランシーは俺に対しそう言うと、喉を整えるようにセキを一つし、水の精霊へと向き直った。

 

「私はモンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ、旧き盟約の一族の者よ。その姿になってもらえた、ということは私の血液を憶えていてくれているという事よね」

 

「覚えている。単なる者よ。貴様と最後に会ってから月が五十二回交差した」

 

 水の精霊は無表情のまま、モンモランシーの問いにそう返した。

 水の精霊については書物以上の知識は持っていなかったので、こんな面倒というか持って回った言い回しをするのだとは知らなかったな。

 しかし、単なる者か。水の精霊は意志を持った水であり千切れようと繋がっていようと、その意志は一つ。一は全、全は一というどっかの錬金術の理みたいな存在だと本で見たな。俺らが単なる者なら、さしずめ水の精霊は複なる者か。

 ……ちなみにいまさらだが水の精霊の涙とは、水の精霊の一部のことだ。

 

「よかった。水の精霊よ、お願いがあるの。図々しいと思われるかもしれないけど、あなたの一部を分けてもらいたいのよ」

 

「断る。単なる者よ」

 

「でしょうね。さあ、帰りましょう。アシル、約束通り頼むわよ」

 

 水の精霊に頼みを即答で答えられたモンモランシーは、これまた即答で諦めた。まあ、水の精霊の答えもモンモランシーの行動も当たり前だ。水の精霊にとっては自分の一部を渡す義理も利益も何もないし、モンモランシーはこのまま帰っても俺が解除薬を作ってやる約束になっている以上、ねばる必要はないわけだからな。

 ここまでは俺の予想通りだ。後は、上手くいくかわからないが俺の血液を水の精霊になんとかして渡し、俺のことも覚えてもらう。もともと俺の目的はそれだけだ。

 そして、前に出ようとした俺を押しのけ、何故かサイト君が水の精霊と対峙すると、いきなり土下座した。

 

「頼むよ、水の精霊さん! 俺の大切な人が大変なんだ! どうか少しでいい、あなたの身体の一部を分けて欲しいんだ!」

 

「ちょっ! サイト君、何やってんだ! つーかおいモンモランシー、お前サイト君に言ってなかったのか!?」

 

 サイト君の土下座を止めようとしつつモンモランシーの方を見ると、『あ、うっかりしてた』みたいな顔をして、気まずそうに目をそらした。

 

「頼むよ! 本当に! なんでもするから! 何でも言うこと聞くから! どうか少しだけでも分けてくれよ!」

 

「だからちょっと待って、落ち着いて! 変な約束しないでくれサイト君! そんなことせんでも俺が……」

 

「何でもすると言ったな? よかろう。 単なる者どもよ。我の望みを叶えし暁には我が一部を渡そう」

 

「本当か!? ありがとう! 水の精霊さん!」

 

 ……終わった……。

 

 

 

 

 

「え!? 水の精霊の涙を手に入れられなくても、解除薬アシルが作ってくれることになってたのか?」

 

「ああ。そこの金髪ドリルがサイト君に言い忘れてなきゃ、さっさと帰れたんだがよ。しっかし参ったな。まさか、水の精霊との約束を破る訳にもいかんから、襲撃者とやらを何とかしないとな」

 

 水の精霊の頼みというのは実に簡潔なものだった。ようは自分を退治しに夜な夜な現れる奴を何とかしろというものだった。作戦会議というほどのものでもないが、集まって話し合う俺たち。俺が口火を切った。

 

「で? どうするよ」

 

「私はサイトと一緒にいるわ」

 

「そうか、死ね」

 

 ルイズに対し、しっしっと手を払うように動かした。ルイズの面倒をサイト君に任せると、俺はモンモランシーに目を向ける。

 

「一個聞いときたいんだが……モンモランシーは戦えるか? ルイズが役に立たんだろうからモンモランシーが手伝ってくれんと、俺とギーシュとサイト君の三人しか戦力がなくてきついんだが」

 

「いやよ。私、ケンカ嫌いだもの」

 

 こんな事になった理由の一端を握ってるのに、堂々と我が儘言いなさるモンモランシー。何か腹立つなこんにゃろう、ドリルもいでやろうか。こんなんばっかかよ、このメンバー。

 それにしても参ったな。水の精霊の涙を使うことで非常に効果の高い治療薬や、心身を破壊するようなえげつない毒薬を作る事ができるのは言ったと思う。水の精霊の一部である涙でそれだけの事ができるのだ、本体はそれ以上にえげつない事が出来るのは当然だろう。具体的に言えば水の精霊、この場合はラグドリアン湖の水に一瞬でも触れた瞬間、襲撃者は見るも無惨なことになる。つまり、襲撃者は水に触れずに湖底の水の精霊を攻撃しているということだ。ってことは、……まあ何をどうなっているんだかはわからないが、何らかの魔法を使っていることは間違いない。

 そしてなんとかして湖底まで行ったとしても、水の精霊に物理的な攻撃は効かなかったはず。つまり攻撃にもなんらかの魔法を使う必要が出てくる。そして、一度に二つの魔法は使えない。これから襲撃者は最低でも移動担当と攻撃担当で二人はいることがわかる。

 それも水の精霊にケンカを売れるような度胸と実力の備わった奴ら。その上そいつらはかなりの絆で結ばれている。なにせ移動役のミスはすぐさま攻撃役の死に繋がる。命を預けられるくらいの信頼関係はあると考えていいだろう。

 この上、二人だけではなく護衛を連れている可能性が高い。なにせ二人だけだと、戦闘時ある場合において致命的に不利になるからだ。

 これらの事から考えて、襲撃者は良くて三人、悪ければ手練れが四人か五人以上……。んな事状況ならまず勝ち目は無い。

 

「……仕方ないか。おい、作戦を伝えるから集まってくれ」

 

 俺は一声かけてみんなを呼び、その注意が俺に集まったことを確認すると自分の考えを伝えた。

 

「まず隠れて襲撃者の様子を伺う訳だが……そいつらが五人以上だった場合は諦めて学校に帰ろう。正直勝ち目が無い。次に、四人だった場合だがこちらの戦力はサイト君にギーシュに俺の三人だ。上手くやりゃなんとかなる。その場合の作戦はだな……」

 

 戦闘になったとしても戦わないからか、早くも俺の話に対する興味を失ったらしいアラベルとモンモランシー。

 それなりに真面目に聞いてくれているサイト君に、真面目に話を聞いている風の自分のシリアスな表情をモンモランシーにさりげなくアピールしているギーシュ。

 そして空気を読まずにサイト君にキスをねだるルイズ。もうお前はほんと死ね。

 

「……頼むから真面目に聞いてくれよ……」

 

 切なさと共にはき出した俺のそんな台詞は、どことなく虚しく湖畔に響いた。 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな俺の不安を無視するかの様に夜が来る。……襲撃者の来る夜が。

 


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