それなりに楽しい脇役としての人生   作:yuki01

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十四話  襲撃者たち

「来たか……」

 

 ラグドリアン湖から少し離れた草むらに隠れて、俺とサイト君は息を殺して襲撃者を待っていた。そうしてしばらく待ち、あたりが完全に暗くなったころ二人の人間が現れた。深くフードをかぶりローブを羽織っているので、性別はおろか年齢すらわからないが、おそらくあの二人が襲撃者で間違いないだろう。

 それにしても二人だけとは……。余裕の表れか何か知らんが、馬鹿な奴らだな。

 小さいほうの襲撃者がもう片方に杖を向け、何やら呪文を唱えるとそいつは空気の球のようなものに包まれた。それを確認するとそいつは躊躇さえ見せずにラグドリアン湖の中へと入っていった。

 それを見た俺は一呼吸、二呼吸置くと隣にいるサイト君の肩を軽く叩いた。攻撃を開始する合図だ。

 デルフを抜き、ガンダールヴの力を発動させたサイト君が残った襲撃者へと襲い掛かり、俺も同時にそいつ向け走り出す。相手もそれに気づいたようだがもう遅い。この時点で俺たちの勝ちは決まったようなものだ。

 何せメイジは一度に二つ以上の魔法は使えない。つまりもう片方の襲撃者を湖に潜らせるための魔法を使っている以上、こいつは魔法が一切使えないうえ、そちらの魔法を制御するために集中力もそちらに割かなくてはならない。様は今のこいつは集中力の乱れきった平民と同じだ。

こちらは水のラインとはいえメイジとガンダールヴのコンビだ、負けるはずがない。それにもし仮に今使っている魔法を解き、逃げるだの立ち向かってくるだのをすれば、湖の中にいるお仲間は一瞬で廃人だ。どちらにせよ襲撃者二人の内、片方は完全に無力化することができる。

 こういうことになるから相手も護衛を引き連れてくるものだと思っていたんだが……いやー、相手が考えなしで助かった。

 しかし、さすが水の精霊を倒そうなんてする奴だけのことはあり、魔法も使わずに軽い身のこなしでなんとかサイト君の攻撃をしのいでいる。だけど襲撃者さんには可哀そうなことにサイト君だけじゃなくて俺もいるんだよな。

 軽くサイト君に目配せすると、サイト君はわかってくれたらしく軽くうなずいた。

 

「らああああああっ!!」

 

 サイト君がデルフを大きく振りかぶり、襲撃者を叩き割るかのように振り下ろすと、相手はその隙を突くように軽く横に動いてよけ、サイト君の腹に蹴りを叩き込んだ。……が、それを予想して死角にいた俺が、サイト君の仇を打つってわけじゃないがそいつの頭に蹴りを叩き込んだ。

 

「……っ!!」

 

 そうして吹き飛びうつぶせに倒れた襲撃者に急いでまたがると、左手で頭を地面に押し付ける。そして右手で、杖を持っていた相手の右手の手首をつかんだ。

 

「ゲホッ。あー、痛てえ。そっちは大丈夫か、アシル」

 

「まあ、おいしいところだけ頂いたからな、無傷だよ。……それにしても思ってたよりこいつ小さいな。もしかしてまだ子供か?」

 

 男の中でどちらかといえば小柄な俺よりもまだ圧倒的に小さい。それこそ十代前半の女の子くらいの背丈くらいしかない。子供でこれだけのことをしたのか? そうなら恐ろしい話だな。しかしそれ以上にすごいのが、この状況になってもまだ、相方への魔法を維持し続けているところだ。修羅場なれしているのか、相棒がよほど大事なのか……いずれにしてもすさまじい精神力だ。

 

「で、この後はどうするんだ? もう一人が上がってくるのを待つんだっけか?」

 

「まさか、潰せるもんは潰せるうちに潰しとくもんさ。ほれ、さっさとこいつの杖を切り飛ばしてくれよ、サイト君。そうすりゃこいつも湖の中に入ってった奴も無力化できて万々歳だ」

 

「ま、待って!」

 

 そこで初めて襲撃者が口を開いた。仲間が危ないということを聞かされたからだろうか、かなり切羽詰った口調だ。……それよりも……

 

「……え?」

 

 地面に押し付けているので随分とくぐもってはいたが、それはとてもよく聞きなれた声だった。よく見てみれば押さえつけているフードの間から、青い髪の毛が見えている。

 

「…………」

 

 嫌な予感がほぼ確信へと変わってはいたが、それが外れていることを祈りつつ顔を隠しているフードをめくってみた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや、ほんと、なんていうか、すいませんでした、というか……。でも別に知っていてやったわけではないのだし仕方ないんじゃないのかなあ、というか……ああ、言い訳してすいません。反省してます」

 

 結論から言おう。襲撃者はタバサとキュルケだった。つまり俺は知らなかったとはいえ、タバサの頭に蹴りをかまし、その上あと一歩のところでキュルケの心を破壊していたところだったわけだ。正座させられてキュルケに頬を杖でぐりぐりされながら延々と文句を言われるのはなかなかきついものがあるが、まあしょうがないだろう。

 ちなみにタバサはキュルケが危なかったことに対しては、俺の頭を杖で叩いて怒りを伝えてきたが蹴りをかましたことに関しては、知らなかった上に戦いならば仕方がないと許してくれた。

 

「はあ、まあ私も無事だったし、タバサも怪我したってわけじゃないからもう許してあげるわ。で、あなたたちがなんでこんなところにいるのよ?」

 

 その言葉に俺はくいっと親指を自分の横へと向ける。その先では俺と同じように正座したサイト君の背中にルイズがもたれかかるようにして甘えている。

 サイト君の名前を呼ぶルイズの甘ったるい、とろけたような声。発情期の猫もかくやというほどだ。最初は笑って聞いていられたが、さすがに丸一日も聞いていると気持ちが悪くなってくる。

 事情を知らないキュルケは、そんなルイズの様子を見て目を丸くしている。まあ、ルイズの性格を知っている人ならば誰でもそうなるとは思うが。

 

「……どうしたのよ、あの子」

 

「女の嫉妬は恐ろしい、って話だ。ちなみに犯人はモンモランシーな」

 

「モンモランシーって……まさかこれ薬か何かのせいなの? はあ……男ってのは自分の魅力で落とすものじゃないの。薬に頼るなんてどうしようもないわね」

 

 髪をかきあげながら胸を強調するようにして、モンモランシーにそう言うキュルケ。それを見たモンモランシーは不機嫌そうに眉をひそめた。

 なんとなく雰囲気が悪くなりそうだったので、話をそらそうとキュルケたちが水の精霊を攻撃していた理由を聞いてみたところ、どうもラグドリアン湖の増水を止めるためだったらしい。そういえば着いてすぐの時にモンモランシーが水の精霊が怒っているみたい、と言っていた覚えがあるがそれと関係しているのだろうか。

 まあそれはそれとして、タバサたちも引けない理由があるらしく、お互い話し合った結果、明日水の精霊に襲撃者を撃退したことを報告し水の精霊の涙を受け取った後、増水させている理由を聞いてみてなんとかできるようなら手を貸してやる、無理そうなら俺たちが帰った後またキュルケとタバサが頑張って水の精霊を退治する、という方針に決まった。これなら一応襲撃者は撃退するという約束は果たしたことになるだろうから俺たちに責任はないだろう。ただ撃退した奴らが諦めずにまた襲撃しに来た、というだけだ。とんちみたいな感じだがもともと俺はそこまで義理堅いほうじゃないんでな。俺はとりあえず自分が納得できる形で筋が通っていればかまわない。

 

 

 

 そんなわけでさっそく次の日の朝、モンモランシーに頼みまた水の精霊を呼んでもらった。

 前呼び出したときと同じように、水が盛り上がるとぐねぐねとうごめいた後モンモランシーの形をとった。

 

「水の精霊よ、言われた通り襲撃者は撃退したわ。さ、約束通りあなたの一部を分けて頂戴」

 

 そうモンモランシーが伝えると水の精霊はプルプルと震えた後、ピッと自分の一部を切り飛ばしてきた。そしてそれをギーシュが持っていた壜で受け止めた。そしてその後、何も言わずにその横で空き壜を構えて待機していた俺のほうにも飛ばしてくれたあたり、水の精霊は案外空気が読める存在らしい。もちろんそれはありがたく頂いた。これで水の精霊の涙の在庫に余裕が出てきたから、構想で止まっていた薬の作製に着手できるな。なんならタバサの知り合いもなんとかできるようなら手を貸せるように、後で症状だけでも聞いておくか。

 そして俺たちに自分の一部を渡すと用は済んだとばかりにモンモランシーの形を崩し、湖に戻っていこうとする水の精霊。しかし、これで帰られては困るので俺が引き止める。

 

「待ってもらいたい、水の精霊よ。一つ聞きたいことがあるんだ」

 

 その声が届いたのか再びモンモランシーの形をとり、こちらへと向き直った。

 

「なんだ」

 

「いや、最近湖の水が増水しているらしいが、何か目的があってのことなのか? そうでないのならやめてもらいたい。水かさが増していることで多くの者たちが困っているんだ。もし、理由があってのことならば聞かせて欲しい。俺たちになんとかできることなら、襲撃者の件のように手を貸すから増水をやめてもらいたい」

 

「ふむ……」

 

 そう一言いうとまた人の形を崩しぐねぐねと子供が粘土で遊んでいるかのように、形を何度か変えた後再びモンモランシーの形をとった。形を変えたりしていたのは水の精霊が悩むときの癖だろうか。精霊に癖があるというのもおかしな話だが。

 

「お前たちに任せてよいものかと我は思う。だが、お前たちは我との約束を守った。ならば、我ももう一度お前たちを信用しよう」

 

 そう言うとまたしばらくの間ぐねぐねと形を変化させ、そして人の形に戻ると話し始めた。

 

「数えるのも愚かしいほど月が交差するときの間、我と共にあった秘宝、『アンドバリの指輪』。それがお前たちの同胞に盗まれたのだ」

 

「『アンドバリの指輪』? 確か偽りの命を与えるっていう伝説のマジックアイテム……。本当にあったのね」

 

 そうモンモランシーがつぶやいた。

 

「死とは我には無い概念ゆえ理解できぬが、命を与える指輪。それはお前たちには魅力的なのだろう。だが、あれは我が永い間守り続けし秘宝。だからこそ取り戻すために水を増やした。いつかすべてを水が覆いし時、我は秘宝の在り処を知るだろう」

 

「つまり世界中を水で覆うつもりだったと。気の長い話だな、おい。ところでその『アンドバリの指輪』とやらが盗まれたのはいつごろなんだ?」

 

 そうサイト君が水の精霊に尋ねると、またぐねぐねと動いた後サイト君のほうを向き答えてくれた。

 

「あれは月が三十ほど交差する前の晩のこと。風の力を行使し、我が眠っていた最も濃き水の底から盗んでいった」

 

 なるほど、おおよそ二年ちょい前ってとこか。しかしさすがに手がかりが少なすぎるな。

 

「水の精霊よ、せめてその者達の容姿や名前などはわからないだろうか。さすがにこれでは探しようがない」

 

 俺がそう聞くと、

 

「単なる者どもの容姿の区別など我にはつかぬ。だが、我のもとへ来た個体の一人が『クロムウェル』と呼ばれていた」

 

 ……冗談じゃねえぞ。クロムウェルって言ったらアルビオンの反乱軍レコン・キスタの頭、いやもうアルビオンの新皇帝になったんだったか? どちらにしろとんでもない大物じゃないか。頼むから人違いであってくれ。そんな奴から指輪を取り返すなんて無茶もいいとこだ。

 

「あー、ところでその指輪を取り返すと約束したとして、いつまでには取り戻せ、といった期限はつけるつもりはあるのか?」

 

 一縷の望みをかけてそう聞いてみると

 

「お前たちの寿命が尽きるまででかまわぬ。我にとって明日も未来もさしたる違いはないゆえに」

 

「よし、じゃあ約束成立だ。俺たちで頑張って指輪を取り返してくるから、水を引かせてくれ」

 

 死ぬまでに、ってんなら受けても構わないだろう。ぶっちゃけ俺が死んだあとどうなるかなんてしったこっちゃないし、レコン・キスタなんてあんな危なっかしい組織が何十年も続くとは思えないからな。これだけ時間がもらえればなんとかなるかもしれないし。

 

「わかった。お前たちを信頼しよう。指輪が戻ってくるのならば水を増やす必要もない」

 

 そう言い残すとまだ人の形を崩し、湖の中に戻ろうとする水の精霊。まだ、用は済んでいなかったのでそれを呼びとめようと声を張り上げた。

 

「待って」

 

「待ってくれ!」

 

「「え?」」

 

 声がタバサと重なった。タバサが誰かを呼び止めるところなんて初めて見たな。別に俺の要件は急ぐものでもないので、先を譲った。

 

「水の精霊、あなたは私たちの間では『誓約の精霊』とも呼ばれている。よければその理由を教えてほしい」

 

「単なる者どもの間での我の呼び名の理由など、我は知らぬ。ただ……我に決まった形はない、しかし我は太古の昔よりはるかなる未来まで、平和なる時も混乱の世にも……我は変わらずここにいた。だからこそ変わりゆく時を生き抜くお前たちは、変わらぬ我に対し変わらぬ誓いを掲げたくなるのだろう」

 

「……そう」

 

 水の精霊の答えを聞くとタバサは小声でそうつぶやくと、目をつむり手を合わせた。何を誓っているのかは知らないが、そこには何か犯しがたいほどの想いがこもっているように俺には感じられた。キュルケがそんなタバサを慈しむような目で見ながら、ただ肩に優しく手を置いているのはタバサの誓いについて何か知っているからだろうか。

 

 その後、愛の誓いをしてくれだなんだとルイズたちが騒ぎ、それが一段落ついたところで俺はまだそこにいた水の精霊へと向き直った。

 

「水の精霊よ、『アンドバリの指輪』の件、確かに約束した。取り戻した時のために私の中に流れる体液を覚えていただき、私もまた盟約の一員へと加えて頂きたい」

 

 そう言って手を差し出すと、水の精霊はまたもぐねぐねとうごめくと人の形を崩し、そのまま俺の手へと体を触手のように伸ばしてきた。そして、それが俺の指へと触れるとかすかな痛みとともに俺の指先に小さな傷ができた。おそらく今、俺の血液を取り込んだのだろう。

 

「単なる者よ、貴様の体を流れる液体を我は覚えた。指輪を取り戻した折にはその液体をラグドリアン湖へとたらせば、我は貴様の前へと姿を現すこととしよう」

 

 途中いろいろとあったがこれで俺の目的は終わった。水の精霊とのコネはいずれ大きな利益となることだろう。用を済ませた俺たちは馬へとまたがり学園へと戻っていくのだった。

 

 

 ……ちなみに、二組のカップルは帰りもひたすらにうざかったことをここに明記しておく。

 


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