それなりに楽しい脇役としての人生   作:yuki01

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サブタイトルや感想への返信は、後で一気にするつもりなので、少し待ってください。


十五話  あるメイドさんの話

「頼まれた食事を持ってきました」

 

 片手に食事を乗せたトレイを持ちながらドアをノックし、そう言うと中から鍵はかかっていないから入ってきても構わない、と返事が返ってきた。それを聞き私は部屋の中へと入る。

 

「ん、ああ悪いな。あー、……置く場所がないな。ちょっと机の上片づけるから待っててくれ」

 

 部屋の中には私に食事を持ってきてくれるように頼んだ張本人であるアシル様がいた。彼が向かっていた机の上には何やら難しそうな物の名前が書いてある紙だったり、様々な色をした液体の入った壜が置かれていて、トレイを置くことが難しいことに気付いたのだろう。散らかっていた紙をまとめたり壜を一ヶ所にまとめたりして場所を作ってくださった。できた空いた場所にトレイを置くと、椅子の上にまで荷物があって座れなかったので失礼かもしれないがベッドに腰掛けた。

 

「それにしてもここしばらく何をしているんですか? タバサさん達の誘いも断って」

 

 なにやらサイトさんやミス・ツェルプトーなど、普段アシル様と親しくしている人たちが揃ってしばらく前から出かけてしまっているので、そのことについて聞いてみる。メイド仲間のシエスタもそれについて行ったのだが、聞くところによると目的は宝探しらしい。どちらかというと現実主義者のアシル様が参加しないのは理解できるが、まさかミス・タバサまで一緒に行くとは思わなかった。しっかりした方だと思っていたがやはり年相応なところがあるのだなあ、と聞いたときは微笑ましく思ったのを覚えている。そんなわけで普段の面子で今学院に残っているのは、アシル様とミス・ヴァリエールだけだったはず。

 

「わかりやすく言うとだな、才能の無い人が努力をせずに強くなる薬を作ろうと頑張っているわけよ。構想はできてたんだが、材料が足りなくて作れなくってな。だけど、こないだの件で手に入ったんで作り始めたんだ。あとは、微調整だけなんだが……これが難しくてなー……」

 

「才能も努力も無しに強くなれるですか……。本当にいつみてもアシル様はぶれずにダメな人ですね」

 

 ……まあ、清廉潔白な人よりも私はそのほうが好ましく思うのは確かだが。

 

「しかし、この……なんかよくわからんが焼いた肉にソースかけたやつうまいな。パンにはさんで手軽に食えるってのもいい感じだ。マルトーのおっさんにお礼言っといてくれよ」

 

「……それを作ったのは私です。まあ……気に入って頂けたのなら幸いですよ」

 

「へえ、まじか! 使用人なんだし料理くらいできるだろうとは思ってたけど、上手いもんだな。嫁に来てくれよ」

 

 急にそんなことを言われ、私は疲れた目をもんでいるようなふりをして顔を右手で覆い隠した。

 冗談なのか本気なのか……、まあ会話の流れからして間違いなく冗談だろうが。表情に乏しいせいでクールなように思われている私だが、それでもこんなことを言われれば柄にもなく照れるくらいの乙女心は持ち合わせているつもりだ。感情が顔に出にくい性質とはいえ、なにかの拍子に赤くなった顔でもこの人に見られたら何を言われるかわかったものじゃない。間違いなくからかわれてしまう。

 

「そういやあ、お前も困ったことあったら言えよ。普段世話になってるし、俺にできることなら手え貸してやっから」

 

「ありがとうございます。では何か問題がおきたら相談させてもらいますよ」

 

 パンを片手にそう言ってきたアシル様に対してそう返す。その後は何を話すわけではなくただ部屋の中には、アシル様の食事をする音だけがしている。

 今更だが部屋の中には私とアシル様だけか……。ふとそんなことに気付いた瞬間、自分が男性のベッドに腰掛けていることが恥ずかしくなってきた。普段ならこれしきのことでこんな忙しないような気持ちにはならないのに……。貴族様に対してこんな言い方は失礼かもしれないが、この間のラグドリアン湖へ行った時のあの二組のバカップルにあてられたのだろうか。

 

「はあ……」

 

 私らしくもない。あのラグドリアン湖でのべたべたしていた二組を思い出したせいだろうか? 顔が熱を持ってきたような気さえする。と、いうか今の私の顔は絶対に赤くなってしまっている。そんなことを考えていたとき、ため息が気になったのだろうか、パンを咥えながら私のほうを変なものを見るような目で見ているアシル様と目が合った。

 

「……」

 

「……」

 

「とわっ!」

 

 しばらく静寂が流れた後、顔を赤くして見つめあっているという状況であることに気が付いた時、恥ずかしい話だが私は軽くパニックに陥ってしまった。まず考えたのはなんとかしてこの赤くなった顔を隠さなければならない、ということ。そのために、ベッドに座っていた時から手に当たっていた何かを思いっきり顔に押し当てた。その時に今まで出したことも無いような奇声をあげてしまい、余計に恥をかいた気がするが気にしないことにしよう。

 

(……あれ?)

 

 そこでなんとなく覚えがあるような匂いが顔に押し当てているものからすることに気付いた。嫌な予感を感じつつ、押し当てていたものを顔から離しよく見てみるとなんてことはない……アシル様の枕だった。

 

「ひゃいっ!」

 

「ふんぶっ! げほっ、こほっ……、ちょ、何か変なとこ入った。げほっ、げほっ……あーのどに詰まるかと思った。何するんすか、ジングルベルさん」

 

 自分でも何がしたかったのかわからないが、なぜかそれがアシル様の枕だと気付いた瞬間、持ち主のアシル様に向かってそれを思い切り投げつけていた。それもまた奇声のおまけつきで。まったく自分で自分が嫌になる。ちょうどパンを食べていたところだったのもあり、枕をぶつけられた拍子にのどにつまりかけたようだ。それは素直に申し訳ないと思う。私は軽くうつむいて、先ほどと同じように手で顔を隠しながら謝罪した。

 

「なんかすいません。ちょっと寝不足で体調がすぐれなくて……。もう戻ります、お皿とかは後で取りに来ますので。あと私はアラベルです」

 

「ふーん……、寝不足ね。まあ、お大事にな」

 

 その何も気にしていないかのような言葉を聞いて少しばかり落ち着きを取り戻した私が、顔をあげて目にしたのは……この上もなく得意げな顔をしたアシル様だった。おそらく詐欺で生計を立てている人がお金持ちの弱みを掴んだ時、似たような顔をするだろう。気のせいか顔の後ろに『にやにや』とか擬音が見えるような笑顔だ。

 

「体調悪いんだろ? アラベルちゃんよ。顔が真っ赤だぜ、熱でもあるんじゃないですか?」

 

「くっ……!」

 

 顔が赤いことに気付かれたら、からかわれるだろうなとは思っていたけれどもここまでうっとうしいからかい方をされるとは……。しかもこんなときに限ってきちんと名前を呼んでくるのが、厭味ったらしい。覚えているのなら普段からもそう呼べばいいものを。

 アシル様はそのにやにやとした顔のまま私のほうへ近づいてくると、私の肩に手を乗せた。緊張していたせいかその感触に軽く震えてしまう。

 

「どしたのさ、震えちゃって。寒いのか? 俺が手厚く看病してやろうか?」 

 

 それにしても何でこの人は、人をいたぶる時こんなに楽しそうなのだろう? しかし一番不思議なのは、こんな面倒くさいからかい方をされているのに欠片も怒りや不快感を感じていない私自身だ。それよりこれ以上からかわれたら認めたくもない自分の中の気持ち的な何かに気付いてしまいそうだ、何でもよいから話をそらさないと……。

 そう思い何か話題になるようなものでもないかと部屋を見渡してみると、おかしな物が見えた。部屋の中ではなく窓の外だが、何か大きいものを学院へと運んでくるドラゴン。運ばれているのは……なんだろう、見たことがない。何やら大きい鉄の塊のようなものに、横へまっすぐ生えている薄っぺらい金属の板のような物。目を凝らしてみると後ろのほうにも似たような金属板が付いている。……新手の芸術品か何かだろうか、こんな時に学の無い平民であることが嫌になる。話をそらしたいのはもちろんだが私自身あれが一体何なのか気になったので、アシル様にあれが何なのか聞いてみようと振り返った。案外物知りなので答えてくれるだろう。

 そう思いアシル様の顔を見ると、今まで見たことも無いような真面目な顔で私と同じように窓の外を見ていた。気のせいか私の肩に置かれた手にも力がこもっているような気がする。かと思うとパッと肩から手を離し、顔もいつも通りの締まらない感じに戻った。

 

「悪いな、なんちゃらベルさん。ちょっと興味わいたんでアレ、見てくるわ。かまってやれなくなってごめんな?」

 

「いい加減私が暴力に頼りたくなる前にどっかいってください。それにあんなふうにいじられて喜ぶような趣味は持ち合わせていないので、謝らなくても結構です」

 

「どっか行けってお前、ここ俺の部屋……。まあいいや、ちょっと行ってくるわ」

 

 そう言ってひらひらと手を振りながら部屋を出ていくアシル様。部屋の外に出たと同時に先ほどまでのにやにやとした顔でこちらを振り向き口を開いた。

 

「俺がいないからって枕だのベッドだので変なことすんなよ、アラベルさんよ」

 

 私が無言で投げた枕は閉められたドアにぶつかった。その向こうから聞こえた忍び笑いには、さすがに私でも多少の怒りを感じたのだった。……まあ、そんなやりとりに顔は少し緩んでしまっていたかもしれないけれど。

 

 


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