それなりに楽しい脇役としての人生   作:yuki01

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十六話  場違いな工芸品

 運ばれてきた飛行機らしきものへと駆け足で近づくと、近くにいたサイト君が俺に気付いた。運ばれてきた飛行機にはコルベール先生が目を輝かせて張り付いている。たまに変な発明品みたいなものを授業で発表することもあったし、多分あの人根が科学者なんだろうな。

 それにしてもすごいな、機体に日の丸のような物が書いてあるし結構古い感じだから第二次大戦のときの日本の戦闘機なんだろうが詳しくはわからない。だいたい戦闘機の名前なんざゼロ戦しか知らん。

 そんな考えを押し殺し何も知らない風を装ってサイト君に話しかける。

 

「何か珍しいもの拾ってきたな。これなにさ?」

 

 まあ、知ってますけどね。

 

「ああ、アシルか。いつだったか言ったことあったろ? 飛行機って言って俺が元いた世界……じゃねえ、ロバ・ウル・トルイエだっけ? まあ、俺が元いたところにあった空を飛ぶ乗り物だよ。ちなみにこれはゼロ戦、っていって戦いに使う用の飛行機だな」

 

 こいつ本当にごまかすつもりあんのか? 嘘のつき方が下手ってもんじゃないんだが。

 まあそれは置いておいて……これがゼロ戦か。名前だけしか知らなかったがこうして直に見ると、なかなか圧巻だな。……それにしても知っていることをいちいち聞くのも面倒だし、少し不自然な会話の流れになるが大まかな事柄についてざっと質問しておこう。

 

「これが飛ぶのか! すげえ話だな。で、飛ぶのにはなんか精神力みたいなものでもいるの? あとこの翼みたいなやつが固定されていて羽ばたけないみたいだけど、なんで飛べるんだ? あとこれ誰でも飛ばせんの? 誰にでもできるんなら俺も飛ばしてみたいんだけど」

 

「んないっぺんに聞かないでくれよ。えー……と、さっきコルベール先生にも伝えたんだけど飛ばすのにはガソリン、ていう燃料がいるんだけどそれが空っぽなんでしばらく飛ばすのは無理だ。あと飛行機はなんだっけな、揚力? とかなんかそんな力で浮くらしい。確かなんかいい感じの角度にした翼に前から風あてると、上向きに力が発生してそれで浮くんだったかな。俺もうろ覚えなんであんま詳しくは聞かないでくれると助かる。操縦は練習さえすれば誰でも飛ばせるとは思うぞ。結構むずかしいと思うけど」

 

 そこまでサイト君が話したとき、飛行機の各所を調べまわっていたコルベール先生がこちらを向いて声をかけてきた。どうも空っぽになっていたとはいえタンクには多少のガソリンが残っていた上に、それは『固定化』という物を保存するための魔法がかけられていたようで化学反応も起こしていなかったらしい。つまり、完成品であるそれさえあれば、『錬金』などの物質を変化させる魔法を使うことでガソリンを生成することが可能であるらしい。

 そのままタンクの中にこびりついていたガソリンを持っていた壺に入れると、コルベール先生は俺とサイト君に付いてくるように言った。

 

 

 

 

「なんというか、『水薬』としては心躍る部屋ですね。今後、何か難しい薬の調合をしたいときはお邪魔してもいいですか?」

 

「いくらでも構わないよ、ミスタ・セシル。まあ、しばらくはこの『がそりん』を生成するのに集中したいからお構いはできないがね。いや、それにしてもわくわくしてきた。今まで自分が積み重ねてきた知識に技術、それらすべてが通じないかもしれないほどの大きく新しい理に触れるのは初めてだよ。こんなに進んだ技術で作られたであろう物に挑むのが、こんなにもわずかな不安と大きな期待を抱くものなのだとは!」

 

 連れてこられたのはコルベール先生の研究室だった。

 部屋のいたるところに置いてある薬品の壜に試験管、アルコールランプ。壁際には本がぎっしりとつまった本棚やモルモットとして使うのかトカゲなどの動物が入った檻がある。その部屋に置かれた椅子に座るこの部屋の主、新しいおもちゃをもらった子供が冷静沈着に見えるほどはしゃいでいるコルベール先生(四十二歳、独身)。まあ、今までの授業を見る限りその知識と技術、そしてそれを支える知的探究心と好奇心は凄まじいものがある。できれば少しでもその技術を学びたいと思っていた俺にとって今回の件は、渡りに船だ。

 

「ん……、ならコルベール先生、僕も手伝わせてもらえませんか?」

 

「え、手伝うって、……『がそりん』の生成をかね? 君の力を貸してもらえればそれはありがたいが……いいのかい? おそらく手探りに近い作業になるだろうから根気のいる作業になるが……」

 

「まあ、薬の開発などをしているのでそういったことは慣れっこですから大丈夫ですよ。それよりもこのガソリンが作れるようになれば様々な事に応用が利きそうですから、それが楽しみなので早く作りたいですし。それにコルベール先生の技術や知識を盗ませていただくことは、今後の秘薬の作製に役立ちそうですから」

 

「そうか。それは立派な心がけだと私は思うよ。しかし、技術を盗むなんて言わないでくれ。一言言ってくれれば、私が知っている程度のものでよければいくらでも教えるさ。じゃあ、ミスタ・セシル。『がそりん』の生成の協力……よろしく頼むよ」

 

 俺は、そう言って差し出されたコルベール先生の手を笑顔で握り返した。

 

 

 

 

「じゃあさっそくだがミスタ・セシル、これとこの材料は持っているかね? 他の物は余裕があるんだがこの二つの材料を切らしてしまっていてね。多少の代金ならば払うから持っていたら、分けてもらえないか?」

 

「ん……ああこの二つならありますよ。後この反応を起こす時にあると便利な触媒もいくつか残っていたと思うので、持ってきます。それと代金は結構ですよ、場所や設備はもちろん材料のほとんども先生持ちなんですし申し訳なくて受け取れませんよ。まあ、あとこれはついでですが、サイト君みたいに君付けで呼んでもらえませんか? 『ミスタ』なんてつけられるとどうも背筋がかゆくって」

 

「そうか……いや、わかったよアシル君。じゃあ、君ももう少し砕けた態度で構わないよ。今の君と私はさしずめ共同研究者なのだからね」

 

「俺はいいとこ助手だと思いますけどね」

 

「……二人ともちょっといいですか?」

 

 材料やこれからの工程を大雑把をまとめた羊皮紙を見て話し合っていると、後ろからサイト君の呼ぶ声がした。振り返ってみるとなにやら思いつめたような顔でこちらを見ている。……腹でも壊したのか?

 

「コルベール先生にアシル……俺は東方から来たことになっていますが、実は……別の世界から来たんです」

 

「そらすごいね」

 

「……なんだって?」

 

 いかん、結構衝撃的な告白だったはずなのに普通に流してしまった。サイト君の言葉に対する俺とコルベール先生の反応の温度差がすごい。しばらく黙ってよう、この話に俺が口をきいたらいらない墓穴を掘りそうだ。

 

「このゼロ戦も、いつだかの『破壊の杖』も、ここハルケギニアじゃない別の世界、俺が元いた世界の物なんです」

 

「そうか……なるほどね。いや、うん、そう考えると納得がいったよ」

 

 サイト君の告白を聞いて作業の手を止めていたコルベール先生はそう呟くと、体ごとサイト君のほうへと振り向いた。

 

「すごい話だね、サイト君。もしも他にその異世界の技術についての話があればぜひ聞かせてほしい。いや、そんな細かいものでなくともいいんだ。魔法を使わず、純粋な技術と知識のみで人はどこまでの物が作れるのか……。他にどういったものが君の世界にあるのか、聞かせてはもらえないだろうか?」

 

「信じてくれるんですか……?」

 

 自分で言い出したことなのにどことなく呆然とそう返すサイト君。まあ、当たり前か。俺は実際に経験しているから異世界なんて突拍子もないものを信じられるが、そうでなかったら間違いなく病院を勧めている。

 

「まあ、驚いたけどね。しかし、君の言動や考え方、知識、今考えると召喚された時の服装……まあ今君が着ている服のことだが、見たことも聞いたこともないような物ばかりだからね。むしろ、納得がいったくらいだよ」

 

「ありがとうございます。ここまでしてくれる人たちに嘘をついているのも心苦しくて、変なことを話してすいません」

 

 肩の力が抜けたような表情でそう言うサイト君。

 

「しかしそれを聞くとなおさらわくわくしてきたよ。この『ぜろせん』一つとっても私の知らない技術の結晶だ。ならば君のいた世界には遥かに多く、複雑な技術があることだろう。そして、それはここハルケギニアで再現することも可能なはずだ。ふむ、なんと素晴らしいことだろう! 私の研究のどれだけ大きな一ページになることだろうか! サイト君、しばらくは『がそりん』に精一杯なので無理だろうが落ち着いたらいろいろと聞かせて欲しい。代わりと言ってはなんだが、何かあったら遠慮なく私に言ってくれ。この『炎蛇』のコルベールがいつでも君の力になるよ」

 

 

 

 そこからの日々はは絵面的には地味だが、非常に濃い時間だった。俺とコルベール先生は寝る間はもちろん、食事の時間さえも惜しみながらガソリンの開発に没頭した。俺は受けるべき授業を、コルベール先生はするべき授業をさぼりながらも頑張り続けた。中年のおじさんと油や薬品の臭いがする一つの部屋でひたすら特殊な油を開発するために研究を続ける、なんて日々だったがこれが案外楽しかった。途中でしばらく食事に来ていないことに気付いたアラベルが食事を持ってきてくれたが、室内の臭いをかぐなりそのままUターンしようとしたなど様々なことがあった。そうして二日が過ぎ……

 

 

「ついにここまで来ましたね……」

 

「ああ、感慨深いものだ……。いや、しかしありがとうアシル君。随分と助かったよ。君がいなかたらもと長い時間がかかっただろう」

 

「いや、結構関係ない話で盛り上がったりもしてましたから、案外先生一人のほうが早かったような気もしますけど」

 

 俺たちの目の前にはビーカーに入った液体が置かれている。後はこれに『錬金』の魔法をかければおそらくガソリンが完成する。

 しかし、それにしてもここまで長かった……。ガソリンは石油から作られたものであることは知っていたのでそれを前提にしてガソリンの成分を調べ、その結果をコルベール先生に伝えたところ同じ化石燃料である石炭を材料にする、というアイディアを出してもらった。そこから二人で様々な触媒などを使い、ここまでたどり着いたというわけだ。

 

「では、最後の仕上げは先生にお任せします。俺あんまり錬金得意じゃないんで」

 

「そうか、わかったよ。ではいくぞ、『錬金』!」

 

 コルベール先生が呪文を唱えると同時にビーカーから煙が上がり、それが収まるころにはビーカーの中の液体が茶褐色へと変わっていた。鼻を近づけ軽く臭いを嗅いでみると、そこからはもはや懐かしくさえあるガソリンの臭い。つまり……

 

「成功だ! アシル君、ついに完成だ! このハルケギニアで初のガソリンの生成についに成功したぞ!」

 

「やりましたね、コルベール先生! 俺も……っと、ちょっとすいません、完成して気が抜けたら疲れが急に出てきまして……」

 

 実際、眠気と疲れがどっとでてきて完成の喜びうんぬんの前に今はただひたすら眠くてたまらない。

 

「そうか、じゃあこの部屋は好きに使っていいからゆっくり休んでくれ。私はこれをサイト君に見せてくるよ」

 

 そう言ってガソリンの入ったビーカーを持って研究室を出ていくコルベール先生。

 あの人結構いい歳な上に、そんな鍛えている風にも見えないんだがなんであんなに元気なんだ……? それとも俺が年に見合わず体力が無いだけなのかね?

 それにしても眠いが、この部屋にはベッドがないんだよな。俺は重い体とふらつく頭を抱えながら部屋へと戻っていった。

 

 


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