それなりに楽しい脇役としての人生   作:yuki01

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十八話  オルレアン夫人の診察

 部屋の中にいたのはタバサと同じ色の髪をした妙齢の女性だった。ほほはこけ、目はくぼみ、ずいぶんとやつれた様子で手に持った人形へとひたすら話しかけている。ベッドの上にいる彼女には俺たちが部屋に入っていたのはわかっているはずなのに、こちらに視線を向けようともしない。人の母親に対してこんなことは言いたくはないが、俺の中の精神が病んでいる人のイメージそのままだ。

 

「母さま。治療の心得がある友人を連れてきました。彼の診察を受けていただけませんか?」

 

 タバサが彼女に対してそう声をかけた瞬間、やつれているとはいえどことなく穏やかさをもって人形に話していた様子が激変した。

 

「王家からの回し者め! 私とシャルロットを殺しに来たのか!」

 

 目をらんらんと憎しみと興奮にみなぎらせ、こちらを口汚くののしってくるタバサの母親。かと思えば一転して慈愛に満ちた目で自分の抱いている人形にほお擦りを始める。

 

「おお……シャルロット。私の大事な娘よ。この子が王家に反逆するなど、恐ろしいことを誰が言い出したのか……、大丈夫よシャルロット。何も怖がることはない、何があろうと私があなたを守ってみせる……」

 

 そう言うと食事に使ったのだろう、ベッドの脇にあるテーブルからスプーンを手に持った。

 

「出て行きなさい! 薄汚い人殺しが! シャルロットには指一本触れさせるものですか!」

 

 金切り声でそう叫ぶと手に持ったスプーンをタバサに投げつけた。

 

「危ないな」

 

 俺は飛んできたスプーンを叩き落とすとタバサへと目線を向ける。これを避けるくらいタバサならば簡単なはずなのに、微動だにしないタバサ。いろいろと気になることはあるが彼女とまともに話すことは無理だろう。ならば……

 

「タバサ。実の母親に対しやるのは気が引けるだろうが、彼女に『スリー』……っつ!」

 

 腕に痛みを感じ、そこを見てみると赤くなっていた。床にフォークが落ちているし、タバサの方を見ているときにフォークをぶつけられたのだろう。まあ、怪我というほどでもないし怒るほどのことでもない。

 

「タバサ、彼女に『スリープ・クラウド』をかけてくれ。暴れられちゃどうにもならん」

 

「………………わかった」

 

 いくらかの沈黙の後、こくりとうなずくと杖を出し、スリープ・クラウドを発動させた。

 杖の先端から青白い煙が発生するとタバサの母親の頭を包み込んだ。そして、次の瞬間には彼女は目を閉じ、ふらりと枕に頭をのせるように倒れこむと眠りについた。

 

「これでよし、と。じゃあ、とりあえず診てみるわ。すぐ終わるから少し待っていてくれ」

 

 意味はないがなんとなく腕まくりをすると俺はそう言った。

 

 

 

 俺ができる精一杯の診察をした後、俺たちはペルスランさんのいれてくれた紅茶をいただいていた。

 

「おつかれさまです、アシル様」

 

「いえ、それほどでも。それより、ペルスランさん。いくつか聞きたいことがあるのですが構いませんか?」

 

「はい。私でわかることでしたら何なりと」

 

 俺は飲んでいた紅茶のカップをテーブルに戻すと、姿勢を正す。

 ここに来た時から気になっていたこと。あの女性について気になること。タバサについて、ああなった原因について、診察をしてみてわかったこと……聞きたいこと、言いたいことは山ほどある。……が、そのすべてを聞くのは野暮というものだろう。必要なことだけ聞くことにしよう。

 

「まずあの女性についてなんですが、昔からああいった状態だったのですか?」

 

 俺のその質問にペルスランさんは少し眉をひそめた。

 

「まさか! 奥様は心を狂わされる薬によってああなってしまわれたのです。以前の奥様はそれは慈悲深く聡明な方でした」

 

「失礼、そういった意味で言ったつもりではないのです。誤解させてしまい申し訳ない。私が言いたかったのは、オルレアン夫人の症状は一貫したものであるか、どうかなのです」

 

「と、言いますと?」

 

「私が見た限りでは夫人の症状は大まかに分けて三つほどだと思いました。一つ、人形をタバサ……いや、シャルロットだと思い込んでいる。二つ、異常なまでの疑心暗鬼と被害妄想。三つ、極度の精神的な緊張状態を続けさせられている。この三つの症状は薬を飲んで以来ずっとなのか。それとも日によってはきちんとシャルロットを自分の娘だと認識していたり、ペルスランさんが食事を運んだ際には笑顔でお礼を言ったりしたことがあったかを聞きたいのです。どうですか、一度でもそういったことはありましたか?」

 

 ペルスランさんは悲しげな表情で首を横に振った。

 

「……いえ。奥様は毒を盛られたあの日から、常にあの状態です」

 

「なるほど……」

 

 俺なんかに期待してくれたタバサには悪いが、これは俺の手に負えるものじゃないと思う。コルベール先生の研究室を借りて、先ほど少し取らせてもらった血液を調べてみればとっかかりくらいは見つかるかもしれないが、先ほどパッと診察した限りではかなり難しい。ほんの一時的、それこそ五分かそこら元に戻すことならばなんとかなるかもしれないが、完治は無理だろう。なぜなら彼女の中でいまだに毒薬は効果を発揮し続けているようだからだ。これでは一時的に元の状態に戻せてもすぐに元に戻ってしまう。

 

「……友人のお母上です。できる限り頑張ってはみますが、期待はしないでください。なんらかの対応策は打てるかもしれませんが、完治だけは間違いなく無理だと思います」

 

 シャルロット……どうも言い慣れないな、タバサは俺を信頼して母親の診察をお願いしたわけだ。なら俺もその信頼には真摯に答えるべきだろう。まあ、誠実さの表現が自分には多分無理だと告白するというのは少々情けないが。しかし、俺にも何かできることくらいはあるはずだ。

 俺は出された紅茶を飲み干すと立ち上がった。

 

「ではそろそろ失礼したいと思います。お元気で、ペルスランさん」

 

 

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 帰りのシルフィードの上には行きと違い、沈黙が下りていた。これからどうするか考えなくてはいけないことも多々あるうえ、タバサの背景がうっすらとわかってきた今となってはさすがに軽口も叩きにくい。

 ペルスランさんが言っていたオルレアン家とシャルロットお嬢様。シャルロットという名前には覚えがないが、オルレアン家のほうは俺でも聞いたことがある。現ガリア王であるジョゼフとの政争の末に没落したガリアの王族だったはずだ。よそ様のお家騒動なんかに何の興味も持っていないので詳しいことは知らないが、俺の記憶が確かならタバサはガリアのお姫様ということになる。そういえばガリア王家の人間はきれいな青い髪らしいが、なるほど確かにタバサの髪も青い。

 そう思いながら俺の前のほうに座っているタバサの後頭部を見ていると、前を向いたままタバサのほうから話しかけてきた。

 

「……聞かないの?」

 

「…………聞かないさ」

 

 ここで何を? と返すほど空気が読めないわけではない。確かに何があったのか聞きたくは思う。しかし、他国の王族の後ろ暗い話なんか聞いたら枕を高くして眠れなくなるかもしれない。すでにオルレアン公夫人を診察した時点で結構やばい気もするから、正直これ以上の危険要素はノーサンキューだ。

 

「知的好奇心につられて身を滅ぼしたら、どうしようもないからな。今まで通りでいいじゃないか、俺がアシルでお前がタバサでさ。まさかこれからはミス・オルレアンと呼べ、なんて言わないでくれよ?」

 

「言わない。人前でシャルロットと呼ばないように気を付けてさえくれればいい」

 

 タバサが俺のほうへと振り向き、言葉を続ける。

 

「あなたは自分には完治は無理だと言っていた。それは本当?」

 

「ああ、間違いない。せめて薬そのものがあればまだわからないが、飲んだ人だけ見て解毒薬を作るのは俺には不可能だ。力不足で悪いがな」

 

「そう……」

 

 少し落ち込んだように視線を落とすタバサ。その姿を見てなんだか小さな子供をいじめているような気持ちになってきた俺は、励ますように言った。

 

「いや、でも、あれだ、ほら。これもかなり難しいとは思うがほんと一時だけもとに戻す薬なら、もしかしたら作れるかもしれないから、な? それに毒薬を作った奴をとっつかまえれば解毒薬の作り方も知っているかもしれないし。だから、ほれ元気出せって。今度メシおごるから」

 

「……ありがとう。借り、いち」

 

 顔を上げ俺の目を見るタバサ。

 

「もし必要な材料などがあったら私に言ってほしい。母さまを治すために必要なことならば協力は惜しまない。それ以外にも何か困ったことがあったら私もできる限り手伝う」

 

「それは千人力ってやつだな。頼もしい限りだ」

 

 なんとなく笑いながら俺はタバサへそう言った。それを俺の勘違いかもしれないがどことなく柔らかい表情で聞くと、タバサはくるりと前を向いた。

 

「では行こうと思う」

 

「どこにだよ?」

 

 前を向いて何やらシルフィードへと指示を始めたタバサ。

 

「食事に。おごってくれるって言ったから」

 

「え゛?」

 

 なんとなく勢いでおごるとか言ったが、よく考えればコイツ、牛みたいによく食べるんだった。

 

「あのタバサさん……僕あんまり財布に余裕がないので、できれば安めのところにしてくれるとうれしいんですが……」

 

 おごる側の俺が卑屈なのも何かおかしいような気もするが、不思議なことにいらだちや不快感は感じない。たぶん俺の中でタバサは、友達というよりはどこか妹のように感じているのだと思う。

 

「大丈夫」

 

 そう言うと俺のほうを向きぐっと親指を立てるタバサ。背景が綺麗な空であることといい、風で流れる髪といい、半端ないかっこよさが漂っている。

 

「食べ放題の店にする」

 

「俺お前のそういう空気の読めるとこ好きだよ」

 

 馬鹿な会話を続ける主人とその友人を乗せながら、シルフィードは高度を下げていった

 


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