それなりに楽しい脇役としての人生   作:yuki01

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二十話  なんということもないような休暇中の一コマ

 試験管に入った薄い青色の液体に、スポイトを用いほんの少量だけタバサの母親の血液を垂らす。すると中の液体が白く濁ってしまった。

 

「これにも反応するのか……。本当にどれだけ複雑な薬飲まされたんだ、あの人」

 

 起きた結果を手元のノートに書き記す。血液について調べたり、様々な液体との反応を調べ、その結果をひたすらノートに書いていく。今、コルベール先生の研究室でやっているのはそんなあくびが出てくるような地道な作業だ。

 

「ふむ、アシル君。私が頼まれた作業はとりあえず一通り終わったよ。これがその結果だ」

 

 同じような作業をしていたコルベール先生が、そう言いながら俺にレポートを渡してくる。俺はそれを受け取りながら、何度目かになるお礼を伝えた。

 

「ああ、ありがとうございます。それにしてもすいません、お忙しいにも関わらず、場所や設備を使わせてもらえるだけでなく、こんな個人的な事に手を貸していただいて」

 

「構わないよ、君にはがそりんの時の借りがあるしね。それにこんな複雑な薬品についての調査なんて滅多にできることじゃない。そんな気に負わないでくれ」

 

 そう言って笑ってくれるコルベール先生。俺はそんな先生にもう一度お礼を言い、渡されたレポートの代わりに自分のノートを渡す。俺達はお互いに役割分担して血液の成分を調べ、ある程度進歩があったらその結果を二人で見て、それらのデータが一体何を示しているのか? 解毒薬を作るためにはそのほかにはいったい何を調べる必要があるのか? などについて話し合う、といった方法でタバサの母親の治療法を探している。

 

「ふむ……今のところ血液中の毒物と反応する薬品等も反応しない薬品等ともに関連性は見えてこないね。まあ、まだ始めたばかりだ。これからも続けていけば何らかの糸口は見えてくるだろう」

 

「だといいんですが……。まあ、他に方法も思い付きませんしね。続けましょうか」

 

 お互いに実験結果を見て、いくつか意見を言った後また成分を調べたり他の薬品との反応を調べる作業に戻った。

それにしても自分も色々とやりたいことがあるだろうに、詳しい事情も聞かずにここまで力を貸してくださるコルベール先生には本当に頭が上がらない。

そしてそのままお互いに会話をすることもなく、行っている実験のカチャカチャという音だけが研究室に響く。その静寂を破ったのはコルベール先生の方からだった。

 

「……アシル君、詳しい事情を聞くつもりはないが、一つだけ聞かせてくれないかね?」

 

「……何ですか?」

 

お互いに視線を会わせることも、作業の手を止めることもせず会話を続ける。

 

「私は魔法薬にそれほど詳しいわけではない。治療薬や毒薬、水の秘薬に関してなら君の方が知識も調合の技術も上だろう。しかし、そんな私にもこの血液の持ち主が飲まされた毒薬がどれほど恐ろしいものなのかくらいはわかるのだよ」

 

「……」

 

そう言ってもらえるのはありがたいが、それは過大評価だ。俺はそこまで大したものではない。

 

「私は教師だ。君がこの毒薬について調べているのは悪用するためではなく、何らかの目的があってのことだと信じている」

 

「……ありがとうございます」

 

「……だが、これほどの劇薬について深く知るということは、それは人の命というものと深く関わりあう、ということだ。君がこれからも今回のような複雑な薬品と関わり、研鑽を続けていけばいつか君のおかげで誰かの命が救われることや、君のせいで誰かの命が失われるようなことが起きるかもしれない。その時、君はどうするんだい?」

 

 別に声を乱すこともなく、作業とともにされたまるで世間話のようなその会話。だけれども、なぜかコルベール先生のその話には何か俺には理解できないような深い感情がこもっているようだった。

 

「……俺は元々誰かのために、なんて理由で動くほどできた人間ではありません。ですので俺が人の命を左右するような事にはできるだけならないように気をつけるつもりです」

 

 このコルベール先生の質問に対し、俺はそれを信じてもらえるかどうかはともかく適当な綺麗事で乗り切ることはできなくはないだろう。

 

「しかし、もしもなってしまったら……想像しただけで気が重くなりますね。もし、仮に失敗してその人を殺してしまったとすれば、一生そのことに対して罪悪感を持ち続け、俺なんかがやるのではなかったと後悔し続けるでしょう」

 

 しかし、コルベール先生は俺を信頼しているとはっきりと言い、実際にいろいろと手を貸してくださっている。俺は普段はふらふらと中身の無いようなことばかり言っているんだ、せめてそういった真摯な信頼くらいには誠実に返したい。

 

「成功したとしても達成感や幸福感を感じるよりも、罪悪感を背負わなくてすんだ安堵のほうが遥かに大きく感じるような気がしますからね。どちらになるにせよ、俺にとってそんなに良いことにはならないと思いますよ。もちろん、成功したほうが遥かに良いのは間違いないですけどね」

 

 タバサの母親を治すために頑張る。言葉にすれば簡単だが、成功したにしろ失敗したにしろそれがタバサやオルレアン夫人、ペルスランさんに当事者である俺の人生へ大きな影響を与えるのは間違いない。

 

「ですからもしも人の命に関わるようになったとしても俺がすることは一つだけだと思いますよ。いつまでもびくびくとし、失敗しないように祈りながら反省と後悔をし続ける。そんな感じじゃないですかね? 人を救うことや殺すことに慣れられるほど、俺は強くありませんよ」

 

「……そうかね」

 

 俺のその返事を聞き、なぜかコルベール先生は微笑んだような気がした。作業の手を止めずに話していてそちらを見ているわけではないので、なんとなくそんな気がした、というだけだが。

 長々と話したが要約すれば俺は精神的に弱い、という話でしかないのに。なぜ微笑んだのだろうか? もしかして微笑んだというのは俺の勘違いで、鼻で笑われたのを勘違いしただけか? そんな俺が頭の中で考えていた疑問に答えるかのように、まるで独り言のように先生が呟いた。

 

「……人の死に慣れることができるほど自分は強くない。そう君が自分の事を確信することができるほど強いのならば私から言うことは何も無いよ。いや、変なことを聞いて悪かったね、気にしないでくれ」

 

「……はあ……」

 

 なんだってんだ、いったい……。

 

 

 

 

 

 

 

「夏季休暇中に部屋に籠って魔法薬作りですか。寂しい青春ですね」

 

「本気で殴るぞ、メイドさん」

 

 研究室に籠って薬をいじったりノートとにらめっこをしてもう数日。室内に籠ってばかりというのもアレなので、気晴らしに中庭を散歩していたところアラベルに会った。……なんか他のメイドに比べてコイツとのエンカウント率が異常に高い気がするんだが、俺の気のせいか? 

 今の今まで言ってはいなかったが、実は今は夏季休暇中だったりする。まあ、そうじゃなければひたすら部屋に籠って薬の研究をする時間なんてなかなかとれるものじゃないからな。ましてコルベール先生は教師なんだ。休暇中でなければ手を貸してもらうのも難しかっただろう。……案外そうでもないか? 俺もコルベール先生も講義より、自分の興味のあることを優先するタイプだしな。

 

「で? 挨拶よりも先に喧嘩売ってくるとかお前何したいの? 俺に正しい人とのコミュニケーションの取り方でも教えてほしいの?」

 

「いえ、そういうわけではなくてですね、疲れてそうですから小粋な冗談で和ませようかと。いえ、疲れてそうという以前にここ数日ろくにあの研究室から出てさえいないじゃないですか。このままじゃ体壊しますよ」

 

「……え? なんでお前ここ数日の俺の行動を知ってんの?」

 

 俺は少し引きつつそう尋ねた。もしかしてこいつストーカーだったのか?

 

「その数日の間、あの研究室まであなたに食事を運んだり部屋の掃除をしたりしていたのは誰だと思っているんですか? え?」

 

 そういえばそうだった。実験に集中しすぎていて、それ以外のことをろくに覚えていなかったとはいえ、さすがにこれはどう考えても失礼すぎた。いつものことながらアラベルの表情はクールなままだが、さすがに怒っているんじゃないか?

 

「あ……そういやそうだったな。悪い、ずいぶん世話になっといて今の言いぐさはないよな。ごめん」

 

「いえ、別にほとんど好きでやってるようなことですし構いませんけど」

 

 そうは言ってくれるがここまで世話になっておいて、あんな恩知らずなことを言ったわけだしなぁ……。何かお礼くらいはしたほうがいいだろうな。

 

「お前今から時間取れるか? 別に今が無理なら明日とかでもいいけどさ」

 

「時間ですか? ……休暇中で貴族の方々もほとんどいないので、仕事もあまりありませんしね。マルトーさんに一言言っておけば大丈夫だとは思いますが……」

 

 ならちょうどいい。

 

「じゃあ、トリスタニアに行かないか? 薬の材料をそろそろ調達に行こうかと思っていたところだったし、お前にアクセサリーを贈るって約束もしてたからな、それを買いにさ。 メシもおごるよ。世話になってるしな、それのお礼ってことで」

 

 俺がそう言うとアラベルは驚いたように目をぱちぱちさせた後、俺から目を逸らしながら返事をした。

 

「……ま、いいんじゃないですかね、そういうのも、たまには」

 

 

 

 

 

 

「で、だ。メシはどこで食べたもんかね?」

 

「まさかのノープランとは恐れ入りましたよ。こういう時は男性がエスコートするものじゃないんですか? まあ、私は出店でも何でも構いませんし、もしもアシル様が出店でいいのならいっそ私が奢りますよ? メイドなんてやっているとあまりお金を使わないので多少は余裕があるんですから。あ、あのお店なんておいしそうですね、あそこにしませんか?」

 

「お前、よくしゃべるね。なんかキャラ変わってない?」

 

 

 たしか俺と同じように夏期休暇にも関わらず、実家に帰省していなかったはずのタバサに風竜でトリスタニアに連れて行ってもらおうと思っていたが、居なかったので仕方がなく学院の馬を借り、トリスタニアへと向かった。昼をしばらく過ぎた頃には到着し、とりあえず必要な物とアラベルにブレスレットを買い、どこで食事をとるかの相談をしていた。ブレスレットを買って渡してからのアラベルは妙に機嫌が良く、俺が奢ると言ったのに夕食くらい自分が奢ると言って譲らない。まあ、今回わざわざトリスタニアに来たのはアラベルに対してのお礼みたいなもんなわけだしな、アラベルのしたいようにするのが一番だろう。

 

「やっぱり表町であるブルドンネ街の方が有名なお店が多いんですけどね。チクトンネ街の方にも結構美味しいお店があるんですよ? 何より安いお店が多いですからね。貴族様にはあまり向かないかもしれませんけど、まあアシル様ですし」

 

「お前ホントさらっと俺に毒吐くよね」

 

 アラベルに引かれるようにしてチクトンネ街に来た時には、夕暮れ時になっていた。元々ブルドンネ街が表町だとしたらチクトンネ街は歓楽街のような裏町だからな、どうもどことなく艶かしいというか妖しい町のように見えてしまう。

 

「ちなみにですね、あっちに私がたまに行くお勧めのお店が……げっ!」

 

「キャラ的に出しちゃいけない声出してどうしたんよ? ……おう、ギーシュにモン様、赤青コンビじゃんか。奇遇だな、何やってんだこんなところで?」

 

 そこにいたのは一つの店に入ろうとしているギーシュにモンモランシー、それにキュルケとタバサの四人組だった。

 

「やあ、アシルじゃあないか。こんなところで偶然だね」

 

「ほんとう、どうしたのよ。それに女の子連れなんて珍しいじゃない。あなたもどこかの誰かさんみたいに女の子ととっかえひっかえするような、下品な事に目覚めたの?」

 

「ははは、ひどい言われようだねアシル。ただ、モンモランシーの言う通りだよ。僕のように女性に対しては一途であることが紳士らしさ、ひいては貴族らしさってものさ」

 

「どこかの誰かってのは、あなたのことよバカギーシュ! 私はまだいつだかのことを許したわけではないんですからね!」

 

「そ、そんなこと言わないでくれよ、愛しいモンモランシー……」

 

 ……なんだあのいつも通りすぎる二人組みは。なんで公衆の場で痴話喧嘩始めてんだ。

 俺がそう思っているとキュルケが近寄ってきて、俺の肩を軽く叩いた。

 

「はぁい、久しぶりね、アシル。みんなで食事でも、ってことで町に出てきたのよ。学院はあついしねー。それよりもどう? あなたも一緒に? 人数は多いほうが楽しいものだしね。ま、横にいるお嬢さんが許してくれれば、だけどね?」

 

 そう言うとキュルケはアラベルの方を向いてウインクをした。

 それを受けてアラベルは少しがっかりしたようにため息を一つ吐いた後、頷いた。

 

「……別に構いませんよ。私は、別に」

 

「そう、ならこれで決定ね」

 

 そう言って店に入っていくキュルケにタバサ。なんだかんだと言いながらその後に店に入っていくギーシュとモンモランシー。

 それに続いて店に入ろうとした俺の裾を掴んで引き止めるアラベル。いったいどうしたんだ? やっぱり一緒に食事を取るのは嫌だ、とかだろうか? まあ、みんな貴族だしな。平民のアラベルでは気疲れするかもしれない。そう考え、アラベルの方を向いた俺へと、普段よりも眉間に深い皺を寄せたアラベルはこう言った。

 

「……やはり私が奢るというのは無かったということで。……それだけです。では行きましょう」

 

 そう言って俺の裾を離すと他の人の後を追い、店へと入っていくアラベル。

 一人取り残された俺は頭をかくとつぶやいた。

 

「……どうしたものかね、こういうの」

 

 俺はなんとなく手を頭にかけたまま、みんなの後を追い店の中へと入っていった。

 

 


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