それなりに楽しい脇役としての人生   作:yuki01

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二十一話 そういえば俺だけ夕飯食べてない

「……んお……。あだだだだ!! え? 何?」

 

背骨と手足、それと頭に走る痛みに目が覚めた。何故だかはわからないが気を失っていたらしい。

 

「おお、起きたかい。では、悪いんだが自分で歩いてもらえるかね。さすがにちょっと疲れてしまってさ」

 

「そうですよ、早く自立してください、いろいろな意味で」

 

 俺はギーシュに背負われていた。いや、別にそれはいい。むしろ意識の無かった俺を、わざわざ背負ってくれていたことに対して感謝しなくてはいけないくらいだ。ただ、俺とギーシュの背丈はあまり変わらない。つまり本来なら背中を丸めるようにしたかなり負担の大きい姿勢で背負わないと、足を引きずってしまうはずだ。しかしそんなことにはなっていない。何故なら……

 

「痛っ! 痛いから! おい、アラベルがまず手を離さないと降りれないってんだよ!」

 

 俺の足をアラベルが持っていたからだ。つまり俺はギーシュの胸の前で腕を組み、その後ろの方でアラベルが足を持っている、といったかたちで運ばれていたわけだ。ようは俺は軽いエビぞりのような体勢だったということ。そりゃ背中も痛むわけだよ。つーか誰か止めろや。

 

 

 

 

 

「いつー……。まあ運んでくれたんだし運び方には文句言わないけどよ、なんで俺気絶してたんだ? なんか強い酒でも飲んだんだっけか?」

 

 降ろしてもらった俺は背中をさすりながらキュルケたちに尋ねた。みんなで店に入った後、何が起きたのかよく覚えていない。

 

「覚えてないの? いやーあれは傑作だったんだけどねー。ふふっ、今思い出してもあの時のヴァリエールの顔ったら」

 

 そう言ってなんだか楽しそうに笑うキュルケ。

 ヴァリエールっていうとルイズか? 歓楽街にあるような飯屋とあのプライドの高い潔癖なルイズになんの関係があるってんだよ?

 少しの間の考え込んだあと、俺はふいに思い出した。

 

「…………ああ! 思い出した」

 

 いったいあの店で何が起きたのかを。

 

 

 

 

 キュルケ達四人組はギーシュが一度行ってみたい店があるということで、あの店に来ようということになったらしい。ギーシュが行ってみたいと言っていた理由は店に入ればすぐにわかった。店中をそれなりに綺麗な女の子たちが色っぽい恰好をして給仕のために動き回っていたからだ。

 

「へえ、まあ目の保養になるっちゃあなるな。ま、むさいおっさんばかりが働いている店よりかはずっといいや」

 

 俺は店員を見て鼻の下をのばしたギーシュが、モンモランシーに耳を引っ張られているのを横目に見ながら席に着き、メニューを手に取った。その際自分で言った、むさいおっさんばかりが働いている店という言葉で、店に入ってすぐ会ったなんかよくわからんオカマを思い出し、少し気分が悪くなった。

 同じテーブルに座ったキュルケが俺に話しかけてくる。

 

「ふふ……なかなか刺激的で面白いお店じゃない。あなたもギーシュ程じゃないにしても少しは、はしゃいだら?」

 

「俺はどっちかっていうと、ああいう恰好よりも地味目な恰好のほうが好みなんでな。だってお前、考えてみろよキュルケさんよ、年がら年中部屋で薬作ってるような男に派手な人は似あわないだろ」

 

「あら、どうりで私に対しても興味を出さないわけね。つまり、今日一緒の子やタバサみたいな子が好みってこと?」

 

「どっちかっていえばな。まあ、んなことどうでもいいだろ。それより店員さん、注文頼みたいんだがちょっといいか?」

 

 そう言ってメニューに目を落としたまま、適当に手で店員を呼ぶ。するとすぐに誰かが近寄ってきた感じがしたので、注文をしようと顔を上げて店員の方を見たところなぜかお盆で顔を隠していた。

お盆で隠しきれていないところからは、白い肌とピンク色と髪の毛が見えている。

 

「……なにやってんの、ルイズ」

 

「……」

 

返事すらしない店員(まず間違いなくルイズだろうが)。

しかし、何やら正体は隠したいようだし、今さらな気もするが空気を読んでわからないふりを……。

 

「あ、使い魔さんが女の子口説いてる」

 

そんなキュルケの言葉に、キッと厨房の方を睨む店員。その顔はやはり。

 

「「ルイズ!」」

 

 そうギーシュとモンモランシーが声を上げる。

 それを聞き、はっとした顔になったルイズが再びお盆で顔を隠す。

 

「今更顔隠して何の意味があるっていうのよ、ラ・ヴァリエール」

 

「わたしルイズじゃないわ」

 

 意味の無い問答だ。ルイズだって正体がばれているくらいわかっているだろう。ただ、ライバルであるキュルケに引っかけられたので意地になっているだけだろう。こんな時に俺がしてやれるのは一つだけだ。

 

「ああ、わかったよ。悪いな、店員さん。どうもあんたが知り合いに似ていたんでな。迷惑かけたしチップやるよ」

 

「……ありがとうございます」

 

 そう言ってやっと顔をお盆の陰から出すルイズ。俺は財布から金貨を一枚取り出すと……ルイズの足元に放り投げた。

 

「さあ、はいつくばって拾うがいい、ルイズ。……じゃなかった、ルイズに似た店員さんよ」

 

 普段ツン、としているルイズが理由はわからないが、こんな微妙にいかがわしい店で働いている。これは全力でからかってやるしかないだろう。店内でなければフハハハハ、って悪役笑いの一つでもしてやりたいくらいだ。ルイズは軽くうつむいて肩を震わせている。

 

「さあ、遠慮することはない。ほら、普段の学院の誇り高い姿なんて忘れて、みっともなく落ちた金を拾うといい、ルイズ」

 

 完全に店員に対してやっているという対面すら忘れた俺がそう言うとルイズは肩を震わせたまま、しゃがんで金貨を拾いそのままそれを握りしめた。そして、震える声で言った。

 

「ありがとうございます、お客様。しかし頂くだけというのも悪いですから、お礼をいたしますわ」

 

 そしてしゃがんだ体勢から、まるでカエルが跳ねるように俺へと金貨を握りしめたこぶしで俺の顎にアッパーを叩き込んだ。

 

「グハッ!」

 

 そのまま俺は後ろへ吹き飛ぶと、後頭部を床に打って気絶した。

 確かこれがあの店で起きた出来事だ。

 

 

 

 

 

「客観的に判断して欲しいんだが、あれは俺とルイズのどちらが悪いと思う?」

 

「たぶん君じゃないかな?」

 

 俺の問いにそうギーシュが返す。他の人に聞いても似たような答えばかりだった。まあ、正直俺もやりすぎた気はしている。ちなみに、メシ代はルイズにつけておいたらしい。

 

「それよりそろそろ帰るつもりなんだけど、あなたたちは馬で来たのよね? じゃあ、ここでお別れになるわね」

 

 キュルケ達はシルフィードで来たんだろう。なら馬たちで来ている俺たちとは別々に帰るということになる。しかし、俺はタバサにちょっとした用があったので、ある提案をした。

 

「悪いんだけど、タバサと話したいことがあるから一緒に帰りたいんだがダメか? 要は行きと帰りでタバサとアラベルのポジションを交換して欲しい、ってことなんだが」

 

 それを聞いてタバサは何かを問いただす様な目でこちらを見る。それが何を意味しているかはわからないが、とりあえず頷いておいた。するとタバサは、他のみんなのほうを見て言った。

 

「私もそうしたい」

 

 その返事に俺とタバサを除いた全員がかなり驚いた様子を見せたが、もう時間的に遅いこともあり話をさっさと進めたい俺はそれに構わず、今度はアラベルへと尋ねた。

 

「アラベルは構わないか? 結構大事な用なんでできれば納得してほしいんだが」

 

 するとアラベルは今まで見たことも無いような表情で、詰めよってきた。

 

「え? ちょ? 用ってなんですか? い、いつのまにそんなことに……。私今日ブレスレットもらったばっかりなんですよ!」

 

「あのな違うから、そういうのじゃないから。ちょっと耳貸せ」

 

 そう言ってアラベルの片耳を引っ張ると小声で事情を伝えた。

 

「いつだか言った人助けの件についての話だ。面倒な事情が絡んでるんでな、人目があるところで話せないんだよ。そういう訳だ」

 

 あとこれは言う必要は間違いなくないし、言っても傷つけることはわかっていたがお互いのためにも言っておく。

 

「……あと言いたくはないが、俺の自意識過剰なだけならそれが一番だが……お前が俺に何らかの気持ちを抱いていたとしても、俺には本気では応えられないことくらいわかっているだろ。……嫌な話だが、こんなんでも貴族の一人息子なんだ。正妻としてというのは、絶対に、無理だ」

 

 俺だってそこまで馬鹿じゃない。アラベルにおそらく好意を抱かれていることくらいはわかっている。そしてアラベルも俺にそれがばれていることくらいわかっているだろう。そして身分の差とやらのせいできちんと結ばれることは不可能だということも。

 

「……はあ、私にだってわかってますよ、それくらい。すいません、ブレスレットをもらって少々調子に乗っていたようです」

 

 普段通りの表情でそう言った後、アラベルはただ……と続けた。

 

「自分のものとはいえ、感情は何か理由があるからといって、どうこうできるものではないですからね。そして、私にも作戦というか考えの一つや二つくらいはあるんですよ。そのことは忘れない方が良いですよ」

 

 そう言うとアラベルにしては珍しく、目じりを緩ませ笑顔になった。

 しかし、俺はその笑顔に何も返せず、ただ頭をかきながら目線をそらすことしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

「話というのは?」

 

「わかっているだろうが薬についてだ」

 

 俺とタバサは馬で並んで走りながら、会話をしている。ちなみにタバサの魔法によって、この会話が周りに漏れることはないようにしてもらっている。

 

「いろいろとやってみた結果な、わずかだが解毒への糸口が見えた。うまくいけば後、一週間ほどで形にできると思う」

 

「……それは治るということ?」

 

 どこか懇願するような声で、タバサがそう聞いてくる。だが、残念ながら現実はそう甘くはない。

 

「治せるかどうかで聞かれればたぶん治せる。だけどタバサが思っているような意味じゃあ無い。……いつだかも言ったが完治は不可能なんだ。なぜならあの薬は彼女の体の中で今も効果を発揮し続けているからだ。俺とコルベール先生が作ろうとしている薬によって一時的には戻るかも知れないが……おそらく長くても一日で元の、毒にやられた状態に戻ってしまうと思う」

 

「そう」

 

「ああ」

 

「……」

 

「……」

 

 そのまましばらくの間、お互いに何も話さずに沈黙が続いた。

 

「……その解毒薬を服用し続けるというのは?」

 

 沈黙を破りタバサがそう尋ねてきた。当たり前の疑問だろう。解毒薬によって一日正気に戻るのなら、毎日服用すればずっと正気でいられるということだからだ。しかし、俺はその問いに首を横に振った。

 

「……おそらく無理だ。解毒薬自体がかなり高価な材料を……」

 

「お金ならば私がなんとかする!」

 

 俺の言葉にかぶせるようにタバサがそう声を荒げる。といっても、普段のタバサよりも荒げたというレベルで、それほど大きい声ではなかったがそこに込められた決意は伝わってきた。解毒薬がどんなに高価な物でもなんとかして、お金は用意してみせるという決意が。しかし、連続して服用できない理由はお金ではない。

 

「……問題は金じゃあないんだよ、もちろんそれもあるけどな。一時的とはいえあれだけ強い毒薬を解毒するんだ、解毒薬自体も劇薬と呼べるくらい強い薬なんだよ。そんなになんども同じ人に使わせることはできない。それに何度も使えば抗体ができて効かなくなったり、毒薬のほうが変質してしまう可能性がある。……せいぜい使えて二度だ。コルベール先生とも話し合って決めた。残酷なようだが二度以上は使わせないし、解毒薬を作るつもりもない」

 

「…………そう」

 

「ああ、そうだ。まあ、まず間違いなく大丈夫だと思うが、上手く完成するかもわからんしな」

 

 これが俺にできる精一杯。毒薬本体でもない限り、これ以上の事はできないだろう。

 

「……ありがとう。薬が完成したらすぐ教えてほしい」

 

「ああ。……ただ俺が言うことじゃないかもしれないが、ほんの二度だけ戻しても逆につらさが増すだけかも知れんぞ」

 

「……」

 

 その後は会話をすることもなくただ馬を走らせるだけだった。

 何とかしてやりたいとは思うが、人にはできることとできないことがあり、タバサの母親を治すのは俺にはできないことだった、ただそれだけのことだ。それは今まで数えきれないほどしてきた数々の挫折や失敗と何も変わらず、そして少なくとも今回は俺は何も悪いことをしてはいない。

 それでも友人の力になってやれなかった、という事実は俺になぜか罪悪感を抱かせた。

 

 

 

 ……ただ、学院に着いた時にタバサに言われた「頑張ってほしい。応援している」という言葉にどこか心が軽くなった。それは間違いなかった。

 

 


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