それなりに楽しい脇役としての人生   作:yuki01

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二十二話 救助劇の始まり (改訂版)

 薄い黄色の液体の入った試験管を火にかける。そしてそれは置いておき、コルベール先生から彼が作成した透明の液体を受け取り、俺が作った緑色の液体とそれを火にかけた小さめの鍋のような容器の中で混ぜ合わせる。その後二重に手袋をし、マスクを付けると用意しておいた乾燥させたいくつかの薬草をすり鉢ですりつぶす。そしてそれと沸騰し始めた薄黄色の液体を鍋へと入れる。そしてそのまま中身が半分ほどになるまで煮詰めると、鍋の中身が薄い青色へと変色した。それを二つの壜へと移し、きつくしっかりと蓋を閉めると俺は一つ大きく息を吐いた。知らず知らずのうちに息を止めていたようだ。そして完成した薬の入った二つの壜を棚へとしまうと、俺は手袋をはずし、そしてマスクを外した。そしてそれらを袋に詰め、その袋の口を縛る。そして、俺は椅子へ倒れこむように座るとコルベール先生へと話しかけた。

 

「ざっとこんなもんですかね。毒薬そのものがあれば、動物などで本当に解毒できるかの実験ができるんですが」

 

「まあ、そうだが無いものを求めても仕方がないじゃないか。少なくとも私たちは全力を尽くしたし、理論的には解毒薬として完成はしているはずだ。……完全に治せないというのは口惜しいが、それでも十分だと思うよ」

 

 そしてコルベール先生は慰めかけるように笑うと、君はよくやったよと、ぽんと俺の肩を軽くたたいた。

 

 

 

 

 今完成した薬が件の解毒薬だ。タバサの母親を一時的にといはいえもとに戻せる、劇薬に限りなく近いほどの薬効を持つ薬。後はこれをタバサに渡せば、とりあえず俺がやることは終わりだ。

……こんな見つかったら手が後ろに回るようなレベルの薬をいつまでも保管していたくはない。俺はコルベール先生とお互いの苦労を労うような会話を交わすと、薬の入った壜を一つ持ってタバサの部屋へと向かった。

 

 

 

 

「そんじゃいってらっしゃい」

 

「ありがとう。本当に感謝している。…………薬の効果が切れたらできるだけ早く戻ってくる」

 

 手をひらひらさせながら言った俺の言葉に対し、軽く頭を下げながらそう返すタバサ。

 タバサの部屋に行き、薬が完成したことを告げてそれを渡したところ、今からすぐに母親のところにいって飲ませてくると言いだした。そのため今タバサはシルフィードに乗って、窓の外にいる。

 

「俺は行けないんでな。もとに戻ったら喜びで舞い上がっちまうかもしれないが、正気に戻っているときと、薬の効き目が切れた後の血液をそれぞれ取ってくるのだけは忘れないでくれよ」

 

 ……実を言うと行けないというより、自分の作った薬によってタバサの母親がどうなるのか見るのが怖い、というのが本音だが。

 

「わかった。ほんとうにありがとう。それでは行ってくる」

 

 タバサは早口にそう言うと、凄まじいスピードでシルフィードを飛ばし、あっという間に見えなくなってしまった。

 

 これで取りあえずは肩の荷が降りた。しばらくは用もすることも無いし、ちまちま薬でも作って暇な時間はキュルケと酒でも飲んでタバサの帰りを待つことにするかな。キュルケの方もタバサがいなくなって暇だろうし。

 

 

 

「と、いうわけでお邪魔しまーす。酒でも飲もうぜ」

 

「……レディの部屋に入るときは、せめてノックくらいしてからにしてちょうだい。で?お酒なんて持って来て私に何か用でもあるの?」

 

 俺はワインの壜とワイングラスを二つ抱えて、ノックもせずにキュルケの部屋のドアを開けた。部屋の中ではキュルケが、ベッドの上でぐでーっとだらけていた。レディにしては少々みっともない恰好の気がするが、この暑さじゃあ仕方がないか。それにしても暑いからか服をはだけさせて、まあ……。スタイルの良い体が汗で濡れていて、色っぽいな。これは男連中の間で人気が出るのもわかる。

 

「今度から気をつけるわ。それよりいつだか言ったと思うが、タバサの母親用の薬が完成してな、タバサが実家に行っちまったんだ。んでな、よく考えたらキュルケときちんと話したことあんまなかったから、その話をつまみにでもして、これを機に仲良くなろうとわざわざ来たってわけよ」

 

 俺は笑顔でそう言うと、テーブルにワインを置き、椅子に腰かけた。

 ちなみにタバサの実家の事情については、キュルケは俺より詳しく知っているということなので、俺が薬を作っていたことも伝えている。

 キュルケは俺の言葉を聞くと、艶かしい笑みを浮かべ俺へと手を伸ばした。

 

「ふふ……、男と女がわかりあうのにお酒を使うなんて野暮ってものよ。さあ、いらっしゃいな。この眩しい日差しに負けないくらい、私と熱く燃え上がりましょう?」

 

 そう言ってただでさえはだけているシャツの、胸元のボタンを一つ開けた。

 全く……、本当は俺相手にそんな気なんてないくせによくやるよ。男好きというより、男をこうやってからかうのが好きなんだろうな。

 

「いい女ってのは自分を安売りしないもんらしいぞ? そういうのはいいからそれより飲み相手してくれよ。暑いんなら俺が水の魔法で涼ましてやるから。ダチ連中がみんな実家帰っちまって暇なんだよ」

 

「冗談だったとはいえ、私がこれだけやったのに相手にされないと少し悔しいわね。ま、あんなのを本気にして襲いかかってくるようなバカな男よりは、あなたみたいに冷静にこっちの気持ちを察してくれる人の方が私は好きよ。いいわ、飲みましょうか」

 

 そう言ってキュルケはベッドから起き上がると、テーブルをはさんで俺の正面に座った。

俺はキュルケの前にワイングラスを置くとそこにワインを注ぐ。同じように自分の前にもワインを用意した。

 そしてお互いに軽くワイングラスを持ち上げ、グラス同士を軽くくっつける。

 

「……乾杯、ってな」

 

「ふふっ、何に対してなのかしら?」

 

「そうだな、これからもよろしくってのと……まあ、タバサの幸せな未来を願って、ってのはどうよ?」

 

「いいわね、それじゃタバサの幸せを願って」

 

「ついでに、俺たちがこれからもまあそれなりに上手くやっていけることも願って」

 

「「乾杯」」

 

 声を合わせてそう言って、俺たちはワイングラスを傾けた。

 

 

 

 

 タバサが実家に帰ってもう七日も経つ。いくらなんでも遅すぎるが、いったい何かあったのだろうか?

 どうでもいいが、実家に帰ったっていうとなんだか俺がタバサに愛想尽かされたみたいで嫌な感じだな。

 

「で、キュルケの方には何か連絡とか来ていないのか?」

 

「いや、何も来ていないわね。確かあなたの作った薬の効き目は一日だけだったはずよね? いくらなんでも遅すぎるわ。何かあったのかしら? ……決めた。あと二日たっても何もなかったら私の方から会いに行ってみることにしましょう」

 

 クッキーをつまみながら決意した表情でそう言うキュルケ。

 今日も俺はキュルケとぐだぐだとくっちゃべっていた。毎回酒というのも芸が無いので今日は紅茶だ。お茶うけにクッキーも用意した。

 

「ふーん……それにしてもこれ普通に美味しいわね。手作りだっけ? あなたってなんだかんだで結構器用よね」

 

「まあ、食いたくなった時にいちいちマルトーのおっさんとかに頼むのも、何度もだと悪いんでな。ちょっとしたもんくらい作れるようになろうと思って、簡単な菓子の作り方をいくつか知り合いのメイドに教えてもらったんだ。何よりここんとこ暇だったしな。そんな難しいもんでもないし、キュルケも覚えてみたらどうだ?」

 

「考えとくわ」

 

 欠片もその気のなさそうな声でキュルケがそう返す。そして熱さで疲れているのか、欠伸を一つするとぐでーっと上半身をテーブルへと乗せた。あまりおしゃべりを楽しむ、って気分でもなさそうだ。表情も先ほどのきりっとしたものから、随分と締まりのないものへと変わってしまっている。

俺はクッキーを一枚口に加えると、全体重をかけて背もたれに寄りかかった。部屋に静寂が降りる。

手持無沙汰になってしまった俺は、クッキーを口に放り込むと懐から杖を取り出した。そして椅子に寄りかかったまま、右手の人差し指を伸ばすと、指の腹に杖を乗せ、手を放す。どうでもよさそうなキュルケの視線を指に感じながら、指を右に左に動かして杖が倒れないようバランスを取る。よくある暇つぶしの一種だ。

 とはいえあくまで体を動かさずに手だけでバランスを取り、やる気もないと来ている。杖はすぐに倒れ、テーブルの上へと落ちる。そして軽く跳ねると、キュルケの頭にこつんと当たった。

 

「あた」

 

「あ、ごめん」

 

 キュルケは体を起こすと、テーブルの上の俺の杖を手に取り、俺と同じように伸ばした指の上へと乗せた。そしてぼーっとした表情のまま、なんの危なげもなくバランスを取る。

 

「暇ね」

 

「まあな。付き合ってくれるのなら、部屋からチェス盤でも持ってくるけど」

 

「気分じゃないわ」

 

 そう言うと指にはずみをつけて、杖を俺の方へと投げ返した。俺はそれをキャッチすると、ペン回しのように手の上でくるくると回す。

 

「あら、上手いものね」

 

「人間、何か一つくらいは取り柄があるもんだって言うからな。俺も例外じゃなかったってことだ」

 

「せっかくの取り柄の枠を、そんなことに使っちゃったなんて切ない話ね。同情するわ」

 

「同情するなら金でも恵んでくれ」

 

 こうぶっ続けで何日も顔を突き合わせてしゃべっていると、さすがに話題も尽きてくる。なんならトリスタニアにでも遊びに行くかと思い、外に目をやる。窓の外は夜のとばりが下りていた。そこまで時間が遅いわけではないことと、月明かりのおかげで文目もわからないというほどではないが、それでも十分に暗い。さぞかし酒場は賑わっているころだろうとは思うが、さすがに出かけるには遅すぎる時間か。

 背伸びを一つして、椅子から立ち上がる。

 

「もういい時間だし、今日のところは部屋に戻って寝るわ」

 

「はいはーい。お構いもしないで悪かったわねー」

 

 手をひらひらとさせるキュルケ。俺は頭をかきながら軽く笑うと、言葉を返す。

 

「明日はどうする? 暇ならトリスタニアにでも行かないか?」

 

「あなたの奢りで?」

 

「ツエルプストー家のご令嬢が何言ってるんだよ。財布ってのは重い方から使っていくもんだ」

 

「私が奢るっていうこと? さすがに嫌よ。自分の分は自分で出してちょうだい」

 

「さすがの俺だって、女性にはたからないよ。で、行くか?」

 

 少し考える様子を見せた後、キュルケは頷いた。

 

「どうせやることもないしね。いいわ。行きましょうか」

 

「じゃあ、明日適当に気分になったら学院を出るってことで。じゃあ、おやすみ」

 

「…………ぃぃぃぃぃ」

 

「……ん?」 

 

 そう就寝の挨拶を交わし、部屋を出ようとした時、何か声のようなものが聞こえた気がした。

 俺の後ろ、つまりは窓の向こうからのように聞こえた俺はそちらへと振り向く。

 

「きゅいいいいいいいいいい!!」

 

「うわ、むぐっ……!」

 

 振り向いた瞬間、俺の視界は肌色の何かで埋め尽くされた。悲鳴を上げる間もなく、その肌色の何かは柔らかい感触とともに俺の顔を覆い尽くし、その勢いのまま俺を床へと押し倒した。

 

「ふんぶっ! ふぐがっ! ……ん! ……よっこらせっと! なんだってんだ、いった……」

 

 柔らかくて暖かい何かで顔が覆われてしまって息ができない。なんとかその顔を覆っているものを引きはがすと、今窓の外から飛び込んできたものを視界に収めることができた。そこにいたのは……

 

「きゅい?」

 

 どこかタバサに似た青い髪の、なぜか一糸まとわぬ姿をした女性だった。

 


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