それなりに楽しい脇役としての人生   作:yuki01

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二十三話 せめて自分のために

「タバサがさらわれた? ……んなバカなことがあるかよ。それよりキュルケ、ロープか何かないか?」

 

 窓から飛び込んできた女性は、自分はイルククゥという名であり、タバサの妹だと名乗った。だが、裸で窓から飛び込んでくるような奴の言うことを信じるほど俺はお人よしじゃない。

 とりあえず女性だったので俺がやるわけにもいかず、キュルケに頼んで杖などを隠し持っていないか調べてもらった。そうしたところ何も持っていなかったらしい。なら、タバサのシルフィードのような空を飛ぶことの使い魔か、魔法の使える協力者がいるということだ。そうでなければ、二階の窓へ飛び込むなんてことができるわけがない。とりあえず、武器の類は持っていなかったし、敵意もないようなので縛ったりはしていないが……どうしたんもんかね? 本当にしろ、嘘にしろ『タバサがさらわれた』なんて、何かしらの必要がなければ言わないだろう。ならさっさとこの女性から情報を聞き出すべきなのだろうが……なんか『きゅい、きゅい』言っているし、しゃべり方も変なので少し頭が残念な人っぽいんだよな。自白剤を使うことを視野に入れておくべきかな。

 まあ、何にせよまずは話を聞かなくては。俺はイルククゥがなぜか少々嫌がりながらもキュルケの服を着るのと自分の顔の赤らみが引くのを待ち、話しかけた。……我ながら情けないが、素っ裸の女性を前にして真面目な話ができるほど俺は枯れちゃいない。

 

「嘘じゃないのね~~! こんな大変な時に嘘をついたりなんてしないのね!」

 

 それからイルククゥは、タバサが俺の薬を受け取り実家に帰ってからいったい何が起きたのかを話し始めた。イルククゥの説明は、途中できゅいきゅい言ううえに説明自体がたどたどしかったので、少しばかりわかりづらかったが、要約するとこういうことがあったらしい。

 家に戻ってすぐ母親に薬を飲ませたところ、俺が予想していた通りの効果を薬が発揮してくれたようでオルレアン夫人は元に戻った。そして、タバサと感動の再会と時間制限つきの母娘の触れ合い。そしてちょうど一日が終わり、タバサの、いや……シャルロットの母親として眠りにつき、起きると、再び心を病んだ状態に戻ってしまっていたらしい。さすがに、タバサはずいぶんと落ち込んだようだったが気を取り直し学院に戻ってこようとしたところ、ほぼそれと同時に手紙のようなものが届き、そこには実家で待機しているように書かれていたので、タバサはそれに従った。そうしたところ二日程経ってから、多くのガーゴイルと、一人の人間が現れてタバサと母親を連れ去っていった、ということらしい。

 

「だから人間じゃなかった、って言ってるのね~! あんなに強いお姉さまを精霊の力を使ってあっさりと倒すなんて人間にできっこなんてないのね。きゅい、きゅい。それにそいつの耳が長くて尖ってたのを、このイルククゥがちゃんと見たのね。とにかく! あれがエルフだったのは間違いないのね~!」

 

「だから嘘つくんなら、もっとましなもんつけや。わざわざエルフ様が、人一人さらうために来るわけねーだろ。エルフにとってタバサにどんな価値があるってんだよ。あいつら人を喰うとはいうが、そのためだけにわざわざラグドリアンくだりまで来ねーだろ」

 

 こいつの話が信じられない理由の最たるものがこれだ。タバサの拉致にエルフが関わっている、ということ。

 エルフとはここ、ハルケギニアの東の方にあるサハラに住んでいる亜人の一種だ。存在していることは間違いないが、交流が数百年単位でないためほとんど伝説上の生き物になっているような種族。そのため文献をあさっても人を喰うだの、一人で国を落とせるくらい強いだの、信憑性に欠けることしか書いて無く、俺も詳しいことはほとんど知らない。ただ、俺たちが使う系統魔法とは違う、先住魔法とやらを使うらしい。おそらくイルククゥの言った精霊の力とはその先住魔法のことだろう。

 

「そうね。それにタバサがシュヴァリエとして命令に従っている限り、あいつらは手を出してはこないはずだわ。それにガリア王家がエルフと手を組んだ、なんてことも考えにくいしね」

 

 そうキュルケも口に出す。やはり、キュルケもイルククゥの話には嘘くささを感じているようだ。やっぱりそうだよな。こんなスッパで、窓から飛び込んでくるような奴の言うことに真面目に相手する方が間違ってんだ。

 …………あれ? ……待てよ、どういうことだ?  

 

「おい……ちょっと待ったキュルケさんよ。その言い方だと、そいつがどこのどちら様だか知らないが、タバサがそいつの命令に背くとかのことが起きれば、さらわれたりすることが本当に起きる可能性があるみたいな言い方に聞こえるぞ?」

 

 俺がそう聞くと、キュルケは当たり前のように返答した。

 

「そうよ? あなたもタバサの事情は知っているんなら、それくらいのことはわかるでしょう? まあ、私はツェルプストーの名に懸けてでも、私の親友をそんな目には合わせるつもりはないけれどね」

 

 ……何やら嫌な予感がする。俺の予想があっているのならば、これはやばすぎる事態だ。

 

「……キュルケ。実は俺、タバサの事情を詳しくは知らないんだ。我が身かわいさと面倒事に巻き込まれたくない、って屑な理由でな。なんか嫌な予感がするんだ。悪いが詳しく話してもらえないか?」

 

 自分でもわかるが若干青ざめた顔で、キュルケへとそう頼む。

 

「タバサから大まかには聞いているのよね? なら私から詳しく話してもまあ、あの子怒らないでしょ。それにどうも必要なことみたいだしね。いいわ、話してあげる」

 

 ……そうしてキュルケの口から語られるタバサの事情。

 ガリア王家の兄弟。無能と罵られていたジョゼフと若くして天才と呼ばれたシャルル。

 殺された父親、自分をかばって心を壊された母親、そして母親という首輪を付けられた、父を殺し、母を壊した相手である狂った無能王ジョゼフに従わなければならない自分。

 おそらく、今回の誘拐劇を仕組んだのはおそらくそのジョゼフだろう。

 ……『狂った』『無能』『王』であるジョゼフ。その三つの単語からあることを予想してしまった俺。それのあまりの不気味な衝撃に額を一筋、冷や汗が伝っていくのを感じる。

 …………これはやばい。

 

「イルククゥ! シルフィードは無事か!」

 

 俺はイルククゥの肩を強くつかみ、揺さぶりながらそう怒鳴った。

 

「きゅ、きゅい、きゅい~。そ、そんなにゆすらないでほしいのね~。うー、シルフィードなら……その……無事なのね。……ちょっと、呼ぶのは時間がかかるけど」

 

「わかった! イルククゥ、お前の話を信じるよ。用意したらすぐにタバサの救出に向かうから、シルフィードを呼んでおいてくれ」

 

 俺はそう一気に言うと、イルククゥの『信じてくれてありがとうなのね~』という声を背中に受けながら部屋を出ようとした。そしてドアに手をかけた瞬間、キュルケに呼び止められた。

 

「ちょ、ちょっと待ってアシル! どうしたのよ、いきなり。あなたが何をもって、この子の言うことが本当だと判断したのかはわからないけれど、タバサがさらわれたっていうのが本当なら、私も当然ついていくわよ!」

 

「ありがとう、心強いよ。悪いんだが、今は時間が惜しい。説明ならシルフィードの上でするから遠出する準備をしておいてくれ。俺も必要な物を持ったらすぐに戻ってくる」 

 

 俺はそう言うと、今度こそ蹴破るような勢いで部屋を出て自室へと走った。

 

 

 

 

 

「シルフィード、とりあえずラグドリアンのタバサの実家を目指してくれ。ついた後、どこに向かうかもう一度指示をする」

 

 俺とキュルケを乗せたシルフィードは『きゅい』と一声鳴くと空へと飛びあがった。

 

「で、説明はしてもらえるのよね?」

 

 俺の正面に座るキュルケが俺の目を見てそう問いかける。

 

 

 

 

 あの後、俺が準備を済ませキュルケの部屋へと戻るとすでにそこには用意をし終えたキュルケと、窓の外にシルフィードがいた。イルククゥはどうしたのかと思いキュルケに聞いたが、自分は戦闘力も何もないので役に立たない、だから重荷になるので気にせず行ってくれとか言ってどっかに行ってしまったらしい。まあ、そのすぐ後にシルフィードがきちんと来たらしいので役目は十分果たしたと言えるだろう。

 しかし、あまりに今更な疑問だが本当あいつはなんだったんだ? 本当にタバサの妹なのか? 妹がいるなんて聞いたことないぞ。……まあ、うまくタバサを助け出せたらその時にでも聞くことにしよう。

 そうだ、絶対にタバサは助け出す。タバサのために、キュルケのために、オルレアン夫人のために、ペルスランさんのために、イルククゥのために、シルフィードのために……俺のために。

 ……何よりも俺が罪悪感を抱かぬために。

 

 

 

 それよりまずはもキュルケの疑問に答えよう。

 俺はシルフィードの背に目を落としながら、返事をする。

 

「……ああ。まず、なんでこんなことが起きたのか。あくまで俺の予想にすぎないが端的にわかりやすく言おう」

 

 そこで俺は目をきつくつむり、深呼吸を一つした。そして、顔を上げ、目を開けてキュルケの目をきちんと見つめ返して、口を開く。

 

「今回のタバサが拉致された原因……それはおそらく俺にある」

 

 それを言い終えるとともに飲み込んだ唾液は、ただひたすらに苦かった。

 

 


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