それなりに楽しい脇役としての人生   作:yuki01

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二十六話 対、エルフ

メイジの力量はルイズのような極一部の例外を除き、ドット、ライン、トライアングル、スクウェアの四種類に分類することができる。そしてメイジとしての力量は、他の様々な技術と同じように本人の才能と努力によってドットはラインへ、ラインはトライアングルへと成長していく。

 では才能も無く、努力もしないメイジの力量が成長することはあるのだろうか? 実はこれがあったりする。滅多にないことではあるが、感情が昂ぶることによって普段の実力以上の力を発揮できることがあるのだ。火事場の馬鹿力のようなものだろう。つまり人為的に感情を昂ぶらせることができるとすれば、それはつまり一時的に強くなることも可能であるということ。そして惚れ薬という、人に強い感情を植え付ける薬は実在している。つまり、惚れ薬を作成するための技術や材料の応用をすることで……

 

「俺にでも、これくらいの事はできるようになるってことだ」

 

 キュルケを背に呪文を唱えると,俺の背後に数本の氷の槍が現れる。そして、杖を振ると同時にそれらはエルフへと一直線へと向かった。俺が普段放っている水の弾丸よりもはるかに頼もしい威力であるはずのそれは、しかし水の弾丸と何一つ変わることなく跳ね返される。

 

「アイス・ウォール……つっ!」

 

 氷の盾で跳ね返ってきた槍を防ぐ。

 だがその瞬間、電気が通ったかのような痛みが頭を走った。異変はそれだけじゃない。秘薬を飲んでから、妙に体が熱いのだ。それに背中を冷や汗が伝い、顔は火照り、頭の奥からはずきずきとした鋭い痛みが生まれ続けている。我慢できる程度だとはいえ、なかなかにきついものがある。

 そして、そんな状態であるにも関わらず、自分の中に今にも大声で叫びだしてしまいそうな強い感情のうねりを感じる。もともと興奮剤のようなドーピング薬なので体には良くないうえ、材料に水の精霊の涙を使っているため試しに使ってみるということが難しく、使用はこれがぶっつけ本番なのだ。多少の副作用はあると思っていたが、ここまでだとはな。

 俺は舌打ちを一つすると、歯を食いしばる。

 確かに辛いが、だからなんだってんだ。ここまで来て足手まといになるよりかは、ずっとましだ。

 

 パタン、と読んでいた本を閉じると同時にエルフが顔を上げ、こちらへと視線を向ける。

 

「あくまで抵抗するということか……あまり賢い選択とは言えぬな」

 

 手を俺の方へと向け、呪文を唱え始めるエルフ。それに呼応するように階段を形作っていた石、先ほど俺に向けて飛ばしてきた瓦礫、それらが宙に浮かびあがった。そして拳ほどもあるだろうそれらの石礫が、エルフが手を軽く振り下ろすのを合図に、はじかれたようにして一斉にこちらに向けて襲い掛かる。

 

「……っ! ジャベリン!!」

 

 俺もそれに立ち向かうように杖を振った。眼前に現れたいくつもの氷の槍が、襲い掛かる石礫を叩き落とそうと空中でぶつかりあう。しかし、全てを相殺することはできず二つ、三つほどの石礫が向かってくる。避けることは可能だろう。だがそれはつまり、俺の後ろで精神を集中させて呪文を唱えているキュルケが危険にさらされるということだ。

 

「……くそっ、感謝しろよ!」

 

 咄嗟にエルフに背を向けると手を広げ、キュルケをかばう。

 

「つっ……! がっ……か、はっっ……」

 

 飛んできた物のうち、一つは頬をかすめそこから血が滲む。一つは背中に当たり、その衝撃でまるで絞り出されるかのように、口から空気が吐き出させられる。勢いのまま前のめりに倒れそうになるのを、なんとか踏みとどまった。

 痛みに下がりかかる視線を無理やり上げると、そこにはエルフへと杖と鋭い視線を向けるキュルケがいた。向けた杖の先には、人の頭ほどの大きさの火の玉が、何やら甲高いような奇妙な音を立てて浮かんでいる。

 俺が時間を稼ぐから可能な限り破壊力の高い魔法を撃つ準備をしてくれ、とキュルケに頼んだのだがこれがそうなのだろうか? 正直あまり強そうに見えないんだが。

 ちらりとキュルケの視線がこちらへと向いた。そして俺のその不審げな顔を見たからだろう。キュルケは軽く、微笑むように口元を緩ませた。

 

「なかなか恰好よかったわよ、アシル」

 

「そらうれしいね。学院の女の子たちにも、俺の格好よさを伝えといてくれよ」

 

 痛む体を動かしながら、エルフへと振り返る。呆れたような顔で俺たちに向け、再び手を振り下ろすエルフ。しかしキュルケの準備が整った以上、防御に専念する必要はない。

 

「フレア・ボール!」

 

 キュルケの呪文に合わせるように、俺は咄嗟に込めることのできるだけの精神力を込めて、呪文を唱えた。

 

「ジャベリン!」

 

 キュルケの杖の先から飛んでいく火球。人の頭程度の大きさしかないそれは、見た目の頼りなさとはうらはらに石礫をものともせずにエルフへと襲い掛かる。そして、ぶつかる寸前で爆発音と共に、数倍もの大きさに膨れ上がり、エルフを飲み込んだ。そこに俺の放ったジャベリンが突き刺さる。

 これが一つ目の突破策。攻撃が跳ね返されるっていうのなら、跳ね返せないような威力で攻撃するだけだ。

 しかし、さすがにそこまで甘くはなかった。今までの攻撃と何一つ変わることなく、炎と氷槍は跳ね返された。しかし、これはさすがに想定していたので難なく避ける。そりゃあこれくらいで倒せていたら、エルフが恐れられていたりはしてしないだろう。

 

「次だ、キュルケ!」

 

「ええ!」

 

 シルフィードへと走り寄ると、そのまま飛び乗るキュルケ。何かを感じ取ったのか、何も指示していないのにも関わらずシルフィードは即座に空へと飛び立った。そしてそのまま上空を旋回するように回り始める。そしてエルフをはさんで、俺と反対側の位置の辺りで待機する。

 余裕の表れなのか、何をするでもなく不審げな顔でその様子を眺めているエルフ。

 

「コンデンセイション」

 

 俺が呪文を唱えると空気中の水蒸気が凝結し、俺の頭上、少し高いところにいくつかの水の球が発生した。

 

「ウォーター・バレット!」

 

 水球の完成を確認したのか、シルフィードの上からいくつもの火の玉が放たれた。それに合わせるように俺も全ての水球を水の弾丸へと変形させ、エルフへと発射する。数多の火の玉と、無数の水の弾丸はエルフを覆い、埋め尽くすかのようにぶつかり……そして何の変化もせずに跳ね返される。俺はため息をつきながら、氷の盾で跳ね返ってきたそれらを防いだ。

 見事なまでに何の意味もなかったがこれが二つ目の突破策。反射の魔法にもカバーしきれていない場所があるかもしれない。その位置を探すために全方位からの一斉攻撃をしたというわけだ。……まあ、ご立派なことに死角なんざ欠片も無かったようだが。しかし後ろからの、目では見えないところからの攻撃でさえ反射されるということは、あの魔法は完全にオートパイロットだということだ。どんだけ高性能だよ、エルフ様。

 しかし、気を落としていても仕方がない。俺は軽く頭を振って気を取り直すと、キュルケに指示をしようとし……何やら殺気のような迫力を向けられていることに気付いた。

 即座にその源へと視線を向けると、そこには俺を軽く睨みつけながら、手を向けて呪文を唱えているエルフがいた。後ろには呪文に呼応するように、巨大な石の拳が形作られていく。

 舌打ちをしながら、避けるために体を動かそうとする。しかし、なぜか走り出すために動かそうとした右足が動かない。

 

「え……?」

 

 視線を落とすといつのまにやら右足がせり出した土に飲み込まれ、埋まってしまっていた。このままではあの石の拳が直撃してしまう! 必死になって足を飲み込んだ土を崩すために『ジャベリン』の魔法を唱える。

 

「よしとれたっ! がふっ……!?」

 

 なんとか土を崩し終えた瞬間、石の拳に殴られた。その衝撃は、車が衝突してきたのか、と思うほどのものだった。俺はその勢いのまま吹き飛ばされ、蹴り飛ばされた空き缶のように地面を転がっていく。地面に手足を叩きつけて勢いを殺すと、即座に起き上がる。だが、体中を走る激痛のあまり、無意識のうちにうずくまってしまった。そして湧き上がってくる、不愉快な吐き気。

 

「う、ごぉえっ……! お、ぁぁぁぁぁ……」

 

 押しとどめようと思う間もなく、目からは涙が、口からは唾液だか胃液だかわからないような液体が流れ出ていく。

 

「蛮人にしては良くやった方だと思うが……ここまでだな」

 

 エルフの声が聞こえる。圧倒的な実力差によって、自身は傷一つ負わずにここまで俺を痛めつけているにも関わらず、その声には欠片も得意げな様子は無い。

 やばい、俺ももうこれ以上そんなに時間は稼げそうにないぞ。くそっ! 何してんだキュルケ、早くしてくれ。

 

「我はこの城の精霊全てと契約している。お前たち、蛮人如きでは勝てるわけが無い。……諦めることだ」

 

 立ち上がることはできないが、俺はなんとか体を起こすと服の袖で汚れた口周りをぬぐった。そして座り込んだ姿勢のままずりずりと後ずさり、少しでも距離を取る。たったこれしきのことをしただけで、感じる腕の痛みと吐き気は耐え切れないほどだ。

 

「うっ……つぅ。はぁ、はぁ……悪いがそれは御免こうむらせてもらうよ、賢い賢いエルフ様」

 

「そうか……」

 

 そう言うと同時に、もともと無表情ぎみだったエルフの顔から完全に表情が消える。そして、その不気味な表情のまま俺へと手を向けた。そしてそれと同時に……エルフが業火に包まれる。その上、炎はそのまま燃え盛り、反射される様子はない。

 これが三つ目、最後の突破策。今までので、反射されるのはエルフの体から一定の距離まで近づいた攻撃であることがわかった。ようは体を覆う反射膜のようなものに触れることで、攻撃が跳ね返されるってことだ。ならば反射されないように距離に気を付けつつ、炎で包んでしまうというもの。打撃や魔法は反射されても、もしかしたら熱のような目に見えないものは通るかもしれないからだ。制御が難しいだろうから、時間がかかるとは予想していたが、なんとか間に合ったようだ。

 この方法が効いているのか、幸いにもエルフが動いたり、攻撃してくる様子はない。俺はその隙に自分自身に治癒の魔法をかける。体の痛みが幾分薄れ、なんとか立ち上がることはできるくらいには回復することができた。もしもこれさえも効いてなかったとすれば、もう打つ手はない。俺は祈るような気持ちで、燃え盛る炎を見つめ続けた。

 

 

 ……この魔法を発動しているキュルケの精神力が切れてきたのか、もう十分だと判断したのか、しばらくして炎が薄れ始めた。そしてそこから現れたのは、

 

「……ははっ、……嘘だろ?」

 

 汗の一つもかいていない、片手に持った本を読むエルフの姿だった。

 

「気は済んだか」

 

 本を閉じそう言うと、空を飛ぶシルフィードへと手を向けそのまま呪文を唱え始めた。すると今まで俺たちに撃っていたものが少なく感じるほどの石礫が浮き上がる。そしてエルフが手を振ると、それらはいくらかの数ずつシルフィードに向けて飛んで行く。それを避けるために、シルフィードは素早いアクロバティックな激しい動きで飛び回り始めた。あの激しい動きでは、上に乗っているキュルケに協力を頼むのは無理だろう。

そう思いながら、俺はどこか他人事な気持ちでそれを眺めていた。

 

「あとはお前だけだな」

 

 シルフィードをある程度無力化したからだろう。エルフは俺へと視線を移す。そして、なんでもないことのように手を向けた。

ここまでだ。俺に打てる手はもう何も無い。こんな攻撃も魔法も熱さえも反射するような魔法、どうすればいいっていうんだよ。

 

 

 

……熱を反射した?

 そのとき俺に閃きが走った。

まだ一つだけ、あった。反射を攻略する方法が!俺は大急ぎで呪文を唱える。

 

「アイス・ストーム!!!」

 

 腕の痛みをこらえ杖を振ると、無数の鋭い氷を散りばめた極寒の冷気を振りまく巨大な竜巻が、先ほどキュルケの作りだした炎の渦のように一定の距離を取って、エルフを覆い隠すように発生した。

 

「無駄なことを……」

 

 同じような手を二度打ったからだろう、エルフは憐れむような表情でそう呟き、氷の嵐の中へと消えて行った。

 だが、違う。炎と氷ではそれの持つ熱の意味合いが全く違うのだ。

 俺は懐からキュルケに渡した物と同じナイフを取り出すと、震える足を叱咤しながら立ち上がり、そのまま氷の嵐へと突っ込んだ。 

 

「ら、ああああああああああああああっ!!!」

 

 鋭い氷が頬を裂く。服がやぶれ、いくつもの切り傷から血が流れ、杖はぼろぼろになっていく。しかし、それをものともせずに駆け抜けると、その中心にいるエルフへとナイフを振り下ろす。

そしてナイフの切っ先は……反射されることなくエルフの体を切りつけた。

 

「……なっっっ!!」

 

 エルフが目を見開き、驚愕の声を上げる。俺を潰すために、手を向け呪文を唱えようとするが……叶うことなく、ナイフに塗られた麻痺薬によって倒れ伏した。

 

「ば……かな……」

 

 麻痺薬でしびれた体でそう呟くエルフ。反射が破られたことが信じられないのだろう。

 

 

 

 

 なんていうことは無い。俺はただ熱を反射させただけだ。ただし、冷気を。

 

 キュルケのおかげでエルフの反射魔法は、熱さえも反射することがわかった。つまりエルフを包んでいた反射の膜はエルフが炎で覆われた時、外側から内側にいるエルフへ向けた熱を反射していた、反射膜内での力の向きは内側から外側へと向かっていたというわけだ。ならば、周りを覆ったのが熱い炎ではなく、冷たい氷だったらどうなるか。

 当たり前のことではあるが、炎が熱いのは熱を出しているからだ。では氷が冷たいのは冷気をだしているからだろうか?

そうではない。熱は必ず、高温の物体から低温の物体へと移動する。氷が冷たいのは熱を奪っていくからだ。つまりエルフを氷で包んだ時、熱の移動は内側から外側へ。つまりあの時の反射膜内での力の向きは外側から内側へとなっていたわけだ。ならば反射の魔法が内側から外側へと、外側から内側への両方の動きを一度にできるのではないのならば、エルフを氷で包んだあの瞬間だけは、外側から内側への攻撃、つまりエルフへと向けたナイフが反射されることは無い!

 

「な…ぜだ、蛮人……。なぜ……は、んしゃ……が……やぶ……やぶられ……」

 

 俺は睨むようにこちらを見上げるエルフへ視線を向けると、口を開く。

 

「蛮人の底力だよ」

 

 それだけ言って、俺はエルフに背を向けた。

 


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