それなりに楽しい脇役としての人生   作:yuki01

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二十七話 救助劇の終わり

 先ほどから聞こえていた音が聞こえなくなったことに気付き、タバサは本から顔を上げた。気付けばベッドの上の母親は安らかな顔で寝息を立てている。

 おそらく空耳ではあろうが、友人たちの声が聞こえたような気がした後、どこか遠くから爆発音のような音や吹き荒れる吹雪の音のような音が聞こえてきたのだ。聞こえてきた友人たちの声、そして火の魔法を発動した時に起きる爆発音、特定の水の魔法を発動した時に起きる吹雪のような音。それらはもしかしたら彼らが自分を助けに来てくれたのでは? というタバサの中の吹けば飛ぶようだった想いを煽った。そんな自分の想いに蓋をするため、そしてそれらの音におびえる母の気を落ち着けるためにタバサは本を読み上げていたのだ。

 母親が眠ってしまったので本を閉じ、意味も無くその背表紙に軽く震える指を滑らせる。

 どこか聞き覚えのある音が聞こえた。

 それは足音だった。こちらに向かって駆けてくる足音。

 まさか。ありえない。こんなガリアの外れにまで自分を助けるために来てくれるわけがない。それにエルフだっていたはずだ。あの二人でどうやって、エルフを倒すというのだろう。

 ありえない。

 しかしタバサの鼓動はまるでその駆ける足音に合わせるように早くなり、期待に胸が膨らんでいく。

 足音は部屋の前で止まり、それと同時にがちゃがちゃとドアを開けようとする音が響いた。ロックがかけられていて開かないことに気付いたのか、ガン! とドアを蹴りつける音がする。しかしどうやらドアは丈夫な物だったらしく、びくともしない。足を痛めたのかドアの前で文句を言う声が聞こえた。

 

「いったあ! あーもう、めんどくさいな。おいキュルケ、ドア開けてくれ」

 

「はいはい。それにしても、ホンッと締まらないわねぇ、あなたって」

 

 自分の閉じ込められている部屋の前でされる、学院でしていたような何の変哲もない会話。その聞きなれた声に、タバサは自分の心の中の何かが、まるで暖められた氷のように解けていくことを感じた。

 

「……ぁ、……ぁぁぁ」

 

 ドアが開き入ってくる懐かしい二人の男女。自分を助けるために戦ったのだろう。男の方はそこかしこに血の跡が付いていて、閉じ込められていた自分が心配してしまうほど傷だらけだ。女の方もところどころに土がついている。二人はベッドのそばにいる自分を見つけるとほっとしたような顔をし、近寄ってきた。

 

 

 

 

「助けに来たわよ。さ、帰りましょ」   

 

 そう言ってまるで自身の二つ名のように暖かな笑顔を浮かべるキュルケ。

 

「よ、おひさ。小さいままだな、ちゃんとメシ食ってたか? さ、帰ろうぜ」

 

 そう言ってどこか悪戯げな笑顔を浮かべて、片手を差し伸べるアシル。そんななんでもないような表情を浮かべる二人。

 震える両手で差し出された手を握る。そこから伝わってくる、人の体温。

 

「……う、あああああああぁぁぁぁぁぁ……!」

 

 タバサはまるで、今まで堪えていた何かを吐き出すように……何年かぶりに声をあげて泣いた。

 

 

 

 

 

 

 まるで子供の様に泣き続けるタバサ。握りしめた手のひらから感じる体温で解けだされたかのように、心の中で凍りついていた気持ちが広がっていくことを感じた。それは安堵だった。

 叔父によって父を失い、母を壊され……誰にも頼ることができずに孤独に戦い続けた。心からの安心なんてものからは、かけ離れた生活を続けてきた。

 ああ、そうだったのだ……とタバサは泣きながら想った。自分が求めていたのはこれだったのだと。

 勇者が助けに来てくれることがわかっている物語の娘のように、幸せな家族に囲まれて笑う幸せな少女のように、自分が心から安堵できる場所を。

 

 

 

 そして……この凍てつくような冷たい、自分を縛る囚われの場所から救い出してくれるイーヴァルディを―――――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 タバサとその母親を誘拐し返した俺たちは、今はシルフィードでゲルマニアへと向かっている。正確にはゲルマニアのツェルプストー領へだ。助けたからといってそれで万々歳となるわけではない。その後の保護をしなければ、今回の苦労も意味を持たなくなってしまう。

 さすがに子爵であるうちじゃ何か面倒事が起きた時に対処が難しいうえ、何より両親に迷惑をかけたくない。なのでタバサの母親の世話についてはキュルケに任せることにした。本人にOKももらったし、別に問題はないだろう。そのキュルケご本人は今、泣きつかれたタバサたちと眠っている。さすがにいろいろと疲れたのだろう。俺は体こそあちこち痛むが、それ以外には特に問題ないので起きている。さすがに全員眠ってしまうのは、まずい気がするしな。

 

「……きゅ、きゅい?」

 

「ああ、俺は大丈夫だよ」

 

 しかし顔に疲れが出てしまっていたのか、シルフィードに心配そうな鳴き声を出されてしまう。

 ……ああ、そういえば一つ確認しておきたいことがあったんだ。

 

「なあ、シルフィード」

 

「きゅい?」

 

「お前って韻竜なの?」

 

「きゅ、きゅいいいいいいい! きゅい! きゅい! きゅい!」

 

「きゃあっ! なっ、なに!? 何かあったの!?」

 

 言っていることは何一つわからないが、何やら大きな鳴き声をあげ必死な様子で否定? をするシルフィード。そのせいでキュルケが起きてしまった。

 

「ああ、悪い。けど、ま、ちょうどいいや。たぶんもう少ししたら着くだろうし。ちょっと悪いんだがタバサを起こしてもらえるか?」

 

「……次からはもっと丁寧に起こしてちょうだい」

 

 キュルケは寝起きだからか少し不機嫌そうにそう言うと、自分のすぐ横で寝ていたタバサを軽く揺さぶった。タバサが目をこすりながら起き上がる。そしてきょろきょろと周りを見渡すと、なぜか俺のすぐそばへと移動し、腰を下ろした。いろいろあって疲れているのだろう。微妙にふらついているような気がする。

 

「どうかした?」

 

「いや、お前がどうかした? なんだけど。なんだよ、寒いのか? こんな近寄ってきて」

 

「そうじゃない。今のあなたは杖が無いから。可能な限り私があなたを守ろうと思う。そのためには近くにいた方がいい」

 

「はあ、それは……ありがとうございます」

 

 実を言うと今この中で俺だけが杖を持っていない。いや、タバサの母親もだな。タバサを探す途中でタバサの杖やマントなどの一式と、タバサに飲ませるつもりだった毒薬らしき物は見つけたのでパクってきたのだが、俺の杖は氷の嵐に突っ込んだときにぼろぼろになって、使い物にならなくなってしまったのだ。

 まあタバサも俺に恩を感じているんだろうが、少し過敏すぎる気がするな。こんなくっつかなくても大丈夫じゃないか?

 

「まあ、いいや。それよりタバサ、あのエルフが言っていたんだが、シルフィードって韻竜なのか?」

 

「そう」

 

「きゅいっ!?」

 

 認めるにしても即答すぎるだろ。シルフィード驚いてるぞ。キュルケは……あくびをしている。驚きの欠片も無いな。まあ、あたりまえっちゃ当たり前か。キュルケも聞いていたし。

 シルフィードはタバサが認めたのを聞き、どこか不満げに口を開く。しかし、そこから出てきたのは聞きなれた鳴き声とは全く違う物だった。

 

「しゃ、しゃべっちゃダメっていったのはお姉さまなのに、ひどいのね。シルフィ、頑張って約束守ってたのに、シルフィの頑張りが無駄になっちゃたのね……きゅい……」

 

 悲しげな声でそう言うシルフィード。律儀に約束を守っていたのは偉いが、こいつがさっさとしゃべってりゃ少しは楽にエルフと闘えていたんじゃないかと思う。

 ……どーでもいいけど、でかいトカゲのくせして声が変に可愛くて腹立つな。まあ、韻竜っていえば頭がいいわ、言葉をしゃべるわ、先住魔法を使うわ、っていうとんでもない生き物だし、声が可愛いくらいがちょうどいいのかね。それにしても韻竜は絶滅したって話だが、生き残りがいたとはな。世界は広いもんだ。

 

「けどこれでしゃべられるのを隠さなくてすむのね。じゃあシルフィの正体をあばいたご褒美に、お前のおしゃべりの相手をシルフィがしてあげるのね」

 

 いやいやいやいや、この話し方からしてシルフィードの精神年齢は十代の女子だろ? そんな年代の人とガールズトークなんてごめんなんだが。ちょうど似たような年代の人が二人もいるんだし、押し付けよう。

 

「え……いや、そういう楽しいおしゃべりはキュルケとやった方が楽しいぞ。なあ、キュルケ?」

 

 俺が視線をキュルケへと向けると、そこには横になって眠っているキュルケがいた。

 まじかよ……。さすがにおしゃべりのためだけに起こすのも可哀そうなんだが。

 

「それで、それで、その時のシルフィはすごかったのね~。こうグッ、って体に力を入れて――」

 

「お、おう。それはすごいな。けどやっぱそういう会話はなー、大好きなご主人様とするのが一番楽しいと思うぞ。なあ、タバ……」

 

 俺がそう言いかけた時、俺のすぐそばに座っていたタバサがこつん、と俺に寄り掛かった。そしてそのままずりさがり、ちょうど俺の太ももを枕にするような姿勢で横になる。顔を見ると幸せそうな顔で、穏やかな寝息を立てている。

 眠っちゃったのか……。仕方ないか、さっき起こした時も結構つらそうだったし。また起こすのも可哀そうだな。まさかオルレアン夫人を起こすわけにもいかないし。仕方ない。

 

「そこでお姉さまが杖を構えたのね。この時のお姉さまはとっても恰好よかったのね~。シルフィはそんなお姉さまのことが大好きなのね~。でね、でね―――」

 

「へえ……、それはすごいな。見てみたかったよ」

 

 ゲルマニアに着くまでの間くらい付き合うことにするか。

 俺は眠ってしまったタバサの頭を軽くなでながら、ぼんやりとそう考えた。 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つつつつつ……。っあーーー。やっぱ良いもんだな。まさに生き返るってやつだ」

 

 俺がツェルプストー領に着いて、まず真っ先にキュルケに頼んだのは風呂の準備だった。タバサを助けるために学院を出てから、一度も風呂に入っていない。その上エルフとの戦いと薬の副作用で、体中汗まみれ、さらにいたるところから血が滲んだり付着したりしている。キュルケも風呂に入ってしまいたいということなので、今俺が入っているのは使用人用のものだが十分すぎるくらいだ。さすがにちょいと傷にしみるが、肩まで湯船につかる心地よさのためならば我慢できる。

 それにしてもここしばらくは俺らしくもなく頑張ったものだ。さすがに疲れた。ゆっくりと休みたい。

 俺は湯船の端に寄り掛かると、顔の上に絞ったタオルを乗せて、目を閉じてリラックスをする。下手するとこのまま寝てしまいそうなくらい良い心地だ。

 しばらくそうしていると扉を開ける音とぺたぺたと濡れた床を歩く音が聞こえた。誰か入ってきたようだ。一応俺が入っている間は誰も入らないようにキュルケが言っておいてくれたそうだが、さすがにツェルプストー家ともなると馬鹿みたいに使用人も多いだろうからな。聞き逃してしまった人もいるだろう。

 まあ入ってきたのは使用人ということは平民だ。なら貴族である俺がわざわざあいさつせんでもいいだろ。あちらからしても平民用の風呂に貴族が入ってたなんて、気まずいだろうからな。お互いに無視するのが一番だ。そう考え、その人物が入ってきたことを気にせずに、そのままゆっくりとしていた。するとその人物は俺のわりと近くでかけ湯をし始めた。

 なんというか文化ってのは案外共通しているもんなんだな。こんなところにもかけ湯の文化があるとは。

 俺が変な感動を感じている間に、そいつは湯船に入るとなぜか俺の方へと近寄ってきた。なんだこいつ、タバサの亜種か? 

 冗談は置いておいて、さすがにこうなったら挨拶の一つくらいするのがマナーってもんだろう。そう思った俺はタオルをとって、入ってきた人へと顔を向けた。

 

「……」

 

「……」

 

 ぺたん。

 なぜか俺が顔を向けた瞬間、侵入者によって手のひらで目を覆われた。湯気による光の屈折のせいだろう。一瞬だけ見えた侵入者の顔が、タバサにそっくりだったような気がする。湯気って凄い。

 しかしいくらなんでも貴族に対してこの対応は、失礼だろう。俺は右手で目を覆っている手を掴み、眼前からどけた。

 ぺたん。

 すると残ったもう片方の手で再び俺の視界が防がれてしまった。湯気による光の反射のせいだろう。またも一瞬だけ見えた侵入者の顔が、やっぱりタバサにそっくりだったような気がする。湯気って怖い。

 

 何やら非常に嫌な予感がするが、いつまでもこうしているわけにもいかない。俺は再び手をどかそうと、持っていたタオルを湯船の端に乗せると、空いた左手で相手の手を掴む。しかし、引きはがそうとする寸前、相手の声が聞こえた。

 

「私のほうから来ておいて、こういったことをお願いするのはおかしいと思う。しかし、どうかこちらを見ないでほしい」

 

 声までタバサに似ている気がする。湯気ってやばい。

 

「そうするよう努力するから、タオルで隠してくれ。俺の使っていいから」

 

 目を閉じて手を引きはがし、そう言い返すと俺はくるりと体を90度回転させた。俺の左側に侵入者がいる形だ。背中を向けるのは、なんかあれだし、向かい合うのはあちらさんが嫌だと言うしな。これならば俺が自制さえしていれば、相手を見ずに会話ができる。

 

 

 

 

 どうやら俺がゆっくりと休めるのは、もう少しだけ後になるようだ。

 


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