それなりに楽しい脇役としての人生   作:yuki01

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二十九話 学院と王宮で

 俺は部屋へと着くと、とりあえずタバサとアラベルに椅子を差し出し、ベッドへと座った。

 そして俺は持っていた服とマントをアラベルへと渡した。エルフとの戦いでぼろぼろになってしまったので繕い直す必要があるが、俺は裁縫がさっぱりだからな。キュルケの家で簡単に洗濯はしてもらったが、縫い直すとなると時間がかかるので、それは断ったのだ。

 

「へい、パス。お礼はするから、それ直してもらえないか?」

 

「なんですか、これ……ってぼろぼろじゃないですか! 何があったんですか!?」

 

「いや、ちょっとこけただけだ。ほれ、このとおり怪我一つ無い」

 

 そう言って俺は両方の袖をめくり、腕を見せる。怪我はタバサに頼んですでに治してもらった。さすがに、あんなに傷だらけでは心配させてしまう。

 アラベルは俺の腕を見て傷が無いことを確認すると、今度は服をじっくりと調べ始めた。そして満足したのか、調べるのをやめると俺の方へと顔を向けた。

 

「じゃあ服を脱いで背中を見せてください」

 

「は……? 何でまた? やだよ恥ずかしい、女二人の前で服脱ぐのなんて」

 

「しかし服の背側の裏側に赤い染みがうっすらとついているのですが、これ血の跡でしょう。ほら、ここです」

 

「ん……あ、ほんとだ。まいったな」

 

 そう言って差し出されたところを見ると、確かに薄く大きめな赤い染みが残っている。何かで血の跡は洗濯しても落ちにくいと見たが、どうやら本当だったようだ。それにしてもいろんなところが痛んでいたので背中に怪我をしていることに気付かなかった。見えない怪我は痛みを感じにくいとも言うし、そのせいでもあるだろう。

 

「これだけの染みができたということは結構な怪我をしたということじゃないですか。見せてください。怪我を治すような魔法は使えませんが、消毒と治療とお手伝いくらいはしますから」

 

「怪我が残っているのならば、私が治癒の魔法をかける。治るのを待つよりもそちらの方が遥かに早い」

 

 なぜか今まで黙っていたタバサが、急に口を出してきた。まあ、確かにやってもらえるのなら魔法で治す方がずっと手っ取り早い。どうでもいいけど、部屋に来てからタバサが口を開いたのはこれが初めてだ。こちらから話しかけたり、何か用があるとき以外はこいつ本当にしゃべらないんだな。 

 

「そ……うですね。変に膿んでも大変ですし、その方がいいでしょう。じゃ、じゃあミス・タバサ、後はお願いします。私は服を直しますので……」

 

 アラベルは服を持って立ち上がると、そのまま部屋を出て行こうとする。どことなく元気がなく、落ち込んでいるように見えるのは俺の気のせいではないだろう。

 ……どうも昔から、人の心の機微というやつを察するのが苦手だ。ギーシュみたいにうまいセリフでも言えればいいんだが、こんなときに限って何を言うべきなのかわからない。

 ……まあ、アラベルなら大丈夫だろう。

 

「待ってくれ、アラベル」

 

「はい? 何ですか?」

 

 振り向いたアラベルの表情はいつもとほぼ変わらないクールなものだったが、長い付き合いだ、こいつの内面が表情通りでないってことくらいはわかっているつもりだ。仲の良い奴が悪い意味で普段通りの姿を見せてくれないというのは、なかなかどうしてつらいものがある。……面倒なことになる気もするが、大まかに話すことにしよう。こいつは人の秘密をべらべらと話すような奴じゃないし、大丈夫だろう。

 ……あとでギーシュにでもこういう時の対処法を教えてもらおう。

 

「タバサ、話してもいいか?」

 

 真剣な表情でタバサにそう言うと、タバサはこくりとうなずいた。

 タバサの性格上、しばらくの間は仕方がないだろうが、こいつも変に俺に従順すぎる。さっさとタバサの中にある俺に対する借りとやらを返させて、普段通りに戻りたいものだ。

 ……だが正直こんなタバサもいいな、と思っている自分がいるのも確かなのは間違いない。別に俺は聖人君子ってわけじゃないし、これがいいなと思うのも仕方がないだろうが、このままじゃこの上下関係が当たり前だと思って慣れてしまいそうだ。自制しないとなあ。

 

「実をいうとここ数日いなかったのは、ちょっとタバサを助けに行ってたんだ」

 

 

 

 

 

 そしてタバサの母親についてなど、伝える必要の無いプライベートの部分は除いてアラベルへと説明をした。エルフがどうしたと言うと、さすがに嘘くさくなってしまうと思ったのでそこは水のスクウェアだったということにしておいたが。

 全く、それにしても事実の方が嘘よりも嘘くさいというのも皮肉なものだ。

 説明をし終えたところ、する前と比べてずいぶんとアラベルの表情が落ち着いたものになっている、気がする。なにせもともとあまり表情が動かないんだから、雰囲気で判断するしかない。

 落ち着いたのは、タバサが変わった理由がわかったからだろう。確かに男女で数日出かけて帰ってきたら雰囲気が違うとか、何かあったと思うのが当然だ。アラベルも変に勘繰ったせいで、少しネガティブになってしまったのだろう。

 

「スクウェアって確か一番強いメイジでしたよね? それを倒すなんて、もしかしてアシル様って結構すごい人なんですか?」

 

「まあキュルケも居たからな。ほとんどはあいつのおかげさ。わかりやすく頑張った度で表すと俺が2でキュルケが8ってとこだ」

 

「頑張った度とか、いきなり新単位を出されても逆にわかりにくいんですが。けれども何でこんな怪我をしたのかはわかりました。すごいことだと思いますし、尊敬もしますが……無茶だけはしないでくださいね。今回は成功したとはいえ次もうまくいくとは限らないのですから、できるだけご自愛ください」

 

「……ああ、わかった。元からそのつもりだよ。心配かけて悪い」

 

「いえ……あなたが無事だったのならば構いません」

 

「…………」

 

 俺は真剣な顔でそう言ってくるアラベルから視線を逸らすと、がりがりと頭をかいた。相手の想いがわかっているとはいえ、やはり気持ちをぶつけられるというのは気恥ずかしいものがある。それに俺がひねくれてるぶん、こうまっすぐこられるのにはどうも弱い。

 アラベルはそれを見てどことなく満足そうな顔をすると、再び俺の服を持って立ち上がる。

 

「では私は服を繕いなおしますね。怪我はミス・タバサに直してもらって下さい。それではまた……」

 

 そのままメイド所作できちんとお辞儀を一つすると、部屋を出て行った。

 俺はなんとなく、こってもいない首筋をほぐすように軽く揉む。なんだか変な感じだ。精神的には少し疲れたのに、それが嫌じゃないというのは。

 

「……まあ、いいか」

 

 俺は本棚から歴史について書かれた本を取り出すと、それを開く。そして目を本に落としたまま、タバサへと声をかけた。

 

「じゃあ、タバサ。あんまり思い出したいものじゃあないかもしれないけど、ガリア王であるジョゼフについて知っている限りのことを教えてもらえないか」

 

 興味深げに本棚を見ていたタバサがこちらを向く。

 

「別に構わない。しかし、なぜ?」

 

 自分にとっても因縁深い相手だからか、即座に俺の頼みを了承するというスタンスは変わらないが、理由を聞いてきた。質問した以上、なぜそれを聞いたのかには答えるべきだろう。俺は自分の考えを言う。

 

「……興味があったからだよ。タバサのお袋さんが治ったとみるや、即座に行動を起こす。常識と呼べるほどの物になっている恐怖をものともせずにエルフを使役する。それらの行動から見えるジョゼフと、無能王とさえ呼ばれているジョゼフが重ならない。それに……」

 

「それに?」

 

「いや、まあ気になるってだけだ。嫌なら無理にとは言わないさ」

 

「嫌ではない。わかった。私が知っていることでいいのならば、あなたに全部話す」

 

「ありがとさん」

 

 それに……エルフの前で『アシル』『キュルケ』と呼び合ってしまった。さらに容姿もばれていることを考えれば、俺たちがどこの誰なのかすぐにわかってしまうと考えるのが自然な流れだ。ジョゼフが虚無であるかもしれない以上、過敏なくらいの対処はしておいても無駄にはならないだろう。

 ……加えて言えば、『うつけ』なんて呼ばれていた人物が天下統一に王手をかけたという事実を知ってしまっているぶん、ジョゼフが『無能』なんて呼ばれていることはなんの慰めにもなりはしない。

 俺は視線は本へと向けながらも、耳をタバサの声にかたむけた。

 できることならばタバサの話、一字一句をしっかりと頭へ刻み込めるように。

 

 

 

 

 

 

 ガリア王国の首都リュティス。大国の名に恥じない荘厳な宮殿の奥、玉座の間に二人の男がいた。一人はエルフのビダーシャル。そしてそれに相対しているのはガリアの王、ジョゼフ。豊かな青い髪と青いひげ、筋骨隆々とした体にまるで著名な芸術家が作った彫刻のように整った顔立ち。それらに加え感情の読めない瞳と凡人には出せないであろう迫力を発している。彼の事を知らない人間ならばそれを見て、賢王のように感じるかもしれない。しかし世界中で恐れられているエルフを前にして、玉座に肘をついて欠伸をしている彼の姿はまさに『無能王』という蔑称にふさわしい。

 一国の王とエルフとの会談。ばれてしまえば異端として裁かれても不思議ではない状況にも関わらず、ジョゼフはなんでもないことのように口を開いた。

 

「つまりたかがメイジ二人如きに後れをとったあげく、あの二人を逃がしたというわけか……」

 

「…………」

 

 どこか楽しそうにそう言うジョゼフ。それを聞いたビダーシャルは反論をすることも無く、歯をかんだ。

 

「まあ、いい」

 

 そんなビダーシャルの様子を気にした風もなく、ジョゼフは話を続ける。

 

「以前言ったと思うが、お前には他にやってほしいことがある。今回のことはどうでもいいから、さっさとそちらの準備をしろ。これ以上の報告なんぞいらん」

 

「……だが、お前はあの二人の心を壊すことを望んでいたはず。それはもういいのか?」

 

 エルフである自分を使ってさえ望んだことがうまくいかなかったのに、それをまるで気にもとめていないことを不思議に思い、ビダーシャルはそう問いかけた。そう聞くと、ジョゼフは口元を歪ませた。

 

「ふん。壊そうとしたのにも関わらず何も感じなかった時点で、余はあんなものにもう興味は無い。もともと次のゲームまでの暇つぶしのような物だったのだ。わかったら早く失せろ」

 

 さも面倒くさそうに、そう言って追い払うように手を動かすジョゼフへと、ビダーシャルは一瞬怒りと侮蔑が混じった視線を向けたが、すぐに踵を返すと速足で部屋を出て行った。

 

 

 

 ドアを開けてエルフが部屋から出ていくのを見て、ジョゼフは立ち上がり懐から一体の人形を取り出した。

 

「聞いたか! 余のミューズよ」

 

 そして笑顔でそれへと話しかけるジョゼフ。その光景からは、彼が無能なだけではなく狂人であることもわかるだろう。

 

「アシルという男とキュルケという女だそうだ! 全く! ただのメイジにすら倒せるエルフに手こずっていたとは……ブリミルとやらは余程くだらん奴だったのだろうな」

 

 そう言って大声で笑うと、天井を見上げ、歩き回りながらまるで謡うかのように言葉を続ける。

 

「ああ、シャルル。俺が倒そうとしていた神とやらは! お前ほどの人間でさえ祈り、頭を下げていた神とやらは! それほどの価値さえ無い愚か者だったようだぞ!」

 

 そして玉座へと戻り再び座ると、笑いをかみ殺しながら呟くように話し続けた。

 

「ならば俺は蔑もう。唾を吐きかけ、貶めよう。馬鹿どもに崇められ、俺などに虚無を与えた始祖のことなぞ。ああ、虚無、虚無か! ははは! さすがは始祖様じゃあないか、俺なんぞに虚無を与えるとは、この無能王が霞むほどの無能ではないか。ならばこの力、ありがたく使わせてもらおう」

 

 そこで一端言葉を切ると、手で顔を覆ってしまう。すると今までの愉快げな雰囲気から一転した。そして顔を覆った指の間から憎しみと懇願が混じったような声が零れ落ちる。

 

「貴様への崇拝も、メイジとやらも、この世界さえも、虚無そのものへと変えてやる。腐った果実が潰れるように、全てを醜悪に壊しつくしてやる。そうしてこそ俺は……再び人として悔恨の涙を流せるはずだ」

 

 子供の泣き言のようにも聞こえる最後の言葉は、誰にも届くことなく部屋に満ちた静寂にうずもれていった。

 


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