それなりに楽しい脇役としての人生   作:yuki01

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これでにじファンの時に投稿していたものは全部です。
次話ですが、年末ということもあって少し遅れると思います。
ただ今年以内には投稿するつもりです。



三十二話 薬の完成

「これで……二つ目だったかな?」

 

俺は近くにいたアラベルに、たった今出来上がった薬の入った壜をしまうよう言ったあと、新しく契約した杖をテーブルの上に置いてそう呟いた。なんとなくこってもいない肩をもんでしまう。俺のその呟きに、俺とは別のテーブルで薬草の計量をしていたタバサが作業の手を止め、こくりとうなずく。

 

「そう。つまり次が最後の薬。……最後のはどれくらいかかりそう?」

 

「あー……結構基本的な造りの薬だから一日あればできると思う。どんなにかかっても明日中には完成するな。テキパキ進めば今日中に完成するかも」

 

「早いものなんですね。作り始めてまだ5日くらいじゃなかったでしたっけ?」

 

完成した薬をしまうついでか、使い終わった材料や器具を片付けながらアラベルがそう尋ねてくる。メイドの職業病か、散らかっていた棚の中まで整理してくれているようでありがたい限りだ。

薬の作成だが、アラベルとタバサが手伝ってくれていて、実質三人力なのだから早いのも当たり前だ。といっても材料を計量したり、それをすりつぶしたり、使い終わった物を片付けてくれるといった簡単な作業のみだが、それだけで充分すぎる。

 

「まあコルベール先生と実験した時のデータがある。問題の毒薬そのものも持っている。水の精霊の涙も準備済み。あげくのはてに作っている薬は、基本的な薬の効力を上げただけの物ときてる。時間をかけるほうが難しいってもんさ」

 

それに二人が手伝ってくれているしな、とつけたす。

 俺のその言葉に二人の雰囲気が少し緩んだように感じた。

そうはいってもタバサとアラベルは共にクール系のあまり表情が変わらないタイプなので、そんな気がしたというだけだが。しかし、長い付き合いなんだし俺の思い込みってこともないだろう。表情が動かないことと、感情に変化がないことはイコールじゃあない。

 

「……なんだかアシル様にそう言われると気味が悪いですね。普段の私に対する対応があまりにアレなので、その……そういきなり普通に褒められると、なんだか、妙に焦るんですが」

 

変にどもりながらアラベルがそんなことを言い出した。

俺からすれば手伝ってくれていることに対しての感謝を述べただけで、褒めたつもりは全くなかったのだけど……。まあ、本人がいいのなら別にいいか。それよりもアラベルに対して、今後は多少優しくするようにしよう。これくらいのことでこうまで喜ばれると、何だか申し訳なくなってくる。

 

「口元が緩んでるとこ悪いんだがアラベルさんよ、そこに入ってる薬草取ってくれるか。そう……そこにある赤い実がついてるやつ……ん、どうかしたのか?」

 

服の裾を引かれたので、そちらに目をやると乳鉢を持ったタバサが立っていた。タバサの見た目が幼いせいで、なんだか娘に物をねだられるような気分になるな。まあ、父親に乳鉢をねだる娘とかシュールすぎる気もするが。

 

「はい。頼まれたことは終わった。……次はどうすればいい?」

 

タバサの差し出した乳鉢を受けとると一応中を見て問題無いことを確認した後、アラベルから受け取った薬草と共にそれをテーブルの上に置く。そして手を頭にやり、完成までの手順を思い浮かべる。

 

「えーっと……特には思いつかないな。 後は細々とした作業ばっかりだから、俺だけで大丈夫だ。手伝いは特に必要ない」

 

「そう……」

 

 そう答えると俯いて、どことなくしょぼんとしてしまった。まあ自分のためにやってもらっていることなのに手伝うことができないっていうのは、やっぱ心苦しいんだろうな。

 俺は杖でコンコンとタバサの頭を軽く叩いて、顔を上げさせる。

 

「やることがなくて暇ならさ、俺はここでもう少し頑張ってるからタバサはアラベルと厨房に行ってメシでも食べて来なよ。気付かなかったけど、さすがにそろそろいい時間だ」

 

俺は自分の肩を杖で叩きながら、軽く笑ってそう言った。そしてアラベルにも休むよう伝えようと顔を向けると、窓を開けようとしているところだった。ふと回りを見渡せば窓だけでなく、扉も明けはなれている。一瞬何のためだ? と思ったが、首筋を伝う汗の感触と髪の間を通っていく風に、風通しを良くするために開けたのだな、とわかった。集中していたので今の今まで気づかなかったがこの陽気の中、部屋を閉めきっていたので随分と暑い。俺はもちろんのこと、良く見ればタバサとアラベルの二人も汗ばんでいる。

不思議なものでさきほどまでなんともなかったというのに自分が汗をかいていることに気づいてから、急に暑さを感じ始めた。気休め程度にしかならないが、手で顔を扇ぎながらアラベルに話しかける。

 

「アラベルも手伝ってくれてありがとうよ。けどそろそろ戻ったほうが良いんじゃないか? いくら仕事が少ないとはいえ、少しは顔出さないとマルトーさんに怒られんぞ」

 

「それなら大丈夫ですよ。今日はアシル様のお手伝いをすると、朝イチでマルトーさんには伝えておきましたから」

 

そらまた用意周到なことで。

それにしても暑い。ぶっちゃけ暑すぎて、やる気が根こそぎ無くなっちまった。……あー、よく考えたらタバサにやってもらいたいこと一つあったな。

 萎えきった精神に喝を入れるためパアン、と音がするほどの勢いで膝を叩いて立ちあがる。けれどもやっぱり座っている方が楽なのですぐに腰を下ろした。

 ……今更だけど俺の根性の無さはどうしようもないな。

 全体重を背もたれに預けてもたれかかると、俺は口を開く。

 

「じゃあタバサとアラベルはちゃっちゃと食堂でメシ食ってきな。さすがに飲まず食わずはつらいだろ。あと俺も腹減ってるから、食べ終わったら俺の分の食事を持って来てくれ。わざわざ食堂まで行くのだるいし、俺はここで食べるよ」

 

「……わかりました。なら私も食堂ではなく、この部屋で食事を頂くことにしてもいいですか? アシル様がここで食事をとるのなら、どちらにせよ片づける手間は変わりませんし」

 

 アラベルは少し考えるような素振りをした後、そう言った。

 

「ああ、そっちがそれでいいんならそうすればいいさ。ならお願いする身分でこんなこと言うのも申し訳ないんだが、早く持って来てもらえるか? 腹減ったし、タバサには頼みたいことがあるんでな」

 

「わかりました。では少々お待ちください」

 

「あいよ。じゃあ頼むわ」

 

 そう言って部屋を出ていく二人に向けて、俺は手をひらひらと振った。

 

 

 

 

 

 

 あれから一日。今日も今日とて空気を読まずにお天道様がかんかんと照っている。もしも、太陽が手の届く範囲にあったなら間違いなく2、3発ひっぱたいてるレベルの日差しだ。そして、俺はこのくっそ暑い中、草をすりつぶしたり液体を沸騰させたりといった地味な作業をこなしている。とはいっても実は暑いのは外だけで、室内はそれほどでもない。むしろ時折涼しい風が吹くことで過ごしやすいくらいだ。

 熱していた薬が泡立ち始めたのを見て、薬を入れた鍋状の入れ物を火から降ろす。そして、そのうすく赤に色づいた透明な液体にすりつぶした草をぞんざいな手つきで放り込む。するとそこからうっすらと落ち着くような眠くなるような臭いがし始める。それを確認すると2、3度かき混ぜると再び火にかけた。

 後はひと煮立ちさせて、色が変わっていれば完成だ。そこまで考えたところで、完成した薬を入れるための壜を用意していないことに気付いた。俺は新しい壜を取ってくれるようアラベルに頼もうと振り向くと、何やらなかなか見ないような真剣な顔で本を読みふけっているところだった。

 しかもよく見れば読んでいるのは……『メイドの午後』シリーズだ。見つからないように本棚の奥の方に隠しておいたのに、あいつなにやってんだよ……。まあ棚から材料や器具を取り出す役目をちょくちょく頼んだりしていたし、そのお礼として本やあまり貴重でない薬草とかは好きにしていいと言ってはいたから、仕方ないといえば仕方ないのかもしれないが。

 読書に集中しているところを邪魔して悪いとは思うが、そのまま声をかける。

 

「アラベル……アラベル! ちょっと楽しんでるところ悪いんだが、棚から使ってない新しい壜取ってもらえるか?」

 

「え? ああ、はい。わかりました。ちょっとお待ちを」

 

 本をテーブルに置いて立ち上がると、棚へと近づき戸を開ける。そして勝手知ったるといった感じで、壜の類が入っているところを探し始めた。

 

「えー……と、ああ、ありました。どうぞ」 

 

「ありがとさん。ああ、後、今更だけどタバサ疲れてないか? きつかったら、我慢せずに言ってくれよ」

 

 アラベルから壜を受け取ると、椅子に座って読書をしているタバサにそう声をかける。俺のその言葉にタバサは読んでいた本から顔を上げると首を横に振った。

 

「大丈夫。問題ない」

 

「そうか? ならいいけど無理はするなよ。じゃあ、悪いんだけどもうしばらく頑張ってくれ」

 

 そう言うとタバサは軽くうなづき、呪文を唱えて杖を振る。それと同時に杖の先から涼しい風が生まれ、部屋の中を通り抜けていった。

 これがタバサにお願いしたかったことだ。友人を冷房扱いしているようで多少気は引けるが、元はと言えば今作っている薬はタバサのための物なのだし、これくらいのことしてもらったって、まさかバチは当たらないだろう。孫の手のように杖で背中を掻きながら、タバサを眺める。表情がいつも通りなのでよくはわからないが、本人も特に不快には思っていないようだし、これくらいはかまわないかな。

 そんなことを考えている間に、気付けば薬が浅葱色からエメラルドグリーンに似た鮮やかな緑色へと色が変わっている。どうやら完成したようだ。鍋を火から降ろすと、アラベルに厚めの布で作ってもらった鍋つかみと漏斗を用意する。そしてそれらを使って、用意した壜へと完成した薬を移し替えていく。移し替え終わると、きつく壜の蓋を閉める。

 

「というわけで第3部完、と」

 

 くだらない独り言を漏らすと、椅子から立ち上がり腰に手を当てて体を逸らす。座りっぱなしだったせいで固まっていた体から関節のなる音と鈍い痛みがするが、それが変に心地よい。

 そしてすでに完成していた2つの薬をしまっておいた所から取り出すと、3つの壜をテーブルの上に並べる。こうしてみるとなかなかどうして、案外達成感を感じるものだ。そしてタバサの方へと顔を向けた。

 

「ほれ、タバ子さんや。お待ちかねの物が完成したぞ」

 

 その言葉に驚くようなスピードで椅子から立ち上がると、テーブルの上の薬壜たちへと顔を近づけるタバサ。まだこれらの薬で治ると決まったわけではないが、それこそ人生を懸けるほどの勢いで探し求めていた物だ。焦るのも当たり前か。

 

「これの使い方は? 私にでも使える?」

 

 そしてその焦ったような態度のまま、急いたような口調と普段よりも大きな声で、俺へと矢継ぎ早に質問を投げかける。

 

「落ち着けって。薬も俺も逃げたりかくれたりするわけじゃねえんだから。……使い方っていったって、特殊なもんはないぞ、手間をかけたとはいえたかが薬だからな。せいぜい順番通り口から飲ませてやればいいだけだ。タバサにでもどころか、順番知ってりゃギーシュにだってできる」

 

「そう……。じゃあ……、母様に薬を渡しに行ってもいい?」

 

 そう言ってうずうずとするタバサ。俺はその質問には答えずベッドの脇に転がっている鞄を拾い上げると、薬壜をその中へと入れていく。

 

「……?」

 

 そして不思議そうな表情で首をかしげるタバサに目を向けながら、それを肩に背負いあげた。

 

「何わけのわからなそうな顔してんだよ。ここまで苦労して俺が作った薬なんだ、俺だって責任もってついていくさ。わかったらタバサ、シルフィード呼んでもらえるか。善は急げだ、さっさと行こうぜ」

 

「! ……わかった」

 

 そのまま窓辺へと近づくと、口笛を吹く。するとそれから幾ばくもせずに、鳥の羽ばたきのを音を何倍にも大きくしたような音がした。それを聞いてタバサは窓枠に足をかけ、そしてそのままこちらへと振り向く。

 

「じゃあ、ついてきて」

 

 そう言って窓から飛び降りる。するとバサバサと先ほどと同じ音を立てて、シルフィードが俺の部屋の窓と同じ程度の高さまで浮かび上がってきた。その上ではシルフィードに乗りやすいようにか、タバサがこちらへと手を伸ばしていた。俺も窓枠に足をかけてその手を受け取ると、部屋にいるアラベルへと顔を向け声をかける。

 

「じゃあそういうわけで言ってくるから留守の間、よろしく頼む。ちなみに用が終わったらすぐ帰ってくるつもりだから、悪いんだけど今回はお土産は無しな」

 

 顔の前に片手を立てて軽く謝りながら、そう伝える。そしてアラベルからの、気にしないでくださいという返事を受け取ると、タバサに出発してくれるよう頼もうとして、大事なことを忘れていることに気が付いた。

 前へと向けた顔を再び部屋へと戻す。

 

「悪い、アラベル。もう一つ頼まれてくれるか?」

 

「はあ……。 別に構いませんけど忘れ物か何かありましたっけ?」

 

「ああいやいや、そーゆーのじゃない」

 

 未だにラグドリアンのほとりにいるような気がしていたが、今タバサのお袋さんが世話になっているのはツェルプストー領だ。ならば世話してもらってるお礼じゃないが、一人連れてこなければいけない人がいることを忘れていた。

 

「ちょっと急いで、ツェルプストーさん家のキュルケお嬢様を呼んできてくれ」

 

 さすがにこの人を呼ばなきゃ不義理だろう。

 


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