気付いたら6kも課金してました。自分にとってはそこそこ大金なのですが、これでも無(理のない)課金の範囲というのですから、世の中は広いもんだと思います。
二十二話を改定したものを投稿しました。
場所は元の二十二話があるところの一つ上です。
とりあえず元の二十二話もそのままとなっています。
コンコン、とノックの音に俺たちは扉へと顔を向けた。
タバサの泣き声を聞きながら紅茶を飲むことしばらく、気付けばその声も聞こえなくなっている。
「どちら様? 鍵はかかっていないから入って来ていいわよ」
どちらが返答をするべきなのかを相談するようにお互いに軽く目を見合わせた後、扉の向こうへとキュルケがそう声をかけた。
「私。タバサ」
「見りゃあわかるよ」
台詞から判るとおり、部屋へと入ってきたのはタバサだった。言葉遣いや態度こそいつも通りだが、頬は軽く紅潮し、泣きはらしたのか目は充血して真っ赤だ。本人にそんな意図はないのだろうが、まるで必死に虚勢を張っている子供のようで少し微笑ましい。
急いで、それでも気品を失わない動きでカップをソーサーに戻すと、キュルケは椅子から立ち上がり、タバサへと駆け寄った。それを追うように俺も席を立つ。
「……結果は?」
所在ない腕を抱えるためか、それとも震えを隠しているのか。自分でも理由はわからないが、軽く腕組みをした姿勢でタバサへとそう尋ねる。
「まだきちんと調べたわけではないうえ、私自身こういった分野に対して詳しいわけではないのではっきりとは言えない。ただ……」
そこで一度言葉を区切ると、手の甲で目を拭う。そしてきっ、と顔を上げ、気丈さを感じる目でこちらを見上げた。そしてしっかりとした、しかしかすかに震える声で続ける。
「私のことを思い出してくれた。以前の母様に戻ってくれた。そして……私の事をシャルロットと呼んでくれた」
「そうか……」
口元を隠すように顔に手をやるとため息を一つこぼす。とりあえず最悪の事態、ってことはなかったようだ。まだ完全に気が抜けるわけではないが、これで一息つくことはできる。
「やったじゃない、タバサ! 私も嬉しいわ!」
「ありが、むぐっ……」
キュルケはそう言うと、タバサを抱きしめた。微笑ましい光景ではあるが、身長さのせいでタバサの顔がキュルケの胸にうずめるような形になってしまっている。ぜひ、後で俺にもしてほしいものだ。ただ、顔が埋もれているからか、タバサはなんだか少し苦しそうだ。舞い上がっているのか、キュルケもそれに気付いていない。ただ……そこまで含めて微笑ましい光景なのは間違いない。俺も今なら、本当にどさくさにまぎれてキュルケの胸に顔から突っ込んでも怒られないんじゃないかな。まあ、間違いなく殴られるだろうからやらんけどさ。
それにキュルケとは違って、俺が心から喜ぶのはまだ早い。タバサの言葉だけでは、実際にどうなっているのかよくわからない。やはり一度自分自身の目で、オルレアン夫人の様子を実際に見る必要があるだろう。万歳三唱するのはそれからだ。ただその前に一つ聞いておかなくてはいけないことがあるな。
「盛り上がっているところ悪いんだが、少しいいか?」
タバサの肩を軽く叩きながら、そう声をかける。俺という無粋な横槍が入れられたことでキュルケも冷静になったのか、それとも元々大して力が籠っていなかったのかはわからないが、頭をがっちりとホールドしていた腕から抜け出すと、タバサは俺の方へと顔を向けた。
「大丈夫。それと私の方もあなたに伝えたいことがある」
……何か文句言われるようなことでもあったっけか?
少しばかり不思議そうな顔をした俺の前で、タバサは大きく深呼吸を一つすると顔を上げ、じっと俺の目を見つめてきた。
背丈こそ俺よりも小さいが、生まれによるものかそれとも経験によるものか、タバサの目には目力とでも言う奴なのか妙な迫力があり、そう力を込めて見つめられると、変な居心地の悪さを感じさせられる。
「アーハンブラでのこと、母様のこと、本当にありがとう。初めてあなたにこのことを頼んだときは、私のためにここまでしてもらえるとは思っていなかった。本当に……感謝している」
「ああ、いや……どういたしまして」
真剣な眼差しで告げられたタバサからの感謝の言葉に、俺はがりがりと頭を掻きながら、目を逸らす。以前も何かで言ったと思うが、もともと捻くれた性格なのでこう……まっすぐ褒められるとどうもむずがゆくなってしまう。それに俺の人格というかキャラクターというやつのせいか、裏表のない褒め言葉というものにあまり縁がないので、どうも落ち着かない。
「私は、一生をかけてでも、母様を治すつもりでいた。だからこそ、一生をかけてでもこの恩を返していきたいと思っている。だから今後はそれこそなんでも、どんなにささいなことでもいい。何か協力が必要になったのならば、私を好きに使ってくれて構わない。いや、ぜひとも使ってほしい」
「えっ、あ、おう、ありがとう。…………ん?」
変に力強いその宣言に押されるようにして、つい反射的に返事をしてしまう。そして一瞬遅れてその言葉の意味を頭で理解したとき、俺は心からこう思った。
……重い。
うれしく思うってのは偽りのない本音ではあるが、一生のお願い、なんて子供の頃よく使った安っぽい言葉ならともかく、一生をかけて、なんて十代の女の子が本気で言うにしてはあまりに似合わない台詞だ。
ともかくこのまま流される訳にもいかないだろう。自分のせいで、可愛い娘が一生をどっかの馬の骨のために使おうとしている、なんてオルレアン夫人が知ったら、せっかく治った精神がまた病むぞ。
「いや、うれしいよ? そこまで言ってもらえてすごくうれしいし、うん、すごくうれしい。でも、いや、うれしいことはうれしいけど……もっと自分を大切にした方がいいんじゃないか……? この年でそんな人生を棒に振るような決意を決めなくとも……」
タバサを思いとどまらせるために、自分なりに精一杯の言葉を投げかける。だが、もともとタバサは頑固と言うか、自分をしっかりと持った人だ。こんな言葉で考えが変わるとは思えないし、実際に変わっていないだろう。俺の言葉を聞いても、表情にわずかな変化さえない。……まあ、テンパっているせいで、俺の話がうれしいを繰り返しているだけの、説得力も糞もないものになっているから、というのもあるかもしれないが。
あと何かしらんが、タバサの後ろにいるキュルケが、俺に向けている視線が怖い。
「はあ……まあ、じゃあそれはそれでいいよ」
俺は効果のなさそうな説得を早々に諦めると、頭を掻きながらため息を一つついた。
……とりあえずこの件に関しては、放っておくしかないか。冷静になって考えれば、まさかいくらなんでも、本当に一生かけて恩返し、なんてことしやしないだろう、一昔前の鶴でもあるまいし。それがいつになるのかわからないが、そのうち満足してやめるはずだ。それを待つことにしよう。なんでも言うことを聞くというのは、思春期の少年にとってはなかなかに甘美で危ない響きだが、ようは俺がきちんと自制さえできていればいいだけの話だ。そこまで真剣に考えなくても大丈夫だろう。それよりも、今は俺の用事だ。
「で、だ。次はこっちの用件なんだけどな、お袋さんの様子を見たいんだ。2、3聞きたいこともあるしな。そんなに時間は取らせないつもりだけど、大丈夫そうだったか?」
実際にどうなっているのか、やはり一度自分の目で確かめるべきだろう。病み上がりの人に血縁的には赤の他人が会いに行く、というのは少々非常識の気もするが、問題が起きてからでは遅いからな。これくらいのことは許容範囲内のはずだ。それに、できればタバサを抜きで話をしたい。母親としては、娘の前ではつらくともつらいとは言いづらいだろう。
俺の質問に、母親の様子を思い出しているのか、タバサは軽く首を傾げた。
「たぶん大丈夫。体力こそ低下しているだろうけど、少なくとも会話に支障がでるほどではないと思う。ただはっきりとはわからないから、大丈夫かどうか一応聞いてみる。すぐの方がいい?」
「まあ、早いにこしたことはないな。そっちが構わないなら頼んでいいか?」
「わかった」
そういうと部屋の扉へと歩いていく。それを横目に、キュルケはどうするのだろうと、ふとそう思った俺は彼女の方へと振り返った。見ればキュルケはいつのまにやら、再び椅子に座って紅茶を飲み始めている。
「キュルケは来ないのか?」
「え?」
動く気配のないキュルケにそう尋ねると、まるで突拍子のないことを聞かれたかのように、少し驚いた顔をした後、呆れた口調で返事をした。
「あのね、病み上がりで間違いなく疲れている人にわざわざ会いに行くほど、常識知らずじゃないわよ。あなたみたいにきちんとした理由があるわけでもないし」
「そりゃそうだよな」
行かないのは俺が先ほど考えていたのとほとんど同じ理由のようだ。常識で考えれば誰でも思うことではあるが。
「一応明日かそのあたりに、ご挨拶に伺うつもりではあるけどね。今日のところは顔を出すつもりは無いわ」
「はーん、そうかい。じゃあ、俺はちょっと行ってくるわ」
「はいはい」
軽くキュルケに手を振って、部屋の扉に向かう。会話が終わるのを待っていたのだろう、タバサはわざわざ扉を開けて待っていてくれた。……なんだかな。
オルレアン夫人が休んでいる部屋の前で、壁に寄り掛かってぼーっと天井を眺める。
今タバサがお袋さんに、俺の相手をして大丈夫かどうか聞いているところだ。つまりそれの結果待ちということ。
視線の先の天井は何でここまで、とでも言いたくなるような高さだ。そしてその高い天井は素人目に見ても素晴らしい装飾で埋め尽くされている。おそらくあの俺程度には綺麗だな、なんてレベルの感想しか思いつかない飾り一つ一つに、目の飛び出るような金が掛かっているのだろう。それを見ていると、今更ながらここが天下のツェルプストー家だということを思い知らされる。しかしなんだろうな、こうも周りが価値のある物ばかりだと、自分が場違いであるような気持ちにさせられる。
「ん? おう、どうだった?」
ガチャ、という音を立てて部屋の扉が開く。そしてそこから出てきたタバサに俺はそう声をかけた。
「大丈夫だと言っていた。ただ体を起こしていることに疲れを感じるので、できればあまり長い時間はやめて欲しい、と。あと体を動かすようなことは、後日にしてほしいとも言っていた」
「ああ。さすがに、それくらいのことはわかってるさ」
そして扉のノブに手をかけた後、言い忘れていたことをタバサに告げる。
「悪いがタバサはここで待っていてもらえるか? あまり聞かれたくないこともあるんでな」
「わかった。では私は扉の前に居るので、何か用事が出来たら言って欲しい」
「……あいよ」
従順すぎてなんだかうれしい反面少し怖い、というか緊張する。……いいんだろうか、これで。
「失礼いたします」
部屋越しにそう声をかけ、俺は扉のノブに力を込めた。
ガラス越しのドールハウス。薬を飲ませる前のオルレアン夫人と、彼女が過ごすこの部屋に感じた俺の第一印象だ。だが今は微塵もそんな雰囲気は感じない。別に家具が増えたわけでも、ベッドの上の人が違う人になったわけでもない。
ただ、ガラス球のような瞳でひたすら前を見つめ続けていた人が、ごくごく普通の、精気のある瞳で窓の外を眺めているようになったというだけだ。それだけで、まるでずっと閉まっていたカーテンを開けたようだ。
扉を開ける音を聞いてか、窓の方へと向いていた顔がこちらへと向く。こけた頬といい、艶のない髪といい、先ほどと大した違いはないはずなのに、感じる印象は天と地ほど違う。目、というものがこれほどまで印象を左右させるパーツなのだとは思わなかった。
「こんにちは。あなたがアシルさん……でいいのかしら?」
少々かすれた様子こそあるが、上品な透き通った声だった。大国の王族だからか、それでも威厳のようなっものが感じられる。たださすがに病み上がりの上に、娘とそこそこ長い間会話したからか、疲れが見える。さっさと終わらせた方がいいだろうな。
俺は軽く頭を下げ、挨拶をした。しかし今のこの人の地位がどのあたりなのか、具体的な細かいところがよくわからないので、どういった礼儀作法を取ったものかね。とりあえずは無難な態度でいくことにするか。
「ええ、このたびはお会いすることができ、光栄です」
「ふふ、そんなにかしこまらないで。お礼を言うべきなのは私の方なのに、そんな態度を取られては困ってしまうわ」
立ったままの俺を気遣ったのか、椅子を勧められたので素直に座り、話を続ける。話を聞く分には元気そうに聞こえるが、顔色などを見る分にはさすがにつらいものがあるように見える。お礼に関しては、疲れに任せて済ませてしまうのではなく、後日きちんとしたいということで、今は簡単に感謝の言葉を言われるだけに留まった。
……ただ今回の事に関しては、お礼やらなにやらを狙ってしたことではないので、正直な話をすると別段そういったものは望んでいない。正味王家の血を引く人に、軽くとはいえ頭を下げられただけで、俺には分不相応の話だ。これ以上何かをもらっては、友人の弱みに付け込んだみたいで寝覚めが悪い。とはいえそれを言うのも、はばかられる。まあこれについても考えるのは後日にしよう。面倒事は後回し、明日できることは明日やれ、が俺の信条だ。
それよりも今は聞きたいことがある。
俺は気を引き締めなおすと、椅子の上で姿勢を正した。
ある人からチートはなしということでいいのか? という意味合いの一言を頂いたのでとりあえずそれの返信を。
チートなどは出すつもりはありません。ただ、作中でもエルフの薬を主人公がなんとかしたりしているのですが、『これはチートじゃないのか』と聞かれると応えられません。
なので個人的な考えとしては、『チートはなしでいくつもりだが、ご都合主義的なものは出るかもしれない』といった感じです。
ご都合主義がひどすぎると思った際には、お手数ですが感想や一言などで教えてください。