それなりに楽しい脇役としての人生   作:yuki01

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忙しいので、とりあえず投稿します。
誤字脱字はもちろん、他にも何か気になることがあれば感想やメッセージで言って頂ければ訂正しておきます。


三十九話 シティ・オブ・サウスゴータ

 鼓膜が破れるのではと思うほどの破壊音と、体の芯まで響いてくるような振動を感じながら俺はシティオブサウスゴータに、戦場の真っただ中にいた。どこかでまた壁を破壊することに成功したのか、ガラガラとがけ崩れでも起きているかのような、何かが崩れる音がする。

 ついに攻撃することを決定したトリステイン軍は、まずはシティオブサウスゴータを攻めることにした。

 今現在、敵の主戦力はアルビオンの首都であるロンディニウムに籠っている。それは逆に言えば他の所は手薄になっている、ということだ。おそらく上層部はそうして手薄になった他の町を一つづつ確実に潰していく魂胆なのだろう。シティオブサウスゴータはその一つ目という訳だ。

 戦力差があるということ、また何故だかはわからないがシティオブサウスゴータに詰めているのは、オークやトロルといった知能の低い亜人だけのようだから、という理由もあって、その攻略法も単純かつ王道なものだ。

 シティオブサウスゴータは丘の上に建てられた円形の都市であり、その周りは堅固な城壁で覆われている。空から艦隊の砲撃によってそれを破壊し、そうして壊したところを土のメイジが作成したゴーレムが瓦礫などをどかす。そしてそこから歩兵隊が侵入していく、といった力押しである。。

 つまり俺の仕事はその侵入役なのだが、そこまで危険、という訳ではなかった。。本来ならば立ち向かってくる敵兵やオークなどを打ち倒しながらの侵入になるのだが、すでに一番槍を求める騎士や貴族率いる隊がガンガンと攻め込んだこともあり、多少遅れてしまった俺たちが入るころには消化試合のようなものだった。

 

「はあ……」

 

 俺はため息を一つ着くと、頭を軽く掻いた。

 周りには小隊ごとに分かれるようにして槍や銃を持った傭兵達が歩いており、彼らを束ねるようにしてそれぞれの小隊長がいる形だ。ちなみに我らがスカンポン中隊長様は、どっか行ってしまった。おそらく安全地帯で酒でも飲んでいるのだろう。

 しかし、気分が重い。屈強な男たちが武器を持って行進しているだけで、中々の圧迫感があるというのに、道の脇にはオークなどの亜人の死体が転がっている。また極々少数とはいえ、味方だったのであろう、人間の死体が転がっていることもあった。

 壊れた人形のようにあらぬ方向に首や関節を曲げた、赤く濡れた鎧を着た騎士らしき死体。一目見て間違いなく死んでいるであろうことがわかったので近寄らなかったこと、鎧を来ていたため直に死体がどうなっているのかは見なくてすんだことからそれほどでは無いが、あれを見てからどうも気分が悪い。胸の辺りに何かが詰まっているような、胸が締め付けられるような不快感を感じて仕様がない。

 胸につかえた不快感を吐き出すように、俺は目をつぶると、額に手を当てながらため息を一つはいた。

 ……視界に敵が全くいないので、油断していたのだろう。また自分のまわりでろくに戦闘が起きていなかったことで、自分は今戦場にいるのだという意識が薄かったのもあるかもしれない。

 今俺たちが歩いている道は、広く一見見通しが良いようにも見えるが、それは間違いである。シティオブサウスゴータは他のハルケギニアの街同様、太い道から枝分かれしていくように、そこから細い路地や通路が入り組んでいくといった形状なのだ。そのため……

 

「第三小隊っ!」

 

 他の小隊長の焦りを含んだ怒号に、ハッと目を見開く。そして俺の視界に入ってきたのは、今まさに路地裏から出てこようとする一匹のオーガだった。

 背丈は5メートルはあるだろうか。顔を見るためには、首を動かして見上げなければならないような巨体だった。そしてその赤黒い体を覆う筋肉はまるで鎧のようだ。そしてその巨大なこぶの浮き上がる丸太のような腕には、凶悪な形状をした棍棒を持っていた。

 ……位置が悪い。

 ともすれば止まってしまいそうになる頭の中に浮かんだのはそんな言葉だった。

 オーガが出てきたのは路地裏から。つまりは道の端、しかも俺が受け持つ第三小隊がいた側からだった。

 第一小隊は少し先の方にいる。第二小隊は反対側の道の端だ。どちらもこちらのフォローに向かうには間に合わない位置にいる。

 オーガからしても俺たちとの遭遇は想定外だったのか、一瞬虚をつかれたような様子だったが、すぐに立ち直りこちらを睨みつける。

 ……どうしたらいいっ!?

 杖を振ることも忘れ、隊長であるにも関わらず、俺は役立たずのかかしのように立ちすくむ。

 その時だった。

 バアン、という甲高い破裂音とともにオーガの身体から一筋の血が流れる。

 

「隊長っ! 援護を!!!」

 

 煙を吹く銃を構えながら、副官が叫んだ。どうやら今の音は彼が発砲した音のようだ。だがたかが鉛弾の一発如き、オーガの巨体には大したダメージは無いのか、そのまま路地裏を抜けてこちらへと近寄ろうとする。

 助かった。彼のおかげで頭がはっきりとした。こちらは小隊とはいえ、30人ほどの兵士の集まりなのだ。何を恐れることがあっただろう。

 俺はしっかりと杖を握ると、その先をオーガへと向けて声をあげ、それと同時に呪文を唱え始める。

 

「銃兵っ、構え!」

 

 俺の号令に合わせるように、第一小隊に所属する10人ほどの銃兵が銃口をオーガへと向けた。俺と同じように軽いパニックになっているのか、銃が軽く揺れている者もいるが、味方に当たる程でもないので問題はないはずだ。

 オーガは小隊へと走り寄ると同時に棍棒を振り上げた。それに合わせるように、俺は杖を振り下ろす。

 

「ジャベリン!!」

 

 空中に現れた氷の槍が、棍棒と腕に一本ずつ突き刺さる。ドーピングをしていたエルフの時のように、何本もとはいかないがそれでもこれくらいの事ならば俺にもできるのだ。

 バランスを崩したのか、オーガはたたらを踏むようによろめいた。だが優れた肉体を持つオーガのことだ。数秒もせずに、体勢を立て直して再び襲ってくるだろう。だからその前に、

 

「撃てえっ!!」

 

 バババババと、爆竹の音を何倍にも大きくしたような音と共に、オーガの体から流れる血の筋が一つ二つと増えていく。そして音が止むと同時に、ドウッという音ともに土ぼこりが舞い上がった。土ぼこりと硝煙の向こう側に見えるのは、ぴくぴくと小刻みに痙攣する仰向けに倒れたオーガの姿だ。

 ……これで十分だとも思うが、命にかかわることだ。念には念を入れなくてはならない。

 

「……短槍兵、前へ」

 

 俺の言葉に何名かの短めの槍を持った兵士が一歩前へと出て、オーガの周りに並ぶ。

 

「………………やれ」

 

 俺の命令で、オーガの頭に、顔に、首に、胸に、槍が衝きたてられる。この状況では当たり前の事とはいえ、俺の指示で一匹の亜人が殺された。

 痙攣をしているオーガの死体を見つめながら、俺はため息を一つつく。

 

 

 

 ……ああ、本当に気分が悪い。

 

 

 

「良くやったな、ギーシュ」

 

「兄さん……」

 

 本当にうれしそうに、誇らしそうにギーシュを抱きしめる彼の兄と、照れ臭そうにしながらもそれを受け止めているギーシュ。

 攻撃を開始してから一週間ほどして、シティオブサウスゴータは陥落した。いや、陥落だけならば二日もせずに完了していたのだ。ただシティオブサウスゴータは廃墟ではなく、人が住んでいるれっきとした町だ。そうである以上、市長や議員と言った地位の人たちと協議を重ねたり、住民を落ち着かせるために話し合いを行うなどしなくてはならない。建物を開放したり敵兵を一人残らず拿捕したりするのはもちろんのこと、安全のためにオークやオーガといった亜人を殲滅する必要もある。そのためこんなにも時間が掛かってしまったのだ。

 今は攻撃の際や、その後の活動で手柄を立てた者たちを賞しているところだ。ギーシュは攻撃を開始したさいに町に一番槍で乗り込み、オークの一部隊を殲滅した。またその後の活動でも多くの建物を解放したいうことで、全隊の前でその勇気と行動を褒められている。他にも亜人の隊に多大な被害を与えた者、敵兵を捕らえた者などが次々と賞されていく。

 だが、当たり前だが俺には何もない。

 まあ当たり前だ。あの後、他にも何体かのオークやオーガを倒した、いや……、殺したがそれは他の隊も普通に行っているレベルのことだ。称賛されるのに値するレベルのことではない。いや、一体目のオーガに遭遇したときのことを加味すると、どちらかと言えば与えられるのは褒章よりも罰だろう。

 事実、我らがスカンポン中隊長様から直々に仕事を与えられてしまった。

 戦争である以上、一つの都市を落としたのならば次は別の町に進軍する、というふうに進んでいかなければならない訳だ。だが落とした都市をほっぽり出す訳にもいかない。そうでなくとも連合軍の進軍を止めるためか、アルビオン軍はシティオブサウスゴータから食料などの物資をかっさらっていってしまったのだ。物資を管理したり分け与えたりするためにも、駐留する隊もいなくてはならない。俺たちスカンポン中隊がその駐留する役に抜擢されたのだが、その際のごたごたとした雑用は俺がやらなくてはならなくなってしまった。いや、俺がやらなくてはならないというより、俺のみがやらなくてはならない、というのが正しいだろうな。

 わかりやすく言えば中隊長や他の小隊長がどっか安全で快適な家の中でゆっくりしている間、俺は傭兵連中を連れて町の中を警邏していなくてはならないということだ。

 ハア、とため息を一つついてしまう。今から憂鬱で仕方がない。

 前を見ればギーシュを含め、何人もの貴族が背筋をピッと伸ばして並んでいる。緊張で強張っていたり、何でもないことのように堂々としていたりと、彼らの表情は千差万別だがどれもみな誇らしげな表情であることは共通している。

 ……もしもの話だが、もし俺が勇気を出しこの街の一番槍を果たしていたらあそこにいたのだろうか。

 だがすぐにその考えを鼻で笑う。

 俺にはスカンポン中隊長という上司がいるのだ。俺が一番槍として進むことを彼が許可するとも思えないし、もし仮にできたとしてもその手柄はおそらく中隊長のものになるだろう。結局どうあがいたところで、俺があそこに立つことはありえなかったということだ。

 ……それが悔しい。

 本来ならば、功名心が強いわけではない俺がこんなことを思うことはないのだ。なぜ今回に限ってこんな気持ちを感じたのか、自分の事だから当たり前とはいえ、俺にはその理由がよくわかった。

 ……結局俺は、自分でも気づかないうちにどこかでギーシュを下に見ていたのだ。俺の方がメイジとしての力は上だ、俺の方が座学ができる、と。実際はそんなことなどなかったというのに。

 ギーシュは武勲を立てて前へと出、俺は後ろでそれを見ている。今現在目の前で起きているそれが、紛れもない現実と言う奴なのだろう。

 全く、これだから俺は俺の事が好きじゃないのだ。

 ギーシュを見ていることが少しだけつらくなってきた俺は、頭をがりがりと掻くと目の前の光景から目をそらすようにして空を見上げる。

 空中大陸アルビオンだからか、ここから見上げる空は嫌味なほど晴れていた。

 ……ああ、まったく本当に嫌な気分だ。


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