それなりに楽しい脇役としての人生   作:yuki01

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 驚きの三か月ぶりです。遅くなってすいませんでした。
 せめてひと月に一度くらいは投稿できるよう、頑張りたいと思います。


四十話  撤退戦の始まり

 今日も今日とて空が近い。

 青く透き通った空からちらちらと降り注ぐ粉雪、朝の清々しい光の中風に揺られてさやさやと心地の良い音を奏でる緑の大地、肺を満たす冷たく澄んだ空気。夜の間に降り積もったのか、地面に薄く積もる雪は朝日に照らされて銀色に光り、世界を静謐な雰囲気で満たしている。

 なんとすばらしきこのせかい。ノイズとかがいる渋谷なんか目じゃないレベル。まるで心が洗われるかのようだ。

 

「隊長もどうですか? ほら、どうせ敵なんか来やしませんて」

 

 この鼻を衝くような酒の匂いがなければ、だが。俺は手で酒の匂いを払いながら、そんなことを思う。

 酒の臭いは、赤ら顔をした隊員の一人が俺の顔にぐいぐいと押しつけている酒壜からだった。あまり出来の良い酒でないのか、妙にアルコールの臭いがきつく、それだけで悪酔いしてしまいそうなほどだ。その隊員の後ろにあるテントの中では、同じように赤ら顔をした隊員たちがおもしろそうな顔でこちらを眺めている。まったく趣味の悪い話だ。

 それより一隊員が隊長になにしとんねん。酒の席とはいえ、あんまり調子に乗ってると素っ裸で最前線に出させるぞ。つーかよく考えたら今は酒の席ですらないし。だいたい朝飯直前に酒を飲むな、っていうかそもそも戦場で酒飲むなや。

 

 

 

 今、俺達はシティ・オブ・サウスゴータからいくらか離れたところで待機している。具体的にはシティ・オブ・サウスゴータを挟んで、ちょうどロサイスの反対側。つまり今後進軍していくであろう方向へしばらく進んだところだ。

 街そのものは完全に落とせたとはいえ、ここアルビオンは敵地のホームだ。一応敵がやってこないかどうかを見ておかなければならない。そのためいくつかの隊が見張り役として頑張っている、というわけだ。そんな理由から俺はこうしてここにいる。

 まあ、これに関しては特に不満は無い。見張り役の隊は交代制のため、あと二日も我慢すれば街中でゆっくりできるわけだし、どーせ誰かがやらなければ仕事なのだ。それに対していちいち文句を言うほど子供ではないつもりだ。

 ……ただ何故ここにいる隊長格が俺だけなのか。スカンポンのアンポンタンはもちろんのこと、他の三人の総隊長たちもいやしない。

 一応、数日前に街を出た時は一緒だったはずだし、配置についた時にもまだいたはずだ。ただ食料や武器の類などの物資を運び終わった後、そこから一人一本ずつワインを抜き取るとそれを片手に戻っていきやがった。

 どうせ問題など起こらないのだから、隊長格が全員居る必要はない、だそうだ。なんで俺ばっかりこんな目に。あいつらいつか憶えとけよ。

 

 

 

「ほれ、男らしく、ぐいっと」

 

 しつこさに根負けし、仕方がなく酒壜を受け取る。飲みかけだったせいかあまり入っていないようで、振るとぴちゃぴちゃとした水音が聞こえた。これくらいなら、まあ、大丈夫だろう。

 覚悟を決めて壜の口を咥える。そしてそのまま真上を向き、酒瓶の中身をまるで水か何かのように一気に煽った。

 変にきつい甘みのする液体がその通り道に不愉快な熱を残しながら喉の奥へと流れ落ちていく。その上妙にきつい匂いが鼻に残るのだからたまらない。とはいえ受け取った物である以上、吐き出す訳にもいかないだろう。そのまま壜の中身を全て飲み干すと、それがわかるように壜を逆さにし、軽く振る。それと同時に、それを見ていた隊員たちから拍手と笑い声があがった。

 一気飲みしたことに気をよくしたのか、ばしばしと背中を叩きながら話しかけてくる酒壜を渡してきた隊員の相手を笑顔でしながら強く思う。

 ……早くおうち帰りたい、と。

 どうせ背中叩かれるならむさいおっさんよりクールな若いメイドさんの方がいい。

 

 

 

 どうせ問題など起こらないとスカポンタン達が言っていたが、その考えは別に少数派という訳ではない。むしろかなりの多数派だ。ここには百人を超えた隊員がいるが、おそらく八割近くの者たちが同じ考えだろう。街の中にいる奴らに聞いたって、似たような結果になるんじゃないだろうか。なにせ今は降臨祭のせいで休戦中なのだ。このおめでたい時期や出来事があった際には休戦や停戦をするというのは、ヨーロッパの中世時代や日本の戦国時代でもあったようだが、俺にはよくわからない文化だ。こんだけ大規模な殺し合いをしておいて何バカなこと言ってるんだろう、としか思わない。

 まあ俺の個人的な見解は置いておくとしてだ、つまり隊員たちはおそらく無駄であるだろうことがわかっているのにも関わらず、こんな何もないところで待機していなければならないということになる。それもこのたまに雪すら降り出すような陽気の中でである。そら隊員たちの士気もダダ下がりする。だからこそそれを慰めるため、また体を温めるために、食料は十分すぎるくらいにあるし、クソみたいな質のものだとはいえ、酒もバカみたいな量が用意されているというわけだ。

 そして周囲警戒の任務中とはいえ飲酒もある程度……警戒を行っている隊員と次に警戒を行う隊員以外であること、正常な判断や受け答えができなくなるほどは飲まないこと……の範囲内においては黙認している。まあ、これは俺の独断なのだが、これだけ大量の酒が用意されている以上、つまりそういうことなのだろう。俺より先に任務にあたって帰ってきた他の隊の話を聞くに、他のところもそんな感じのようだし、問題は無いはずだ。

 とはいえそれに付き合わなければならない俺にすれば、たまったものではない。もともと俺は大勢で騒ぐよりかは、気の置けない奴ら数人と静かに過ごす方が性に合っているのだ。そんな俺にとって朝食をとる前から

酒壜片手に騒いでるおっさんというのは、さすがにちょっと気疲れするものがある。どうしたもんか。

 

 

 

「……ちょっと出てくる。俺のことは気にせず、先に朝食を済ませておいてくれ」

 

 やはりここは三十六計逃げるにしかず、だ。俺は肩にかけたマントを一段と深く羽織ると、そのまま雪の中へと出ようとする。だがテントの外へと一歩踏み出した瞬間、ポンと軽く肩に手が置かれた。振り返ればそこにあるのは、当たり前だが赤ら顔の隊員。そのままがしりと肩を組まれる。酔っぱらっているとはいえさすがに歴戦の傭兵と言うことか、あちらからすれば大した力も入れてないだろうに簡単には抜けられそうもない。

 

「隊長もやるだろ?」

 

「…………」

 

 ……嫌どす。

 

「はーい、一名様ご案内ー! ほら皆、隊長に酌をしてやろうじゃあないか」

 

 肩を組まれたままテントの中に引っ張られると、無理やり手に杯を持たされた。そしてそこに並々と酒を注がれる。何が楽しいんだか知らないが、それを見ている周りの奴らはみんな笑顔だ。飲みたくない、なんていえるような雰囲気ではない。

 僕、知ってる。これアルコールハラスメントっていうやつだ。

 

「……これ飲んだら、宴会も終わりにしてくれよ?」

 

 ため息を一つつくと、口元へと杯を持っていく。それにしてもきつい匂いだ。軽く息を止めると、一気に飲み干そうと杯の縁に口を付ける。

 その時だった。

 かすかに爆発音とがするのとともに、僅かに空気が震えたような気がした。

 大して飲んでいないはずなのに、もう酔っぱらってしまったのだろうか。そう思いながら杯から顔を上げ周りを見渡すと、俺と同じものを感じたのか隊員の中にも不思議そうな顔をしている者たちがいる。

 どうやら俺の気のせいという訳ではないらしい。

 

「これ頼む」

 

 隊員の一人に無理やり杯を押し付けると、俺はマントをひっかぶって外へと駆けだした。爆発音が聞こえたのはシティ・オブ・サウスゴータの方からだ。

 

「おっと」

 

 その時、俺にぶつかるようようにして一人の兵士がテントに転がり込んでくる。きちんと武装しているところや片手に持っている双眼鏡からすると、警戒を行っていた兵士だろうか。よほど慌てる何かが起きたのを見たのか、可哀そうなほど息を荒げ、顔は真っ赤だ。

 それにしても大慌てで飛び込んでくる警戒役か。……嫌な予感しかしないな。

 そして彼は叫ぶような声で言った。

 

 

 

「小隊長ッ、シティ……シティ・オブ・サウスゴータ内で爆発が起きています! 何者かから攻撃を受けているのだと思われます!」

 

 

 

 ……一瞬何を言っているのかわからなかった。そしてその内容を理解した瞬間、顔からさっと血の気が引いていったことが自分でもよくわかった。

 

「借りるぞ」

 

 兵士の手から双眼鏡を半ば無理やり奪い取ると、そのまま外に駆け出そうとして大事なことに気付く。

 今、ここには他の小隊長も中隊長もいないのだ。つまりそれは俺以外に指揮する立場の人間がいないということ。

 舌打ちをしそうになるのを必死でこらえながら、考える。そして自分の中で最善だと思う指示を下した。

 

「……大急ぎで片づけて、今起きている者は総員戦闘準備を。寝ている者もすべてたたき起こせ!物資の類も武器以外はすべてまとめて、そいつらに警護させたうえで後方に下がらせていろ!」

 

 そういって外へと体を向けた時、肩を掴まれ無理やり振り向かされた。

 

「警戒に出ている奴らについては? ……言ってねえぞ」

 

 そう、俺の肩を掴む兵士に言われる。

 …俺の被害妄想だろうか? 警戒中の兵士のことを忘れていたことに気付いているのか、冷静にこちらを見下ろすその瞳は、どこか俺に対しての軽蔑の念を宿っているような感じがした。

 

「っ! シティ・オブ・サウスゴータ方面の奴らには俺が指示する。だが他の方面の奴らは頼む。呼び戻して、戦闘準備に参加させておいてくれ」

 

 そう言って俺は今度こそ、外へ向かって踵を返した。

 

 

 

「状況は!?」 

 

 警戒中の兵士を置いている場所には、一人の兵士が残っていた。その隣に肩を並べると、シティ・オブ・サウスゴータの方を向いて双眼鏡を覗き込む。

 ……ひどいものだった。雪の降る白い背景の中、街からは幾筋もの黒い煙が空へとまっすぐに上っている。しかも最悪なことに、街からは次々と見覚えのある恰好の人たちが逃げ出している。装備からして、あれはトリステイン軍とゲルマニア軍の連中だ。味方が逃げ出しているということは、それはつまり敵には敵いそうもない、ということなのだろう。街の中がどうなっているのかまではここからではわからないが、すでに手の施しようがない程度にはまずい状況ということだ。

 

「まず司令部がシティ・オブ・サウスゴータから撤退。また見ていた限りでは、街に駐留していた軍の半数以上と、トリステインから来ていた一般の者たちの大部分ももすでに逃げ出しました。それと、敵がどこから現れたかなのですが……」

 

「街の内側からだろ。くそっ! 隠し通路でも準備してあったってことか!」

 

 外壁に新しい傷ができていないことから見ても、攻撃は内側からだった、ということくらいは推測できる。敵地の大きな街ということもあって、隠し通路の類はきちんと捜索した。その上で一つも見つからなかったはずだが、やはりまだ漏らしがあったか! 悔しさに奥歯が砕けるのではないかというほど、歯を食いしばる。

 だが、今は過ぎたことを悔やんでいる場合ではない。今はそれよりも大切なことを確認しなければならない。

 

「うちの軍の他の隊長たちは見たか……?」

 

 震える声で祈るように尋ねた問いに、兵士は黙って首を横に振った。

 その答えに俺は膝から崩れ落ちそうになる。彼らが死んだのか街の中で抗戦しているのか、はたまたそれ以外なのかはわからない。だが、これはつまり他の隊長格が助けに来るであろう可能性は無いに等しいということだ。

 そしてそれは俺がこの中隊全てを指揮し、また責任を負わなくてはならないことを意味していた。

 

 

 

 ……この状況は俺だけの判断では手に余る。隊に戻って、他の傭兵達の意見を聞いた方がいいだろう。

 

「一度隊の方に戻るぞ! お前も急げ!」

 

 双眼鏡から目を外すと、そう言って隊の方へと振り返る。だが、その背に焦りと混乱に満ちた叫ぶような大声がかけられた。

 

「隊長ッ!」

 

 その声に振り向けば、戦況はさらに悪化し始めていた。

 肉眼のため細かいところはよくわからないが、シティ・オブ・サウスゴータから出てきた夥しい数の敵軍らしき兵士が、逃げ惑う兵士へと襲い掛かっている。街の中はすでに陥落し終えたということなのだろう。そしてそのうちのいくらかがこちらへと向かい始めていた。いくらかと言えば少ないように思えるが、目測でも軽く150はいる。こちらが総員で当たっても勝てるとは言えない数だ。

 奴らがレコン・キスタの兵士であろうことはわかりきっているが、装備を確認しなくてはならない。

 俺は震える手で双眼鏡を構えると、それを覗き込む。そして今度こそ心臓が止まるのではないかと思うと共に、頭が真っ白になっていくように感じた。

 

 

 

 戦争とは結局のところ、味方と協力して敵を倒すことに帰結される。ならばこそ、向かってくる者が何者かによって、とる行動は固定化されることになる。

 それが勇気や決意にあふれた表情をした友軍の兵士ならば、喝采と共に迎え入れるべきだ。

 それが敵意や殺意にあふれた表情をした敵軍の兵士ならば、怒号と共に迎え撃つべきだ。

 だが、この場合はどうするべきなのだろうか。

 

 

 

 双眼鏡によって丸くくり抜かれた視界の中に映ったのは、気味が悪いほど表情の抜け落ちた顔で武器を掲げてこちらへと進撃する、トリステイン軍の兵士達だった。




 本家アイマスのライブチケットはなんとか一枚当たったのですが、モバマスの方は落ちてしまいました。残念ですが、次を楽しみにしたいと思います。 

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