「アイス・ストームッ!」
荒々しい氷嵐が敵を包む。
なかにいる人間はおそらくミキサーにでもかけられたかのように、ずたずたになっているのだろう。
顔もわからない敵兵の血が飛び散り、顔に付いた。
「ああああああっ!!」
落ちていた銃の銃身を握りしめると、バットを振るようにして銃床で敵兵の側頭部を殴りつける。
何かが折れるような音と共に、相手の首が曲がった。そして、まるでガラス玉のように虚ろな目でじっと俺を見つめたまま、倒れていく。
中で火がついているかのような嫌な痺れが手に残った。
「ジャベリン!!」
人の腕ほどもある氷の槍が敵兵の背中に突き刺さる。
息をこぼしたかのような小さな声を上げ、敵兵が前に倒れていく。そして胸へと衝き抜けた氷槍が地面に突っかかり、ぐらりと横向きに倒れた。
背中から胸から流れる血が、雪を赤く染めていく。
それを見ても、特に何も思わなかった。
「……ハアッ……ハアッ……ハアッ……!」
気付けば再び雪が降り始めていた。
周りを見渡すと、もう立っている敵兵はいなかった。全ての敵兵が地面に倒れ伏している。もちろんこちらも無傷ではない。敵兵の死体に混じるようにして、俺の隊の隊員たちも倒れている。その中には見覚えのある顔がいくつもあった。
二つの軍から流れ出た膨大な量の血が、大地を赤く染めている。戦い始めた時は雪で白一色だった世界に赤いしみがついたようなものだったのに、今では赤一色の世界に白いしみができているかのようだ。
……それでもまだ、その中で何人もの味方がまだ、立っている。敵は全員死亡し、そして満身創痍といった様子であろうとなんだろうと味方は生き残っている。
……勝ったんだ!
自然に頬が緩み、笑みが浮かんだ。
俺の指揮の下で、俺も戦い、勝つことができた。心の中に湧き上がってくるこの気持ちは達成感だろうか。
荒い息と鈍い頭痛を感じながら、再び周りを見渡す。数えきれないほどの死体の群れの中、ところどころに巨大な氷が突き立っていた。
今回の戦い、メイジは俺一人しかいない。間違いなくあの氷は全て俺が作り出したものだ。つまりあの氷が突き刺さっているやつらを、殺したのは俺だということ。まるで墓標のように立っている氷の槍。それらの数を3か4で割れば、俺が殺した敵のおおよその数がわかるのではないだろうか。
1,2,3……。
無意識のうちに氷の数を数えていく。別に意識したわけではない。理由があったわけでもない。それでも何故か、数えていた。
7,8,9……。
そして数が10を超えた時だった。
「ウプッ。……?」
吐き気すら感じることもなく、胃の中身がせりあがった。考える間もなく反射的に這いつくばると、その場で嘔吐する。
「ゲハッ! あ……? おえっ、ぐ、オ……ア、アァァァ……」
息苦しさを感じながらも、頭の中は『何故?』で一杯だった。
腹部になんらかの攻撃を受けたわけではない。なんらかの魔法を食らったわけでもない。まさか今朝食べたものが悪かった、ということもあるまい。吐き気を催すようなことは何もなかったはずだ。
「ゲホッ、あ……おぉぉ」
だが吐くにつれて頭に上っていた血が下りてきたのか、少しずつ現状がわかってくる。自分が何を考えていたのかに気付いた瞬間、背筋が凍った。
俺は今、人を殺したことになんの罪の意識も感じていなかったのだ。そしてよりにもよって、それに達成感を感じてしまっていた。その目的がなんであれ、その過程がどうであれ、どんな理由があろうとなかろうとそれは人殺しに変わりはないというのに。
……自分に対する嫌悪感で、胸がつぶれそうになる。息をするのもおっくうだ。このまま何も考えずに目を閉じて横になってしまえばどんなに楽だろうか。
……とはいえそうもいかない。舌を噛み切りたくなるほどの後悔の念も、胸をかきむしりたくなるほどの自己嫌悪も感じている、他にも頭の中で渦巻いている処理しきれない思考や感情は腐るほどある。だけれどもそれに向き合うのは、また後で、だ。それらの気持ちに一つずつ向き合って、いつまでもそうして悲劇のヒーローぶって、満足いくまで自分を慰めていられればそりゃ楽だが、そんな自己満足の茶番をやっているほどの余裕はない。ここは戦場で、俺は隊長だ。その責任は果たさなければならないだろう。自慰に浸るのはそれをなんとかしてからでも遅くはない。
「ごほっ……っと、…………ペっ」
ふらつく頭を抱えながらなんとか立ち上がると、懐から水の入った瓶を取り出す。そしてその水を口に含み、口を濯いで吐き出した。
……で、どうするんだったかな? 薬の副作用である頭痛は一向に治まらないうえ、これも薬のせいか頭がふらふらして、どうも芯が定まらない。
「隊長! とりあえず片が付いた! 撤退するぞ、指示を頼む!」
「っ! あっ、ああ」
後ろから急にかけられた声に、驚き振り返る。そこにいたのは何人かの隊員たちだった。全員がぼろぼろだ。意識が虚ろなのか、他の隊員に肩を支えられたまま顔を伏せている者もいる。
別にそれは俺の責任ではないはずだ。それでもそれを見て胸がズキンと痛む。だが、それは後回しだ。
それよりも今は他の隊員たちに撤退することを伝えなくては。戦場に出ている奴ならば声を張れば聞こえるだろうが、後方にいる物資の担当をしている奴らにはそうもいかない。誰かが連絡をしにいかなければならないだろう。
「怪我の少ない……お前でいい、後方の物資班に撤退の連絡を。そいつは俺が代わる」
肩を貸しているということは、そいつ自身は大した怪我はない、ということだろう。そう考え、俺は他の隊員に対して肩を貸している隊員に対し、そう命令する。そしてそいつが抱えているのとは逆側の腕を自分の方へと回した。
「隊長……。わかった!」
さすがに状況がわかっているのだろう。何もいうことなく、その隊員は駆け出した。
「ぐっ……!」
その途端、肩にずしりと重みがかかる。さすがにがたいの良い大人一人を担ぐには、ひょろい俺じゃ役者不足か。足が生まれたての小鹿のように震えている。何それカッコ悪い。
「……隊長、ごほっ……置いて、行っても、恨みはしませんよ……」
「そりゃあいいこと聞いた。次からはそうすることにするよ」
てっきり気絶しているのだと思っていたが、かなり薄いようだとはいえ意識はあったらしい。俺に抱えられた隊員がそう言うのを聞いて、他の怪我が少ない隊員が声をかけてきた。
「変わるぞ、隊長」
「いや、いい。それよりもあんたとあんたで、他の奴らに撤退の連絡を頼む」
そう言って退却への一歩を踏み出そうとしたその時だった。
「隊長!」
一人の隊員が悲鳴のような大声で俺を呼んだ。見ればどこかで見たような顔だ。確か……見張りをしていた時、偵察に出ていた隊員か。外すのを忘れていたのかなんなのか、首にはいまだに双眼鏡を掛けたままだ。
……嫌な予感がする。まさかとは思うが、やめてくれよ……。
「だ、だい、第二陣が来ます!」
「……うっそだろ……」
人間、あまりに絶望的な状況になると逆に笑ってしまうというのは本当らしい。その報告を聞くと同時に、口元が引きつり苦笑の様な表情を浮かべてしまった。
報告をした以外の、他の隊員たちを見れば無表情と苦笑の狭間のような表情をしている。……気持ちはわかる。命をかけて敵を打ち破ったと思ったら、新たにそれ以上の敵が現れたのだ。
ボスを倒したら真のボスが現れましたー、なんてゲームか何かなら燃える展開かもしれないが、現実ではそうもいかない。燃えるどころか心が折れるのが関の山だ。
隊員達のあの表情も、諦めの極致から来ているのだろう。
……正直できるものなら俺もそうしたい。だが隊長である以上、隊員が諦めても、いや隊員が諦めたからこそ、せめて俺だけは諦めずに活路を見つけなければ。
心の奥底から沸き立つ『どうせ無理だろうが』という気持ちからなんとか目をそらしながら、そう心を湧き立たせる。
偵察してきたであろう彼が報告を続ける。
「数はおよそ百! そのうち、ほ、ほとんどが騎兵で構成されていました!」
それを聞き、頭の中が白くなる。
……相手が騎兵だということは撤退しても間違いなく追いつかれる。騎兵から逃げるためにはこちらも馬でなくては駄目だが、こちらの軍にいる馬は馬車に繋いであるほんの数頭のみだ。大体同じ馬同士とはいえ、馬車が繋いであれば間違いなく速度で負ける。
つまり、撤退を成功させるためには馬車を切り離し、物資も何もかもを捨て、身一つで馬に乗って逃げるしかない、ということだ。だがそれをやって逃げられるのは馬の頭数と同じ数、せいぜい手の指で数えられえる人数のみだ。それじゃあ意味がない。
俺は隊員を担いだまま、周りを見渡す。どこまでも続く平原にそこに積もった雪。そしてそこに転がる数えきれないほどの人の死体。死体を見ると同時に喉奥からせりあがってきた物を、無理矢理体の奥へと戻す。
こちらの残兵数は間違いなく100を大きく下回る。そしてその生き残った兵士もほぼ全員が満身創痍だ。
火薬の残っている銃もおそらく無い。わずかに残っている予備の火薬があるのは、後方の馬車の中。
この戦力差にこの状況、そしてこの地形では勝ち目など髪の毛の先ほどもない。
そう考えた時、俺の視界に遠くにある森が映った。
……ベストではない。もしかしたらベターですらないのかもしれない。でも他に打てる手が無い。
「隊長! 指示を!」
「……森に退く」
「え?」
「馬の機動力から逃れるために、森の中に一時撤退する! お前ら二人は他の者に伝達を!」
「あ、ああ……」
急な命令だ。反応できないのも仕方がないのかもしれない。だが、そうも言ってられない。
「早く行けッ!」
「お、おうっ!」
俺は立ち尽くす隊員達へと怒鳴りつける。それを聞き、二人は弾かれるように走り出した。それを見て俺は報告に来た隊員にも声をかける。見たところ、彼は目立った怪我もない。なら大丈夫だろう。
「お前は後方の物資班に連絡を。……馬車でも通れるような道を探して、できる限り森の奥に入って隠れるように伝えろ!」
「ハッ! ただ、もしも馬車が通れるほどの道が無かった場合はどうすればよろしいでしょうか!?」
「無けりゃ作れ! ……どうしても無理なら、人の手でもいい。可能な限り物資、特に火薬と食糧に限っては確保しておけ。水よりも食糧を重視しろ」
「わかりました!」
そう返事をして走っていく隊員を尻目に、残った隊員達に目を向ける。
「……聞いてたろ? さっさと行け。あと、この人頼むわ」
そう言って俺が支えている隊員を彼らに渡す。
「隊長はどうするんだ?」
「軽く足止めしてから行く。騎兵だってのならやりようはあるさ」
「……わかった。早く来いよ」
そう言って歩き出そうとしていた彼らの背中に、声をかける。
「……ちょっと待った」
「なんだよ」
「……」
「早く言えよ! 時間無いんだろ!」
これは言わなくてもいいのかもしれない。言わない方が正しいのかもしれない。でも、きっと、言うべきことではあるのだろう。
「もし、もしも必要だと思った場合は、もう無理だと思った場合はそいつを見捨てて走れ。……俺が許可する」
「なっ……!? ああ゛っ……!」
大のために小を切り捨てるのは間違っている。立派な言葉だ。涙が出る。……でも、必要なら俺はそうさせてもらう。大のためなら小は切る。
「……早く行けよ」
「……わかったよっ!」
俺の命令が間違っていないことは頭ではわかっていても、納得はできないのだろう。吐き捨てるようにそう言うと、走っていった。その時、
「…………」
支えられている隊員の言葉か、囁くように何かが聞こえた気がした。だが、あいにくと俺には何を言っているのかまでは聞こえなかった。
足止めと言ったってそんなに立派なことをする訳じゃない。せいぜい魔法をいくつか使うだけだ。
「……悪いな」
別に誰に言うことなく、ぽつりとそう零すと呪文を唱える。
そこらじゅうに降り積もった雪から、そこらじゅうに流れている血液から上を向いたドリルの様に、捻じれた氷槍が形成されていく。
こんな子供だましでも、馬相手の足止め程度にはなるだろう。後は撤退しながら適度にこうやっていくだけだ。ただ多少目立つので、それをなんとかしないと。
「コンデンセイション」
俺の頭上に周りから集めた水と血液が集まっていく。それらの数と大きさに、流れた血の多さを感じ、また俺の心が重くなった。……別に、今更それくらいどうでもいいが。
「シン・ミスト」
それらの水球が四散するようにして、どんどんと無数の目に見えないほど細かい水滴へと変化していく。そしてそれらが弾け散っていくにつれて、視界が赤く染まっていく。
なんてことはない。ようは水と血液を使って霧を生じさせただけだ。それほど濃くはないが、氷槍を隠すには充分だろう。
それが例え人間だろうと、死んでしまえば身体はただの肉の塊で、血はただの赤黒いだけの液体だ。それでもやはり、それを使うと言うのは、
「良い気分、とはいかないよなぁ……」
そう呟く俺の姿も赤い霧に呑まれていった。
以前言った改定しようかな、と言う話ですがメッセージなどを見てしないことにしました。まずは完結させないと。
あと作中の「シン・ミスト」ですが、液体から霧を発生させるオリジナル魔法です。世界観的にそう不思議ではない効果だと思いますが、変だと思ったら教えてください。
余談ですがプラチケ400枚ぶっぱして箱を綺麗にし、課金でSレアをかっさらいそれを売り、なんとか白芙蓉加蓮を特訓前後共に手に入れました。
特訓後スタ900とか仁奈ちゃんとユッコで手に入れた分がすっからかんに……。加蓮高過ぎ
追記
すいません。書くの忘れてましたが、この話に今のところティファニアを出す予定はないです。なので今回逃げ込んだ森の中で彼女に出会う、といったことはないです。