今後も不定期でやっていくので、よろしくお願いします。
「ジャベリン!」
「エア・スピアー」
お互いを狙って放たれた氷の槍と風の槍は、氷と風だとは思えないほどの鈍い激突音を立ててぶつかり合う。
競り勝ったのは氷槍だった。氷の破片をキラキラと輝かせながら砕け散ると、そのまま敵へと向かい突き進む。
だが、相手の杖の一振りで地面へと叩きつけられ、粉微塵となった。
「ふむ……」
相手は何かを考えるように、顎鬚を軽く撫でつけるとそのまま俺へと一歩、歩を進める。
……まずい。相手が何を考えたのか、なんとなくわかる。
ようは今ので格付けが済んだということなのだ。競り勝ったとはいえ、俺の精一杯のジャベリンと相手の力を抜いたであろうエア・スピアーがほぼ同威力。つまり地力ならばドーピングした状態の俺よりも上だという事だろう。体型や雰囲気などから考えれば、体力や腕力、戦闘経験なども間違いなくあちらの方が上だ。
つまり正面切って戦えば、こちらが負けるのは目に見えている。
ただ、戦場で正々堂々戦うってのもないだろう。
ちらりと右腕へと視線を落とす。
……こんなことをやっていて今更の話でもあるのだが。
「シン・ミスト!」
俺がルーンを唱えると同時に、空から降り注ぐ無数の雨粒がまるで連鎖するかのように、細かく霧散していく。白い霧が視界を塗り潰す。雨が降っていること、俺の精神力が強化されていることもあり、恐ろしいほどの速度で霧が世界を埋め尽くしていく。
腰に下げていたナイフを片手に、身体を低くすると霧に身を隠して一気に距離を詰める。念のためルーンを唱えながらだが、足音もルーンも今は雨音で聞こえない。そのまま敵がいるであろう所へと、ナイフを突き出そうとした時だった。
「ウインド」
その声が聞こえた瞬間、体の芯が冷えた気がした。
……それはただ風を吹かすだけの風の基本魔法。だが彼が唱えた呪文によって発生したものは、風を吹かすだけなんて生易しいものでなく、まさに暴風とでも呼ぶべきものだった。
爆発音のような音と共に、硬さすら感じるほどの風が俺の頬を叩く。
何が起きたのかを把握するよりも早く、辺りに立ち込めていた霧は文字通り霧散していく。決して軽いわけではないのに俺の体は宙へと浮かんだ。
そして晴れていく視界の中、彼の姿が目に映った。
「そこか」
わずかながら俺がいたのとは別の方へと向いていた顔と体がこちらへと向く。そのまま俺の顔へと、杖先が定められた。その向こう側にある彼の目と、俺の目が合う。
まずい……。今の俺は風のせいで宙に浮いてしまっている。逃げることも向かうことも、避けることすらできはしない。
「ウォーター・シールド!」
反射的にそう唱える。
降り注ぐ雨粒が、地面に零れる水が、啜りあげられるように気泡を内蔵したまま俺の前に壁として凝縮する。気泡の混じった泥だらけの水の壁、俺の姿を隠すようにして現れた次の瞬間、壁の一部が飛び散った。
俺の作り出した水の壁をいともたやすく突き破ったそれ、エア・スピアーは脇腹をかすめるようにして俺のマントに穴を開ける。
「か……はっ!」
背中から地面へと落ちた衝撃で肺から呼気が抜けていく。
わかったことは一つ。霧に隠れて、という戦法は使えないということと、やはり地力には圧倒的な差があるということだけだ。……二つだったわ。
相手は遠距離での戦いにおいては、水よりも優秀な風のメイジだ。なら霧に隠れて戦えない以上、遠距離で戦うってのもない。ならできるのは相手を視界に入れながらあるかどうかも、衝けるかどうかもわからない隙を狙いながら戦うことだけだ。
それはつまり地力で負けている相手に真正面から向かい合う、ということ。まさに典型的な負け戦。
立ち上がり、水の壁に向けて払うように杖を振る。杖の動きにつられるように、水の壁が一本の巨大な水の鞭
となる。開けた視界に映るのは、それを見ても僅かな動揺すら感じさせない一人の将。
「覚悟は出来たか」
「……出来てなきゃ、出来るまで待ってくれるのか?」
「まさか」
そう言って鼻で笑う。
そして俺と同じように杖を振る。雨粒を、泥を、草を、雪を、巻き上げるようにして、風がうねりを上げて吹き上がり、杖に従うように荒れ狂う。当てつけか、それはまさに俺と同じように風の鞭だった。
「出来ていないというなら、させるだけだ」
「止めろよ、泣いちゃうぞ」
示し合わせたかのように杖を振るう。その先に延びる風と水がぶつかり合い、気体と液体の衝突とは思えない破裂音を立てる。飛び散った水と泥を顔に浴びながら、敵へと向かって駆け出したときだった。
目の前の光景がわずかに歪み、風が吹き抜けるときの鋭い音がした。
前に進もうとする体を無理やりに捻じり、横に倒れ込む。そのすぐ横を、轟音と共に突風が通り過ぎる。
転がるようにして仰向けになると、身体を覆う屋根のように上方の空中へと水の盾を張る。その瞬間、水面に鉄球を落としたかのように、波紋と水しぶきを上げながら水の盾が弾け散る。それを見て反射的に体に力を入れる。防御のために両腕で頭を庇い、すぐに右腕を元の位置に戻す。
「ぐっ……!」
腹部に衝撃が走る。
一度避け、水の盾で防ぎ、来ると思って力を入れた体で受けたのに、それでもその威力は意識が薄れてしまいそうなほどだ。
歯を食いしばりながら立ち上がり、周りに目をやる。
雨はまだ降り続いている。そのおかげで本来は見えないであろう風での攻撃が、僅かなりとも目で見れるようになっていることは先ほどの攻撃で分かった。でもそれではまだ遅い。情けないが、今の俺では避けきれない。
なら……
水の鞭を霧散させ、いくらかの距離を取って自分を覆うドームのように展開させる。そうしてから敵へと向かい、今度こそ駆け出した。
いくらもいかないうちに水のドームの一部、左の前方が破られる。だがその突破された位置を基に、攻撃を避けそのまま進む。
自分で操っている水なのだ。破られれば、それがどこなのかくらいはわかる。見えない攻撃なら見えないなりになんとかするだけだ。
敵へと辿り着くと、その勢いのまま殴りかかる。だがそれを手で防がれ、そのまま掴まれそうになってしまう。
その手に向けて杖を突きだした。それを避けるようにして手を引いた瞬間、呪文を唱える。ドームのようになっていた水が、弾丸のように敵へと向かう。それに合わせて再び襲い掛かった。
「ウインド」
だがその必死の攻撃も、相手の呪文ひとつで無駄になる。風と共に水の弾丸は弾け散り、俺の体は宙へ浮く。そこに相手の蹴りが突き刺さる。
風に押されるように凄まじい威力となった蹴りは、左腕の上腕で受ける。
「ぐっ……!」
痺れるような痛みと共に、そのまま風に身を任せ後ろに跳ぶ。
なんとか姿勢を保ち、着地すると即座に氷の槍を創り出し、相手に向けて打ち出していく。
やはり敵わない。だが遠距離戦でも敵わず、万が一隙ができてもそれを突くことができない。
なら、もうこれしかない。あるかどうかもわからない隙ができるのをひたすら近くで待ち続けながら、戦い続けるというこのやり方しか。
……後は奇跡が起こることに賭けるだけだ。
「……ハアッ……ハアッ……ハアッ……」
「はあ……。ふうっ……もう息切れか。まだ若いと言うのに、情けないことだ」
「……」
もはや反論すらできないほど完全に肩で息をしている俺に比べ、相手の方はいくらか息が上がっている程度。
俺の方は連戦なのだ、スタミナには絶対的な差がある。つまり持久戦では勝ち目はなく、そもそも地力には大きな差があるという話だ。
一言でまとめれば奇跡は起きない。世の摂理通りに、弱い者が強い者に負けるというだけだ。
……もう無理だな。
諦めるように笑うと、俺は軽く両手を上げた。
「降参だ。何でもするから命だけは見逃してくれ」
俺のその言葉に相手は驚いたように軽く目を見開くと、軽蔑したように今までとは違う冷たさを持った目線でこちらを見た。
「……杖を持ち、立ったままで何を寝言を言っている」
……さすがに用心深いことで。
右手に持った杖を敵がいる方とは反対方向へ軽く放り投げると、両手を挙げたまま膝をつく。
杖のある場所はそんなに遠くないとはいえ、これならばすぐに手に取ることもできない。降参の意を示すには、十分だろう。
それを見て、相手が一歩一歩こちらへと近づいてくる。
そうして手を伸ばしても僅かに届かないような、俺が襲い掛かっても対処ができる距離で立ち止まる。一人きりで前線に出てくるような大将の癖に、なんともまあ用心深くて結構なことだ。
「足を延ばして地に伏せろ」
とはいえ杖を持たないメイジなど、どうとでもなるということだろう。杖をこちらに向けることなく、持った手をだらんと下げたまま、俺へと向けてそう命じる。
言われた通りに、顔を地面に付けて泥だらけの地面へとうつ伏せになる。横になるのがベッドの上か地面の上かの違いだと言うのに、なかなかどうしてみじめな気分だ。
「……正直に言って失望している。敵とはいえ、一つの戦いの終わりがこんなにもくだらないものだとはな」
その声に乗せられた感情は嫌悪に侮蔑、僅かな落胆。
俺は僅かに体重を前方にかけて首を曲げ、口を自由にする。
嫌悪と落胆はどうでもいいが、侮蔑ってのはいい感じだ。それはつまり、相手を下に見ていることに他ならないからな。
「……最期に何か言い残すことでもあるか」
「そうだな……」
必要になったら考えるよ。
「ジャベリン!」
腕を地面に叩きつけると同時にそう叫ぶ。
その瞬間、地より突き上がる氷の槍が敵の体を串刺しにした。
見ずともわかる、手ごたえありだ。
体を起こし、膝立ちになる。そして顔を拭い、目を開く。そこに映るのは間違いなく死んでいるであろう、氷に貫かれた敵の体と、……それが風に吹かれるように霧散していく様だった。
「…は? ……がぁっ!?」
頭が動きを止めた一瞬を見計らったかのように、脇腹へと何者かの蹴りが突き刺さる。吹き飛ばされるように転がりうつ伏せになった俺の体へと乗りかかり、右腕を取られ、頭を掴むと地面へと叩きつけられる。
死ぬような攻撃を受けて、風に散っていく敵の姿。どこかで見たことのあるそれが意味する所は
「遍在かっ……!」
風の魔法の中には自分の立てる音や姿を消すものもあったはずだ。大方それを使いながら、こちらの隙をうかがっていたのだろう。
「人を騙そうとするのなら、自分がそうされることも考えてしかるべきだったろうな」
俺の背中へと乗った敵、倒したと思った相手はそう嘯きながらも、俺の右腕を確かめるように軽く握りしめる。
「これか」
そう呟かれると共に、ボキッ、グギリと木と何かが折れる時のような不快な音と共に、右腕に衝撃が走る。その直後に腕から伝わってくるのは、神経に火箸が突きこまれでもしたかのような、熱さを伴う激痛だった。
「ぐっ、がっ、あああああ゛あ゛あ゛っ!!!」
「あれだけ右腕に注意を払い、防御に使うのはわざわざ変えてでも左腕だけ、となれば馬鹿でも何かあると思うに決まっているだろう」
右腕と共に折られたのは、上腕に仕込んでいた杖だろう。
先ほど放り投げた杖はそれらしく加工したただの枝。これが杖を持たずに魔法を使えた手品のタネ。時間も人材も道具も碌に無い状況で、俺に出来た精一杯だ。
「戦う前から負けた時の用意をしておくとは。敵ながら見事と言うべきか、それとも哀れな考えだと言うべきか」
「ハアッ、ハアッ……負けてもいいよう偏在を用意しておく奴に言われたくはないな」
「口が減らんな」
「がっ、ぐっ……! むっ、ん゛っ……!」
折れた右腕を捻られる。せめてもの意地として、歯を食いしばり、悲鳴を喉の奥へと飲み込んだ。
「貴様のように追い詰められてもいないのに、隊の頭が前線に出てくる訳もあるまいよ。それよりも悲鳴を耐えようとするのなら、涙を堪えたらどうだ」
「ふ、うっ……。悪いな、最近寝不足でね。欠伸涙だ」
「……そうか。まあ貴様の意地など、もはやどうでもいい」
もうここまでだろう。もう相手もこれ以上引き延ばす気はないようだ。
これが俺のうてる最後の手だ。
腹の底から力を込めて、呪文を叫ぶ。
「ジャベリンっ!!!」
俺の体の周りの水から生成された氷の槍が、背中にいる敵を貫く。
右腕に仕込んでおいた杖も偽物だ。
馬鹿でも何か右腕に何かあると思う。なればこそ、本命は左腕に仕込んでおくのが定石というものだろう。
急いで体を反転させる。そうして体を起こした目の前には、こちらに杖を突きつけて立つ敵がいた。
「また遍在っ……」
「何故遍在か、同じ理屈は二度も言わんぞ」
……ここまでか?
いや、まだ何かあるはずだ。
その思いを胸に、目の前の杖へと手を走らせる。
「スリーピング・クラウド」
その言葉と共に、杖の先から白い煙が俺の顔を覆う。
「いや、もう何もない」
薄れゆく意識の中、それが俺に聞こえた最後の声だった。
「流石の手腕でございます」
街へと退却する隊の中心で、隊の長へと横に立つ副官が声をかける。
「いや、本体でない遍在とはいえ、あれしきの敵に二人も潰された時点で情けない結果だ」
来た方へと振り返る。
自分の連れる兵士の姿で見えはしないが、その先には一人で倒れ伏すあの少年の姿があるはずだ。
所詮は遍在だ、死にはしないと油断もあった。それは確かだ。自分が出て、命を懸けて戦ったのならば、あのような醜態は晒さなかったと、自信を持って言える。だが、それでも遍在が二人もやられたのは事実だ。あの少年が負けた時の事など考えず、ただ勝つために全力だったならば、何かが変わったかもしれない。
とはいえもはや考えても栓なきことだ。少なくとも、メイジの無力化という命は完遂した。
止めは刺してはいない。これからどうなるかは神のみぞ知ることだ。
杖も無く、五体満足でも無い満身創痍の少年に死以外の結末があるとも思えないが。
あの少年はくだらない自己犠牲の精神と英雄願望に身を任せたことを悔いながら、最期を迎えるのだ。それこそがあの少年にはふさわしい。
「……ふう」
自分の中の物を吐き出すように、ため息を一つ着いた。
もう雨は上がっていた。