それなりに楽しい脇役としての人生   作:yuki01

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あまりに間が空いたので、ガーッと一気に一話書きました。
疲れたのでとりあえず投稿します。サブタイや前書き、後書きは後で書きます。
ざっとは推敲しましたが、多分ところどころ雑です。後で前話の戦闘シーンと合わせて直します。あっちも読み返したら、語尾がそろってたり変なところがあったので。


文末をいじる程度ですが、少しばかり手直ししました。


四十七話 空から降りて

 雨に打たれて泥濘んだ雪原。そこかしこには多くの亜人や兵士の死体が倒れ、流れ出す血で雪原には赤い染みが浮き出ていた。激しい戦いがあったのだろう、雪原には墓標のようにいくつもの氷槍が突き刺さっている。雨によって少しずつ氷が溶けていく様は、まるでここはもう終わった場所なのだ、と表しているかのようだった。

 群れるように倒れる死体の中、そこから離れた所に独り、ぽつんと少年が倒れ伏していた。生きているのか死んでいるのか、ぴくりとも動かないその様子からは、判断することはできない。だが人体の構造を無視して曲がっているその右腕と左足を見れば、無事でないことは明らかだった。

 

「いた!」

 

 その少年の近くへと、空から一匹のドラゴンが降り立つ。それから飛び降りたのは一人の少女。

 少年へと駆け寄ったその少女は、彼の折れ曲がった手足を見て、僅かに眉を寄せる。

 だがすぐに意識を切り替えたのか、少年の頭の脇に膝を付き、その首元と口元へと手を当てる。

 

「息がある……」 

 

 呼吸と脈があることを確認すると、安堵のため息を一つ吐いた。

 すぐに気を引き締めると、少女は杖を持ち呪文を唱える。その呪文はレビテーション。風の基礎とも言える魔法にも関わらず、それを制御している少女の顔は真剣そのものだ。

 

「レビテーション」

 

 その声と共に、少年の体が宙に浮いた。

 まるで卵を掴むがごとく、繊細な制御の元で操られたレビテーションは、僅かも揺らすことなく、竜の背中へと少年の体を横たえた。

 それを見て、少女はひらりと竜の背に飛び乗る。

 

「行こう。急いで」

 

「きゅい!」

 

 そうして竜は飛び立った。

 少年が居た場所には、まるで何もなかったかのように、雪の跡だけが残っていた。

 

 

 

 

 

 

「……ん……? ぐ、ぅ……!?」

 

 霞んだ意識の中、頭に鋭く刺さる痛みに重いまぶたを薄らと開けた。

 体を起こそうと腕に力を入れた瞬間、その痛みはさらに激しさを増し、僅かに浮き上がった体は再び倒れる。

 

「いっ……! てぇ、くそ……」

 

「大丈夫? 動かないで」

 

 俺の声に反応したのか、何やら聞き覚えのある声の誰かが俺の元に来ると、身体を起こした際に崩れたらしい、俺の体に載っていたマントや上着らしき物をかけ直しはじめた。

 霞む視界の向こう側に映るのは、やはりどこかで見た覚えのある顔だった。

 縁のない土地で数多くの敵兵に囲まれて一人きり。

 情けない話だが口は回れど心の底では人恋しかったのだろう。その人影へと右腕を伸ばしかけ、動かない腕に走る痛みに呻き声をあげる。

 

「言ってもらえればなんでもするから動かないで。シルフィード、もっと早く」

 

 俺の体の現状を知っているのか、右腕に響かないように左の掌を握りしめると、どこかへと向かいそう声をかける。

 体は満身創痍だが、頭は大丈夫のようだ。頭痛こそすれど、かかっていた靄が晴れるように少しずつはっきりとしてきた。

 それと共に晴れた視界に映った人影は

 

「……タバサ……?」

 

「そう。……助けに来た。…………ごめんなさい」

 

 見覚えがあるはずだ。そこに居たのは正直もう会うことを諦めてさえいた、学院の友人の一人だった。

 

「寒くはない?」

 

「いや……」

 

 何故かタバサは随分と薄着だ。マントも上着も着てはおらず、下に何か着込んでいるのかもしれないが、自分からはシャツを一枚着ているようにしか見えない。

 お前の方こそ寒くないのか、と声に出しそうになるが、自分の現状を認識してそれをやめる。

 よく見れば俺にかけられている服は、そのどれもがサイズの小さい女物だ。意識を失って、雨の降る中倒れていた俺の体を気遣ってくれたのだろう。

 やだ……女の子の服だなんて、良い匂いがしてドキドキしちゃう……。まあ、まだ頭が軽くやられているのか匂いなんざ欠片もわからないが。

 タバサの性格からして、寒そうだからこれを羽織ってくれと言っても聞かないだろう。とりあえずは、このままいきつつ、俺が大丈夫なことをわかってもらうしかないか。

 左腕でなんとか体を起こす。仕込んでいた杖こそ抜き取られているが、こちらの腕はどうやら無事なようだ。躊躇なく右腕をへし折っておいて、なぜこちらは無事なのかわからないが、今は単純に喜んでおこう。

 頭に手を当て、力を込める。そうして大きく深呼吸をすると、いくらか落ち着いた。

 周りを見渡せば、どこまでも青い世界が広がっていた。押し流されるようにして、大した変化の無い景色が視界の外へと飛んでいく。どこに向かっているのかまではわからないが、どうやらシルフィードの上のようだ。

 未だに状況がよく読めていないが、ただ一つわかることがある。

 ……俺は助かったのだということだ。

 部下はどうなったのか、なぜ敵は俺に止めを刺さなかったのか。部下が逃げているであろう中、死ぬ気でいた自分がこうして助かってしまったことに対する罪悪感、手も足も出ず敵に負けてしまった屈辱感。様々なものが胸の中を駆け巡るが、今はそれどころではない。それらの疑問はタバサに尋ねたところでわかりはしないし、感情は自分で処理しなければならないものだ。

 ただどうしても聞かなきゃいけないことが一つある。

 

「それよりも何でここに……、助けに来たにしても俺のいる場所なんてわかるはずが……、ゴホッ」

 

 体を冷やして風邪でもひいたのか、途中で咳き込んでしまう。

 口元を手で押さえ、そのまま肺の中の空気を全て吐き出すかのように激しく咳き込む。

 

「大丈夫? まだ動かない方がいい。横になって」

 

「ああ……ゴホッ、悪い」

 

 タバサに背中をさすられ、そう言われる。

 その言葉に甘え、俺はタバサに支えられて再び横になる。

 やはりもともと大して強靭なわけでもない俺の心身は疲れ切っているのだろう。タバサが普段の何倍も大きく見える。

 

「まだ寒い?」

 

「いや、大丈夫だ」

 

 疑問形でそう尋ねながらも、俺にかけるものを探しているのか、タバサの視線はシルフィードの上をきょろきょろと彷徨っている。

 だが手元にあった衣類は、今俺にかかっているもので全てなのだろう。それに服なんてそうそう余分に持っている物でもない。少なくとも見える範囲に、それらしき物は見当たらない。

 別にそこまで寒いわけではないので、気にしなくても良いのだが。どちらかと言えば、俺にかける衣服があるならタバサに着て貰いたい。人が、それも知らない仲でもない世話になっている女性が寒そうな恰好をしているのに、俺だけが暖かい恰好で寝ているというのは、どうもおさまりが悪い。

 

「仕方がない」

 

 服を見つけるのを諦めたのか、タバサはそう声を漏らす。

 おいおい、これは人肌で暖めるしかないな、HAHAHA。

 

 

 

 タバサの手が自分の着ているシャツへと掛かり、そして一番上のボタンが外れた。

 

「おまっ、バカ、待て! あ、あだだだだだだだだ!」

 

 それを止めようと咄嗟に右腕を動かしてしまい、その痛みで体を歪める。体を丸めるようにした時、同時に左足からも激痛が走った。

 痛みに対して反射的に足も動く。右足はビクン、と動いたが、左足は伸びたままだ。

 あー、これは左足もやられてますね。

 

「~~~っ!」

 

「お願いだから動かないで。どうかしたの?」

 

 俺の顔を覗き込み、心配そうな声をかける。その様子からだと、まるで俺の方が間違っているみたいだ。 

 

「いっつつつつ……お、お前こそ今何しようとしたよ?」

 

「もうあなたにかける服が無いから、せめて私のこのシャツもかけようかと」

 

 まずお前が頭に水をかけて冷やした方がいい。

 

「気持ちはうれしいけど、そこまでしなくてもいい。もう大丈夫。むしろタバサは寒くないか?」

 

「……ありがとう。でも気にしなくてもいい。私は暑いくらい」

 

 ……最後のは嘘だろ。

 でも気持ちがうれしいのは確かだ。

 

「ありがとうは俺のセリフだよ。本当にありがとっ、ゴホゴホッ!」

 

「やはりもっと暖かくした方がいい」

 

「ゴホッ、だから平気だって……ボタン外すなって! いだだだだだだ!」

 

「動かないで」

 

 

 

 

 

 

「で、なんで俺を助けに来た、というか来れたんだ? アルビオンに来ても、いる場所まではわからないだろ」

 

 空気が柔らかくなったところで、ずっと疑問に思っていたことを聞く。最初に助けに来てくれたことを言った時に、謝られたのも気になるが、まずはこちらだ。

 俺のその問いに、タバサは顔を伏せる。だがすぐに顔を上げ、俺の目をじっと見つめる。

 

「……ごめんなさい」

 

 そうして軽く一つ呼吸をすると、その言葉を口に出す。

 

「今、私たちが向かっているのはトリステインじゃない」

 

「そうなのか? ……ならどこに」

 

 学院に直に、というのではなくとも、トリステインには向かっているのかと思ったが、どうも口調からするとそういう訳でもないようだ。

 

「……ガリア」

 

 

 

 

 

 

「私にあなたのことを教えてきたのは、ガリアの王『ジョゼフ』。今、私たちはあの男の元に向かっている」

 

 

 

 

 

 

「私の元にあの男から人形が来て、あなたの状況を伝えてきた」

 

 そうしてタバサは話し出した。

 

「そしてあなたが居る場所、私がそこまで行けるようレコン・キスタ軍の居る位置を教えることの代わりに、あなたを自分の元に連れてくるようにと」

 

 俺は驚きながらも、どこかでそれを受け入れていた。変な言い方だが、ツケを払う時が来たのだろう。

 

「話を信じるのならばあなたを助けるためには、考えている暇がなかった」

 

 エルフと闘ったことから、俺の情報がジョゼフにまで行っている可能性は考えていた。

 

「そしてあなたのことがあの男にばれている以上、あの男の地位と性格を考えれば今あなたと共に会いに行くよりも、約束を無視することの方が危ない」

 

 タバサの考えや行動を否定するつもりは毛頭ない。彼の性格などが俺の思っているものならば、直に会うことの危険性はそれほどでもないだろうからだ。俺が彼女の立場でもそうしただろう。

 またジョゼフに呼ばれたことを気味悪く思いこそすれ、それが今であることを辛く思いこそすれ、それを嫌がるつもりはない。それは元をたどればタバサを助けたことを後悔することに繋がるからだ。

 つまり驚きこそすれ、それ以外の気持ちはほとんどない。いつか来るものが今日来たというだけだ。

 むしろ交換条件とはいえ、ある意味ジョゼフに従ってまで俺を助けてくれたのだから、感謝の気持ちしかない。

 

「なるほど。良い機会かもな」

 

「……ごめんなさい」

 

「……何考えてるかはなんとなくわかるけど、気にするなよ」

 

「……でも」

 

 やっぱりか。そうだろうなとは思ったが。

 俺を騙してしまっただか、危険な目にあわせる羽目になってしまっただが、考えているのだろう。

 気にするな、と言うことは簡単だ。でもどれだけ心をこめて言ったところで、タバサがそれを素直に受け取りはしないだろう。

 

「……タバサ、一つ頼みがある」

 

「……なに?」

 

 俺は感じる必要の無い罪悪感で揺れるタバサの瞳を見ながら、肩に手を乗せる。

 

「俺を信じてくれ」

 

「……信じている」

 

「知ってる。でも気にするな、っていうのは信じてないだろ?」

 

 タバサの瞳がわずかに揺れる。俺はしっかりとそれを見据えながら、心の底から言葉をかけた。

 

「もう一度言う。信じてくれ。俺は何も気にしていない」

 

 どれだけ心をこめて言ったところで、人はそれを素直に受け取ったりはしない。

 でも結局、人にわかってもらうためには、その原始的とも根性論とも言えるようなそれしかないのだ。

 安っぽい考え方だと、自分でも思う。

 でもそんなものなのだろう。どの出来事が原因なのかはわからないが、戦争を通してなんとなくそう思うようになっていた。

 タバサの瞳が揺れを収め、はっきりとこちらを見返すようになったのを見て、力を抜く。

 

「もしも口だけじゃ信じてくれないっていうなら、ジョゼフの前での行動で示さなきゃな。おっかないから、そんなこと俺にやらせないでくれよ」

 

 俺のその軽口に、タバサもふわりと頬の力を抜いた。

 

「……わかった」

 

 ……まずいな。

 俺は口元を隠すと、その笑顔から目を背ける。

 

 

 

 …………男所帯でしばらく過ごした後の、女の子の笑顔は中々来るものがある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ああ、そうだ。色々と急すぎて言うのを忘れてた」

 

 これからどうなるのか、不安な気持ちは山のようにある。戦場での暗鬱とした思いを吹き飛ばすために、少しばかり無理に元気にふるまったのが良くなかったのか、精神の方も疲れている。

 だがどんな理由があろうと、これだけは言わなくてはならないだろう。

 

「助けてくれてありがとうな、タバサ」

 

「……そう言ってくれるのならば、それで十分」

 

「……こんなんでよければ、何遍だって言ってやるさ」

 

 俺の中の気持ちなんて表に出したってタバサを不安がらせるだけだ。今後のためにも頭の中は冷静に、だが感謝と安堵の気持ちがせめて伝わるよう、言動は柔らかく見えるように。

 何はともあれ、シルフィードはガリアへ、ジョゼフの元へと進んでいく。

 

 

 

 

 

 

「お互いに命を助けて助けられて、か。これで貸し借りなし、ってことになるのかね?」

 

「ならない」

 

「……即答とは恐れ入るな」

 

「今回の事は私が好きでしたこと。あなたがガリアへと行かなければならなくなってしまったことを考えれば、むしろあなたへの借りが増えたと考えるのが妥当」

 

「だ、妥当……………………?」

 

 俺の中の気持ちなんて表に出したってタバサを不安がらせるだけだ。間違いない。

 だって今の言葉に表されているタバサの気持ちを聞いたことで、俺が不安になっているのだから。

 まさか借りを返せなくてではなく、貸しを返され過ぎて申し訳なく思う日が来るとは思わなかった。

 シルフィードでの旅は、俺の中の不安を一つ増やしながらもガリアへと向け続いていく。




あまりに更新が遅いので、微妙にこつこつやる形に変えました。これで少しは早くなるといいのですが。
次も不定期投稿になります。頑張りますので、よろしくお願いします。





オーデンスフィアレイブスラシル全クリしました。
まごうことなき、名作でした。

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