それなりに楽しい脇役としての人生   作:yuki01

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四十九話 ハリボテの再起

「アラベル……といったかな?」

 

 その言葉を引き金に、俺の脳裏に浮かぶ人物像にはっきりとした顔が表れる。

 学院が襲われたと言う情報と、それを裏で糸引いたのは目の前にいるこの男だという直感が絡まり、空になった頭が激情が満たされた。

 椅子を倒して立ち上がる。

 

「……待って! それは」

 

 後ろから聞こえる俺を止める声など気にもかけず、俺はジョセフの胸倉を掴みあげた。 

 

「テメエ! あいつは関係ない!だ、ろ……う……」

 

 感情のおもむくままに吐き出した言葉。それを言いきる間もなく、怒りによって麻痺した脳裏に、ジョゼフの胸倉をつかんだ手が映る。

 ……馬鹿か、俺は。何をやっている。

 血の上った頭が、怒りはそのままに瞬時に冷える。

 指から力が抜け、ジョゼフは浮いた体を椅子に降ろした。

 

「急に激昂するなど、いったいぜんたい何があったのか……もしかしたら『何か変なものでも口にした』のかははわからんが」

 

 嫌味なその一文を枕詞に、この件の黒幕の声が部屋にこだまする。

 

「いや、恐ろしかった。アルビオンの戦場から生還した程の英傑に迫られては、ネズミの鼻先ほども無い余の心臓は一たまりもない」

 

 呆けた俺の視界に映る眉を曇らしたジョゼフの顔は、もはや滑稽なほどのわざとらしい恐怖で満ちていた。

 真っ白な頭のまま、机に手を付き、顔を伏せる。

 ……何が恐ろしいだ。そんなことは欠片も考えてはいないくせに。俺の恫喝なぞジョゼフにとっては、虫の羽音以下でしかないだろう。

 俺の頭の中には、先ほどのジョセフの言葉が響いていた。

 ……『何か変なものを口にした』か、仮定にしてはいやに具体的だ。つまりはそういうことか。俺は最初から、手のひらの上で転がされていたわけだ。

 自分の愚かさとやったことへの後悔に、瞳孔は開き、視界には何が映っているのかもわからない。

 ……兎にも角にもまずは謝罪をしなければ……。

 震える喉を動かし、声を絞り出す。

 

「申し訳……!」

 

「ああ、そういうのはいらん」

 

 顔を伏せ、謝罪のため平伏しようとした瞬間、声をかけられる。

 

「安心しろ、愛する姪の友人だ。多少の事なら笑って許そうではないか」

 

 反射的に上げそうになる顔を、意志の力でねじ伏せる。

 一瞬でも期待と安堵をした自分に失望する。俺を怒らせたのが予定通りだったのならば、この言葉も予定通りに決まっている。

 

「とはいえ何もなし、という訳にもいかん」

 

 ジョゼフは軽く口角を上げた。

 

「シャルロット」

 

 そうして俺を通り越し、後ろにいるタバサへと声をかける。

 

「彼の非礼をお前が詫びろ」

 

 頬の内側を強く噛んだ。握りしめた指の爪が掌に刺さる。 

 きっとこれがジョゼフの目的だったのだ。タバサに頭を下げさせるということが。目的はわからない。いや、王としての権限や母親を使えば、タバサに頭を下げさせるだけなら簡単なことだ。なら大切なのは俺の責任で頭を下げさせるということ。

 目的がわかったのならば、次にやることは一つだけだ。

 そうだ。止めるべきだ。友人が、命の恩人が、俺のバカのせいで親の仇に頭を下げるなんてあっちゃいけない。止め方なんて簡単だ。よせと一言タバサに声を掛ければいい。『馬鹿を言うな』と、ジョゼフに対して声を荒げたっていい。なんなら振り向いて目を見るだけで、タバサはこちらの意図を酌んでくれるかもしれない。方法なんていくらでもある。

 もちろんあれだけの事をやらかしたうえ、相手が出してきた謝罪案すら蹴ったのだ。間違いなく、俺はなんらかの責任を取らされるだろう。狂王ジョゼフ相手だ、大げさでなく、死罪の可能性すらある。

 でもそれは、俺を助けてくれたタバサを見捨ててまで守る価値があるものなのだろうか。

 …………………………

 

 

 

「……ごめんなさい」

 

「ふむ……いくら伯父相手とはいえ、王への無礼に対する謝罪にしては軽いな。……そうだシャルロット、跪け」

 

 衣擦れの音の後、背後でもう一度その言葉が響いた。

 

「ごめんなさい」

 

 ……結局俺は動けなかった。

 

 

 

 俺の背後に向けていた視線を、俺の顔へと戻すと何故かジョゼフは破顔した。

 

「よし! これで全てを水に流そうではないか」

 

 彼は朗らかにそう言って、パン、と一つ手を叩く。

 

「……ありがとうございます」

 

 ほぼ反射的に言うべき言葉を返す。

 

「どうした、水に流すと言っているだろう? そんなに気にするな」

 

「はい……すみません……」

 

 俺の様子を不審に思ったのか、後ろにいたタバサが横に並び、俺の顔を横目で見る。

 

「……っ……」

 

 どういった気持ちからなのかはわからないが、息を軽く飲み、目線を鋭くするとジョゼフの方へと顔を向けた。顔は前へと向けたまま、俺の体の前に片手を伸ばすと手の甲で軽く俺を後ろへと押した。それに従い、よろけるようにして後ろへと下がる。

 俺を守るように前へと立ったタバサは、杖を力強く握ったままジョゼフに向けて口を開く。

 

「もう用件は済んだはず。私たちは帰らせてもらう」

 

 机に肘をつくと、そこに顎を乗せるとジョゼフはニッと笑った。

 

「ああ、好きにしろ。これ以上やれば、流石にお前も手を上げるだろうからな。そこまでは俺もまだ今は望んでおらん」

 

「では失礼する」

 

「ああ……いや、待て」

 

 何か思い出したことでもあるのか、ジョゼフは椅子から立ち上がり、こちらへと歩み寄る。

 

「…………」

 

 腕を伸ばし、俺を庇うようにして前に立つタバサを挟み、俺とジョゼフが向かい合う。

 思った通り、俺よりも随分と背が高い。見上げるようにして、顔を見る。最初に会った時と比べて特に表情に変化はない。だが貶めたことで俺に対する興味を失ったのか、なんとなくどこか醒めたような雰囲気があった。

 

 

 

 霧がかかったかのようにぼやける頭で考える。

 フーケを捕まえるのに手を貸した。ワルドの遍在を倒した。エルフを倒した。タバサの母親を治した。振り返れば随分と色々なことをやってきた気がする。ただ間違ったことはやってはいないはずだ。

 ならばなぜ、今俺はこうしてガリアの王の前にいるのか。なぜ他国のたかが一使用人のことについて知っていて、それを俺に教えようとするのか。

 理由は簡単だ。……糸を引いたのがジョゼフだから。今はもう、確信を持って言える。学院襲撃の裏にいるのは、この俺の目の前にいる男だ。

 ではなぜそんなことをした。……これも理由は簡単だ。放っておけば間違いなく死んでいた俺をわざわざ連れてきてそんなことを話したことからしても、俺に目を付けているからだろう。

 

 

 

 ならばなぜ目を付けられた?

 

 

 

 もう答えはわかっている。タバサの母親を治したから。エルフを倒したから。

 誰かを助けたことを後悔したくないから、なんて綺麗ごとをお題目に目を逸らしていたが、遡っていけば、結局のところ一つの出来事に収束される。

 タバサを助けたからだ。

 視界に映るのはタバサとジョゼフ。多分このままで、このクソみたいな気分のまま、タバサに守られたままでいれば、もう少しで俺は帰れるのだろう。

 そうなったらどうなるのか。まるで目に映るようだ。

 学院で鬱々とした気分のまま過し、自分で考え自分の判断で動いたくせに、いつしかこうほざくようになる。

『こうなったのはタバサのせいだ』、と。そしてそんな自分の事を嫌悪すらしなくなるのだ。

 ……冗談じゃない。

 

 

 

タバサの肩を軽く掴む。

 男にしてはひ弱な俺よりも随分と薄く、小さい肩。この年頃の女性にしては鍛えている方なのだろうとは思うが、それでも十分な柔らかさが掌を通して伝わってくる。

 ……俺はこの肩に守ってもらおうとしていたのか、恥ずかしげもなく。

 

「悪いけど、少し下がっていてくれ」

 

「っ……それは……」

 

 急に後ろから肩を掴まれたことに驚いたのか、振り返りつつも拒否の言葉を発しようとするタバサ。だが、俺の顔を見て僅かに目を見開くと、それ以上何を言うでもなく静かに俺の後ろへと戻った。

 ジョゼフもタバサも俺の顔を見るたびに、なんかしらの反応をするがなんだというのか。まあ俺の顔に何があるのかはわからないが、今はそれどころではない。

 もう一度、ジョゼフと向かい合う。

 どことなく纏っていた醒めた雰囲気は、もう消えていた。愉快げに吊り上げられた口に、楽しげに歪められた目。それは新しい玩具を与えられて子供の表情そのものだった。

 自分を見てそんな表情を浮かべる大国の狂王。頭の片隅に前へと歩み出たことへの後悔がちらりと浮かんだ。

 萎える心を震わすために、俺は一度拳を強く握る。そこに残るのは先ほど掴んだ薄い肩の感触。俺をジョゼフの前へと立たせている理由、吹けば飛ぶような意地の根っこだ。

 自分の判断すら人の責任にしながらもそれを異常に思わない人間になるか、自分を助けてくれた人よりも前に立てる程度の事はできる人間になるか。

 ならせめて、後ろで見ていてくれる人に、恥ずかしくない人になることを目指したい。

 そう、たぶんおそらくきっと、ここが俺の分水嶺だ。

 

 

 

「まずは謝罪を」

 

 ジョゼフの目を見てしっかりと。

 

「先ほどの無礼、真に申し訳ありませんでした」

 

 謝罪の言葉を発すると、深々と頭を下げる。

 虚をつかれたような息音の後、笑い声が部屋に響いた。俺の頭へと降り注ぐそれを聞きながら、ただ視線を床へと向け続けた。

 

「頭を上げろ」

 

 どれだけ続いたか、笑い声が止むとそう声を掛けられた。

 顔を上げ、再びジョゼフと目を合わせる。

 

「何があったかわからないが」

 

 口に含むようにして軽く笑いながら、ジョゼフは言葉を続ける。

 

「持ち直して第一声が謝罪とはな。予想していなかった」

 

「やはりどうであれ、当人が頭を下げなくてはならないと思いますので」

 

 俺の言葉を軽く鼻で笑う。

 

「そつがないのもそこまで行けば鼻に付くな。まだ殴りかかってくる方が可愛げがある」

 

 言葉こそ不満げだが、その表情にそういった様子は一切ない。

 おそらくジョゼフの表情に嘘は無いはずだ。それこそ言いすぎでなく俺たちの生殺与奪を握っている彼が、ここで表情に嘘を混ぜる必要が無い。

 

「まあいい」

 

 そう言ってテーブルの上へと移動した彼の視線を追えば、そこにはチェスの駒が散らばっていた。おそらく俺がジョゼフの胸倉を掴んだ衝撃で、倒れたのだろう。

 

「最後まで勝敗の判らない実にいい勝負だったが、これでは続けるのは無理だな」

 

 俺の圧倒的な劣勢で、あとは勝ち負けでなくどれだけ持つかという状況だったはずだが……まあ、ただの皮肉だろう。

 

「ええ、自分の負けが見えていたとはいえ、決着がきちんとつけられなかったことは残念です」

 

 さすがに大失態で頭も随分と冷えた。血が上ってさえいなければ、これくらいのことは受け流せる。

 わずかにつまらなそうな表情を浮かべたジョゼフは横目で俺を見ると、再びチェス盤の向かい側へと戻り、椅子に腰を下ろした。

 

「時間はあるのだろう? もう一局どうだ?」

 

 ジョゼフのその言葉に応じたように、俺の服の袖が軽く引かれる。

 振り向けばタバサがこちらを見上げていた。俺の目を見つめた後、その顔が軽く横に振られた。

 ……わかってる。今の俺がわずかにでもしゃんとしているように見えるのは、強くなったからじゃない。意地だの男のプライドだのといった、俺には似合わないものを必死に掻き集めて作ったハリボテを見せているだけだ。時間が経って冷静になれば、そんなものはあっという間に崩れ去る。ならここでもう一局なんて愚の骨頂だ。

 

「いえ、お誘いいただき大変うれしいのですが、襲われたと言う学院の友人が心配ですので今日はこれで失礼いたします」

 

「そうか……」

 

 三十六計なんとやらだ。

 もう一度深く頭を下げ、足早に扉に近づき、手をかける。

 

「待て」

 

 再びかけれらた静止の声に、仕方なく再びジョゼフの方を向いた。

 

「これで最後だ。口調にも内容にも、どんな言動をしようと一切の無礼は問わん」

 

 机に頬杖を突き、軽く笑いながらこちらを見つめている。

 

「アシル・ド・セシル、今のお前の素直な気持ちを教えてくれ」

 

 

 

 先ほど一度はめられた後だが、俺はそのジョゼフの言葉を疑ってはいなかった。

 ……ジョゼフの持つ権力は圧倒的だ。彼が黒だと言えば、それがどんなものであれそれは黒なのだとして扱われる。

 俺がどんなに礼儀を尽くそうと、それをタバサが見ていようと、彼が一言『無礼だ』と言えば、俺は終わりだ。

彼がその気になれば、仮に俺に何の問題もなかったとしても、俺を2,3日のうちに処刑台の上に立たせることもできるだろう。

 逆に言えばだからこそ、俺をはめたいのならば何を言ってもいいなんて言う必要はないということだ。

 そしてはめるためでないのならば、俺に何を言われたところで、ジョゼフは怒りはしないだろう。さっきも言ったが俺の罵倒なぞ、ジョゼフにとっては虫の羽音だ。どんな罵詈雑言を並べた所でどうせ心に届きはしない。

 なら渡りに船だ。ちょうど俺にも一言、言ってやりたい言葉があった。

 

「では、僭越ながら一言だけ」

 

 扉を開けて廊下に出る。周りを見渡し、誰もいないことを確認すると、部屋の中のジョゼフへと告げる。

 

「覚えておけよ、無能王」

 

 そう吐き捨てて、扉を閉めた。

 




イース8にペルソナ5、初めて触れた有名シリーズですが両方大当たりでした。
GRAVITY DAZEも面白かったです。少し目は回りますが。
仕事でSSA初日に行けなかったので、なんのやる気もでませんが、上の3本が当たりで良かったです。

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