絢爛豪華な舞踏会。そのパーティー会場であるホールでは、着飾った紳士淑女のみんなが豪勢な料理やワインを片手に歓談をしている。どこで何が光っているのだかわからないが、ホール中がきらきらと光り輝き、参加者のほとんどが十代の生徒たちだというのにどこか荘厳な雰囲気さえ感じさせられるくらいだ。そんなずいぶんと楽しげな雰囲気の中、なぜか俺はバルコニーにうずくまっていた。
「……おおう……」
「大丈夫か?無理してあんなに喰うから。つーかタバサはどこにあれだけの食い物入れてるんだ?」
なぜ俺がこんなふうになっているのか? それはほんの十分ほど前のできごとが原因だった。
あの後フーケを捕まえた俺達は学院に戻って起きたできごとについて学院長に報告した。それで、まあ、その報償としてシュヴァリエだかなんだかという名誉な地位を頂けることになったのだが……そこでまたルイズさんがやってくれた。一番活躍したサイト君になんの褒美もないのはおかしい、と言い出したのだ。空気読めよ。
しかし、サイト君は使い魔。こちらの身分制度に当てはめれば、いいとこ平民だ。それも正体不明の。これではいくら学院長も立場的に爵位を与えることなどできるわけもなかった。そこで未だにバカだったとは思うが、俺はこう言ってしまったのだ。
「今回一番活躍したサイト君に何も無いのでしたら、私も結構です。実際これといって特になにも功績はあげてませんからね」
まあ、フーケを捕まえるのに一枚かんだことで調子に乗っていたんだと思う。さらに周りからの評価を上げようとしてそんなかっこいい感じの事を言った。その結果先生方にはほめられたが、まじで俺への爵位の授与は見送られてしまった。
……おかしくね?そこは『いやいや、君も頑張ったからのう。そんなに自分を卑下するものではない。君はシュヴァリエの爵位の授与に値する事を成し遂げたのじゃよ』みたいな流れになるんじゃないの?どうやら西洋風のこの世界観では日本人的な謙遜という美徳は通じないらしい。嫌な話だ、やってられない。今後はもう少しずうずうしく生きることを目指そうと思う。
そして、フーケ騒ぎで忘れていたが今日は『フリッグの舞踏会』だった。ただでさえインドア派の俺からすれば面倒なイベントなのに、フーケ騒ぎで疲れている今日開催というのは嫌がらせに近い。せめて出発前に言ってくれよ。そうすりゃフーケ退治なんて行かなかったのに。
しかしさすがにだるいから不参加、いうわけにもいかないので適当に着飾って参加した。
仲のいい奴らやフーケの騒ぎを聞いて集まってきた人たちと適当に歓談をすると俺は会場の隅の方へと移動し、パーティーの喧騒の中から離れる。別に大勢で騒ぐのが嫌いなわけじゃないが、疲れている時には勘弁してもらいたい。ただでさえ馬車に何時間も乗ってたせいで、こちとら背中と尻が痛いってのに。
首を振ってそんな後ろ向きな考えを頭から消すと、俺は右手に持っていたワイングラスを口へと運び、その中身をぐいっと煽った。口の中にワイン特有の甘みとほのかな渋みが広がっていく。本来ならばもっとよく味わってちまちまと飲むものなのだろうが、そのままいっきに飲み込んだ。冷たさを感じた液体が、のどを通り胃に入れた瞬間、熱を発し始めたように感じるのは俺の気のせいだろうか。口の中に残っている後味を消すために、テーブルの上に置いてあった肉料理を一切れ口に放り込むと、空になったワイングラスを近くにいた使用人の人に手渡した。
「ふう……」
よごれた指をハンカチでふくと、俺は壁に背中を預けよりかかる。
視線をホールの中心の方へと向ければ、そこには随分とクールビズなドレスを着たキュルケがいた。周りに多くの男をはべらせ、楽しそうに笑っている。見ているだけで元気が出てくるような快活さだ。少しばかり古い表現かもしれないが、ああいうのを太陽みたいな女性とでも言うのだろう。それにしてもキュルケも俺と同じだけ馬車に乗っていたはずなのに、こうして見ている分には疲れなんて微塵も感じられない。……なんかあれしきで疲れている俺が、少し男として情けないな。最近あまり運動をしていなかったとはいえ、さすがにこれはひどいものがある。これからは体に気を付けたり、筋トレをしたりすることにしようかね。
会場を見渡すように周りを見ると、料理の並べられたテーブルの一つにタバサがいた。いつものような感情が読み取りにくい表情で、もさもさとなにやら凄い色のサラダを口に詰め込んでいる。何が彼女をそこまで駆り立てるのかは知らないが、食べるスピードが凄まじい。
「…………」
俺はタバサのいるテーブルに近づくと、無言でタバサの隣へと立った。そして料理の乗った皿の一つに手を伸ばす。ちら、と隣に視線をやればリスみたいに口にサラダを詰め込んだタバサと目があった。俺の中の何かが伝わったのか、食べる手を止めている。
以前キュルケからタバサが良く食べるというのは聞いたことがある。しかし、所詮は小柄な体系の女性にしては、前提がついての話だろう。それに今までもこの調子でパーティーに参加していたのなら、もう結構な量を食べているだろう。なら俺でもなんとか勝てるかもしれない。
とどのつまりはなんか馬かなんかみたいな勢いのタバサを見ていると負けてるみたいで悔しかった、ってだけだが。我ながら勝手な自己満足だがそんな考えから、皿を持ち上げるとフォークを手に持つ。何も言っていないというのに俺の意図を察したのか、タバサの方も同じような姿勢をとった。
大きく深呼吸を一つすると、何も考えずに皿の上の料理を口に放り込んだ。
……そして、
……戦いが始まる
「おおおおおおおおおおおお…………」
「大丈夫か、アシル? あんな無茶して食うから」
その結果がこれである。ようはぼろ負け。いったい体のどこに詰め込んでいるのか、タバサは恐ろしいほどの量をドン引きするようなスピードで食べ、圧倒的な差で俺をひねりつぶした。サイト君に背中をさすられながらホールの中を見てみれば、未だにあの変な色のサラダをむさぼっている。
しかしサイト君のおかげか、まだ気持ち悪いことは気持ち悪いがいくらか楽になってきた。この調子なら吐かなくともすみそうだ。さすがに自分で勝手に大食いをやっておいて、それを吐いたら作ってくれた人たちに申し訳が立たない。
サイト君にお礼ともう大丈夫なことを告げると、今度はバルコニーの柵に立てかけられたデルフリンガーへと顔を向けた。
「……うあ……やべえ、なんか出そう……」
「こっち向けてそんな事言うんじゃねーよ!俺、剣だから逃げられねーのに!相棒!助けて!俺、汚されちまう!」
俺がそう言うと冗談なのをわかっているのかいないのか、体である剣をかたかたと震わせながら本気の声色で騒ぐデルフリンガー。その反応がなんだか面白いので、彼? に顔を向け限界の近そうな顔をしてみる。と言っても吐き気に襲われているのは間違いのない事実なので、少しでも油断をしたら本当にデルフリンガーに向かってぶちまけてしまいそうだ。さすがにそれは可哀そうなので、反応をしばらく楽しんだ後俺はバルコニーの柵を背に、ずりずりと倒れこんだ。
そう座り込んでいると、顔に影が掛かった。
「何やってんのよ」
その言葉に顔を上げると着飾ったルイズさんがいた。結い上げた髪といい、胸元の開いた大人っぽいドレスといい、中々どうして似合っている。もともと整った容姿の上、スレンダーなので西洋人形のような美しさだ。肘のあたりまである白い手袋も高貴さを感じさせる。まあ、正直異性として見たことがないので俺にとってはどうでもいいんだがサイト君には効果がばつぐんらしく、目も合わせられないようでそっぽをむいてしまった。なんか頬が赤くなってるし。
座り込んだままというのも失礼だ。俺は柵を支えに立ち上がる。
「せっかくの舞踏会なのにこんな所でうずくまって……フーケの捜索隊に参加したってだけで今は大人気になれるわよ。普段バカにしていた私にまで言い寄ってくるやつらがいたくらいだしね」
「……ざけろ。いまくるくる回りながら踊った日には、回転しながら吐きちらすことになるわ。もう、いいから俺の事はほっといてサイト君と踊ってこいよ。使い魔君があれだけ頑張ったんだ、ご褒美やってもバチはあたらないだろ」
「……そうね」
そう言うとルイズは顔を背けながらもサイト君に手を差し、こう言った。
「……あんたもまあまあ、頑張ったしね。まあ、踊ってあげなくもないわ」
ホールでは、ルイズとサイト君が踊っている。ダンスになれていないからだろう、他のペアと違いサイト君の動きはたどたどしくぎこちない。体はぶつけ、足は踏み、お世辞にも上手なダンスだとは言えない。しかしそんなダンスの出来とは違い、その表情は他のどのペアよりも柔らかくたのしそうだ。それにこうして見ている間にも少しずつ息があってきたように見える。
それは無能(ゼロ)のメイジと平民の使い魔というかみ合っていない二人が、これから様々なことに立ち向かうことでお互いのことを少しずつ支え合い、信頼し合い、認め合っていく……そのことを暗示しているように俺には見えた。
「……おえええええええええええ」
「……もう坊主はじっとしとけよ」
またも湧き上がってきた気持ち悪さに、俺は再び座り込んだ。
サブタイトルもいいものが特に思いつかず、にじふぁんの時と比べると、あたりさわりのない無難なものになってますが気にしないでください。