それなりに楽しい脇役としての人生   作:yuki01

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七話   ワルド登場

 今、俺は深夜の女子寮にいる。この一文だけでは、犯罪の香りがするが断じてそんな目的があるわけではない。むしろ正義の味方と呼んでもいいくらいだ。なにせ俺は犯罪を未然に防ごうとしているのだから。

 

 

 あれから……フーケ騒ぎだのフリッグの舞踏会だのが終わってから、俺がこうして女子寮に忍び込むまでの間に様々な出来事が起きた。

 といってもフーケ騒ぎのような一大事件がたて続きに起こるわけもなく、細々とした出来事がいくつか起きた、というだけだが。

 具体的にはサイト君がルイズに夜這いをしようとして返り討ちにあっただの、さらにサイト君が未だにキュルケに言い寄られていて、それが原因でルイズとの諍いが起きているだの、やっぱりサイト君がシエスタとの仲も少しずつ深めているようだ、だのの騒ぎはあったが、まあそれは俺には関係ないのでどうでもいい。

 そんなこんなで少なくとも俺は平和に静かに過ごしていたのだが、ある時ここトリステイン魔法学院に、我が国の王女、アンリエッタ・ド・トリステイン姫殿下が来ることになった。

 正直、貴族ってのは名前が長いほど偉いのではないか、と思っていた俺にとって彼女の名前の短さは印象的だったのを覚えている。ただ短いほうが憶えやすいし、それにこしたことはないだろう。さすがに自分の国の王女の名前間違えたら冗談じゃすまなそうだしな。

 まあ、そんなこんなで姫様が来たことでテンションの上がった知り合いに合わせたせいで疲れた俺は、知り合いのメイドさんに作ってもらった軽食を片手に月を眺めていた。ぼーっと空を眺めるのが結構好きなのだがこんなとこ見られたらナルシストだと思われそうで隠れるようにしていたせいだろう、誰かが俺に気づかずにすぐ近くを通っていった。音をたてないように気を付けてそちらに目をこらしてみれば、月明かりに黒いローブを羽織った人影が、こそこそと歩いていくのが見えた。

 確かそっちは女子寮だったはず……。黒いローブを羽織った人物が行く場所にしては怪しすぎる。しかしフーケ騒ぎが起きてそう経っていないこともあり、慎重に動くべきだと思った俺は、少しの間息を殺してじっとしていた。しばらくそうしているとその行動が正しかったことが実感できた。なぜならばさっきの不審者の後を追いかけるかのように、二人目の不審者が俺の近くを通っていったからだ。

 変質者をストーキングとは随分と高尚な趣味なことだ。俺はそちらに目をやった。

 ……フリルのような物がついたよくわからない服。遠目からでもわかる、よく手入れのされているであろう金色の髪。やや中性的な感のする甘さを感じる整った容姿。二人目の不審者の正体は……

 ……ギーシュだった。

 勘弁してくれよ。さっきの変質者はどうだか知らないが、女たらしのギーシュが夜中の女子寮に行くなんて目的は一つだろう。合意の元でなら好きにすりゃいいが、そうでないなら冗談ではすまない。いくらなんでも知り合いから性犯罪者を出したくはないし、一人目の不審者も気になる。そんな理由から俺はギーシュの後をつけ、夜中の女子寮に忍び込んだのだった。

 

 ギーシュの後をつけてみたのはいいんだが、気づかれないように距離をとっていたこと、女子寮という土地勘の無い場所だったこともあって迷ってしまった。しばらくうろうろしていた所、誰の部屋の前だかは知らないが、ドアに顔を近づけて何かしている人を見つけた。これで三人目の不審者だ。さすがに疲れてきたが、せめて顔だけでも覚えておこうと目をこらしてみた。

 ……ギーシュだった。

 なんかもう、頭が痛くなってきたがとりあえず今のところギーシュは別に問題になるような行動を起こしている訳ではない。ただドアに耳をつけてみたり、隙間らしきところに目を近づけたりしているだけだ。倫理的にも法的にもアウトな気がするが、ギーシュというキャラ的にはセーフな気がする。つくづくイケメンは得だと思う。まあ、とりあえず妙な事をしでかさないかしばらく見張っていることにしよう。

 

 

 ……ふと思ったのだが、今の俺も不審者っぽいのではないだろうか。ギーシュは女たらしだと思われているから夜中の女子寮にいても笑い話ですみそうだが、俺の場合は「深夜の女子寮でギーシュを監視していた人」という、女好きにもギーシュのストーカーにも思えるシャレにならない状況だしな。もうさっさとギーシュに「こんな夜中に女子寮の方に行くから、変なことやらかさないか一応ついてきたけど何もないみたいだしな。もう戻って寝るわ。おやすみ」みたいなこと言って帰ろう。一人目の不審者ももうどうでもいいや。なんとでもなるだろ。

 そう考えた俺はギーシュの方へと歩み寄り、その肩をたたこうとした瞬間、

 

「きさまーッ!姫殿下にーッ!なにをしてるかーッ!」

 

 何があったのか知らないが、ギーシュはいきなりドアを開け放ったかと思うと中に飛び込んでいった。そして、中に居たサイト君となにやらとっくみあいの喧嘩をし始めた。それを見てここがルイズの部屋だった事に気づいた俺は、ギーシュがルイズに気があった事に驚きつつも部屋の中を見渡してみた。部屋の中には、ルイズ、サイト君、ギーシュ、そしてどっかで見たことあるような女性がいた。俺の記憶が間違っていなければその謎の女性はとてもよく我が国の王女、アンリエッタ姫殿下に似ているような……。わきに黒いローブが脱ぎ捨ててあることから考えても一人目の不審者は彼女だったのだろう。

 ……ヤバイ。夜中の公爵家令嬢の部屋にお忍びでいらっしゃった王女様。……正直死亡フラグか陰謀の臭いしかしない。さっさとUターンして部屋に戻ろう。

 そんな事を考え始めた時、ギーシュの乱入でそちらに目を向けていたルイズと目が合ってしまった。

 

「……僕、ダンスのお稽古があるのでおうち帰ります。また明日、ごきげんよう」

 

 そう言って後ろを向き、全速力で駆け出そうとした時、

 

「待ちなさいよ、今の話を聞いといて帰れるわけないでしょ」

 

 そう後ろから声をかけられた。いったい話と言われてもなんのことだかさっぱりだが、今更「実は聞いてないんですよ」なんて言ったって信じてはもらえないだろう。

 つまりこれはあれだうん、好奇心は猫をも殺すってやつだな。

 

 

 

 

 

 

 

「……おまえの………どこに………」

 

「……ああ……ヴェルダ……」

 

「……そんなの……馬で……」

 

 ドスッ!!

 

「痛ったあ!!」

 

 隣にいたルイズに足を踏まれて目が覚めた。どうやら眠っていたらしい。こんな起こされ方をするのは二度目だ。三度目は無いように努力したい。

 

「もっと優しく起こしてくれてもバチは当たらないと思うぞ、ルイズ」

 

「姫様からの重大な任務の前に居眠りするような人に対する優しさは持ち合わせてなッ、キャアッ」

 

 いきなり目の前からルイズがいなくなったので何事かと思えば大したことはなかった。なにやらバカでかいモグラに押し倒されて転んだだけのようだ。モグラと人間という前衛的なカップリングを見て官能的だなんだと言っている残念な二人組、まあサイト君とギーシュのことだが……の話からするとこのモグラは、ヴェルダンデといいギーシュの使い魔だそうだ。で、なぜルイズを襲っているかだが、ルイズがアンリエッタ姫から預かった「水のルビー」という指輪に反応しているらしい。正しくは指輪についているルビーに反応しているんだとか。宝石が好きなんだそーだ。主に似て欲望に正直な使い魔だと思う。ペットは飼い主に似る、っていうからな。

 欠伸をしながら、涙の浮かんだ目でモグラと励んでいるルイズに視線をやる。

 ……それにしても色気のない絡みだ。下卑た欲求よりかは笑いが込み上げてくる。正直これに関しては、サイト君とギーシュの言うことはわからんな。

 ヴェルダンデで思い出したが、俺の使い魔も今回は連れてきている。これといった特徴のないただのフクロウだが、まあ飛ぶ速さとかは結構なものなので全く役に立たないってこともないだろう。

 結局昨晩、ルイズに呼び止められた後、ドア越しだったのでもう一度詳しく話を聞きたいと言って、姫さんの頼み事について聞いたのだが、これがまあひどい話だった。

 なんでも昔出したラブレターがかなり気合いの入ったできで、そんなモン見つかったら今度ゲルマニアとする政略結婚が破談になるかもしれないから、ちょっと内乱中のアルビオン行ってそこの王子様からそれを取り戻して来てくれ、ってな内容だった。

 たかが一生徒が内乱中の国に行って生きて帰れると思ってるのか、とか。政略結婚なんて血筋と立場が欲しいだけなんだから今更ラブレターごときで破談になるものなのか、とか。色々とつっこみどころはあるような気はするがそこは悲しき宮仕え、王女様に意見するなんておっかない事ができるはずもなく、頼み事という命令を承る他に選択肢はなかった。

 しかも深夜に相談に来て、明朝早くに出発します、という無茶っぷり。話を聞いてからすぐに遺書を書いて信頼できるメイドさんに渡したり、料理人をたたき起こしてから頭を下げて日持ちする食べ物を作ってもらったり、いざという時のために作成していたいくつかの魔法薬を大急ぎであるていど完成させたりしていたらもう出発時間ぎりぎり。寝てもしょうがないと思う。閻魔様だって『情状酌量の余地がある』、って言ってくれるレベルだ。……どうでもいいがフーケの時に、似たようなことを言った気がするな。

 そんなことを考えているうちに種を越えた愛はクライマックスへと進んでいた。あまり優しい訳ではない俺でもさすがにルイズが可哀想になってきたので、そろそろ助けてやろうかと思ったとき、突風が吹きモグラ……名前なんだっけ? ヴォルガノンだったか?を吹き飛ばした。そちらへ視線を向けてみると朝靄の中に人影が見えた。おそらく今の風はその人影の仕業だろう。こんな朝早くから一体、誰が何の目的でこんなところにいるのか知らないが、警戒するのにこしたことはない。そう思っていると一人の長身の男が朝靄の中から現れた。

 年の頃は三十前半といったところだろうか。服の上からでも鍛え上げているのがわかる肉体、鋭いまなざし、きれいに整えられた口ひげに気品漂う羽帽子。どこのどちら様だか知らないがおそらくここにいるメンバー全員で一斉にかかっても勝てるか怪しいものだろう。自分の力に絶対的な自信を持っていて、しかもそれは虚仮威しではない……そんな雰囲気がただよっている。やめときゃいいのに、先ほどヴェルダンデを吹き飛ばされたことに対して腹を立てたのか、ギーシュが彼へと声を荒げた。

 

「だ、誰だ貴様ッ!僕のヴェルダンデに何をするかあっ!」

 

「いや失礼。僕の婚約者が襲われていたようなのでね、少々手荒かとも思ったが対処させてもらった」

 

 そう言うと杖をしまう。

 

「ああ、すまない。自己紹介が遅れたね」

 

 そして帽子を取ると、張りのある凛とした声を上げた。

 

「僕はワルド、ありがたくも女王陛下の魔法衛士隊、グリフォン隊の隊長をさせて頂いているしがない子爵さ。さすがに今回の様な大きな任務に君たちだけ、というのは心許ないと姫殿下は思われてね。しかし、お忍びの任務である以上あまり大勢の兵士を付けるわけにもいかない、そこで僕が指名されたってわけさ。よろしく頼むよ、君達」

 

 それを聞いて誰かがあっけにとられた表情でもしていたのか、ワルドさんは励ますように、人好きのする笑みを浮かべる。

 

「何、大した事はないよ。フーケを捕まえた勇敢な君達に風のスクウェアである僕が付いているんだ。何も恐れることはないさ」

 

 そう言うと、そのワルドさんは明るく笑った。

 

 ……内乱中の国へ極秘任務、強いイケメンが仲間に加わった、しかもそいつは話からするとあのルイズの婚約者。魔法衛士隊の隊長と聞いてギーシュは萎縮してるし、サイト君は嫉妬か何かで不機嫌そう。

 出発前からこれだけ不安だらけの旅もそうそうありはしないだろうなあ、そう思いながら俺は寝ぼけ眼をこすった。

 


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