それなりに楽しい脇役としての人生   作:yuki01

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九話   アルビオンへ

「面倒なことになっちまったなあ、おい」

 

 裏口から店を出たとたん爆発音が聞こえてきた。おそらくはキュルケの仕業であろう、それを聞いて俺はそうつぶやいた。

 

「では行くぞ、諸君。桟橋はこっちだ」

 

 そう言ったワルドに続き俺達は桟橋へと向かった。ワルドがルイズを護るように先頭を歩き、ルイズ、俺、サイト君という順で行動している。まあ、最前列と最後尾は手練れがやるほうが安全だろうから、妥当な順番だろう。

 

 あれから俺達は月明かりをたよりに町を駆け抜け、階段を駆け上がり、一本の大樹の元へとたどりついた。暗がりできちんとしたサイズはわからないが大きめのビルくらいはあるだろうか。もはや逆に作り物にしか見えないようなその樹の枝にはそれぞれ船がぶら下がっている。これがラ・ロシェールが海沿いに無いにも関わらず港町と呼ばれている理由、空を飛ぶ船の停留所、いわゆる桟橋だ。後は目的地行きの船の所まで行くだけ……と言えば楽に聞こえるがぼろい木製の階段を登らなくてはいけないので、ここまで走り続けた身としてはだるいことこの上ない。

 

「ルイズー、疲れたんでおぶってくれ。船まででいいし、後でお菓子買ってあげるから」

 

「死んだら?」

 

 虫でも見るような冷たい目でそう返すとルイズは、樹を見て惚けていたサイト君に声をかけ、目当ての階段を見つけたらしいワルドの後を追って行ってしまった。全く、ああいう態度を取るのは俺が被虐趣味に目覚めてからにして欲しい。今されたってうれしくもなんともない。

 俺はため息を一つ付くと、サイト君と共に階段を登り始めた。

 

 階段の隙間からラ・ロシェールの明かりが見える。もう結構な高さまで登ってきたようだ。それにしてもキュルケ達は大丈夫だろうか、無事だと良いんだけど。

 

「アシル、もう結構登ってきたと思うんだけどまだ着かないのか?こんなとこきたの初めてだから、どれくらい登るのかわからねえんだけど。いいかげん疲れちまってさ」

 

「情けねえ事言ってんなよ、相棒。色々あって疲れてんのはわかるけどよ、貴族の娘ッ子でさえ弱音吐いてねえんだ。ここが男の見せ所って奴やつだと思うぜ。まあ、俺剣だから実は疲れたとかよくわからねーんだけどさ」

 

 サイト君からの質問に答えようと階段を登りながらも後ろを振り返ると、サイト君の後方の暗がりの中に人影が見えた。それにしては忍び足でもしているんだか、足音が聞こえない。古い木製の階段なので普通に登ればぎしぎしなるはずなんだが。

 ……こんな夜更け、それに町で騒ぎが起きてるのに忍び足で桟橋に来る用事があるなんて考えにくい。傭兵が追ってきたのだろうか、と俺が思った瞬間壁の隙間から刺した月明かりがそいつの顔を、仮面を照らした。

 

「サイト君!!後ろ!!」

 

「えっ!?」

 

 俺の声を聞き、サイト君が後ろを振り向くと同時に、その仮面の男は飛び上がり、サイト君と俺を飛び越えるとルイズの背後に降り立った。そして悲鳴をあげるルイズを気にもせずに担ぎ上げた。

 

「てめえはさっきの!!」

 

 サイト君の怒声からするに、やはりこいつがフーケと共にいた仮面の男のようだ。ルイズを助けようとデルフを振り上げたはいいものの、きちんと剣術を習っている訳ではないサイト君では、手元が狂ってルイズに怪我を負わせてしまう可能性が高い上に、仮面の男がルイズを盾にしないとも限らない。それがわかっているのか、サイト君も手が出せないようで振り上げたデルフを振り下ろす事に躊躇した。その隙をついてルイズを抱えたまま飛び降りようとした男は、ワルドが杖を振ることで生まれた風の塊をくらい壁にたたきつけられたが、その拍子にルイズが男の手から離れ、落ちていってしまった。

 

「チッ!!」

 

 ルイズはフライが使えない。このままではほぼ間違いなく死んでしまう……と慌てて俺も飛び降りてルイズを捕まえ、レビテーションか何かで助けようと思ったが、すでにワルドがやっていた。なんか見せ場が取られたようで少し悔しいがそんなことを言っている場合じゃない。ルイズが助かっても、襲撃してきた仮面の男はまだ健在なのだから。

そちらではサイト君がそいつと対峙していた。なんだかんだ言ってもメイジ相手の戦いはギーシュとフーケしか経験が無いサイト君では、相手が何してくるかわからないらしく攻めあぐねている。それを見た仮面の男は杖を向け呪文を唱え始めた。それにつれ周りの空気が冷え始めた。うっすらとだが、それらは帯電しているように見える。確か風の高位呪文にこんなのがあったような・・・・・・。俺の予想があっているのなら、これはまずいっ…・・・!!

 

「ライトニング・クラウド!!」

 

「ウォーター・シールドッ!!」

 

 破裂音と共に仮面の男の周りの空気が震え、サイト君向けて稲妻が走った。俺がサイト君の前に大急ぎで張った水の盾をたやすく貫き、それはサイト君に直撃した。

 

「が、あああああああああっ!!」

 

 一応デルフで防いでいたようだったが、通電したのだろう。断末魔のようなすさまじい叫び声と共にサイト君が倒れた。彼の左腕は焼けただれ、肉の焼けるような嫌な臭いが俺の方にまで漂ってくる。痛みのせいか気を失ってしまったようだ。サイト君を無力化することに成功したからか、仮面の男が今度は俺の方へとその仮面を被った顔を向けた。

 こんな足場の悪いところで逃げ切れるとは思えない、勝てはしないまでもワルドが戻ってくるかサイト君が目を覚ますまで時間を稼ぐしかない……。そう俺が気を引き締めた時、ルイズのサイト君を呼ぶ叫び声と共に、突風が吹き抜けるような感じがした。見れば仮面の男は吹き飛ばされ、その拍子に階段を踏み外し地面へと落下していった。おそらくルイズを助けて戻ってきたワルドがエア・ハンマーか何かの呪文を仮面の男に向けて放ったんだろう。

 ……さすがワルド子爵、風のスクウェア様々だ。俺の後方にいたということは仮面の男にはワルドのことが見えていたはず、さらにライトニング・クラウドが使えるということはあいつは風のスクウェア、低くてもトライアングルのはずだ。そしてルイズをさらうためかどうか知らんが、あれだけ傭兵がいたにも関わらず誰も連れずに一人で襲撃してきた。つまりそれだけ自分の実力に自信を持ち戦闘慣れもしていたということだ。それにも関わらずそんな奴をエア・ハンマー一発で倒してしまうとはな。……それはそれは、不思議な事もあるもんだ。

 サイト君に駆け寄り無事を確認する二人と共に今の襲撃者について話しながら、俺はワルド子爵に対する警戒を深めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で? あんた何してんの」

 

「昼寝に決まってるでしょうよ、ルイズさん。他になにしようとしてるように見えるんだよ?」

 

「……そう、昼寝。ねえアシル、あなた今の私たちの状況わかってる?たぶんそんなことしてる場合じゃないんじゃないかなあ、と私は思うんだけど」

 

「そんくらいわかってるよ。空賊に監禁されてんだろ。ははっ、やべえなコレ、俺ら殺されるんじゃね? どうする?」

 

「なら少しは怖がったり焦ったりしなさいよ!! 普段通りの気の抜けた顔して!!」

 

「ばっかおめえ、こちとら怖くて今にも泣いちゃいそうなのを必死で我慢してるんだぞ? だからルイズ、おまえの薄っぺらい胸で我慢してやるから抱きしめて安心させてくれ」

 

「うるさいっ!!」

 

「いたあっ!!」

 

 まあ……そんなわけで僕たち絶賛監禁中です。

 

 

 

 

 こんなことになるまでの経過は実は大したことなかったりする。

あの後アルビオン行きの船までたどり着いた俺達は、今の状況では空を飛ぶためのエネルギー源である風石が足りないから、とアルビオン行きを拒む船長さんを足りない分は風のメイジであるワルドがなんとかすると説得し、やっとのことでアルビオンへと出発した。

 ワルドとルイズは今後の相談、サイト君は疲れたのか眠ってしまい、俺はサイト君の焼けただれた左腕の治療。そうやってそれぞれ時間を潰し、空に浮かぶアルビオン大陸が視認できると同時に空賊の襲撃を受けた。あちらの船の方がこちらよりも大きい上に、武装もあちらの方が立派、やむなく停船命令に従った。それによってあちらさん達がこちらに乗り込んできたが、戦力になりそうなワルドは船を動かすために頑張ったので精神力が打ち止めで役立たず、サイト君は戦おうとはしていたが左腕が完治していない上、あまりに多勢に無勢。そのうえ下手をすればルイズあたりを人質にとられて面倒なことになる可能性もある。そうワルドに説得されて諦めていた。

 そんなこんなで積荷の硫黄と身代金目的か貴族である俺達は哀れ空賊の手の中へ……ってな訳である。メイジ相手に当たり前の事だが杖や剣はとりあげられてしまったので、打つ手も無い。

 俺達を閉じこめている場所は普段倉庫にでも使っているのか砲弾や火薬といった危険物から、穀物の類が入っているであろう布袋まで様々な物が置いてある。これらを使えばいろいろできそうなこともあるが……まあそれは最終手段だな。

 

 

 

「それにしても悪いね、サイト君。中途半端な治療しかできなくて。杖が無いから治癒をかけてあげる事はできないけど、痛み止めの薬は持ってきてあるから飲みなよ、まだ結構痛むでしょ?」

 

 俺のメイジとしての腕が未熟というのもあるが、やけど自体がかなり重度の物だったこともあり、見た目はずいぶんと元に戻ったが、まだ動かすと引きつったような痛みが走るはずだ。

 

「いや、でもずいぶんと楽にはなったよ。ありがとな、アシル。いくらかは痛むけど戦うのには問題ない程度だし、そろそろ脱出のためにも動き出そうぜ。まず見張りの男をなんとかして倒すのが一番か?」

 

「はあ……使い魔君、君は少し血の気が多すぎるよ。脱出するといったってここは空の上だよ?その後一体どうするつもりなんだい? 見張りを倒すというのも後の事を考えていなさすぎだ。一度こちらが手を出せばあちらも暴力に訴えてくるだろうが、それはどうするんだい? 僕たち四人で空賊達全員を相手どるのは現実的ではないよ」 

 

「まあ、そんな感じだしさ、少し休みなよ。寝て起きれば腕の痛みもいくらか引いてるさ。おっとそれはそうとワルドさんにお礼を言っておきたかった事があるのですよ。ラ・ロシェールへの道中といい桟橋での仮面の男といいご迷惑をおかけしてすいません。お恥ずかしい話なのですが、実をいうと内乱中の国へ行くというのに準備を怠ってしまい……飲み水と治療用の薬、あと痛み止め程度しか持ってきていないものでして。こんなことになるのなら毒や麻痺薬なども持ってくるべきでした。考えが足りず、申し訳ない」

 

 そう言って俺はあぐらをかいたままとはいえ頭を下げた。気休め程度にしかならないだろうが、言っておくにこしたことはないだろう。まあ、この台詞が意味を持つようなことにならないのがなによりだけどなぁ。

 

「いや、気にすることはないよ。元々僕は護衛として君達に同行しているんだ。むしろ僕がついていながらこんな事に状況に陥ってしまったことをこっちが謝りたいくらいさ」

 

 するとワルドはそう返してきた。ありがたいことだ。元々罪悪感なんか砂粒ほども感じちゃいなかったが、それはおくびにださず楽になったような表情で、ワルドと今後の事について話し合う。するとそれを横で見ていたルイズが口を出してきた。

 

「で?」

 

「で? って……なんだよトイレか? 一人じゃ怖くて行けんのか?」

 

「ごまかすんじゃ無いわよ、アシル。あんたがそれだけ落ち着いてるってことは何か考えがあるんでしょ。それが脱出の方法なのか、私達が危害を加えられる事はないっていう保証なのかはしらないけど。さっさと言いなさいよ。姫様からの任務を忘れた訳じゃないでしょうね? 私達には、こんな所でぼーっとしてる暇なんてないのよ!」

 

「おいおい、これだから……察しのいい女はもてんらしいぞ、ルイズ。いい女ってのは男が浮気やらへまやらをやらかしても、気づかないふりをする美人でスタイルと性格の良い若いネエちゃんの事を言うんだ、ってオスマン学院長が言ってたぞ」

 

「次くだらない冗談でごまかそうとしたら、そこの樽に入ってる火薬をあんたの口に詰め込むわよ」

 

「おっかねえな、おい。……一応考えはあるがまだ証拠も根拠も薄弱でな、人に話すようなもんじゃねえんだ。どっちかってと都合の良い事を考えてそれに無理矢理、それがありえるかもしれない根拠を付け足したようなもんだからな。これを話して下手に希望を持たせるってのもなあ、外れてたら残酷だからな」

 

「それでも聞かないよりはましよ。私達はこんなところで座っている場合じゃない、でも大きな行動は起こせないんだから、せめて頭を使うしかないじゃない」 

 

「……ご高説どうも。……しょうがねえな、いいか聞け。俺の考えが合っているのなら、そのうち空賊さんの方から、『こんな時期にトリステイン貴族がアルビオンに何の用だ』って聞かれるはずだ。その質問に対してルイズ、おまえらしく答えろ。もし上手くいけば次は『アルビオンの貴族派か王党派のどちらの人間だ』って聞かれる。これにもルイズ、おまえの好きなように答えろ。これ以上は言えない、なんでかもだ。言わない方がいいから言わないんだ。それにそんなことにならない可能性の方がはるかに高いから、あんま期待すんなよ。わかったらもう休め。俺ももういいかげん疲れたんで寝てーんだよ」

 

 俺はそう言い終わると、自分の腕を枕にごろりと横になった。くだらない事言ってしまった。こんな考えが合ってる訳がないってのに、世の中って奴はそんなに都合良くできてはいないだろう。

 結局、具体的な説明をしていない俺に対してルイズが文句を言おうと、口を開こうとしたときだった。

 ノックもなしに空賊だろう、太った男が入ってくると近くにいたルイズにこう質問した。

 

「おい、おまえらトリステイン貴族が、わざわざこんな時にアルビオンに何の用があって来やがった?」

 

 ……まさかとは思うが、案外世の中という奴は都合良くできてるものなのだろうか?

 

 

 


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