腐敗公の嫁先生~人外夫をうっかりTSさせまして~【完結】   作:丸焼きどらごん

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9話 乙女な旦那とダサい嫁 ★

「あのねジュンペイ。これから私たちがするのは、あんたが完璧な人化を果たすために、魔術を習得するための修業旅行よ?」

 

 そう言い含めるリアトリスに対し、ジュンペイは頬を膨らませた。

 

「でも、リアトリスが俺のところに来てくれた時点で、君は俺と結婚したことになるわけだろ? だったら、初めての二人旅の名前は新婚旅行に決まってる!」

 

 そんなやりとりが夫婦というには違和感のある二人の間で行われたのだが、最終的に折れたのは嫁の方である。

 彼女としてはこれから旅をする目的を自覚させるために一応言った、という程度であってそこまで意地を張って押し通す主張でもなかったからだ。

 むしろリアトリスにとって先ほどの発言で重要だったのは、「オヌマに金を借りる」という一点。

 

 しかしそんなリアトリスに対し、ジュンペイの方は「新婚旅行」という二人旅の名前は譲れなかったようである。

 主張は実に断固としたものだった。

 

(やっぱりこの子って私より乙女してるわよね。思考が)

 

 実はリアトリスがついついジュンペイを娘扱いしてしまう理由もここにある。この旦那様は人としての見た目だけではなく、どうにも内面までもがどこか可愛らしいのだ。

 本性は凶悪な能力を有する汚臭と汚泥にまみれた魔物だと言うのに、二十年以上乙女として生きてきたリアトリスよりよほど夢見る乙女している。

 オヌマが「男の方が結構夢想家だったりするんだぜ?」などと言っていたが、リアトリスにしてみれば見た目も相まって乙女以外に認識できない。

 

 そしてリアトリスに図々しく金の貸し出しを要求されたオヌマだが、彼は渋々ながら了承した。

 というのも現在リアトリスもジュンペイもまったくの無一文。服すら買えずに片やボロ雑巾、片やほぼ裸という組み合わせがあまりにも不憫だったからである。

 纏っていたボロ外套はどうやら途中で出くわした野盗から剥ぎ取ったらしいのだが、それが無ければジュンペイなどは局部だけ葉っぱで隠しただけの姿だったというのだから不憫だ。

 

 しかもほぼ裸、の方から発せられたのは自分よりも嫁を気遣う言葉である。

 

「俺はもともと裸で過ごしてきたようなもんだし、体調崩すわけでもないからいいんだけど……。リアトリスにはここ一年、こんな格好で過ごさせちゃったからさ。出来たら、早くちゃんとした服着させてあげたい。だから、その……。図々しいのは承知だけど、俺からも頼むよ。あとで、どうにか返すから」

 

 こう言われてしまっては、オヌマとしても断ることは出来ない。

 むしろ世界中から恐れられる魔物から発せられた、昔なじみの女よりよほどまともかつ常識に満ち溢れた言葉に感動すらした。ここで断っては男が廃るというものだ。

 

 ちなみにその発言の後、ジュンペイは「健気! いい子!」と、リアトリスに頭をわしゃわしゃと撫でられ抱き潰されていた。

 

 

 

 そしてオヌマに金を借りると、意気揚々とジュンペイを伴って外に繰り出そうとしたリアトリス。

 だがオヌマが住む漁村で買えるものといえば、せいぜい日々の生活に必要な日用品がほとんどだ。そこでどうせなら、少し離れた港町まで足を延ばしたらどうかとオヌマが提案する。

 そこならば満足のいく服も整うだろう、と。

 

「へぇ、オヌマあんた気が利くじゃない」

「だってお前、ジュンペイが居るんだぞ? 初めての人間世界だろ。せっかく可愛いんだし、いいもん着せてやれよ」

「それもそうね……」

 

 オヌマの言葉にチラッと旦那を見る嫁。しかしその視線は爛々と輝いており「どう可愛くしてやろうか」という高揚感が見てとれた。

 それは可愛い可愛い我が子を着飾りたくてしょうがない、といった類の視線である。嫁が旦那を格好良く着飾ろうというものではない。どうあっても「可愛い」を優先させる気だと窺えるようだった。

 ジュンペイは言葉にせずとも伝わってきたその思考に身震いし、「絶対に男物を買ってもらおう」と強く決意した。どんな姿になろうと、もとの姿の性別がよく分からないものであろうと。……彼は自分を「男」と認識しているのだから。

 

 そして港町まではオヌマも同行することになった。事情を色々と聞いた手前もあり、どうも放っておけなかったのだ。

 面倒見の良い男である。そしてその面倒見の良さは出発前にも発揮された。

 

「なあジュンペイ、お前そのままの恰好じゃ流石にあれだろ? ちとデカいが、俺の服貸してやるよ」

「え、いいのか」

 

 可愛い格好にされてしまいそうな危機を前に、オヌマの申し出はジュンペイにとってありがたかった。まずこの格好は自分でもどうかと思っていたし、単純に男物を着られるのが嬉しい。

 オヌマは笑いながら、身を乗り出すジュンペイの頭をくしゃっと撫でる。

 

「いいっていいって。むしろほぼ裸の美少女とか野放しにしたら犯罪誘発以外のなにものでもねぇし、その結果で腐敗溶解死体量産されても困るしさ」

「だから、俺は男!! それと子ども扱いすんな! 俺は何百歳も年上だぞ! …………みてろよ、修行して人化の術を完璧に習得したら、オヌマよりもずっと男前になってやるからな!」

「おー、そうかそうか。頑張れ」

「言われなくても。あと、一応意識すればこの体ならちゃんと腐敗に関しては制御できるんだ。腐敗死体量産なんてへまはしない」

 

 ジュンペイがくってかかってくる様子を微笑ましそうに見ていたオヌマだったが、その発言には思わず顔を引きつらせた。なにしろこの男、先ほど手首を腐り落とされたばかりである。

 

「俺さっき手首溶かされたんだけど……」

「……だってオヌマがなんかリアトリスと仲良さそうだから……。あれは意図的だよ」

「やだちょっとこの子怖い。え、本当に大丈夫? 大丈夫なのか? 自分で言っといてなんだけど、そんなちょっとの嫉妬で人体溶かしちゃうような子、人の多い町中に連れ出して大丈夫?」

 

 ジュンペイの意外と常識のある様子と愛らしい見た目もあってつい忘れそうになるが、目の前の美少女はこの世界を三分した内の一角を有する恐ろしき腐敗公なのだ。

 それを思い出して、オヌマは自分の迂闊な発言を少々後悔する。余計な提案と安請け合いをしただろうか。

 しかしジュンペイは自信ありげに腰に両手を当て、胸を張って答えた。このあたり、微妙にリアトリスの影響を受けている。

 

「大丈夫! さっき会った野盗以外じゃオヌマが初めて外で会った人だし、俺もちょっと緊張してたんだ。でも、もう慣れたしきっと平気!」

「ええ、多分大丈夫だわ。この子、ちゃんと良識あるもの。ふふっ、お買い物楽しみましょうねジュンペイ!」

 

 リアトリスも手をパンっとあわせて、楽しそうにジュンペイに賛同する。

 しかしオヌマは目を瞑り眉間に皺をよせ、聞きたくないが聞かねばならぬという使命感によって口を開いた。

 

「…………ちなみに、その野盗ってどうなった?」

 

 オヌマの質問に、リアトリスとジュンペイは明後日の方向に視線を逸らす。

 

「……溶かした?」

 

 オヌマが問う。

 

「…………」

「…………」

 

「腐らせた?」

 

 再度問う。

 

「…………」

「…………」

 

 オヌマの声は、何処か慈愛に満ちている。それに先に耐えきれなくなったのは、リアトリスではなくジュンペイだった。

 

「だって、身の程知らずに襲ってくるから……」

「そ、そうよ。私たちは悪く無いわ。正当防衛よ」

 

 もごもごと言い訳染みた響きを伴っているそれに、オヌマは今頃溶けて大地の養分になっているだろう野盗達に「せめて立派な肥やしになって大地に貢献しろよ」と黙祷を捧げた。

 ちなみに同情はしない。ここ最近村近くで行き来する荷馬車や旅人を襲っていた野盗には、近隣住民がその被害に悩まされていたからだ。

 実は魔術師であるオヌマのもとへも討伐依頼が来ており、そのうち調査を行い周辺の村や町の自警団と共に討伐に乗り出す予定だった。

 二人が遭遇した野盗が何人だったかは知らないが、多少でも手間が省けたのならありがたい。

 

「ちなみに、何人くらい居た?」

「えっと……す、数人よ」

「数人だったけど、キレたリアトリスがアジトまで案内させて俺とリアトリスで根絶やしにした」

「あ、ちょっとジュンペイ! 余計な事言うんじゃないの!」

「だ、だって! なんか、どうせバレたなら言わないと気まずくて!」

「リアトリス?」

「! べ、別に短気を起こしただけが理由じゃないわ! 野盗相手なら身ぐるみ剥い……お金を拝借しても構わないと思ったのよ。ま、まあ証拠隠滅の時に奴らの財産ごと溶けちゃったんだけど……だからあんたにお金を借りに……」

 

 まさかの野盗全滅案件だった。

 

「だ、だけど! 細かい制御は、難しいけど! 普通にしてる分には大丈夫だから!」

 

 腐敗させる力を制御できていないと思われたくなかったのか、ジュンペイが身を乗り出して主張した。

 オヌマはふっと息を吐き出し、爽やかな笑顔を浮かべた。

 

 

「さあ、町に行くか!」

 

 

 魔術師オヌマ・アマルケイン。考える事をぶんなげた瞬間である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 小一時間ほどの道のりを歩き、たどり着いた港町。

 

 町は多くの人間で賑わっており、初めて目にする人の群れに最初こそ圧巻され少々怯えたジュンペイ。

 だがその点はリアトリスが港町に入るなりさっと手を差し出して「ほら、はぐれないようにしっかり掴まってなさい」と手を握ったことで問題なく適応することが出来た。

 どうやらよく素直だの単純だのと言われる自分の心境など、彼女にはお見通しだったらしい。

 

「ほれ、串焼き食うか?」

 

 そして賑わう喧騒の中、屋台で買った茶色っぽい何かが突き刺さった串を差し出してくるオヌマ。

 聞けばそれは"貝"という、海に住む生物の身だという。しかし何故かジュンペイは、貝と聞くだけでそれが何であるか理解する事が出来た。ジュンペイは己の持ち合わせている知識の出所に、改めて疑問を抱く。

 

 ちなみにリアトリスは欲張りにも、すでに三本ほど種類の違う串焼きをオヌマに買わせている。その三本を器用に片手で持って噛り付いているあたり、食い意地が張っている上に行儀が悪い。その表情は至福そのものである。先ほどオヌマ宅で食べた魚など、とうに消化しているらしい。

 ジュンペイはそんなリアトリスとオヌマが差し出した串焼きを一瞬見比べるが、結局首を横に振った。

 

「俺はいいよ。基本的に、食べ物を必要としない体なんだ」

「あ、さっき俺んちで食わなかったのもそういうことか。でも試しに食ってみたらどうだ? 栄養にならなくても、食べ物には味を感じるって楽しみがあるんだぜ」

 

 オヌマの言葉にリアトリスも便乗する。

 

「そうよ、ジュンペイ。ものは試しで食べてみたら? 美味しいわよ~」

「でも……」

「いいから、食べてみなさいって。食事は人生の喜びよ! 私は旦那様とその喜びを分かち合いたいわ。あ、そうだ。今度私も何か美味しい物作ってあげましょうか? 一応、あなたのお嫁さんですもの」

「!」

「ってわけで、今のうちに食べ物の味が分かるか実験しときなさいな。なんでも経験よ経験!」

「食べる」

 

 嫁の手作り料理という言葉に釣られ、ジュンペイはつい差し出された串焼きを手に取ってしまった。しかしその後になって「味が分からなかったらどうしよう」という不安が……むしろ恐怖といってもいい感情が脳裏をよぎる。

 そしてはて、自分は今まで味という物を感じたことが無いはずなのに、何故そんなものを恐怖と捉えたのだろうと首をかしげた。

 何かを食べる必要なんてなかったから、そもそも味というものを知らないはずなのに。

 

 疑問に思いながらも、いつの間にかリアトリスが串の先に具を押し上げて食べやすくしたうえで差し出していたので、反射的にジュンペイはそれに食いついた。

 この時彼の頭に浮かんだのが「これは噂に聞く恋人同士の『はい、あ~ん』状態……!」だったあたり、単純である。

 

「……! …………!!」

 

 が、いざ串焼きを口に含んだジュンペイは動きを止めた。そしてもごもごと口を動かし、無言で身悶える。

 

「……美味しかったみたいだな」

「そうね……。ダメもとだったんだけど……。ああいや、駄目じゃないわ。この天才が施した人化の術だもの。味覚の再現まで完璧って事よね。さっすが私。自分の才能が恐ろしくも誇らしいわ」

「お前はいちいち自画自賛はさんでくんじゃねーよ。いや、たしかにもともと味覚を持ち合わせてねぇ魔物に、それを感じる新しい器官を与えるってのは凄いけどよ」

「でっしょー?」

 

 リアトリスとオヌマが何やら言っているが、ジュンペイとしてはそれどころではない。

 初めての"味"という衝撃は、予想以上の破壊力でもってジュンペイの中を駆け巡った。

 そして同時に一瞬だけ……ほんの一瞬だけ、噛みしめた貝からあふれた旨味の汁と表面に塗られた深みのある味に「懐かしい」という感情が浮上する。

 しかしジュンペイが自覚する前に、その感覚と感情は泡のように弾けて消えてしまった。

 

 あとに残るのは「美味しかった」という事実のみ。

 

「~~~~! お、おいしい! これが、美味しいって事なのか!?」

「あ、やっぱり美味しかったのね。でしょでしょ? 美味しいでしょ? あのね、海鮮自体が美味しいのもあるけど、決め手はこのタレなのよ!」

「タレ? ああ、この褐色の……」

「おう! 魚醤っていう海鮮類から作られる調味料があるんだが、これに使われてるのは貝で作られたモンでな。相性抜群な上に、アルガサルタ自慢の昆布の出汁も合わさって最強よ!」

 

 オヌマが妙に誇らしく言えば、リアトリスも串焼き……今度はエビが刺さったものを頬張ってからうっとりと頬を染める。

 

「そうそう! やっぱこの味よね~。あー、美味しい」

「昆布……」

「ああ、海藻の一種よ。特にアルガサルタは昆布の精霊に祝福されたって伝説があってね、この国の昆布は特別なの。本来は冷たい海に生息する海藻らしいんだけど、アルガサルタだけは別。温暖な海でも育つ昆布は、この国の特産よ」

 

 海藻の精霊に祝福された国。

 妙な言葉を聞いたとばかりにジュンペイは困惑の表情を浮かべるが、すぐに「まあ、美味しければいいか」と意識を切り替えた。まだ串焼きは残っている。

 

 

(悪い奴ではないんだよな……。むしろ、いいやつだ)

 

 串焼きを頬張りながら、ジュンペイはチラりと少し後ろを歩くオヌマを窺い見た。

 

 ジュンペイはオヌマという人間に好感を抱きつつも、その実心の底では未だ嫉妬の心がくすぶっていた。

 というのも、リアトリスがあっさりと事情の全てを話した相手だからである。

 

 ここ一年でリアトリスの性格をだいたい把握したジュンペイは、リアトリスが何を考えているかはもちろん知っていた。

 ジュンペイの魔力があれば何でもできると、彼女はジュンペイを利用する気満々なのだ。清々しいほどに現金かつ打算の塊というのが、リアトリスという女である。

 たちがいいのか悪いのか、リアトリスはそれを隠そうともしない。……ので一応、リアトリスとジュンペイ夫婦は共通の目標として「すっごい魔力を自由自在に操れるようになって、すっごい広い土地の腐朽の大地を最高のマイホームに、そしてなんかすっごく幸せになる」を設定し、関係は成立していた。凄まじく曖昧な目標である。

 

 しかしジュンペイにとって重要なのは目標の内容よりも、ます共通の目標があるという事実。

 愛はその内育てばいいじゃないと、彼は自分を納得させていた。

 

 

 が、そこにこのオヌマという男である。

 

 

 ジュンペイは出会いがしらに相手の手を腐らせた自分も悪いと思いつつ、抱く思いは複雑だ。

 

 自分が腐敗公である事、そして膨大な魔力をもっていて……使いようによっては膨大な利益をもたらす存在である事。

 そのふたつを包み隠さずそのままオヌマに言ったリアトリスを見て、ジュンペイは「それほど信用出来る相手なのか」と考えたのだ。

 なにも全て話さなくても、いくらでも嘘はつけたはず。だというのに全部話して、あまつさえ協力を求めた。

 ……そう、「協力を求めた」。つまり、頼った相手でもある。

 しかもリアトリスと年の近い、成人男性。将来的に立派な夫になって頼ってもらえればいいとは考えても、それだけでは納得できないというのが感情というもの。

 未だリアトリスを頼っており、頼られた事など魔力提供くらいしかないジュンペイとしては、嫉妬するなという方が無理だった。

 

 かといって付き合ってみればオヌマという男はずいぶんと気がよく、嫌いになれそうにない。それがジュンペイを戸惑わせている。

 

 なにしろオヌマはジュンペイの正体を知っても、普通の子供に接するような気軽な態度を崩さなかった。

 時々思い出したように「うわ何この子怖い」などと言ってくるが、そんな怯えは見せても嫌悪の感情は今のところ感じない。

 今までジュンペイが関わってきた人間の中で、そんな風に臆さない態度の者はリアトリスだけだった。今の自分の見た目と、分体でなら制御できている腐敗の特性、封じられている汚臭。それらの理由があるとしても、今まで敵意と恐怖の感情しか受け取ってこなかったジュンペイとしては、むず痒くも嬉しい。

 

 だからこそ余計に、嫉妬と好意のはざまで感情が揺れ動いてしまった。

 

(でも、こうして悩むのも悪い気はしないな)

 

 寂しさと諦念ばかりだった感情は、この一年でリアトリスによって様々な色を引き出された。

 そして更に、自分は今こうして新しい感情を手に入れている。それはとても喜ばしい。

 

 ────────長い時を生きようが、停滞した時間などもうまっぴらごめんだ

 

 腐敗公ジュンペイはこれから先も、自分は色々な感情に悩まされるのだろうなと予感を抱く。

 ただ、それに伴ったのは不安ではなく笑顔だったようで……なかなか楽しみに思えている。

 

 彼の新しい魔物生は、まだ踏み出したばかりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして腹ごしらえをしつつ町中で屋台を冷やかしながら彷徨い、ようやく三人は目当ての服屋へと到着した。

 ジュンペイとリアトリスは、やっとまともな服が着れると安堵のため息をつく。

 

「さて! じゃあまずはジュンペイの服を見繕って……」

「あ、俺は俺で選ぶからリアトリスは自分の服見てきていいよ。オヌマ、ちょっと手伝ってくれるか?」

「おう、いいぜ」

「え、ちょっ」

 

 ニコニコと愛想笑いを張り付けた店員以上の笑顔でもって手をワキワキ動かしていたリアトリスだったが、即座に手伝いを切り捨てられて焦ったようにジュンペイに手を伸ばす。

 しかしジュンペイはそれをするりと躱して、オヌマの服を引っ張った。

 

「だってリアトリスに任せたら、絶対女の子の服とか選ぶだろ」

「う゛」

「ほらな! やだよ! 俺は普通に男物選ぶからな!」

「はっはは。残念だったな~リアトリス! よし、任せろジュンペイ。俺がカッコイイの選んでやるぜ! ……まあ男物着たところで、ぱっと見は男装の美少女になるだけだろうけど」

「最後の一言が余計だよ!」

 

 ぎゃんぎゃんと噛みつきながらも、結局服選びを手伝ってくれるよう頼む程度にはオヌマに心を許したらしいジュンペイ。

 オヌマの人柄ゆえか餌付けの効果かは知らないが、それに対して一抹の寂しさを覚えつつリアトリスはすごすごと試着室に向かった。

 ただし去る前に「絶対に結いたいからお願いだから髪だけは切らないでほしい。服は男物でいいから」とお願いすることは忘れずに。

 

 

 そして数十分後。なんとか身支度を整えたジュンペイがオヌマと共に試着室から姿を現した。

 満足したらしいジュンペイは何やらやり切ったような表情をしているが、その隣にいるオヌマはぐったりとしている。

 

「お前さ……。もとの姿に戻るなら、先に言ってくんねぇ? 悲鳴上げなかった俺は偉いよな?」

「わ、悪かったって。でも、しょうがないだろ。なんかこう、人目がなくなったら気が緩んじゃって……」

 

 満足そうな顔から一転、ばつが悪そうに肩をすくめるジュンペイ。

 試着室の中で何があったかと言えば、服を脱いだ途端にジュンペイがもとの腐敗公の姿に戻ってしまったのだ。といっても、元の大きさから比べれば両腕で抱えられてしまうほどの、非常に小さい姿なのだが。

 

「リアトリスに術をかけてもらってるから、ちょっとでも距離が離れると効果が薄れるんだ。そこで術をかけられてる側の俺まで気を抜くと、元の姿にもどっちまう。……そういえば、注意されてたの忘れてた」

「おま、気を付けろよ? 言っとくが、自分で言うのもなんだが俺の反応ってかなり大らかだからな。他の奴の前でお前の正体分かったら色々ヤベーぞ」

「き、気を付ける。ごめん」

 

 素直に謝ったジュンペイに、オヌマはやれやれと苦笑する。

 小さいとはいえ元の姿を見てしまったし、戻った瞬間に制御まで緩んだのか腐敗の力を発揮して試着室の床を溶かしてしまった彼には焦らされたが……。

 どうにもこの性格を前には、相手が本当に腐敗公であると分かっても、嫌悪できそうにない。

 

 だからこそ。そんなジュンペイが傷つかないように、そして周りを傷つけないように是非とも注意してもらいたいものだ。

 

 ちなみに溶けた床であるが、慣れない類の魔術を駆使してオヌマがなんとかかんとか修復して誤魔化した。彼が疲れている原因のひとつである。

 

 

 そしてひと騒動あったものの無事に服を選び終えたジュンペイの服装であるが、あまりにも飾りっ気が無かったり粗野なものであればリアトリスに文句を言われそうなので、悩んだ末にオヌマは「小綺麗」を意識して服を選んだ。

 

 白いシャツに、チュニックのようにやや丈の長い黒のベスト。

 腰部分には差し色として、アルガサルタでは多くの人間が愛用している華やかな染色の腰布をベルト代わりに巻いている。

 下のはき物はひざ丈のズボンで、落ち着いたこげ茶色のチェック模様だ。

 足元はなめし皮のブーツで覆われており、ついでとばかりにボロボロの外套の代わりになる物も購入した。

 ものいれとして、皮で出来た丈夫なリュックも入手済みである。長い髪の毛も、とりあえずの処置として後ろでひとつにまとめた。

 

 全体的に防御力は高くなさそうだが、まあちょっといい家のお坊ちゃんくらいには見えるのではないかという組み合わせ。

 ジュンペイは唯一首元にある飾りのついたリボンタイが気に入らないようだが、その点は「妥協点を作ってやれ。女物着せられるよりましだろ?」とオヌマに説得された。一応男物であるようだし、オヌマ曰く少しでもリアトリスが希望する愛娘ファッションに近づけた方が、色々文句を言われず面倒が少ないだろうという事だ。

 そう言われては、ジュンペイも納得するしかない。

 

 

 しかしいざ自分の身支度が整えば、気になるのは嫁の新しい服装なわけで。

 

 

 店内にあるもう一つの試着室を、ジュンペイは落ち着かない様子で見ていた。

 そしてそれを見るオヌマの視線は何故か生暖かい。

 

(リアトリスは、ちょっときつめの顔立ちだけど美人だし! きっとどんな服でも似合うけど、可愛い系よりは綺麗系かな? 今までのボロボロのドレスでも可愛かったから、ちゃんとした服を着たらもっと可愛いんだろうな。へへへ……)

 

 夫の贔屓目を存分に発揮しつつ顔をにやけさせつつ色々想像していると、試着室の扉が開いた。ジュンペイは喜色を浮かべ、嫁の姿を見ようとするが……。

 

 

 

 

 

 

「ダセェ!!」

 

 

 

 

 

 

 思わず飛び出た第一声は、心からの本心だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 試着室から出た途端に夫から「ダセェ!!」と言われたリアトリスは、現在その夫に選んでもらった衣装を不貞腐れながら試着していた。

 彼女としては夫というよりも娘のようなジュンペイ。彼に大人の女としていいところを見せたくて、それなりに頑張ってオシャレなものを選んだのだが……。

 ジュンペイとオヌマいわく「よくそんなものを探し当てたな」と言われる程度には変な服だったらしい。

 

 動いた時に腕全体に装飾された房が揺れる、オシャレな模様で首元に大きいひだがついたシャツ。

 葡萄、もしくはアルガサルタの海に時折現れる謎の渦潮をイメージしたような前衛的な形のスカート。

 大きな水玉模様のもこもことしたファー付きマントと、まるでキノコのようにぷっくりと愛らしい形状の赤と黄色の大きな帽子。端の方に布とガラス玉で飾りがぶら下がっているもオシャレな特徴だ。

 更にはこれから修業の旅をするにあたっての冒険感を演出するための、何やら愛嬌のある(多分)ドラゴンを模した甲冑の肩当と金属製のブーツ。

 

 そのどれもが港町とはいえ一般的な服がそろう店内では珍しい、一点物の最高の品だと見定めた品達だ。いったい何が悪かったのだろうか。

 昔からオヌマには「もさいかダサいかどっちかだよな、お前」などと言われていたため、張り切って選んだというのに。

 

 首を傾げつつも、結局リアトリスはジュンペイが選んでくれた服を着ることにした。

 レースの装飾が施された濃い藍色の品の良いワンピースに、華やかな赤色のフード付きの外套。足元は編み上げブーツという仕上がり。

 自分とは方向性が違うが、なかなか趣味がいい。

 

 そう思って満足することにしたリアトリスだったが、彼女は知らない。店を出ていくまで、服屋の店員全員がオヌマと同じ生暖かい視線をリアトリスに向けていたことを。

 

 そして夫であるジュンペイはひそかに、「これから機会があっても絶対にリアトリスに服を選ばせないようにしよう」と心に誓うのであった。

 

 

 

 

 

 

 




挿絵もどき。

【挿絵表示】

もっともっさり派手派手しいダサさを追求したかったのに途中から目がチカチカして何がダサくて何がダサくないのか分からなくなって「あれ、もしかして逆にオシャレ……?」とか思い始めてよく分からなくなった一枚(錯乱


2019/7/18修正
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