腐敗公の嫁先生~人外夫をうっかりTSさせまして~【完結】 作:丸焼きどらごん
港町の船着き場には、大小さまざまな船が並んでいる。
その船の材質や掲げられた旗の色、模様は様々で、ずらりと並ぶ光景は壮観だ。
そして船たちから降ろされた人や荷が行き交う船着き場が賑わうのは必然。真昼間の現在はその喧騒も頂点に達している。
そんな賑やかな船着き場の近くにある一軒の大衆料理の店で、衣服を整えたリアトリスとジュンペイ、付き添いのオヌマは発泡性の酒と軽いつまみを頬張りながら一息ついていた。
ちなみにジュンペイだけ店員の配慮によって搾りたての果汁である。
ジュンペイは最初酒が出されないことに不満そうだったが、すぐに柑橘果汁の虜になったようだ。
アルガサルタに属する島で育った美しい橙色の果汁を用いた飲み物はこの店の名物の一つであり、適度に甘味料で甘みが追加されたそれは、酸味とあいまって絶品なのだ。
酒を飲み、髭に付着した泡のぬぐったオヌマがまず口を開いた。
「で、お前ら具体的にはこれからどうするんだ? 旅の目的は分かってるんだが、目的地って意味でさ」
「とりあえず一応私が無事だったって、家族に報告に行こうかと思ってるわ」
「え、そうなの!?」
リアトリスの言葉に漠然としか旅の内容を聞いていなかったジュンペイが、驚いたように目を見開く。
「ええ。ジュンペイの紹介もしたいしね」
「し、紹介……! ふへへ、紹介……」
「……あのさ。ジュンペイが喜んでるとこ水差すのも悪いんだけどよ、リアトリスお前の家族大丈夫なのか? お前、あれだぞ。一応処刑された罪人だからな?」
何やらうっとりと「ご挨拶……手土産……いやその前に指輪を用意しないと……うへへ……」などと妄想を始めたジュンペイを見て、オヌマが少々言いにくそうにリアトリスに問いかける。
そう。現在堂々と真昼間から酒をかっくらい食事に舌つづみを打っているこの女、腐敗公の嫁に送り出された原因は「罪人であったから」に他ならない。
漁村にあるオヌマ宅で「王子を殴り倒した」という罪状を聞き、オヌマが頭痛を覚えたのはまだ記憶に新しい。
しかしリアトリスはといえば呑気なもので、ひらひらと手を上下にふって気楽に答える。
「大丈夫大丈夫ー。表向きは罪人として扱われてないわけだし、多分家族に迷惑はかけてないと思うのよ。むしろ私が腐敗公の嫁になったてんで、報奨金とか出たんじゃないかしら。あのクソ王子、そういうところは妙に律儀だから。……いや、律儀とは違うか。なんて言ったらいいのかしら、あの守る所は守ってありがたいけどクソムカつく感じっていうか、こっちが最大限憎んでるのにそれを歯牙にもかけずさらっと自分は大人ですよみたいな対応する、あの感じは」
「いや知らねーよ。あのさ、俺はそれなりにちょっと黒い噂も仕入れられるぜ? でもあの王子様は自ら戦いの最前線へ赴く勇敢な王子ってことで世間様じゃ人気者だ。あんま公の場で滅多な事言うんじゃねぇぞ」
「チッ」
オヌマの言葉にリアトリスは非常に低い音を伴った舌打ちで応えた。同時にやさぐれたようにオヌマの酒まで奪い取って飲み干す。
「おい、テメッ」
「だって、やっぱり腹立つじゃない。私は私でこれからジュンペイとすっごく幸せになってあのクソども見返してやるつもりだけど、叶う事なら今すぐあいつの体を全身骨折させてやりたいなって思うくらいにはムカつくのよ! むしろ一年前……殴るまでの間、私は我慢した方だと思うわ。もうね、私偉いわ。ほんっとうに偉い! 誰も褒めてくれないから自分で言うけど、超偉い! 私最高! ほらほら、あんたも褒めてくれていいのよー?」
「うわ酔っ払いうぜぇ。褒めねーよ! あのな? 普通はその感情が爆発する前に、辞めるか病むかどっちかなんだよ」
「煩いわね! これくらいのお酒で酔わないわよ! ふーんだ。過ぎたことをうだうだ言っててもしょうがないでしょ。私は前向きなの。ほら、どうよ偉くない? 偉いでしょ。偉いと言え!」
「……ホンッとお前、無駄に精神力強いよな……。はいはい、偉い偉い。……いいんだか悪いんだか」
あまりに絡んでくるため面倒くさくなったオヌマは、渋々といった様子で雑にリアトリスを褒めた。しかし彼女としてはそれで十分だったらしく、上機嫌に笑顔をつくる。
「いいに決まってるでしょー! そのお陰で、私は今生きているわ」
どこまでも自信満々に言い切るリアトリスに、オヌマは「こいつ頭良くても馬鹿だよな」と改めてその認識を強くした。多分これはもう治らないだろう。
疲れたようにため息を吐き出したオヌマは、店員に追加の発泡酒と、ついでにエビの油煮を追加注文する。ニンニクと唐辛子、調味料としてよく使われるカタクチイワシの塩漬けが利いた一品は酒によく合うのだ。
ちなみにリアトリスも追加で結構な量の酒と料理を注文した。
そしてここでようやく、妄想によってふわふわとした笑みを浮かべていたジュンペイが現実に戻ってくる。
「あ、そうだ! でもリアトリス、俺としては娘さんを頂く旦那様として、もうちょっと世間一般の常識とか、頼もしく思ってもらえるように魔法とか覚えてからご挨拶に行きたいんだけど……」
「おい見ろよこれ。お前よりジュンペイの方がよっぽどまともな感性持ってるぞ。間違いない」
「ここ一年育てたのは私よ」
「い~や、これは絶対もともとのこいつの気質だね。いい子だよな~」
「否定はしないけど腹立つわね。何、私に教育は出来ないとでも?」
「ちょっと、聞いてってば」
特に酒に弱いわけでは無いリアトリスとオヌマだが、それでも先ほどから追加追加追加でカパカパ杯を空けている酔っ払いであることに変わりはない。
すぐに脱線しそうになる話を、慌ててジュンペイが軌道修正した。
「ごほんっ。それで、だけど。家族に無事を伝えたいっていうリアトリスには申し訳ないんだけど、やっぱりご挨拶に行くからには相応の実力を身に着けてからにしたい。というか、出来れば人化の術を完璧に習得してからがいい! 今の俺の姿で『旦那です』って言って、納得してもらえるとは思えないし」
「え~? 別にそんな事無いわよ~。うちの家族結構適当で、考え方とかふわっふわしてるから。……でも、そうね。修業も漠然とした遠い目標より、まずは近い目標があった方が捗るだろうし……うーん……」
ジュンペイの主張にリアトリスは口元に手を当てて思案する。もう片方の手はチーズ入り揚げ肉団子のトマト煮にフォークをぶっ刺していた。どうやら考え事をするときも食事の手を止める気はないらしい。
そしてしばらくの間を挟んだ後、リアトリスは小気味よい音をたてて膝を打った。
「よし分かった! うちの実家に行くのは後でいいわ。その前に『私の家族に挨拶できる』段階をひとまずの目標として修業しましょう!」
「……自分で言っておいてなんだけど、リアトリスはそれでいいの? 家族にすぐ会いたくない?」
「どうせ生贄のことがなくても、仕事が忙しくて一年以上会ってないんだもの。それがちょっと伸びた程度じゃ、どうって事無いわ。」
「~~~~! ありがとう!! リアトリス大好き!」
胸を張って答えたリアトリスに、感極まったように頬を上気させたジュンペイが抱き着く。
その抱擁を受け入れたリアトリスはジュンペイの絹のような手触りの髪の毛を撫でながら、悦に入った笑みを浮かべた。
「は~、可愛い。ねえ見てよオヌマ。この素直さ、超可愛くない? うちの娘ヤバくない?」
「リアトリス、旦那。夫」
「あ、ごめんごめん。ねえうちの旦那ヤバくない? 超可愛くない?」
「あ~、はいはい。可愛いなー」
オヌマは目の前の光景を果たして「仲睦まじい夫婦」と受け取ってよいのだろうかと考えた。
何しろジュンペイの見た目は、どこに出しても恥ずかしくない美少女である。
容姿もそうだが頭の先から爪の先まで丁寧に丁寧に手入れされたような美しさが保持されているため、ドレスでも着せたらそのまま貴族の令嬢通り越して一国の姫で通用しそうだ。
そんな彼女……否、彼が外見的には年上なリアトリスに抱き着いて頬を摺り寄せる様子は、似てはいないが仲の良い姉妹……もしくはリアトリスが言うように母親に甘える娘にしか見えない。
その証拠として、周囲からは微笑ましいものを見るような、優しいまなざしがジュンペイにそそがれている。
(本人には言わないでおこう。幸せそうだし)
オヌマはそう考え、自分やリアトリスなどよりよほど長い時を生きてきた腐敗公に気を遣う事にしたのだった。
そして話は再び振出しへ。
リアトリスの故郷へ行かないならば、次の目的地は何処に定めるべきかという話になる。
「でもよ。修業ってんなら、一回アリアデス様んとこ顔出した方がいいんじゃねーか? お前がジュンペイを弟子にしたって事は、あの方にとって孫弟子になるわけだし」
「師匠に? あ~……。そうね。考えてなかったわ」
「お前……。生きてたのに顔出さなかったって知れたら、後で面倒くさくなるのはお前だからな。孫弟子を紹介しなかったってんなら、なおさらだ」
「わかってるわよ」
オヌマの提案に眉根をよせたリアトリスは、ストレスから逃れるためにジュンペイをより深く抱き込んでその体温を堪能する。この人化の術は、分身体限定とはいえ体温の再現まで完璧なのだ。
「!? り、りあとりす! ちょ、場所が! 顔に、むねが! うぷっ」
「あ、ごめんごめん。苦しかった?」
「いや逆に気持ちい……ん゛っんん! えっと、それで? リアトリスの師匠って?」
リアトリスのふくよかな胸の谷間に顔を押し付けられたジュンペイはそこから抜け出すと、わざとらしい咳払いとともに居住まいを正して問いかける。
リアトリスはそれにすこし寂しそうにしながらも、テーブルに行儀悪く肘をつきながら答えた。
「言葉の通り、私の師匠よ。宮廷魔術師としての先輩でもあるし、私が宮廷魔術師に至るために鍛えてくださった魔術の先生でもある。とても偉大なお方だわ」
いつも自分は天才だなんだと自信満々なリアトリスが、素直に「偉大だ」と褒めたたえる相手。ジュンペイは心の中でその人間への興味が頭をもたげるのを感じる。
オヌマに先に会っていたからか、それともリアトリスの"先生"だからか。そこに嫉妬の感情は無い。
「へえ、そうなんだ。じゃあ俺も会ってみたいな」
「あら、そう思う? う~ん、そっか~……。会いたいかー……。いや、そうでなくても行かなきゃまずいわよねー……。嫌なわけではないんけど………………面倒くさい……」
「面倒くさいで片付けるなよ。シンシアも心配してるんじゃないか?」
「あんたそれ言う? それ言われたら行かなきゃってなるじゃーん」
「おう、だから行っとけって」
「ん~……。そうね」
そのままうだうだと数分唸っていたリアトリスであったが、考えながらも更に酒を飲み干し、空の料理の皿を積み上げ食後の甘味まで平らげ食事を終えたところで……やっと凛々しく表情を引き締めた。
ちなみにこの場の食事はすべてオヌマの奢りである。
オヌマは軽はずみに「どうせお前ら金ないんだし、飯くらいならおごってやるよ」と言った先ほどの自分を少し殴りたくなった。
「しょうがない、ジュンペイのためにも行くか!」
「じゃあ、次の目的地はリアトリスの師匠の家なんだな!」
「そうなるわね。でもそうなるとちょっと遠いし……。念のため一回腐朽の大地に戻って、ジュンペイの分体に本体から魔力を注いでおきましょう」
「わかった」
「方針は決まったみたいだな。ま、せいぜい頑張れよ」
二人の間で今後の予定が決まったことを見届けると、オヌマはへらりと笑う。
自分のもとへこの二人が来たのは、当面の金銭もろもろを工面するためだ。用が済んだのなら、あとは見送るのみである。
しかしその前にと、オヌマはジュンペイに耳打ちするように顔を近づけた。
「ジュンペイ、その駄目嫁に嫌気がさしたら俺のところに来いよ? 一緒に世界征服とかしようぜ!」
「世界征服~? んー……興味ないけど、でもまたオヌマには会いに来るよ。次会う時は、お前より背が高くて男前な姿になった俺を見せてやる」
冗談めかしたオヌマの言葉に、ジュンペイはニヤリと笑って答えた。
「ちょっと~。あんた達だけで仲良さそうになによ~」
それを見た面倒くさい酔っ払い、リアトリスが絡み始め店を出る事が出来たのはその一時間後であったとか。
こうして装備を整えたリアトリスとジュンペイはオヌマと別れ、一路、腐朽の大地へ向かった。
しかし誰も居ないはずのそこで、二人は新たな出会いを果たすこととなる。
「殺す殺す死ね死ね死ねしねシネあいつらふざけやがって死にたくないシニタクナイ死にたくないひもじい苦しい臭い怖いこんなの嫌だ死にたくない殺す殺す死ね死ね死ねしねシネ死にたくないシニタクナイ死にたくないひもじい苦しい臭い怖いツライ死にたくない殺す殺す死ね死ね死ねしねシネ死にたくないシニタクナイ死にたくないひもじい苦しい臭い怖い死にたくないお腹すいたハンバーガー食べたい殺す殺す死ね死ね死ねしねシネあいつらふざけやがって死にたくないシニタクナイ死にたくないひもじい苦しい臭い怖いこんなの嫌だ死にたくない殺す殺す死ね死ね死ねしねシネ死にたくないシニタクナイ死にたくないひもじい苦しい臭い怖いツライ殺す殺す死ね死ねシニタクナイ死にたくないひもじい苦しい臭い怖い死にたくない死ねしねシネ死にたくないシニタクナイ死にたくないひもじい苦しい臭い怖い死にたくない殺す殺す死ね死ね死ねしねシネフザケルナ死にたくないシニタクナイ死にたくないひもじい苦しい臭い怖い死にたくない帰りたい殺す殺す死ね死ね死ねしねシネ死にたくないカエリタイシニタクナイ死にたくないひもじい苦しい臭い怖い死にたくない誰か助けて……うああああぁ……」
(あ、やべぇ……)
(忘れてた……)
腐朽の大地、ジュンペイの本体がある場所へ戻って二人を待ち受けていたもの。
それはがりがりと樹の表面に爪をたて、皮を歯で齧り取る花嫁姿の女性だった。
笹子さんにアイコン風の主人公を描いて頂きました!ドット打ち可愛いしそのうえ凛々しい美人に描いてもらった主人公は幸せ者。ゲーム風の画面を用意してこのままアイコンに使いたくなってきます。私の中にRPG成分が充電されました!
この度は素敵なイラストと掲載許可、ありがとうございました!これを励みに頑張ります。
【挿絵表示】
2019/7/18修正