腐敗公の嫁先生~人外夫をうっかりTSさせまして~【完結】   作:丸焼きどらごん

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11話 異世界の花嫁 ★

 ここは草木も無く生物も居ない、全ての生命が溶けては汚泥に変わる死の領域、腐朽の大地。

 その中で唯一場違いに存在する、一本の白く輝く樹の上で……三人の人影が向き合っていた。

 

 

 

「ああ……。おいしい……生き返る……」

 

 甘い吐息と共に至福に満ちた声で呟かれた言葉に、人影の内約二名の良心がギシリときしんだ。

 

 背に流れる長く豊かな黒髪は艶やかで、ほっそりとした繊細な輪郭で縁取られた白いかんばせ。そこに納まるのは弾ける寸前の果実のように瑞々しい唇。

 焦げ茶の瞳は天空の星々の煌めきのごとき輝きを秘めていた。その瞳を扇のように囲い濃く影をおとす長いまつ毛が、可憐さの中に艶やかな魅力を際立たせる。

 おそらく十人中九人ほどが「美しい」と称するであろう美貌を身に宿した、どこか異国を感じさせる顔立ちと象牙色の肌を持つ少女。

 彼女は一年前のリアトリスと同じく、純白の花嫁衣裳を身に纏っていた。

 

 この美しき花嫁が先ほどまで、その美貌を飢餓と絶望と怒りによって悪鬼のごとき様相に変貌させていたなど……おそらく今の彼女だけを見た者は信じまい。

 

「助けていただき本当に……。本当に、ありがとうございました……! あなた方は命の恩人です!」

「あ、ハイ」

「いえいえ、そんな。ハハッ」

 

 ふわりとした笑みを浮かべながらも、洗練された動きで頭を下げ感謝の意を告げる少女。

 そんな彼女に硬い声でもって返答するのは命の恩人……もとい元凶だった。何に対しての元凶かと言えば、少女を襲った不幸に対しての、と言える。

 

 恩人(げんきょう)その一は、黒髪の美少女とは対を成すような豪奢な金色の巻き毛をもつ、華やかさと美しさを秘めた幼い少女の姿をしたジュンペイ。

 恩人(げんきょう)その二は、ぱっとしない髪と目の色、キツイ目つきなどが少々愛嬌を損なっているものの、そこそこ美人とは称されるだろうリアトリス。

 

 一応この場には見た目だけは華やかな女性が三人そろっているのだが、うち一名はまがいものである上にもう一名も内面が濁っている。さらにその二人からは気まずさが全面的に出ているため、空気は華やかどころか非常に重い。

 唯一黒髪の少女だけは満面の笑顔で軽やかな雰囲気なのだが、その笑顔こそが対する二人の心に漬物石のように重くのしかかってくるのだ。

 ちなみにその漬物石の名は「罪悪感」である。

 

 

 リアトリスとジュンペイは現在、非常に気まずい思いを味わっていた。

 

 

 腐敗公という強大な魔物であるジュンペイが完全に人化の術を習得し、その内包する魔力を自由自在に操れるようになることがジュンペイとその嫁であるリアトリスの目標である。

 更に言うなら、その力で「なんかいい感じに楽しくて幸せ生活」を手に入れて、周りの奴らぎゃふんと言わせるまでが目標である。

 そのため現在彼女たちは、新婚旅行という名の修業旅に踏み出したところなのだが……。

 最初の目的地、リアトリスの師匠でもある元宮廷魔術師アリアデスのもとを訪ねる予定だったのはいい。本体から切り離され仮初めの人化を果たしている分身体のジュンペイが途中で消えてしまわないように、一度ジュンペイ本体がある腐朽の大地まで戻ってきたのもいい。

 

 しかし問題は、腐朽の大地から外の世界へ行って戻るまでの不在期間。

 二人は肝心なことを忘れて、意気揚々とお出かけしていたのである。

 

 そして修行旅行兼新婚旅行の途中で一時帰宅した二人を待っていたのは、怨嗟の声をあげながら必死に生にしがみつく"花嫁"だった。

 

 この腐朽の大地には、年に一度「花嫁」という名目で腐敗公への生贄が捧げられる。腐敗公がこれ以上人の領域を死の大地に変えないための措置。

 これは誰もが周知の恒例行事であり、腐敗公たるジュンペイも一年前までは長きにわたる孤独な生の中で唯一自分を慰めてくれる存在が来るのを楽しみにしていた。たとえそれが自分に恐怖し、怯え、すぐに死んでしまう存在だったとしても。

 しかし一年前腐敗公は運命に出会った。

 すぐに死なないわ、自力で生き延びるわ、より良い未来をその力で目指さないかと提案までしてくるわ。精神的にも身体的にも図太い花嫁リアトリスこそ、今もなおジュンペイにとって運命の人。

 この一年は彼が生きてきた数百年にわたる生の中で最も色濃く、喜びと輝きに満ちていた。

 仮の人化とはいえ、周囲に被害を出すことなく踏み出せた外の世界にも刺激は満ちており、まだ一人とはいえリアトリス以外の人間とも友好を結べた。

 

 

 ……要は、浮かれていたのだ。

 今まで心の支えで合った花嫁が訪れる行事を忘れるほどに。

 

 

 リアトリスが一年住み家にしていた生命樹のお陰で辛うじて足場があったからか、帰宅した時にすでに溶け死んで大地の肥やしになっていた……などという事態は免れた。

 が、それが幸いかと言えばそんな事は無い。まず毎年恒例行事を忘れていた事こそが問題なのだ。

 

「ああ、それにしても、本当に助かりました! もう一度お礼を言わせてください! いえ、何度言っても足りません! とても……とっても美味しいお食事を振る舞って頂き、ありがとうございました! 美味しかったです。本当に、美味しかったです!!」

「い、いいえ! 気にしないでいいのよ! ええ、まったくもって! ほほっ!」

「あ、ああ。そうだよ、気にしなくていいって……ははっ!」

「まあ、なんてお優しいのでしょう!」

「………………」

「………………」

 

 感動と感激を全身で表す少女を前に、リアトリスとジュンペイは後ろめたさのあまり砂でも噛んでいるような気分だった。

 港町で調達してきたリアトリス用の一週間分の携帯食を全て、綺麗に食べられてしまったが……それでは足りないくらいに申し訳ない。聞けばこの少女、なんと二週間も木の皮だけ食べて生き延びていたというのだ。

 それにしては腹を満たしたくらいでこれほど回復したのが不思議だが、まだその辺について聞けるほど少女と会話出来ていない。

 

 港町で散々オヌマにたかり、美味しいものでお腹を一杯に満たし服も整え充足感に満足していたリアトリスとジュンペイ。

 特にジュンペイなどは、まるで本当の人間のように町で過ごせたこと。初めての体験、オヌマとの出会い。それらがもたらす新鮮な感覚が、何百年と過ごしてきた陰鬱な魔物生を吹き飛ばしてくれるようで非常に満足していた。

 しかしその体験及びリアトリスと過ごした一年のおかげで、彼の中でひとつ磨かれた物がある。

 

 …………「一般的な感性」である。

 

 今までもリアトリスには「魔物にしては性格が普通だし人間ぽい」などと評されていたジュンペイ。

 だが今まで自ら傍らで腐り、溶けて死にゆく花嫁たちに対して嘆きこそすれど鈍感ではなかったか、と言われると言葉に詰まる。その感覚は、おそらく人間らしいという言葉からは遠い。

 彼が抱いた嘆きは「自分が寂しい」ゆえに抱いたものがほとんど。花嫁たちの死そのものに対する悲しみは非常に薄く、人間が飼っていた珍しい虫が死んだ時に覚える程度のものだ。

 結局は自分が一番大事で、自分が寂しいのが嫌だった。

 

 しかし友好を結べる相手が現れたことで、変化が生じた。心に余裕が出来たのだ。その結果が現在生じているのが罪悪感である。

 途中で出くわした野盗など自分達に敵意を向ける相手ならば死のうが腐ろうが、殺してしまおうが構わない。

 が、目の前で感謝し通しの少女に対してはとても申し訳なく思う。

 

 リアトリスとジュンペイは「ちょっと失礼」と、不自然に後ろを向くとコソコソと小声で話し合った。

 

「生贄はこれ以上不要だって、どうにか伝える必要があったよな……俺達」

「で、でも仕方が無いわ。私たちだって余裕があったわけじゃないし、腐朽の大地じゃ正確に月日を計る手段がない上に花嫁を捧げる時期は人間と魔族、あと国ごとで違うんだもの。持ち回りがちょっと決まってるだけで」

「でもその時期と花嫁の存在自体を、俺たち忘れてたわけだろ? どう考えたって、俺たちが悪いって!」

「そ、それもそうだけどさぁ……。だとしても、どうやって全部の国に、もう花嫁いらないよって伝えて信じてもらうのよ」

「そ、それは……」

「ふむふむ、なるほど。あなたの正体は腐敗公で、そちらのあなたは私の一年前に捧げられた花嫁さんなんですね? 理解しました!」

「え」

「え」

 

 二人の会話に極自然に第三者の台詞が入り込み、リアトリスとジュンペイが振り返った。

 そこには耳に手を当てていかにも「聞き耳立ててました」の姿勢をとる黒髪の美少女。

 

「うわああああ!? え、ちょ、聞いてた!? 今の聞いてた!?」

「はい、バッチリと! 怪しかったので!」

 

 悲鳴を上げるジュンペイに、少女は親指をぐっと立てていい笑顔で言い切った。それに対してリアトリスもまたびくつきながら、恐る恐ると問いかける。

 

「あの、…………理解力凄いね? 今の会話で推測したの?」

「推測するには十分な情報でした」

「いや、推測できたとしてもそれ受け入れたの?」

「ええ、この世の中、なんでもありですから。生死の境を乗り越えた私にとって、腐敗公がTSしていようが人化していようが驚くことではありません。むしろ王道かな? くらいの気分で受け止めています」

「てぃーえ……何?」

「あ、ごめんなさい! その辺はあまり気にしないでください!」

「そ、そう……」

 

 何やら謎の勢いを増してきた少女に対し、リアトリスもジュンペイもつい引け腰になる。しかし少女の勢いは止まらなかった。

 

「秘密も知ってしまったことですし、お次は私の自己紹介をしてもよろしいですか!? ぜひぜひ、私の不幸な境遇を聞いてほしいのです! というか聞いてください! もう、誰かに愚痴……聞いてほしくて聞いてほしくて!!」

「お、おう」

「どうぞ」

 

 正体が腐敗公と知って怖くないのか? 樹の真隣にあるジュンペイの本体であるドロドロ魔物は気にならないのか? 他にも疑問に思う事は無いのか?

 それらの質問を、リアトリスとジュンペイは飲み込んだ。それは少女に対する引け目以上に、その勢いに押されたからだ。

 

「ありがとうございます! えー、ではまず初めに。私の名前は城ヶ崎優梨愛と申します。どうかユリアとお呼びください!」

 

 聞きなれない響きの名前。それを不思議に思いつつも、リアトリスは直感的にその名前がどこかジュンペイに近いものであると感じた。

 それは名づけの占いを得意とする魔術師として正しい感覚であったと、彼女はのちに知る事となる。

 

 

 

「えー、ごほん。では私の可哀想な身の上話のはじまりはじまり~」

「うーん、まだ会ったばかりだけど……。私あんたのこと嫌いじゃないわ……」

「ま、まあ! そんな事言われると照れてしまいますね!」

 

 リアトリスの言葉に何やら頬を染めて身をよじるユリア。それに対して、ジュンペイは何故か言いようのない不安を抱いた。その正体は残念ながらまだわからない。

 

「では、今度こそ! ええとですね、まず私は異世界から召喚されたんですよ。あ、星幽界とは関係ない、ここと同じように人間が暮らしてる世界なんですけどね? 魔法とかありませんでしたけど」

「はい待った。いきなりブッ込んでくるわね!? 異世界って何よ」

「まあまあ、多分突っ込まれたらキリが無いのでとりあえず最後まで聞いてくださいな。……それで、私を召喚した国はルクスエグマというのですが……」

「ルクスエグマ?」

「あら、ずいぶんと大国の名前が出てきたじゃないの。なに、生贄にされるために召喚されたとか?」

「そう! そうなのです!! きー! もう、もうもうもう! 聞いてくださいよ!!」

 

 ユリアを花嫁として差し出してきた国、ルクスエグマはアルガサルタから少々離れているが人間の領土でも大国と称されるにふさわしい国だ。

 魔術についても古くからの資料が多く残されている上に、国が独自の巨大研究機関を作っているため魔術の進歩も早いとリアトリスも噂で耳にしたことがあった。

 実際に行った事こそないが、彼女がひそかにいつか足を踏み入れたいと考えていた国でもある。

 

「あのですね、私初めは『異世界の聖女よ。共に魔王を倒してください』な~んて言われたんですよ。それも、超、超イケメンに! あ、イケメンというのは顔の良い男のことです。性格イケメンとはまた別です。あいつらはクズです。性格イケメンではありません。で、イケメンに……それも十人くらいのショタからシブメンまでそろえた連中に言われたんですよね。我々と共に修業して戦ってほしい~とか、なんとかかんとか。まあ、私も夢見がちな小娘でしたからコロッと騙されちゃったわけですよ。いや、完全に嘘ってわけじゃなかったんですけどー。いやいやいや、むしろよりたちわるいというか……」

「わかった! あれでしょ。異世界から召喚されたって事は、なにか特別な力があったんじゃない? でもって、それを魔族との戦いに利用された! そのあとは使い捨てでポイ!」

 

 妙に理解しにくい言葉が混ざるものの、雰囲気でなんとなく察したリアトリスは合の手を入れる。その言い方と内容にジュンペイは頬を引きつらせたが、言われた側であるユリアに至ってはまったく気にしていないようだ。それどころか「よくぞ」とばかりにノリよく答える。

 

「ピンポンポンポーン! 正解です! 凄いですね! なんでわかったんですか!?」

「まあこのリアトリス様にとっては簡単な事よ!」

「リアトリスさん素敵! それで続きなんですけど……」

「……なんか、ついていけねぇ……」

 

 急展開もなんのその。波長が合ったのか、ぽんぽんと言葉を飛び交わせる女性二人にジュンペイはぐったりとした気分を感じ始めていた。まったく会話に入っていけない。

 しかしそんなジュンペイを置いてけぼりに、ユリアの怒涛の身の上話は続く。

 

「一年くらい、聖女様聖女様ーってもてはやされてちやほやされて。美味しい食べ物と素敵な住居に最高にいい男たちに囲まれて、キャッキャウフフと修業したわけですよ。事が終われば元の世界に帰してくれるって約束もしてくれたし、私もいい気分でした。私って、もとの世界ではちょっと可愛いだけの普通の女の子だったんですけどね? 召喚された時に、特別な力が備わったらしくて。特別扱いされれば、そりゃあ気持ちいいじゃないですか」

「はっはーん。褒め殺して飼殺してきたわけか。そういえば特別な力って?」

「聖女ですから、聖なる力っていうんですかね? なんていうか、魔族に対して効果抜群な光攻撃的な奴が出来るんですよ。あと聖なる祈りで仲間の能力アップ~みたいな? ちなみに魔王はマジでブッ殺しました。といっても、魔王ってたくさん居るみたいじゃないですか。その内の一人ってだけだったんですけど」

「ええ、凄いわね!? 簡単に言うけど、魔王ってそう簡単に倒せる相手じゃないわ!」

「まあ、仲間……今となっては仲間と称するのは反吐が出ますけど、そいつらが居たからなんですけどね~。私って紙防御なんで、単体じゃすぐ殺されちゃいますし~」

 

 だんだんと敬語が砕けてきたユリアだったが、リアトリスは特に気にせずふんふんと頷いている。

 ちなみにジュンペイは話を聞きながらも、体育座りで魔法を使って落書きしていた。何やら仲良くなってきた二人を見て、疎外感を感じて拗ねているらしい。

 

「だけど、問題はその後ですよ! あいつら今までチヤホヤしてきた来たくせに、魔王を倒すなりさっさと私を生贄に仕立て上げたんですよ!? 魔力がこれだけ高ければ花嫁には最適だって! 大恩人相手に、それってありえます!? 手のひら返しもいいところですよ! 異世界人なんて同じ人間じゃないんですって! おぞましいとか言われました! 死ね! すみやかに死ねあいつら! 苦しんで死ね!! うわああああーん! あんまりよ、酷い! 私の事愛してるとか好きとか言ってたくせにぃぃぃぃ!!」

 

 感情の高ぶりを抑えきれなかったのか、ユリアは声を張り上げえるとそのまま大号泣して崩れ落ち、拳を樹に叩きつけた。そのまま何度も悔しそうに拳を幹に打ち付ける。

 その様子に、リアトリスは神妙な顔でしばし考えた。そして一度目を瞑り、開くと膝をついてユリアに視線をあわせる。

 

「ねえ、ユリア」

「ひぐゅ、うぐっ……何ですか?」

 

 涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔をリアトリスに向けたユリア。リアトリスはその頬を片手で包むと、もう片方の手で彼女の涙をぬぐう。

 その顔には慈愛に満ちたほほ笑みが浮かんでおり、それを見ていたジュンペイは嫁の表情に嫌な予感がした。

 

 

 

「よければあなた、私たちと一緒に来ない?」

 

 

 

 

 

 




笹子さんから以前いただいたリアトリスをゲーム画面風にアレンジしたものを頂きました!うひょー!可愛い!ファンタジーものなのでこうしてゲームっぽいものを頂けると、想像力が掻き立てられますね!

【挿絵表示】


笹子さん、この度は素敵なイラストをありがとうございました!




以前感想で主人公とジュンペイの服装について聞いていただけたので、設定画をペタリ。挿絵を描くたびに期間が開くので絵柄の安定性が死んでいますが、もし挿絵が平気でしたらお好きな方でご想像頂ければ幸いです。ジュンペイが設定より見た目年齢やや上に描いてしまった気がするので、機会があれば修正しようと思います。

【挿絵表示】


【挿絵表示】


2019/7/19修正

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