腐敗公の嫁先生~人外夫をうっかりTSさせまして~【完結】   作:丸焼きどらごん

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※2019/7/17現在、一話から再度文章の修正中。一話目をプロローグと分けているため一話増えております。新着に出てしまったら最新話でなく申し訳ありません……!


12話 かしまし娘三人旅

 厚くのっぺりとした雲が張り付き、今にも泣きだしそうな曇天の下。

 地上では剣戟による甲高い音が響いていた。

 

「くそっ、こんな、ところで!」

 

 振りかぶった剣を固い甲殻に弾かれた男がたたらを踏むと、男と切り結んでいた相手は口の端を裂けそうなほど深く歪める。否、実際にその口は裂け、開いた口からは無数の針を思わせる牙の群れが覗いていた。

 肌は赤紫の甲殻に覆われており、その者が人間でないことを如実に物語っている。

 

 相手は魔族だった。

 

 甲殻の魔族のほかに、相対するのは宝石で形成された翅をもつ虫型女性魔族と、黒檀のような色合いの剛毛に覆われた猪を想起させる獣人型の魔族。

 彼らは一様に笑みらしきものを浮かべており、その表情からは弱者をいたぶる嗜虐的な快楽が伺えた。

 

 剣をふるう男は人間で、こちらは天然の鎧を纏う魔族に比べてあまりにも脆弱ななめし皮の鎧。彼の後ろに控える弓をつがえた女と杖を構えて震える細身の男もまた、大した防具を身に着けているようには見えない。

 彼らの周りにはすでに三人、彼らよりは立派な装備を身に纏った(むくろ)が血にまみれて転がっている。

 剣士の男と同じく前衛を務めていた戦士二人と、中衛だった槍使いが一人。果敢に立ち向かった彼らが人でなく物になり果てたのは、わずか数分前の出来事だ。

 女魔族の魔術で極寒まで冷やされた空気の中、躯からはみ出た臓物からは生々しくも薄く湯気が立ち上っている。

 それがこの後の自分たちの末路だと思うと、どうしようもなく恐ろしかった。

 

 彼らは世間一般で"冒険者"と呼ばれている者たちだ。

 冒険者はいくつか存在する冒険者組合のいずれかに所属し仕事をこなすが、組合によってその仕事内容にはそれぞれ特色がある。共通する項目はあれど、得意分野ごとに分かれているのだ。

 薬草が欲しければ採集に優れた者が集まる組合に、未開の地の調査を依頼したければ探索に優れた者が集まる組合に。そして護衛を雇ったり害をもたらす魔族や魔物から身を守りたかったら、特に戦闘に秀でた者が集まる組合に……という具合である。

 剣士の男たちが所属するのは、戦いに秀でた者たちが集う組合。……しかし今回の依頼内容の「魔物」はすでに討伐済み。

 

 彼らにとって「魔族」相手の戦闘など、まったくの想定外であったのだ。

 

 魔に属するモノの総称として「魔物」が用いられることは多くあるが、人類間での認識としては魔物は知能の低い獣、魔族は高度な知識と文化を有した知的生命体だ。ゆえに相手取るときの難易度が全く違ってくる。

 自分たちと同じように知能を有し、その上魔力も身体能力も強い。繁殖能力が弱く個体数が少ないことでなんとか均衡は保てているが、突発的に遭遇した時……。よほどの手練れでも居ない限り、同数かそれより少し多い程度の人数で勝てる相手ではないのだ。

 

(ああ、もっといい酒飲んどきゃよかったな。ケチはするもんじゃねぇや……)

 

 剣士の男は構えこそ解かないものの、すでに心には諦観が滲んでいた。

 

 思い出すのは先日、依頼に向かう前に酒場で飲んだ安っぽい発泡酒の味。薄いくせにやたらと苦い粗悪品だったが、結婚資金を貯めるためだと泣く泣く一番安い酒で我慢した。

 しかしこの分だと貯めた金を使う機会はなさそうだ。

 だったら自分の向かい側の席で「しょうがないわねぇ、今はこれで我慢してあげる」と言葉とは裏腹に心底幸せそうに笑っていた彼女と、とびきり美味い酒で乾杯しておけばよかった。しておくべきだった。

 

 もてあそぶのに飽きたのか、甲殻の魔族は鋼で鍛えた男の剣をかみ砕いた。おそらく剣を使って戦っていたのはほんの戯れで、甲殻の魔族本来の武器はその歯だったのだろう。

 これでもう武器は無い。次にかみ砕かれるのは、自分の頭蓋か背骨かあばら骨か。

 せめて砕けた骨が魔族の喉にでも突き刺さって苦しめばいいと、自分が死んだ後の運任せに少し笑う。

 

「悪い、悪い。少し遊びすぎたかい? かわいそうに。狂ったか? 笑っているじゃないか」

 

 喋り辛そうなぞろぞろ歯が生えた口で何故そんな流暢にしゃべれるのかと、男は疑問に思いつつも腕をだらんと体の横に垂らす。

 疲労し、魔術で凍えさせられた体に力が入らなかった。

 

「私たちも難儀よね。見逃してあげてもいいのに、いじめたくって、目障りでしょうがない! こんなにか弱くてみじめで、とてもとても可愛いのに、慈しむことができないわ」

「まこと、我らの心に刻みつけられた本能よなぁ」

 

 魔族たちが笑う。邪悪な笑みではない。

 きっと自分たちが仲間と遊戯に興じて、新底楽しいと笑っている時と同じなのだろう。これは彼らにとって、遊興にふける日常の一コマなのだ。

 

 矢が尽きたのか、先ほどから援護に飛来していた弓使いの攻撃は途切れていた。同じく魔術の援護もだ。魔力が尽きたのだろう。

 あいにくと男の仲間の魔術師は、星幽界から多くの魔力を引き出せるほど優秀ではない。そのためわずかに引き出した魔力と彼自身の魔力が尽きればそこまでだ。

 

「それでは、ごきげんよう。来世は魔族になれるといいな?」

 

 心からの同情の言葉が魔族から贈られ、甲殻に覆われた腕が目前に迫る。きっと親切のつもりなのだろう。一思いに心臓を抉り出そうとしているに違いない。

 

 剣士の男は、目をつむった。

 

 

 

 

 

銀鱗(ぎんりん)の我が僕、その勇壮なる(あぎと)で愚か者の頭蓋をかみ砕け』

 

「!?」

 

 

 

 

 迷いも恐れもない、鮮烈な声が冷たい空気の中で響いた。

 同時に薄ら青い光を帯びた銀色の閃光が走ったかと思うと、目の前にいた甲殻類の肌を有した魔族の頭部が消失していた。さらにもう一度光が走ると、今度は残った体の半分が消失している。

 そんな相手の体をすらっとした足が蹴り倒した。するとようやく残った体の部位が時を刻み始めたのか、頭と半身を欠いた魔族の体は青紫の血液を噴き出す。

 

「はぁん、ざまぁないわね。それにしても、粋がってる奴を一方的に叩きのめすのって気持ちがいいわ」

 

 心底嘲るような表情で言い切ったのは一人の女。

 くすんだ金属を思わせるぱっとしない金髪を肩のあたりで切りそろえ、薄い色合いの碧眼には強い光を宿している。ばさっと鮮やかな赤い外套を翻すさまが、なにやら堂に入っていた。

 見れば女の腕には銀色の鱗をもつ龍が巻き付いており、それは瞬きの間に青い光の粒子となって消える。

 

 何が起こったのか。それを男が認識するよりも、残された魔族が仲間が殺されたことを理解するほうが早かった。

 宝石の翅をもつ女魔族が、なにやら魔術を放とうとする。しかし突如、その姿は美しい白い光に包まれた。

 

『白き慈しみの抱擁よ、彼の者の悪しき心を浄化し……とでも言うと思ったか死ね! 無限光麗輝愛琉聖波(インフィニティラブストリームアタック)!!!! ついでにこの技名考えたやつも死ね!』

 

 白い光は魔族の女を焼き尽くし、後には地面に焼き付いた体の形をした真っ黒な影が残るのみだった。

 ふわっと美しい黒髪をかきあげて、優美な動作で歩いてきてくるのは一人の少女。彼女は腰を抜かしていた仲間の弓使いに手を差し伸べ、柔らかな笑みを浮かべた。

 

「お怪我はありませんか? 安心してください。もう、大丈夫ですよ」

 

 その声は慈愛に満ち溢れており、聞いた者の心に安心と安寧をもたらす福音だった。

 先ほど聞こえたえらくどすのきいた声は、おそらく戦闘の高ぶりがもたらした幻聴……気のせいだろう。そう思うことにした。

 

「お、おのれ……!」

 

 一瞬で仲間を失い最後に残された獣人型の魔族。あふれ出る怒気と魔力は恐ろしく、呆けていた男を一瞬で現実に引き戻した。「殺される」という現実に。

 黒々とした剛毛は逆立ち、硬質な金属へと変貌する。そして魔族は恐るべき速度でもって、弾けるようにこちらへ突進してきた。

 すくむ体は動かず、剣士の男は肉塊になって飛び散る自分の姿を幻視する。

 

 しかし引き戻されたはずの現実に、再び割り込む幻影。その幻影は曇天の下にも関わらず輝くような金髪を宙に舞わせながら、華奢で小柄な体で魔族と自分たちの間に立ちふさがった。

 さながらその姿は、おとぎ話に出てくる天界に住まうという精霊のようで。

 

「…………」

 

 精霊は何も言葉を発しない。ただ何かが溶けるような地味な音だけが、かろうじて男の耳に届いた。

 そこで初めてサンゴ色の小さな唇が動き言葉を発する。

 

「俺の嫁に近づくなよ」

 

 その直後、どちゃっと水気を含んだ重い音。見れば大きな質量をもつ何かの肉が、無残に溶解して地面の泥と一体化している。それは天使が足で勢いよく踏みつけると、すぐにじゅっと音を立てて消失した。あとには赤紫の禍々しい色の泥が残るのみとなっている。

 それも数度瞬きする間に消え失せ、男はまるで全てが幻だったかのような気分を味わった。

 

 

 男が「助かった」と理解するまで少々時間を要したが、その後帰還した男はすぐに恋人に結婚を申し込み、末永く幸せに暮らしたとかなんだとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リアトリスさんの魔術はスタイリッシュでかっこいいですねー! 見惚れちゃいました!」

 

 そう言いつつリアトリスの腕に自分の腕を絡め、形の良い胸を押し付けつながら抱きついてくるのは元ルクスエグマの聖女ユリア。

 その屈託のない笑顔とまっすぐな賞賛の言葉に、基本的に褒められることが大好きなリアトリスはまんざらでもなさそうな顔をしている。

 しかし褒められていることは理解したが、聞きなれない言葉に首を傾げる。

 

「すたいりっしゅ?」

「いやん、ひらがな発音可愛い! 洗練されている、って意味ですよー!」

「へえ~、そうなの! なかなかいい響きね。気に入ったわ!」

「えへへー!」

「…………」

 

 きゃいきゃいと戯れる女二人の後方で、とぼとぼとぼとぼ浮かない顔で歩いているのは、一応この世界の三分の一を(不本意とはいえ)手中に収めている腐敗公という大魔物。

 ただし現在は嫁の手違いによる人化の術のせいで、見た目はただの金髪美少女である。

 

 腐朽の大地に残してきた本体に比べてあまりにも小さなその体では、ユリアのように同じ目線でリアトリスにくっつけない。腐敗公ジュンペイはそのことを不満に思いながらも「いや、俺は何を嫉妬なんかしているんだ。女の子同士、仲が良くて結構じゃないか。断ったとはいえユリアだって俺のもとに来た花嫁なわけだし、優しく接しないと」と自分の心に必死に言い聞かせていた。

 

 

 数日前。

 分身体への魔力の補給のため一時帰宅した腐朽の大地で出会った、今年の花嫁もとい生贄であったユリア。その彼女をリアトリスが一緒に来ないかと誘ったのだ。

 身の上話を聞けば同情できるし、この世界に頼れる相手もいない彼女を放っておけないのも理解できる。…………リアトリスがそれを第一の理由にしているかどうかは別として。

 だけどせっかくの二人旅、新婚旅行に何故第三者が? という気持ちもぬぐえなかった。

 ユリアもまたジュンペイの花嫁として嫁がされてきた身だが、ジュンペイはすでに生涯の伴侶を自分に希望をくれたリアトリス一人だけ、と定めている。そのためジュンペイは正式にユリアに離婚を申し込み受け入れてもらった。

 

 よってユリアはジュンペイにとって第三者。他人なのである。

 

 自分のせいで死にかけた彼女に申し訳ない気持ちは抱いているが、やはり嫁と二人きりの新婚旅行は甘いものにしたかった。たとえ自分の姿が男ではなく少女だとしても。

 ……本当はジュンペイだって、ユリアみたいにリアトリスにくっつきたい。

 それが出来ないのは、ここ最近芽生えてきた「格好悪いところを見せたくない」という意地が原因だ。同性相手、しかも自分の元嫁相手に嫉妬だなんてみっともないじゃないか。

 

(でも……でも!! いくら女の子同士だからって、なんであんなにべったりなんだ!)

 

 ユリアは今だけでなく、道行く途中もリアトリスと腕を組むか手をつなぐかのどちらかだ。歩きにくくはないのかと指摘したかったが、なんとも軽快な足取りで歩くものだからそれも出来ない。

 くっつかれる側のリアトリスも、大して苦にしていないようだ。

 

(まあ、懐く気持ちもわかるけど。……ある意味、ユリアも俺と一緒だもんな)

 

 

 

 

 

 

 数日前。リアトリスはユリアにこう言った。

 

『ユリア、私たちと一緒に来なさいよ。そしたらいつか、この天才魔術師リアトリス様が、あなたを元の世界に戻す方法を見つけてあげる!』

 

『出来るのかって? 誰かに出来たことが私に出来ないはずがないし、誰も出来なくても出来ちゃうのが私だもの。呼ぶ術があるのなら、その逆を見つけるなんて私にとっては簡単よ』

 

『だからユリア。それまで私たちに、あなたの力を貸してちょうだい! 理不尽に手に入れさせられた力でも、力は力。使わないのはお金を貯めこむだけ貯め込んで消費しないのと一緒だわ。そんなのもったいないでしょう? 宝の持ち腐れは見逃せないし、私と一緒に居たら腐らせるどころか最上の使い道を教えてあげられる。私はあなたを利用したいし、あなたは私たちを利用するべきよ』

 

『もし、もしもよ? 出来ないはずがないから本当にもしもだけど、貴女が帰れなかったら。それか帰りたくないと言ったら。その時は、私たちと一緒に楽しく最高の人生を過ごしましょう!』

 

『天才魔術師、腐敗公、聖女! 見なさいよ、この布陣。これで幸せになれなかったら嘘だわ! 理不尽なんて私たちならねじ伏せられる。誰にも文句は言わせない。最高に幸せになって、周りをぎゃふんと言わせてやるの!』

 

 

『だからこの手を取りなさい! 一緒に行くわよ聖女ユリア!』

 

 

 手を差し伸べられたのだ。それはジュンペイも同じ。

 だからそれがどんなに嬉しいかなんて、考えなくても理解できる。

 

 

 

 しかし。

 

 

 

「リアトリスさん。今夜なんですけど、宿がとれたら一緒のベッドで寝てもいいですか? 裏切られたショック……衝撃が強くて、悪夢を見てしまうんです。でも誰かにくっついて体温を感じられたなら、よく寝られると思うの」

「あら、ユリアは図太いようでいて繊細なのね。いいわ、一緒に寝ましょう」

「ちょっと待ったぁ!!」

 

 聞き捨てならない言葉が聞こえ、ジュンペイは今度こそ我慢を捨ててリアトリスとユリアの間に割って入る。

 

「お前、野宿でもぐ~すか寝ていたじゃないか! リアトリスのが先に寝付くからって、嘘ついて! 俺は睡眠が必要ないから、知ってるんだぞ!」

「あら、嘘つき呼ばわりなんて酷いわ。それにお前だなんて失礼な呼び方やめてくれます?」

 

 いけしゃあしゃあ。そんな表現がぴったりなユリアの態度に、ジュンペイは顔を引きつらせる。

 

 先ほどたまたま遭遇した魔族を、人が襲われていたのもあって道行きがてら倒したのだが……。

 自分やリアトリスはともかく、この女もまた顔色一つ変えずに魔族を殺してみせたのだ。異形の体を持つとはいえ人の形に近い魔族を殺すことに、なんの躊躇もみられなかった。

 魔王を倒すために呼ばれた聖女だとは聞いていたが、まさかあんなに直接的に攻撃して倒すとは予想外だ。

 勝手な想像ではあるが、聖女というからには聖なる力で後方支援でもしていたのだろうと考えていたのに。……実際は魔法頼りとはいえ、ごりごりの武闘派だった。神経も図太い。

 …………これはジュンペイの勘なのだが、間違ってもこの女をリアトリスと二人で寝かせてはいけない。そんな気がした。

 

 恩人とはいえ、会って間もない相手への親愛にしては行き過ぎている好意。

 ユリアは信じていた男たちに裏切られているのだから、もう男なんて信じられないと思っていてもおかしくない。

 そういえば先ほど助けた冒険者たちも、女性にだけ手を差し伸べてあと二人の男は完全に無視していた。

 ……となれば、具体的にそれが何かと聞かれたら経験に乏しいジュンペイにはわからないものの、多分リアトリスに距離を詰めさせてはいけない相手なのだ。このユリアという女は。

 

(それに)

 

 単純に居場所を取られるのが、気に食わない!

 

「ここ数日我慢してたけど、リアトリスと一緒に寝るのは俺! 隣を歩くのは譲ってやってもいいけど、こっちはダメだ! ぜっっっったいに、ダメ!」

「なんですって!? 本当ですかリアトリスさん!」

「んー? ええ、本当よ。だってこの子ったら抱き心地いいんだもの」

 

 それを聞くなりユリアはチラッとジュンペイを見下ろし、リアトリスに聞こえない音量で言った。「なんだ抱き枕か」と。

 ジュンペイにとって何故かそれは非常に屈辱的な響きを伴っていて、思わずユリアを睨む。ユリアもまた、強い視線を返してきた。

 

 

 それに気づいたリアトリスは、ふふっと笑ってぼそりと言葉をこぼした。

 

「ちょっと、たぶらかしすぎたかしら……」

 

 

 新たな仲間を加えての彼らの旅路は、まだまだ始まったばかりである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 明かりがより多く取り込めるようにと、大きな一枚硝子を用いられた窓。そこからはアルガサルタの青い海が一望出来、机に向かっていた男は毎日の光景ながらその美しさに感嘆の息をついた。

 書類仕事は苦ではないが、この光景にはいつも心癒されているのだ。……この光景以上に心癒すものがあるにはあるが、それはいつでも見ること叶わぬ贅沢品。

 ならば今はこの景色に感謝し、我慢しよう。

 

「殿下、失礼いたします」

 

 ふいに扉からノックが聞こえ、入室許可を告げると狐目の男が入ってきた。

 

「……ああ、君かヘンデル。例の件?」

「ええ。銀麗(ぎんれい)のリアトリス、やはり生きていたようです」

 

 それを聞くなり、殿下と呼ばれた男の切れ長の目がネズミを見つけた猫のような色を帯びた。

 

「ほお、そうか。ならば土産も期待できるかな? あの女が手ぶらで戻ってくるなどありえまい」

「さあ、そこまでは……。でも、間抜けですよね。自分の二つ名の由来になってる魔術を大っぴらに使うなんて」

「そうとも言えんさ。たとえ追っ手を差し向けられても、どうにかできる自信があるんだろう。その根拠に興味はないか?」

 

 形の良い耳を飾る紫水晶の耳飾りをいじりながら、殿下と呼ばれた男はうっそりと笑う。

 

 

「あれは面白かったから、また私を楽しませてくれることを期待しよう」

 

 

 

 

 

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