腐敗公の嫁先生~人外夫をうっかりTSさせまして~【完結】 作:丸焼きどらごん
「ほうら、これの頂上が目的地よー」
「マジで?」
「マジですか」
ほぼ同時にリアトリスを見て、ほぼ同じ言葉を発した二人。……ジュンペイとユリアを見て、実はこの二人仲いいのでは? と、リアトリスはいぶかしんだ。
三人で旅をするようになってから数日。
ジュンペイを腐敗公と知ってもユリアは物おじしないどころか、リアトリスが彼女に妙に懐かれてしまったために夫であるジュンペイと喧嘩までする始末。
……といっても精神面で優位に立っているのは、素直なジュンペイではなくたおやかながら
(まあ、それは二人とも私が好きだからって事よね! 結構結構!)
まったくそのようには見えないが、方や世界の三分の一を手中に収める最強の魔物。方や魔族の王の討伐に多大な成果を上げたという異世界から召喚された聖女様。……その両方が自分に好意を向けているのだから、リアトリスにしてみればにんまり笑いたくもなるというものである。
これから築く幸せ未来において純粋な力はともかくとして、精神的頂上に君臨するのはどうやら自分のようだ。
ユリアに関しては「恩人」と「元の世界に帰してくれるかもしれない相手」という以上の認識をリアトリスに向けつつあるが、その"愛情"に関して一過性のものだろうとリアトリスはあまり気にしていない。
若いころはそういった錯覚がよくあるものだ。……リアトリスとて遊びも恋もほとんど無かった灰色の学生時代を送る中で、ほんのひと時なら恋心に浮かれたことだってあるのだ。理解は出来る。
まあもしその感情が本物になったらなったで問題ない。
可愛い可愛い自分の理想とする娘の姿になったジュンペイを、すでに夫として受け入れているのだ。自分とてもともと恋愛に関して男性不信気味になっているところがあるのだし、いっそ恋愛対象を女の子に切り替えてしまってもいいかもしれない。そうなれば彼女たちの未来ごと、まとめて面倒見てやろうくらいの気持ちだ。
(でも、そうなるとジュンペイが怒るか。この子素直で一途だし、重婚とか絶対嫌がるものね。というかまず、それを気にしてわざわざユリアに離婚を申し出ていたし)
ちらと見降ろした先の甘いはちみつを連想する
リアトリスは無言でその頭を撫でまわした。
「わ!? な、なに?」
「いやぁ、今日も可愛いなーと」
「リアトリスさん! 私も可愛いので撫でてください!」
「はいはい。ユリアもかわいい、かわいい」
「わぁい!」
「! 俺も! 俺ももっと撫でて!」
(…………う~ん、でも今のところ子猫や子犬だわこの子たち……。あー可愛い)
競うようにして自己主張をしてくる二人を前に、リアトリスはだらしなく顔を緩ませた。
仕事で気を張る必要がなくなってからは、わりと表情豊かになった彼女はそれをあまり自覚していない。
「と、じゃれている場合じゃなかったわ。さてと、ここを上るわよー」
つい遊んでしまったが、今三人の目の前で天に向かってそびえている……まるで塔のように長細い岩山の崖を、これから登らなければならないのだ。このままのんびりしていたら日が暮れてしまう。
(まあ日が暮れるのは想定内っていうか……数日はかかるかな)
現在の場所は、アルガサルタの海から離れ内陸に進んだ先にある山岳地帯。渓谷を流れる川にそって進み、たどり着いたのがこの場所である。
一見華奢で繊細なユリアがついてこられるか心配だったが、流石に腐朽の大地で生き延びていただけあって彼女は逞しかった。聞けば回復魔術の応用で体力に関しては問題ないというのだから頼もしい。
「凄い場所ですけど……魔法使いの住居っていうなら、納得ですねぇ。人目を避けた秘境で暮らす、かつて栄華を誇った大魔法使い……。うんうん、いいですね! 雰囲気出てきました!」
「魔法使いじゃなくて、元宮廷魔術師長ね。いえね、でもそんな経歴なのにこんな場所に住んでる物好きは師匠くらいよ」
「そうなんですか?」
「ええ。秘境に住むにしたって、こんな不便な場所に住む奴なんてそう居ないわ。少なくとも私なら、隠居場所にはもっと便利な場所を選ぶわね。もし煩わしい手合いが来たら、全部結界で追い出せばいいんだもの」
そう言って改めて岩山を見上げる。周囲に山はあるものの、何故かその岩山の周囲にだけは遮蔽物が無い。ぽっかり切り取ったような青空の中、赤茶色の岩肌が天を突いていた。
その標高は非常に高いようで、上の方が霞がかっており下からではその頂上も見えはしない。
「ここにリアトリスの先生が……」
ジュンペイの言葉に頷いたリアトリスは、改めて二人に説明する。
「もう一度言うけど、ここに住まわれているアリアデス・サリアフェンデ様は私のお師匠様。私を魔術師として認めてくださった時に家名をくださった、後見人かつ父のような方でもあるの。くれぐれも失礼のないように」
いつも自信満々なリアトリスにしては珍しくしおらしい態度に、ジュンペイとユリアは顔を見合わせた。
「リアトリスさんは、その方を尊敬しているんですね」
「まあねー。立派な方よ」
「なあ、家名って人にもらえるものなの?」
「私はもともと家名があるほどの身分じゃなかったからね。でも、自分の家名を与えるって例は少ないわ。それだけ私もアリアデス様にとって素晴らしい弟子ってことだけどね! ほほっ!」
胸を張って嬉しそうに言うリアトリス。そこに若干の嫉妬を覚えつつも、相手は父のような相手だというじゃないかとジュンペイは自分を納得させた。
そしてあらためて天にそびえる岩山を見上げ、リアトリスに訪ねる。
「それで、この岩山はいつもの術で登るのか?」
いつもの術。それはジュンペイとリアトリスが腐朽の大地を出る際に使用している、この一年でリアトリスが新たに作った術のことなのだが……。
「いいえ」
それをあっさり否定したリアトリスは、なんでもないかのように言った。
「上るのよ? 素手で」
「あわあぁぁあ! た、高い。高いですよリアトリスさん!」
「そう、ね……! 久しぶりだと、なかなかきついわ……!」
リアトリスは背中にしがみつくユリアに応えつつも、額にわずかに汗を浮かべて次の岩肌に手を伸ばす。
現在彼らは件の岩山を上っていた。リアトリスが言ったように、素手で。
「あの、やっぱり私下で待っていた方がよかったのでは……?」
さすがに岩山を素手でよじ登るのは不可能と判断したユリアは、最初は自分は下で待っていると申し出た。しかしリアトリスはそれに待ったをかけて、自分が彼女を背負って上ると言い出したのである。
「いいの、いいの。これも魔術の修行だから……ああジュンペイ! そこは水属性を選択しないと弾かれるわよ!」
『え? ぎゃああああああ!』
愛らしい少女でなく小さいながら本来の腐敗公としての姿に戻り、ナメクジが壁を這うようにして岩肌を上へ上へと進んでいたジュンペイ。だがある個所に手……ではなく触手を伸ばした途端、何か大きな手で叩き飛ばされたかのように宙へ身を躍らせた。
リアトリスはため息をつきながら体をひねると、粘体と化しているジュンペイに片足を伸ばしてその体を受け止める。
「ぐ!? さ、さすがにこの体勢は無理があるわ……! じゅ、ジュンペイ! 早く壁に戻りなさい!」
『わ、わかった。ありがとう……』
礼を言ってから、ぬとぬととした動きでリアトリスの足を這って壁に戻るジュンペイ。
ちなみにこのやり取りはすでに十回を超えている。
『それにしても、なんて体で覚えろ系の修行……! さすがリアトリスのお師匠様……』
「ちょっとー。聞き捨てならないわね。私が懇切丁寧に授業してあげたこと、わすれたの? まあこれからこの類の修行が増えることは否定しないけど」
『増えるんだ……』
単眼の魔物は表情が伺いにくい姿でありながら、傍目に肩を落としたと分かる動きをする。それをユリアは興味深そうに眺めていた。
……最初は人化の術を施された状態で、ジュンペイもこの岩登りに挑戦したのだ。しかし今の彼ではあまりにも『岩山の難易度』が厳しかったため、せめて動かしなれた形態で、ということになりこの姿を晒したわけである。
「それにしても、いざ見てみると人間時とのギャップがすごいですねぇジュンペイくん」
『何を今さら。腐朽の大地で休眠中の俺の本体見ただろ?』
「でも、こうして動いているところを見るとまた違いますよ。これで結界を解いてしまえばすさまじく臭くて、なんでも腐らせてしまうんでしょう? 改めてリアトリスさんの度胸に感服しますわ……。最初こそ不本意とはいえ、よく改めて嫁になろうって思えましたね。」
『ぐっ』
五百年以上この体が原因で独りぼっちで過ごしてきただけに、ジュンペイは何も言いかえせなかった。ユリアが言った認識こそが正しく、事実その件に関しては嫁であるリアトリスにすでに散々言われている。
……もとの姿のままでは、きっと誰も愛してくれない。
「んー、でもこの子って素直で性格はいいからね。見た目だけなら些末な問題よ。だって稀代の天才魔術師であるこの私が妻なんだもの!」
『そのわりに人化には失敗されたけどな……』
「う、うるさいわね。だからこそ、あんたが自力で私の理想の旦那様になれるよう修行つけてるんじゃない。…………まあ私としては魔力の使い方さえ覚えてくれたら、姿はそのままでいいんだけど」
『最後!! ぼそっと言わない!! 俺は嫌なの!』
「ええ~」
『ええ~じゃない! いい? 俺、ちゃんとかっこいい男の姿になるから! でもってリアトリスはその時俺に惚れ直すといいよ! フンだ!』
頼りになるが信用できない嫁にしっかり釘を刺すと、ジュンペイは気を取り直して岩肌に目を向けた。
この場所……元宮廷魔術師長であるアリアデスの住居があるというこの山は、ただの岩山ではなかったりする。この山そのものが魔術の修行の一環なのだ。
掴む岩肌全てに魔術が施されており、その魔術に適した属性の魔力を流さねばならない……魔力の支流を選び取る修行だ。適していれば多少体力に自信があれば女性でもこの岩山を上れるし、逆に適していなければ不正解とばかりに弾かれ叩き落される仕様である。
「弟子選抜の時、ここでオヌマを蹴落としたのが懐かしいわ……」
『蹴落としたって、比喩じゃなくて文字通りの意味だったんだな……』
しみじみと語るリアトリスに、ジュンペイは集中しながらも突っ込まずにはいられない。脳裏をよぎった無精ひげの気のいい男は、想像の中でくしゃみをしていた。
「さて、ジュンペイ。せっかくなんだし、これを上る過程で少しでも魔術の扱い方……属性の選別を覚えなさい。ここまで助けてあげたけど、あんた落ちても死なないからこの先は落ちても助けないからそのつもりでね」
『半分以上登ったところでそれは鬼だね!?』
「何か文句でも? できないの? 私だってユリアを背負って上るという枷を自分にかしているっていうのに」
「あれ、リアトリスさん。もしかして私って重石代わりです?」
『! 無いです先生……』
「うんうん、よろしい!」
「ねえ、リアトリスさん!?」
こうしてジュンペイが落ちては登りを繰り返し、途中で崖下まで戻って何度か野宿を挟んだのち……。
やっと山頂にある魔術師の館にたどり着いたのは、登山開始から五日後のことであった。