腐敗公の嫁先生~人外夫をうっかりTSさせまして~【完結】   作:丸焼きどらごん

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14話 出会いがしらのラリアット ★

 天を衝くがごとき岩山の山頂。地上の春の陽気に反し寒風吹きすさぶその場所で、殺風景な背景に対し不釣り合いに思えるほどの立派な館が鎮座していた。

 色合いこそ白亜と鉄色を基調にした地味なものであったが、館を形作る装飾の数々は非常に繊細だ。もし見る者が見れば、それらの装飾が全て魔術の術式に使用されるものだと気づいただろう。そこは紛れもなく、堅牢なる魔術師の館だった。

 館から一本突き出たようになっている塔の先端……三角屋根の頭頂部に飾られている、筋骨隆々の男性像らしきものの趣味は、それを見上げていたユリアにはよくわからなかったが。

 

「立派なお屋敷ですねぇ……。それにあの像、趣味はともかくまるで生きているみたい」

「つ、疲れた……。精神的に……」

 

 心底感心したとばかりに館を見上げるユリアに対し、無限ともいえる魔力と体力を有するはずの腐敗公ジュンペイの表情には疲労が色濃くにじみ出ていた。それはここ五日ほど繰り広げられた、一見とても魔術の修行には思えない山登りに起因するものである。

 しかしジュンペイを隣で指導しながら同じくらい山登りを続けたリアトリスはといえば、まるで疲れていない様子だ。

 途中からリアトリスが背負っていたユリアだけジュンペイが山を登り切れるまで下で待機するようになったのだが、十六歳の少女一人分の重りが無くなったとはいえ、その体力は尋常なものではない。

 

「リアトリスはよく平気だね……」

「私はあんたの先生よ? 先生が一緒にへばっててどうするのよ」

「それは、そうだけど」

 

 納得いかない様子のジュンペイに、リアトリスは山頂の寒風にくしゃみをしたユリアに自分の外套を着せつつ答える。

 

「まあ……これについては慣れよ、慣れ。修行時代は朝夜これを繰り返したんだもの」

「朝夜!? よく平気だったね!? 人間の常識に疎くたって、それがすごいことだってのはわかるよ!?」

「ジュンペイくんは打てば響くようないいツッコミしますよねぇ。これは逸材! あ、リアトリスさんごめんなさい、マント……」

「いいのよ。……魔術で保護してるとはいえ、ユリアの装備も整えてから来るんだったわね。次に町へ行ったらお買い物しましょうか」

「いいんですか!? やったー!」

「喜ぶのはいいけど俺の驚きにもう少し注目して!」

 

 現在のユリアの衣装は彼女が着ていた花嫁衣裳から装飾品の類をはずしたものなのだが、肩がむき出しになっているため傍目に見ても寒々しい。彼女は自分で習得している聖女としての能力……魔術によって外気温の変化から身を守っていたが、さすがにそのままでは頂けないとリアトリスも判断したようだ。

 ジュンペイは自分の感じた驚愕を軽く流されたことに再度突っ込んだが、ユリアの現状の装備については彼としても気になっていた。なにしろ離婚した相手が未だ花嫁衣裳なのだから、どうにも居心地が悪い。

 今の彼の花嫁は、リアトリスただ一人である。

 

「ちょっとお金に余裕が無かったから、そのままでいいって言ってくれたユリアに甘えてしまったわね。来る途中で助けた冒険者から多少の謝礼金も頂いたことだし、うまくすれば師匠からもせびれるかもしれないわ。だから楽しみにしてなさい! 私がとびっきり可愛い服を選んであげるわ!」

「リアトリスさんが? わあ、嬉し」

「それはやめておいた方がいい」

 

 喜ぶユリアの袖をひっぱり、ジュンペイが待ったをかける。

 

「やめておいた方がいい」

 

 二人が何か言う前に、繰り返してもう一言。

 ユリアはその抜群の洞察力で、なんとなく彼の言わんとするところを察した。

 

「…………ではリアトリスさん、さっそくリアトリスさんのお師匠様を訪ねましょう! どんなお方なのか、私わくわくしちゃいます!」

「あの、ユリア。私が選ぶ服は別にそんなに変じゃ……」

「あ、呼び鈴的なのはこれですか? 鳴らしちゃいますね! こんにちはー!」

「こんにちはー!」

 

 おずおずと手を伸ばしたリアトリスをさえぎって、ユリアは扉の横に備えられた小さな鐘のようなものを鳴らす。ジュンペイもそれに便乗したため、のばされた手は宙をさ迷った。彼女が珍しく「……そんなにこの間の服変だったかしら」と肩を落としていたことを、扉に注目していた二人は知らない。

 ユリアが手にかけた小さな鐘は青みがかったガラスのような素材だったが、音もまた透明感のある美しいものだった。しかも音が鳴ると同時に燐光がはじけ、鐘を中心に七色の光の波紋がうかぶ。

 

「きれい……」

「魔術の光って、綺麗だよな……」

 

 その光にジュンペイとユリアが見惚れていると、リアトリスは扉の向こうから近づいてくる懐かしい気配にぴくりと反応した。

 

「はいはいは~い。どちらさまですかぁ~?」

 

 柔らかくどこか間延びした女性の声。それは重厚な鉄色の扉がわずかに開いた向こう側から聞こえ、リアトリスはパッと表情を明るくさせた。

 

「シンシア!」

「あれ? あれあれあれ? この声はまさか、わたくししか友達の居ないリーアちゃん?」

 

 笑顔が一瞬で憮然としたものに変わった。

 

「相変わらず悪意なくそういう事言うわよね……」

 

 扉の陰から現れたのは穏やかな笑みを浮かべる、リアトリスと同じ年ごろの女性。表情も物腰も柔らかく、輪郭を覆うふんわりとした赤紫色の髪の毛も相まって非常に優し気な印象をうける。残りの髪の毛はきっちりと後頭部にまとめられており、皺ひとつない衣服から清潔感も感じられる。ただその物腰と簡素ながらさりげなく見事な刺繍が施され良い生地が使われた衣服を見るに、使用人などではなさそうだ。

 

 だらしない無精ひげ男、という第一印象のオヌマとは全く違ったリアトリスの知り合いに、とりあえずジュンペイは素直な感想を述べた。

 

「リアトリス、オヌマ以外にも友達居たんだな」

「オヌマは友達じゃなくて腐れ縁だから」

「あの下半身にだらしない男はリーアちゃんの友達ではありませんよ~」

「そ、そうなのか」

 

 二人同時に友達認定を否定されたオヌマを若干憐れみながらも、ジュンペイはとりあえずそれを流すことにする。まずはこの相手の事を知りたい。

 

「ええと、リアトリス。この人は?」

「シンシア・サリアフェンデ。アリアデス様の孫で、私が魔術学校に通っていた時の同級生でもあるわ」

「ふふっ、はじめまして~。………………………………ああ!」

「どうしたの?」

 

 穏やかに挨拶をしたシンシアだったが、笑みによって細められていた目を突然大きく見開くと口に両の掌を添えて驚愕の声をあげる。

 

「リーアちゃん、死んじゃったのでは?」

「あ……うん。それね」

「なんというか、のんびりした方ですねぇ」

「だなぁ……」

 

 どこか一拍遅れの反応に、初対面であるジュンペイとユリアはなんとなく女性……シンシアの性格を察した。

 

「それも含めて説明するから、まず中に入ってもいいかしら。師匠にご挨拶を……」

 

 リアトリスが言いかけて、途中で口と体を硬直させた。

 

 直後。

 ……リアトリスの背後、扉の反対側で何やら重量感と質量感を伴った重々しい音が響いた。まるで天から鉛でも落ちてきたような、そんな音だ。

 それは風圧と衝撃波をも巻き起こし、背を向けるリアトリスの髪を煽りうなじをあらわにさせる。振り向かないままのリアトリスと違い、ユリアとジュンペイの視線はその"上から降ってきた"ものに釘づけとなった。

 硬い岩山の地面をわずかにへこませ、もうもうと立ち昇る砂煙の中心。……否、立ち昇っているのは砂煙だけではない。肉体から発せられる蒸気がまるで可視化された生命力のごとく、その者の体を覆っていた。

 隆起する筋肉。肌の色は浅黒く、うねりの強い白髪は後ろで一つにまとめられている。

 

「おじい様でしたら、塔の上で鍛錬なさっていたはずですよ~」

 

 明らかに遅いであろう台詞を述べてから、「あ、ほら!」とまたもや一拍遅れで外……落ちてきた"者"を指し示すシンシア。

 

(おじいさま……?)

(リアトリスの師匠……え、魔術師……?)

 

 その体型に加え、下履きのみを身に着け上半身をむき出しにした姿に困惑するジュンペイとユリア。

 よくよく見れば何やら体の各所に刺青が掘られており、魔術師というよりも密林に住む部族の戦士とでも言われた方が納得できる風貌だ。

 そして呆けている二人の横を……風が通り過ぎた。

 

「おぐぅ!?」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 先ほどまであれだけ存在感を誇示していた男の姿がかき消え、残像を見ていたことに気付いたユリアとジュンペイは急いで振り返る。その視線の先には筋骨たくましく子供の胴体ほどに太い腕に首をえぐるようにもっていかれ、屋敷の中に吹き飛ばされるリアトリスの姿。

 ちなみにシンシアはといえば、いつの間にかジュンペイとユリアの横に移動していた。無残に破壊された扉を見ても、あらあらと言わんばかりに頬に手を添えて穏やかな笑みを浮かべている。

 そして屋敷内に吹き飛ばされ、立派な絵画を額縁ごと割りながら壁に激突し床にずり落ちたリアトリス。……が、彼女はすぐに起き上がって次の一撃に備えた。

 その判断は正しく、構えた彼女の眼前にはすでに拳が迫っている。それを転がるようにして避ければお次に襲い来るのは踵。リアトリスは今度は避けるのではなく、自身も足を繰り出しで上に弾くようにして攻撃を防ぐ。

 だがその際に服のすそに足をひっかけ、わずかに動きが鈍る。……相手はそれを見逃さず、拳をリアトリスの腹に叩き込んで彼女が怯んだ隙に頭を掴んで持ち上げた。

 

「馬鹿者。だから無駄に面積のある服など邪魔だというのだ。最低限局部を覆う布さえあれば良い」

「あ……ぐぅ……。し、ししょう……あの、あたま持つのはやめて……」

 

 蚊の鳴くような声で主張するリアトリスだったが、次の瞬間最大限に声を張り上げた。

 

「ジュンペイ! やめなさい!」

「む」

 

 リアトリスを掴んでいた男……白髪の老人は自身に伸びていた小さな手を最低限の動きをもってかわす。直感でそれが脅威であると察したのだ。

 そして手に掴んでいた弟子を放り投げたのちに横抱きにすると、長身の老人に対してあまりにも小さな存在を見下ろした。

 

「どうしたのかね? お嬢さん」

「俺の嫁になにをする。その手を放せ!」

 

 甲高い声で噛みついてくる小さな人影……愛らしい顔立ちに似つかわしくない怒りに満ちた形相を浮かべた少女の言葉に、老人は「うん?」と首を傾げた。

 

「耳が遠くなったか……。僕も年だな」

「俺の! 嫁を! 放せ! 溶かすぞ!!」

「…………ふむ」

 

 聞き間違いで流そうとした内容をわざわざ分かりやすく区切って再度主張され、老人はひとつ頷くと横抱きにしていたリアトリスの向きを反転させた。そしてそれを筋肉で盛り上がった鋼のごとき腿で支え、突き出されるような形になった尻に強烈な一撃が見舞われる。

 

 

「いとけない少女をかどわかすとは、それでもこのアリアデスの弟子か!! 恥を知れ!」

「違くないけどちがぁぁぁぁぁぁう! いったぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 

 大の大人が尻を叩かれる。そのあまりにあまりな光景に、一瞬怒りを忘れて呆けるジュンペイの肩をシンシアが両手でそっとおさえた。

 

「心配しなくてもだいじょうぶですよ~。あれがおじい様なりの愛情表現ですから~」

「え……あ……はい……?」

 

 間延びした声に逸りかけていた心に妙な間が生まれ、曖昧に頷いたジュンペイ。あとから壊れた扉を通って追ってきたユリアに至っては「肉体言語による弟子との語り合い……。なるほど、そういうパターンですか!」と妙に嬉しそうに納得してるしで、ついにはこの場でおかしいのは自分なのだろうか? と思い始める始末である。

 そしてジュンペイが怒りを向けていた相手であるが、叩かれた尻を抑えて唸り声をあげるリアトリスを床に下すと改めてジュンペイに向き直った。更には床に膝を付き、ジュンペイの目線に合わせてくる。

 

「お初にお目にかかる。僕はアリアデス・サリアフェンデ。その子……リーアの師を務めていた者だが、君の名を窺っても良いかな?」

 

 武骨な外見に似合わない柔らかな笑みを浮かべて問われ、ジュンペイはただただ戸惑いながら……愛しい嫁がつけてくれた名前を口にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 


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