腐敗公の嫁先生~人外夫をうっかりTSさせまして~【完結】   作:丸焼きどらごん

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16話 暗雲の未来と過去の残滓

 天井の高い広間は、明り取りには十分なほど背が高い窓でぐるりと囲まれている。頭上には蜘蛛の巣のような変わった形の見事な細工の照明がぶら下がっており、もしここが貴族の館や城ならば、広間は舞踏会にでも使われていただろう。

 だが現在そこでは優雅な踊りというにはあまりにも荒々しい、拳と脚、肉体と肉体の応酬が行われていた。

 

「これからのことは、よく考えているのだろうね」

「これ……から!? ッく」

 

 師の鋭く重い蹴りを苦しくも躱すと、反った上体を後ろに反転させ、両手をついてから身をひねり離れた場所に着地するリアトリス。

 そんな彼女を見て、アリアデスは深くため息をついた。

 

「魔術そのものに頼りすぎていたな? リアトリスよ。体の切れが悪い」

「師匠、もうちょっと! もうちょっとだけ、私の一年にわたる腐朽の大地での過酷な生活を考慮してくださいません!? 栄養はとっていましたが、あんな環境で過ごし、まともな鍛錬相手も居なかったのですから鈍って当たり前です!」

 

 リアトリスは師の言葉にぎくりと体をこわばらせたが、もっともらしい言い訳でもって応戦する。

 ……彼女が言ったことも事実なのだが、リアトリスが魔術による遠距離攻撃に傾倒していたのもまた、事実であった。敵に近づいてわざわざ泥臭く戦わなくとも、身を汚さず、かつ広範囲に攻撃を及ぼせる魔術は使い勝手が良すぎたのだ。対腐敗公の時はなりふり構っていられなかったが、通常は敵を遠距離から魔術で仕留めるのがリアトリスの常套手段である。

 つまりアリアデスの指摘は実に的を射ていたのだが……そこはバレたくないリアトリス。なんとか誤魔化そうと必死である。

 だが師の瞳は何もかもを見透かしているようで、その後も容赦ない猛攻が続いた。しかもその中でこれまでの事を話せというのだから、リアトリスとしてはたまったものではない。

 息を切らさず流暢に話す師と違い、攻撃を避けて反撃の一手を探すだけでもいっぱいいっぱいのリアトリスは喋ることすらままならない。そのため、無理やり……怒鳴るように声を吐き出して説明を試みていた。広間には先ほどから老人の理知的な声と、女の怒号という対極的な音が響き渡っている。

 

「お前が生きていると知れば、エニルターシェ殿下はまたちょっかいを出してくるぞ。嬉しくないだろうが、お前はそれなりにお気に入りだったようだしな」

「本当に嬉しくないんですけど! というか、お気に入りっていうならずいぶんあっさりと手放しますよね! 一発殴ったくらいで心が狭い!」

「いや、それは公衆の面前で行ったお前が悪い。罰せねば秩序が保たれぬからな。むしろ表向きだけとはいえ、腐敗公の花嫁に仕立て上げたことでお前の名誉は守られた」

「そこは少しは同情してかばってくれてもよくありません!? どっちの味方ですか!」

「僕は公平な物言いをしているだけだよ」

 

 リアトリスは脚に円の回転を加え放ちながら叫ぶが、アリアデスは攻撃もろとも言葉もかわす。

 しかし彼とて、弟子を憐れんでいないわけではないのだ。

 

「……それにしても、あれに気に入られるとは運が無い」

「まったくです、ね!」

 

 今度は助走をつけ飛び蹴りでアリアデスを猛襲するも、こちらも脚でもって迎え撃ったアリアデスに防がれる。

 リアトリスは本当に体がなまっていると、内心自分に向けて舌打ちした。

 

 だがどうせ言うなら全部聞いてもらおうと吹っ切れたのか、多少息を整えてから再度口を開く。

 

「聞いてくれます? あいつ毎回私を戦場の共として連れて行くんですけどね、そこで何をさせていたと思いますか。英雄? 自ら戦場へ赴く勇敢な王子? まさかですよ! あいつは単に自分の趣味嗜好のため、魔族との戦場に行っていたにすぎません!」

「……だろうな」

「あいつ、私に捕虜という名目で捕らえた魔族を"加工"させるんですよ……! そこまでなら耐えましたとも! 仕事ですからね! でも、よりにもよって……」

 

 尊敬し頼れる相手の前だからか、リアトリスは誰にも打ち明けていなかった……というよりも、忌々しすぎて思い出すのも嫌悪していた記憶を引っ張り出す。

 

 リアトリスを共に連れ立ち戦場で指揮を振るっていたアルガサルタの第四王子、血のように赤い髪を有するエニルターシェ・デルテ・アルガサルティス。彼は悪意を悪意と知りながらも、理性でもってそれを行使するような男だった。

 頭の回転が速く、表でも"裏"でも人望が厚い掌握術は不気味なほどだったと、リアトリスは吐き気を催しながらも思い出す。

 ……リアトリスが戦場に連れていかれるようになったのは、宮廷魔術師という地位だけでなく、更には魔術師内での特別位……戦場で貢献できる者として"魔将"の位を賜ったことが原因である。というよりも、若くしてその地位を手に入れたことで興味を持たれた事がきっかけだろうか。

 敵たる魔族を打ち倒した後の処理として、気は進まないしその所業に嫌悪は抱いたが、敵を辱めるための命令はかろうじて受け入れ実行した。その凄惨な行いに耐えられず、入れ替わりが激しかった王子の側仕えの魔術師を長く続けた事は快挙と言えよう。

 ……それだけに、アリアデスはそれを知った時心配だった。「気に入られすぎて」はいないかと。

 

「私、なにを命令されたと思います?」

「…………魔族の肉を食ってみろとでも言われたか?」

「なんで正解しちゃうんですか」

 

 吐き捨てるように言い、リアトリスは攻撃の手を止めていじけたように座り込んだ。

 

「丁寧に自ら削いで銀製の高そうな食器で串刺して、火であぶって差し出してこう言うんです。『私の可愛い魔術師、君に一番良い部分をあげよう。ご褒美だ』ですって」

 

 アリアデスは思わず額を抑えて天を仰ぐ。……自分の懸念は正しかったようだ。

 

「あの男は狂人だ。だが厄介なことに、それは純然たる好意だったのだろうよ」

「は? どういうことです。嫌がらせ以外の何ものでもないじゃないですか。魔族とはいえ、自分たちと同じように知性があって言葉も通じる生き物を食えって言われたんですよ? そりゃあ、ふざけるなってぶん殴りますよ。というか気づいたら殴ってましたよ! 気持ち悪い! それまでの鬱憤だってあったし!」

 

 

 

「あの王子はもともと魔族が好物だ」

 

 

 

「……………………」

 

 たっぷり時間をかけてから、リアトリスはなんとか聞き返した。

 

「……え?」

 

 アリアデスが言いにくそうに言葉を続けた。

 

「昔から、それこそ子供のころからあの男は魔族の血肉が好物でな。側仕えとなった魔術師の中でも、おそらく僕とお前以外は一部の側近しか知らないだろうが。…………奴は本心から褒美のつもりで、お前に自分が一番好きな可食部位を与えたのだろう」

「それはそれで嫌すぎるんですけど!」

「……最後まで話を聞け。で、だ。それは同時に試験だった。あの男は一般の常識も理解している。……だからこそお前にそれを崩すような行為を提示し、受け入れたなら本当の意味での側近として近くに置くつもりだったんだろう」

「え、ちょっと待ってください。理解が追い付かないというか理解したくないんですが」

 

 鳥肌がたった両腕をさすりながら、今言われた言葉を脳内で反芻する。

 できれば考えたくないが、それは師匠が許してくれない。

 

「理解しがたいだろうが、考えを受け入れろ。そして今のお前は、それを踏まえて危機に備えなければならない」

「き、危機ですか? ほ、ほほっ。師匠ったら何を言うんですか? 最強の腐敗公と最高の魔術師である私が居るんですよ? なんの危機が脅威となりうると言うのですか」

 

 いつものように自信たっぷりに言えないのは、リアトリスは師を尊敬し、信頼しているからだ。……口では強がっていたが、その実……師からもたらされる警告に体が緊張するのを感じる。

 

「あの偏執狂をなめると痛い目を見るぞ? ……気をつけなさい。もしお前が生きていて、腐敗公とつながりがあると知られれば」

「し、知られれば……?」

「次の王子のご馳走は、ジュンペイくんだ。珍味だと喜ぶだろうな」

 

 

 耳を疑うような可能性に、眩暈がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「転生者……?」

「あら、ぴんと来ませんか。う~ん、記憶は完全になくなっているという事……?」

 

ユリアが発した言葉に疑問符を浮かべるジュンペイであったが、そんな彼を放ったまま彼女は思考の海に沈む。だが"同じ世界"という言葉は、ジュンペイの心に強い印象を伴い突き刺さった。

 

「なあ、ユリア。お前は俺の事、俺っていう存在がどんなものなのか知ってるのか?」

「え? 知りませんよ」

 

 ごくりと喉をならして問えば、返ってきたのはそんなつれないセリフである。

 思いがけないところから自身に関しての情報が出てくるのかと思いきや、肩透かしをくらったジュンペイはがくっと肩を落とした。

 だがユリアは自分の考えに没頭し始めたと思いきや、そんな彼の仕草を見て指摘する。

 

「リアトリスさんも言ってましたけど、思考も、そういった仕草も。今まで誰とも交流を持たなかった魔物にしては、ずいぶんと人間臭いですよね? だから私はあなたの名前を聞いたときに、ピンと来たわけですよ。"ジュンペイ"くん?」

「どういうことだよ……」

「私もこの世界の全部を知っているわけではないけれど、少なくとも西洋風の名前ばかりの中でその名前はとても目立つんですよ。私の"ユリア"は、まあなくもないかな? って気がするけど……ジュンペイなんて、思いっきり日本人ぽいじゃないですか」

「日本人?」

 

 本気で困惑している様子のジュンペイに、ユリアもまた戸惑いの表情を返す。どうもジュンペイの反応を見るに、自分の憶測が合っているのか自信が無くなってきた。

 とりあえず立ち話もなんだと、部屋に備えられていた皮張りの長椅子に並んで座る。ついでに用意されていた焼き菓子も頬張り、しばらく二人でもぐもぐしていた。

 甘い物を摂取し多少考えがまとまったのか、先に口を開いたのはユリア。

 

「う~ん、どこからお話をしましょうか。……そうだ、エロ同人は分からなくてもエロとかホモとかレズとか単体なら分かります?」

「なんでそのチョイスなんだよ!」

「! やっぱり! あのですねジュンペイくん。私が別の世界から召喚されたってお話はしましたよね?」

「? ……ああ」

「その時にこちらの世界の言葉が、自動翻訳される仕様で呼ばれたらしいんですけどね? …………一部の単語だけ、翻訳されず理解してもらえなかったんですよ」

「それって、もしかして」

「お察しの通り、私が今言ってみたカタカナ言葉の類ですね。果物とか名詞とかで共通する部分もあるんですけど、だいたい通じません。今ジュンペイくんが言った"チョイス"だって、通じませんよ? 今までリアトリスさんに指摘されたことはありませんか」

 

 ひとつひとつジュンペイに確認を取りながら投げられる質問に、次第に無いはずの心臓が緊張で高鳴るような感覚を覚える。"感じたことなどない"はずの感覚にも関わらず、それは非常に生々しかった。

 

「……何度か、ある。リアトリスも段々慣れていったし、言われるにしても変な言葉使うわねーって軽く流されてたから気にしてなかった……けど……」

「……う~ん、主にエピソード記憶的なものが抜け落ちてるって感じですかね?」

「俺は何を忘れているって言うんだ!」

「きゃあ!? ちょ、ちょっと落ち着いてくださいよ! 私だってまずちゃんと整理してから話したいから、こうして二人になった時を選んでるんですし! 逃げませんから、落ち着いて!」

 

 身を乗り出して噛みつかんばかりの勢いにユリアがのけぞるが、ジュンペイとしては落ち着いてなどいられない。まだ話しの本質は掴めないが、なにやら具体的な例をもってして、自分が何者であるかという手掛かりを示されたのだから。

 

(ずっと、ただの醜い、忌み嫌われる化け物だと思っていた。だけど俺にはその前があるのか? 俺は"誰か"だったのか! "何か"だったのか!)

 

 焦燥が心を満たすが、このまま無理に問い詰めても逆効果だと思いなおし、なんとか気を静める。それに対しユリアはほっと胸を撫でおろした。

 

「………続けてくれ」

「……まあ、いいですけど。それで、ですね? ここからはちょっと曖昧というか非現実的な話になっちゃうんですけど、もう非現実は現実になってるので現実味のある仮定として話させていただきますね」

(何言ってるんだ……)

「あ! 今馬鹿にしたでしょ! ジュンペイくん、顔に出すぎ!」

「あーあー! ごめんって! 謝るから続けてくれよ!」

 

 粗雑に謝るジュンペイに不満そうに顔を膨らませたものの、ユリアはしぶしぶといった様子で続きを話し始めた。

 

 いわく。

 彼女の住む世界では魔術や魔族などは創作の中の存在で、少なくとも一般常識としては無いものとして扱われていたらしい。ユリアはそういった類を扱った創作が好きであったが、そんな彼女でも空想こそしても信じてはいなかったという。

 だがユリアはある日、まるで物語の主人公のように異世界に召喚された。

 

「まあ私に関しては最初に会った時にお話した通りですし、思い出すのも胸糞悪いのではぶきますね。……で、肝心なのはここからです。私が好きな物語の中のジャンルに"転生もの"っていうのがあったんですよ」

「転生……」

「輪廻転生だなんだと難しい事は抜きにして、物語において重要な部分をさっくりまとめると"死んでから別の人間や生き物になる、生まれ変わる"ってことですね」

「!!」

 

 それを聞いて、ジュンペイの心の中でもやもやしていた部分が繋がった。先ほど自分には"前"があるのかと無意識に考え出した思考は、もしかしたら間違っていないのかもしれない。

 

「じゃあ俺は、俺が腐敗公になる前は……ユリアと同じ世界に生きていた何かだったのか……?」

「もしそうなら、言葉を知ってるんだし人間でしょうねぇ。私の世界には魔族とかは、多分いないし」

 

 そう言いつつも「でも妖怪やUMAはいるかも……」などと小声でつぶやくユリアに一抹の不安を覚えつつも、ジュンペイは提示された可能性に体が熱くなるような感覚を覚えた。それはリアトリスが人化させた肉体が非常に人間に近い機能を備えているからか、それとも"かつて"の記憶の残滓なのか。

 

 長らく……リアトリスに出会うまで。自分という嫌われるためだけに生まれてきたような生物に疑問を抱き、何故寂しさに嘆く心など持っていたのかすら分からなかったジュンペイ。

 そんな彼にとって、自分が"転生した人間"かもしれないという可能性は衝撃的だった。

 

「……私としては、あてがはずれちゃったかな。出来ればもとの世界の話とか、したかったから」

「それは……ごめん」

「いいんですよ。勝手に期待していただけですから。……でも、私的には黙ってるだけかなって思ってたんですよねー。これ以上リアトリスさんに、変な存在だって思われたくないとかで」

「悪い……。本当に、覚えてないんだ。でも今の話を聞いて、思考が一つ開けた気がする」

「あら、もしかして思い出すきっかけになれました?」

「わからない。でもなんだか、今までと違った感覚がある」

 

 衝撃が落ち着いた後、ジュンペイの心にはぽっかりと空白が出来ていた。……というよりも、もともとあったのだろう。ただ今まではその存在に気付いていなかった。

 おそらくその空白に収まる分の記憶を思い出せば、ジュンペイは自分が腐敗公以外の何であったのかを知れるはずだ。

 ……そんな予感がした。

 

「……まあジュンペイくんが思い出さない限り、あくまで私の憶測ですからね。間違っていても、怒らないでくださいよ」

「怒らないよ。……自分が何者であっても、今こうしてリアトリスと一緒に旅できてる事実は変わらないから。間違ってたって、怒らない。今の俺は幸せだから、気持ちは潰れたりしない。………………でも、本当だったら本当だったで。それはそれで、嬉しい」

 

 はにかむように、愛らしく幼い美貌で笑みを浮かべたジュンペイ。

 ユリアはその笑みに見惚れたおかげで、寸でのところで出かかった一言を飲み込むことが出来た。

 

 

 

────────……でも前世のジュンペイくんは、いったい何をしたんでしょうね?

 

 

 

 死ぬことも出来ず延々と嫌われ続け、己の意志と関係なく世界に災厄を振りまく魔物。

 

 そんなものに生まれ変わる前世での罪過とは、いったいなんだったのだろうか。

 

 

 

 

 

 

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