腐敗公の嫁先生~人外夫をうっかりTSさせまして~【完結】   作:丸焼きどらごん

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19話 それぞれが思い描く再会の絵図

 閉じられていた瞼を持ち上げ、一応は他の生物と同様の視覚を有する瞳に周囲の光景を映し出す。そこに広がる風景は見渡す限りの汚泥の大地。日の光もろくに差し込まないその有様は何百年も慣れ親しんだものであるはずなのに、酷く醜悪で寂しいものに見えた。……否、親しんでなどいなかった。どこまでも厭わしい光景だったのだ。更に言うなれば鮮やかな色彩に満ち溢れた外の世界を知ってしまったから、余計にそう見えてしまうのだろう。

 

(ああ、俺の……分身体の魔力が尽きたのか)

 

 のっそりと流動する汚泥で形成された体を持ち上げる。この体には幸か不幸か嗅覚は備わっていないためなんとも思わないが、きっと嫁が言っていたように今も自分は生物にとって耐えがたい汚臭を発しているのだろう。

 ……だが、今それを指摘する者はこの場に居なかった。

 

 久しぶりに"一人"を味わうとこたえるものだなと、腐朽の大地の魔物……腐敗公ジュンペイは心の中で苦笑した。

 

 

 

 リアトリスの師匠である魔術師アリアデスの館で、聖女ユリアを狙って襲撃してきた者達を退けたまではよかった。だがその際にリアトリスが分け与えてくれた魔力を考え無しに全て使い切ってしまったため、戦闘後に少女の姿をした分身体はあえなく崩れ落ちてしまったのだ。

 そして分身体が無くなれば、ジュンペイの意識が戻るのは本体であるこの腐敗公の体。……未だ目標である自力での人化術を身に着けていないジュンペイは、嫁が迎えに来て再び術をかけてくれるまで、この場で待たなければならなかった。

 

(迎えに来て、くれるかな)

 

 魔力の譲渡のためらしいが、不意打ち気味になんの情緒もなく口づけをされた。そのことに関して「もっとロマンチックなのがよかっった!」と一人傷つき、八つ当たりも込めて敵を完膚なきまでに叩きのめした。……結果、せっかく嫁が維持してくれていた人間姿の自分を崩壊させてしまったのである。

 これは呆れられても仕方が無いだろうと納得はするも、ジュンペイの心を不安が満たしていった。

 

 ここ一年、片時も離れなかった相手と距離をおくのはこんなに不安になるものなのかと。人間の姿を手に入れてから豊かになっていった心が、寂しいと悲鳴をあげている。腐敗公としてはすでに麻痺していた諦念が、今はこんなにも感情も露わに伴侶を求めて叫んでいる。

 

 会いたい。

 

 早く、会いたい。

 

 しかし現状この体では何も行動を起こすことができない。

 ジュンペイは改めて自分の生まれ持った体と、それを縛り付ける大地を憎々し気に見つめた。そして持ち上げた体を再び汚泥の大地へと沈め、意識を濁して微睡んだ。

 

 

 百年よりも長い数日間が、早く過ぎてくれるように祈りながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、もう。配分間違えたわ~。私渾身の可愛い可愛い分身体が消えちゃうなんて!」

 

 リアトリスは何度目かになる反省を大きな声に出しながら、腐朽の大地へ戻る道をユリアと共に歩んでいた。

 

「ふふっ。でもそれは、せっかくもらった魔力を使い切っちゃったジュンペイくんが反省すべきことだと思いますよ」

「ん~。でも、その原因を作っちゃったのは私だしね。効率重視で魔力譲渡するためっての以外に、口づけ形式は喜んでくれるかな~って思ったんだけど……軽率だったわ。ジュンペイの性格と気持ちを考えたら、そりゃ、ああなるわよね。せめてジュンペイの魔力残量を確認しながら戦わせるべきだった、ってのもあるし」

 

 再度「反省だわ」と呟いたリアトリスを見て、ユリアはふむと頷いた。

 

「なんというか、こうして見ていてもジュンペイくんより明らかにリアトリスさんの方がお姉さんですよね。向こうは百年単位で年上のはずなのに」

「今まで他者との関わりが無かったんですもの。精神的に幼いのは当たり前でしょうよ」

「それもありますけど……。もしかすると、ジュンペイくんの前世って子供だったりするのかしら」

「? 前世?」

「ああ! そういえばなんだかんだで、まだ話してませんでしたね~」

 

 ポンっと手を打って思い出したように言うユリアは、自分が立てた仮説をリアトリスに説明する。

 いわく、ジュンペイはもともと自分と同じ世界に居た人間が生まれ変わった存在ではないか……と。

 

「それであの子、自分が人間だったかも~みたいなこと言ってたのか……」

「あくまで空想にふける夢見る可愛い女の子の推測ですけどね! でも異世界召喚があるなら、異世界転生だってあるかなって。…………まあ私にしろジュンペイくんにしろ、私が好きな物語みたいに楽しい感じになりませんでしたけど」

「何言ってるの」

 

 やけに明るく言い切った前半と違い、忌々し気に……そして同時に少しばかりの哀愁を含んだユリアの言葉。だがそれを打ち払うように、リアトリスはユリアの背中を強く叩いた。

 

「わっ!?」

「私と出会ったのよ? あんたたち二人とも、今まではともかくこれから楽しくなるの! 幸せになるの! もちろん私もね」

「……! はい!」

 

 嬉しそうに腕に抱き着いてきた黒髪の少女に苦笑すると、リアトリスは「でも」と続ける。

 

「ちょっと面倒なことにはなってきたかも……。えーと、アッセフェルトだっけ? あいつから聞き出した感じだと、元クソ上司に私の生存もバレてるみたいなのよね」

「ああ、ルクスエグマの馬鹿に情報リークしたのが、アルガサルタの第四王子だって言ってましたものねぇ」

「そう、そいつ。『聖女が国内で目撃された』っていう情報を得ているなら、当然一緒に居た私やジュンペイの事も把握しているでしょうよ。きっとユリアを餌にルクスエグマの騎士を動かして、間接的に今の私の事も量ったんだわ。追手が来ても蹴散らすつもりだったから制限なしで私固有の魔術使ってたし、覚悟はしていたけれど……」

 

 言いながらも、リアトリスは怒りとおぞましさがない交ぜになったような、複雑な表情を見せた。

 

「いざ知られてるって分かると、気持ち悪いわね」

 

 

 アリアデスの館を破壊した不躾な襲撃者。彼らに関しては、命までは奪わず文字通り身ぐるみを剥いで川流しにするという措置となった。これは他国の英雄と誉れ高い騎士たちがアルガサルタの国内で死亡したことによる、国家間の摩擦を慮っての事ではない。

 単純に、彼女たちの気分である。殺めるよりも、みじめな姿で恥をかかせる方を選んだのだ。

 

 実害を受けたアリアデスに関しては、騎士たちから剥ぎ取った装飾品や彼らが乗っていた天馬を売り館の修繕にあてることで納得している。騎士たちを放流する前にいくらかの記憶も魔術によりいじっているため、後々アリアデス本人がルクスエグマから追及を受けることも無いだろうとのことだ。

 …………ただ記憶の改ざんを行ったのは彼らが襲撃した場所に関する事のみであり、リアトリス、ユリア、ジュンペイに関する記憶についてアリアデスは一切干渉していない。「自分たちの行動の結果は、自分たちで処理しなさい」とは、出立前の当たり前ながら手厳しい師匠からのお言葉である。

 ……さしものリアトリスとて、未だ他者の記憶を操る域にまでは達していない。そのためこれに感しては、大人しく受け入れる他なかった。

 

 だがその際にアリアデスが制圧した騎士の長……アッセフェルトという男から、ある程度の情報を聞き出してくれたのはせめてもの師の情けだろうか。

 

「……まあこんなことになっちゃったからお金は借りられなかったけど、シンシアが服をくれて助かったわね。もともとユリアが身に着けていた服や装飾品は全部燃やしたし、これでルクスエグマからの追跡は不可能のはずよ」

 

 出立前に旅の軍資金をねだろうとしたところ、お小遣いの代わりに拳骨をもらったリアトリスは未だこぶが残る頭部をさすりながらユリアを見る。現在彼女は露出をおさえた清楚な白い令嬢服に、紫色の肩掛けを羽織るという出で立ちとなっていた。

 ルクスエグマからの追っ手についてはおそらく、物品に対して追跡の魔術がかけられるようになっていたのだろう、というのがリアトリスとアリアデスの見解だ。今後ジュンペイを腐朽の大地まで迎えに行く間に再び襲撃されても面倒だということで、まずはその手段を絶ったのである。

 

「ふふっ、この服可愛いけど動きやすくて気に入りました! 靴まで下さって、シンシアさんには感謝ですね!」

「懐が温かくなったら、なにかお土産でも持ってまた訪ねましょうか。まあ、その前にジュンペイを迎えにいかなきゃだけど」

 

 微笑ましそうに服の裾を広げてくるくる回っているユリアを見ていたリアトリスだったが、ふいに苦虫を噛み潰したように顔を歪ませた。

 

「まあユリアの方はしばらく大丈夫として……。問題は私ね。あいつ無駄な事はしないから、私が返り討ちにすることを見越して国の金や自分の個人資産使ってまで刺客を送ってくるようなことは無いと思うけど……」

「あいつって、例の王子様ですか?」

「ええ。もう、聞いてよ! あの馬鹿王子、すっごい性格悪いのよ!」

 

 過去の忌々しい記憶があふれてきたのか、堰を切ったようにとげとげしい声で元上司の愚痴を吐き出すリアトリス。

 

 

 

 

 …………一方。彼女たちが居る場所からは遠く離れたアルガサルタの王都にて。

 当の元上司は腹を抱えて大笑いしていた。

 

 

 

 

「はははははははははははは! そうか、ルクスエグマの騎士殿は素っ裸で川に流されてきたのか! ははははははははははは!」

「可笑しいのは分かりますけど、もう少し声を抑えられては? 外の護衛が驚きますよ」

「お前も顔がにやけているではないか」

「ははっ。だって面白いですからね! いや~、元宮廷魔術師殿は愉快なことをしてくださいます」

「まったくだ。一緒に居るという聖女と金髪の少女も気になるが……」

 

 ひとまず笑いを抑えて深く椅子に座りなおしたのは、二十代後半ほどの血のように赤い髪をした青年だ。わずかに前髪を残し後ろになでつけた髪を整えて、そのまま紫水晶の耳飾りを長い指で弄ぶ。

 

「で? 場所は」

「それが、どうも騎士たちは自分たちが何処で敗北したのか覚えていないようで……」

「ふむ。そうなると、彼女とのつながりを含めてアリアデスが関わっていそうだな。記憶を弄る魔術はそうそう扱える人間が居ない。…………まあ多少隠蔽行為をしたところで、奴にそこまで隠す気はないのだろうが」

「あの方、その実力だけで国に圧をかけられる方ですからねぇ。問い詰めたところで『それがどうかしたのかね?』って言われて終わりですよ」

「違いない。……だから私も彼を手放すほかなかったわけだが。しかし以前筋肉のさらなる成長と鍛錬のために宮廷魔術師を辞したいと言われた時は、流石に私も言葉に詰まった」

「ああ……」

「本当は、私に付き合っているのが嫌になったのだろうがな」

 

 赤髪の男……アルガサルタ第四王子エニルターシェは、思案するように姿勢を崩して手の甲に顎を乗せた。背後の美しい細工が施された色硝子が太陽光を乱反射させ、室内に光の模様を浮かび上がらせる。

 ここはエニルターシェの自室であり、王子の対面で糸目を更に細めて笑う男は、私室に入ることを許されている数少ない側近の一人である。彼は白い手袋で覆われた指を広げると、自らの主に提案した。

 

「ですが、探せないわけではございません。今のところ彼女たち、他の国に行かずアルガサルタ国内にいるようですし。どういたします?」

「うん……どうしようね。でも連れてこさせようにも、きっと並大抵の相手では返り討ちにされるだろう。そうと分かっていて国民の大事なお金を使うのは、申し訳ないじゃないか」

「流石はエニルターシェ様! お優しい! ……ではとりあえず、場所の特定だけしてはいかがでしょうか。それなら費用も嵩みません」

「ならばヘンデル。そのあたりは君に任せよう」

「承知いたしました! このヘンデル・クロッカスにお任せください」

 

 快活な返事と恭しい礼をとった側近が部屋から出ていくと、エニルターシェは未だ笑いすぎて痙攣している腹をおさえながらかつての部下に向けて呟いた。

 

 

 

「君との再会が楽しみだ。リアトリス」

 

 

 

 

 

 

 

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