腐敗公の嫁先生~人外夫をうっかりTSさせまして~【完結】   作:丸焼きどらごん

22 / 66
21話 慌ただしい再会 ★

 もうすでに慣れたような足取りで汚泥の大地を進むリアトリスと、まだ歩くには慣れず、しょっちゅう地面に足をとられ転びそうになるユリア。

 そんな二人がなんとか汚泥に埋め尽くされた道なき道を進んでいたのだが……。ジュンペイが居るであろう場所まで数日はかかると思われていたにも関わらず、一日目にしてなにやら見覚えのある小山を発見した。

 まだ遠くであるが、この全てが腐敗し溶けおちる大地は地面の起伏がある以外は特に遮蔽物もなく視界が開けているため、その目立つ存在はすぐに見つけられた。

 

「あら、気が利きますね! ジュンペイくんの方から来てくれたみたいですよ、リアトリスさん!」

「みたい……だけど。んんん? 何か様子が変ね」

 

 いいところを見せようとして我慢していたものの、これ以上歩かなくていいと分かるやユリアの表情が明るくなる。が、対してリアトリスの様子は渋い。

 よくよく目を凝らせば、薄暗い中にチラチラと光のようなものが散見された。先日実戦で見事に下級ながら術を使いこなせたこともあって、最初はジュンペイが魔術の練習でもしているものかと思ったが……どうにも様子がおかしい。

 

「……もしかして、誰かと戦ってる?」

「え? ……こんな場所で?」

 

 ユリアは生贄にされた際、使い魔に運ばれた先がリアトリスが生活圏として確立した生命樹だったがために運良く飢餓のみですんだ。そのため体内の力までもが分解されていく恐怖は実感として味わっていないが、この腐朽の大地がどういった性質を持つ場所であるかは、道中リアトリスに教授してもらっている。そのためこの場所で戦う事がいかに無謀であるかも理解していた。少なくとも自分なら絶対にごめんである。

 

 その無謀をやってのけ、結果的に世界最強と言っても過言ではない魔物の心を射止めた女がすぐ隣に居るわけだが……。

 

「……少なくとも人間領としてはここ数十年記録に無かったけど……久しぶりに腐敗公討伐にどっかの国が乗り出したのかしらね」

「う~ん、私たち……ルクスエグマの魔王討伐が成ったから、それを聞いて腐敗公もやっつけられる気になっちゃったとか?」

「魔王討伐と腐敗公討伐は同列の難易度じゃないわ。まだ腐敗公の恐ろしさが理解されていなかった昔ならともかく、今じゃよほど切羽つまらないとやらな……」

 

 言いかけて、しばしの思案。そして納得したように頷き、リアトリスのくすんだ金髪がゆれた。

 

「……一つ思い当たる所、あったわ」

「誰が襲撃者かわかったんですか?」

「予想だけど、レーフェルアルセって国の人間かもね。あそこ魔族の被害も大きいうえに土地も貧しい、腐朽の大地に面してるって三重苦の国だから……。その分、腐敗公の動きにも敏感になるんでしょう。ジュンペイの本体がこんな淵の方まで来るのは久しぶりだから、焦ったんじゃないかしら」

 

 口元に手を当てて思考するリアトリスに、道中の暇つぶしの中で聞かされたジュンペイと彼女の出会い話を思い出しながらユリアが首を傾けた。

 

「? でもリアトリスさんが最初にジュンペイくんと出会った場所って崖下だって言ってましたよね?」

「あの時はどの国も花嫁を捧げる周期だって、分かっていたはずだもの。今回は花嫁が捧げられる時期でもないのに腐敗公が移動を始めたわけだからねぇ……焦ったんでしょ。無謀な戦いを挑む程度には」

「ああ、なるほど。恐怖の対象が理由の分からない動きを見せたら、怖いですよねぇ……」

「そういうことね。……とりあえず、急ぎましょうか。ジュンペイがいるなら魔力の節約を考えなくていいわ。一気に向かうわよ。掴りなさい、ユリア!」

「はい!」

 

 快活な返事と共に腕に抱き着いてくる少女の腰に腕をまわすと、リアトリスは足元に逆巻く風のイメージを作り始める。

 空こそ自由に飛ぶことは出来ないが、地に面している場所を移動する分には風を操れば問題ない。本来魔力の節約のためにもう少し中心部に近づいたら使うつもりだったが、補給のめどがついたのだ。ここで使わないのも馬鹿らしいだろう。

 

 淀んだ空気が巻き起こった風の白刃に、一時的に切り払われる。リアトリスは発生させた風によって疑似的な"道"を前方に形成し、それに乗って地面を滑る……否、飛び跳ねるように汚泥の上を移動し始めた。

 その勢いはなかなかに激しく、ユリアは振り落とされないようにリアトリスの外套をぎゅっと握る。そのかいあってか、遥か遠方に見えていた小山があっという間に本来の大きさに視認できる位置までは早かった。ごりごり魔力残量が減っている感覚に顔をしかめるが、そればかりは仕方がない。この土地は、そういう場所なのだから。

 

 

 そして間近に迫った二人に気付いた小山こと、この大地の支配者であり唯一の住魔物……腐敗公ジュンペイ。

 彼が発した思念による第一声は、非常に情けない声色のものだった。

 

『! あああああ! い、いいところに! リアトリス、リアトリス! 助けてお願い! 俺何もしてないんだけど、この人たち死にそう! 死なせないで!』

「はぁ?」

 

 あまりにも情けない声にリアトリスが眉を顰める。が、まずは状況を把握しようと、ジュンペイの巨体に隠れて見えなかった敵対者に視線を向けた。

 

【挿絵表示】

 

 

 敵対者の数は想像以上に少なく、全部で三人。女が一人と、男が二人だ。…………だが今にも死にそうな顔色で必死に攻撃を試みる三人のうち、一人はすでに地面につっぷし汚泥に沈みかけていた。あれではたとえ生きていたとしても、腐朽の大地の肥やしになるのは時間の問題だろう。

 

「くッ! この、化け物め!」

「どんな可憐な声で擬態したって、騙されるものですか! 我々は諦めずに戦う!」

「その声も今まで犠牲になった花嫁の声を真似ているのだろう! おぞましい!」

「先に倒れたドイスのためにも、負けるわけにはいかない……!」

 

 威勢こそいいが、その有様は死に体だ。むしろ喋る元気を生きる方向に割いてはどうか、と気づかわしく思えてしまう。

 彼ら今にも崩れ落ちそうな体を、それぞれ杖と剣で支えている。この腐朽の大地では必須である、加護の結界にろくに魔力もまわざず魔術での攻撃を試みる……それは気概こそたいしたものだと感心するが、立派な自殺行為だ。

 彼らの末路は倒れ伏し、汚泥に沈み始めているもう一人の仲間と同じものとなるだろうことは想像に難くない。

 

 リアトリスとユリアは顔を見合わせると、どちらともなく頷いた。

 ジュンペイを攻撃している相手ではあるが、その攻撃されている当の本人が助けたいというならば助けよう。このまま傍観していた場合、十割の確率で三人全員が息絶えるはずだ。ジュンペイの見た目にそぐわない常識的で清らかな内面を知るだけに、そんな彼の心を痛めさせたくはない。

 

 まず優先すべきは意識を失って倒れている人間の救出だろうと、リアトリスはその体がこれ以上沈まないように加護の結界を張った。離れた場所から汚泥を介して伸ばすように張った結界が、まるで海に浮かぶ救命のイカダのように体の支えとなる。

 その後伸ばした結界を汚泥ごと流動させ、自身の足元まで引き寄せた。そしてすかさず、気絶した男が死なぬようユリアが回復を施す。相手が男だからか、汚いものをつまむように触ったのはご愛敬だ。

 幸い衰弱はしているものの体に溶けた痕跡はなく、地に付してからさほど時間が経っていないことが窺えた。

 

「!? ドイス!?」

「な……人!?」

 

 そして近くに倒れていた仲間がいきなり移動したことで、ようやく残りの二人……杖を構えた初老の男と、剣を構えた美しい銀髪の年若い女がリアトリスとユリアに気付いたようだ。

 助け出した彼らの仲間、中年の男に肩を貸しとりあえず汚泥から引き揚げたリアトリスは、ふうと一息吐いて声を張り上げた。

 

「そこの二人、すぐに攻撃を中止しなさい! その子……腐敗公に攻撃の意志は無いし、このままじゃあんたたちも無駄死にするだけよ! 殺されるんじゃなくて、自滅という馬鹿みたいな死に方でね!」

 

 しかしリアトリスの呼びかけ空しく、返された眼光は鋭い。

 

「攻撃を、中止? 何を馬鹿なことを! ……いや、こんな場所にあのような乙女が二人も居ることがまずおかしい。その口ぶりといい、腐敗公の少女を模した声といい……。貴様ら、腐敗公の魔術が見せる幻惑だな!?」

『いや、俺はまだそんな魔術つかえな……』

 

 師匠に「ドベ」と言われ、かろうじて下級の攻撃魔術と書記魔法しか使えないジュンペイがおずおずと白状する。が、残念なことにそれは誰も聞いていない。

 そして相手方はなにやら自分たちで勝手に何かを納得したようだ。初老の男の推察に、女がはっとしたような顔で頷いている。

 

「! なるほど、そういうことか! …………無駄死に? そんなこと、分かっている! 腐敗公に敵わぬことなど最初から! だが、それでも……! 黙って進ませるわけにはいかぬのだ。他の国ならまだしも、我らの国は、これ以上……!」

 

 死に体のわりにあまりにも切迫した様子で訴えるため一瞬言葉に詰まったが、リアトリスは今度は落ち着いた声色で言葉を投げかけた。

 ちなみに声を張り上げなくても聞こえるよう、言葉は風の魔術を利用して相手に届けている。

 

「……落ち着きなさい。まず、私たちは幻覚ではないわ。私は元アルガサルタの宮廷魔術師であり、腐敗公の花嫁。名前はリアトリス・サリアフェンデ」

「な!?」

「アルガサルタ……!? いや、しかし花嫁が生きているなど!」

 

 自分たちを惑わせる幻だと思っていた相手から具体的な国の名前と役職、本人の名前を名乗られたことで相手が一瞬ひるむ。だがすでに極限状態に中に居るらしい男性と女性にはそれ以上声が届かないらしく、すぐにその瞳と声は否定の色に塗りつぶされた。

 

「あの、リアトリスさん。多分あの人たち、現状を正確に受け入れられる精神状態にないと思いますよ?」

「う~ん……それもそうねぇ……」

 

 ユリアの言葉に、リアトリスもまず相手方の心に余裕を持たせることが必要かと納得した。

 なにせ今の彼らは身を守る結界の維持もままならないほど、魔力と体力を消耗している。少しでも気を抜いたら即座に腐朽の大地に呑まれ躯と化す現状で、まともに話し合いなど出来るはずもない。

 リアトリスはユリアに救助した男性をまかせると、風を魔術としてつむぎ可視化させものを男性と女性に放つ。それは青白い光を帯びた銀鱗の小龍の形をとり、彼らを取り囲んだ。

 当然相手は警戒するが、消耗した彼らが行動するよりもリアトリスの魔術の完成の方が早い。

 

『銀鱗舞い散る風編み籠よ、天露(あまつゆ)のごとき加護となり顕現せよ』

 

 結びの言葉は力となり、男性と女性を守護する結界が形成される。流石にそこまでいけば自分たちが何をされたのか理解したのか、二人の人間からは敵意よりも困惑する気配が強く窺えた。

 

 だが二人に声をかける前に、リアトリスは自分の夫の側まで近づき巨体を見上げた。

 

「…………攻撃されていたみたいだけど、死なせたくないと思ったのよね? これでよかったかしら」

『う、うん』

 

 今の姿では何倍も自分の方が大きいというのに、見つめられて動揺したのは腐敗公ジュンペイの方だ。

 しばらく体をくねらせもじもじ動いていた彼だったが、数十秒後にようやく嫁を見る。…………迎えに来てくれた、数日ぶりに会う自分だけの花嫁を。

 

 薄青い碧眼と、空のような紺碧の単眼が互いの視線の先で交わった。

 

『…………その、ありがとう。俺も一応会話を試みたんだけど、やっぱり聞いてもらえないし、信じてもらえないしで……。やっぱり俺、化け物だもんな……。ほんのちょっとの間しか人間の姿で過ごしてなかったのに、忘れかけてた……嫌われ者だってこと……』

 

 発せられた言葉の内容が不満だったのか、リアトリスの目尻がわずかに吊り上がる。

 

「ちょっと、いきなり湿っぽいわねー。そんなの分かり切ったことでしょう? だから、その姿から抜け出せるように私が魔術を教えてあげてるんじゃない。その姿をどうにかすることは、私たちの幸せ未来にとって必須事項だもの。どうせ未来は明るいんだから、そんなことでしょげてるんじゃないわよ」

『そ、そうだけど……! でも、俺リアトリスのおかげでちょっと前向きになれたんだ! だからもしかしたら、諦めないで対話すれば話を聞いてくれるかもって……。……なのに全部無視されるのは、やっぱりきついよ』

 

 そのしょげた声に、リアトリスは呆れたように息を吐き出した。

 

「……あのねぇ。世界最強格の魔物なのよ? あんたは。そりゃあ話を聞いてもらえないのは臭いし気持ち悪い見た目だって理由も大きいだろうけど、もっと堂々と話せばいいのよ。中途半端に柔らかい言葉を使うからもっと気持ち悪いし、下手したら侮られるわ。その姿でなめられてどうするの!? もっと強者として恐れられる事を誇りに思いなさいよ!」

『相変わらず酷い事包み隠さず言うよね!? というか俺はこの姿にも力にも誇りとか感じたこと無いよ!』

「あ、ごめん。つい勢いで」

 

 見た目のせいで苦労してきたのに、何故そこに誇りなど見出さねばならないのか。ジュンペイは巨大な単眼を潤ませ、さらに訴えた。

 

『勢いで矛盾をぶち込んでこないでよ! この姿をどうにかしたいのにこの姿で話す時は堂々と誇りを持てって意味わからないからね!? 出来ればもうこの姿で誰かと話したくないよ俺! あのね、俺は恐れられるんじゃなくて、対話が出来るようになりたいの! 仲良くなれるように、したいの!!』

「あ、あはは。ごめんて」

『…………俺、リアトリスが宮廷魔術師"長"になれなかった理由分かった気がする……』

 

 べしょっと体をやや平たくさせたジュンペイは、おそらく人間の姿であれば肩を落としていたのだろう。腐敗公姿のジュンペイにも慣れているリアトリスには当然それもわかるので、やや気まずそうに頬をかきながら視線をそらしている。

 

「……まあ、あれね。とりあえず死なせたくないっていうなら、説明が必要だわ。ついでにあわよくば、これをきっかけに腐敗公がもう花嫁を求めていないことを周辺国家に広められたらいいんだけど……」

 

 目をそらしついでに、どうやらこの面倒ごとを利用する算段をつけ始めたらしい。頼りになるようでいて、どうも勢いで生きている嫁にジュンペイは「俺、もっとしっかりしないと……」と決意を深めた。

 

 

「あ、あの……」

 

 そして一方だけで話を進められると、困るのは結界だけ張られて放置されている襲撃者達だ。自分たちが最初に施されていた加護の結界などよりよほど強固かつ……多少癒しの効果さえも含まれているそれに、感謝よりも困惑の色が強い。

 そこで先に救出した男をまかされ、体こそ支えているものの嫌な顔をしていたユリアが声をかける。

 

「リアトリスさ~ん。もしお話するなら、まずジュンペイくんをまた人間の姿にした方が早くないです~? このままじゃ、警戒をとくにとけませんよ、その人たち」

『そ、そうだよリアトリス! 来て早々、悪いとは……思うけど……その……あと……迎えに来させて……ごめん……』

 

 現在思念を利用しているため直接喋っているわけでもないのに歯切れの悪いジュンペイに、リアトリスは少々ばつが悪そうに頭をかいた。

 先ほどまでの勢いは何処へやら。……今の声色は、再び覇気を欠いている。それが自分のせいだと分かっているだけに、彼女にしては珍しく申し訳なさが先立っているのだ。

 

「いえ、悪いのも謝るのも私だわ。あなたの気持ちを考えなくて、ごめんなさい。あと魔力の配分を指示しきれなかったから、先生としても失格ね。補給に戻る前に分身体が崩れてしまったのは私の責任よ。迎えに来るのは当然だし、ジュンペイが謝ることじゃないわ」

『そ、そんなこと!』

「もう、またどもり癖が戻ってるわよ! その姿だと本当に自信がないのねぇ……」

『うぐ……!』

 

 びしっと指をさされての指摘に、ジュンペイはその小山のような体を再度平たくさせる。へこんだらしい。

 

『…………ところで、リアトリス。すごく誠実に謝罪してくれているところ悪いんだけど……鼻つままれたまま言われても傷つく……』

「ええ? だって臭いんだものー! そこの二人に結界張っちゃったから、自分に対しての臭い対策まで力が回せないのよ。さあさ、そういうわけで一回補給させてちょうだい!」

 

 謝罪したときの申し訳なさそうな顔から一転、ざっくり切って捨てたリアトリスはすぐさま夫に図々しく魔力の譲渡を要求した。そして置いてけぼりをくらっている襲撃者の前で腐敗公の瞳をかじるという行為をやって見せて、再び彼らを混乱の渦に叩き落す。

 

「ふ、腐敗公の瞳を!?」

「バーティ殿! 結界を張ってくれたとはいえ、やはりあのようなやから信用できません! 戦いましょう!」

「あ、待ってください待ってください! 気持ちは分かりますけど、ややこしくなるのは勘弁ですよ! まずはお話を聞いてください!」

 

 一刻も早く男の体から離れたいユリアが、これ以上誤解を深めないように焦ったように言葉を投げかけた。

 

 

 

 

 落ち着いて話せるようになったのは、これから一時間以上も先の事である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。