腐敗公の嫁先生~人外夫をうっかりTSさせまして~【完結】 作:丸焼きどらごん
本来生き物の気配などしない腐朽の大地が、一部だけにわかに騒がしくなってからしばらく。
ジュンペイ自ら腐朽の大地の端まで移動してきたことで、わざわざ中心地まで戻る必要は無くなった。ただ難点があるとすれば、腐朽の大地で唯一まともに人間の暮らしが出来る生命樹から遠ざかってしまったことだろうか。
そう思いつつ、リアトリスは夫の本体をしげしげと眺めた。
「ジュンペイの本体を置いていくとなると、今後拠点はここになるわけよね。距離的には近くていいんだけど……」
「戻ってくることがあっても、それはジュンペイくんの分身体に魔力を補給するためでしょう? なら長居することもないですし、このままでいいのではありかせんか?」
ユリアの言葉にそれもそうかと納得すると、リアトリスは見上げていた視線を今度は下方へ……すぐ横下にある金色のつむじを見つめる。
「というわけでジュンペイの本体はここに置いていくけど、いいかしら?」
「問題ないよ。俺としてはこの大地のどこにいたって同じだから。リアトリスが不便を感じないなら、それでいい」
少々ぶっきらぼうに答えるその声は鈴を転がしたような、可憐な少女のもの。相変わらず最高に可愛い出来栄え、私の術ってば最高! と心の中で自画自賛するリアトリスだったが、さすがにそれを表に出すことは控えた。こんな可憐な姿をしておきながら、そして無垢な少女のような心をしておきながら……しっかりと「自分は男である」という矜持を持っているのだ。この旦那様は。
軽率な行動で傷つけてしまったばかりだ。思ってはいても、今は口に出すべきでないだろう。
そしてその可憐で乙女な、リアトリスの手により再び分身体のみ人化を果たした腐敗公ジュンペイは、現在巨大な汚泥の塊である本体と一本の触手で繋がっている。
リアトリスとしてはもう見慣れたものだが……この大地で新参者である彼らにとっては、そうではなかったようだ。
「しょ、少女が腐敗公に操られている! あのおぞましい触手を切り離さなければ……!」
「そもそもあの子はどこから出てきたの!?」
「やはり得体の知れぬ相手。信用などするべきでは……!」
さきほどまで一方的にジュンペイに攻撃していた三人の人間が恐れおののき警戒する様を見て、リアトリスは「気絶させちゃった方が早いんじゃないかしら……」などと考えていた。ジュンペイの意志をくんで助けてやったし攻撃していないが、全てを親切にすませてやる義理も無い。黙って大人しくこちらの説明を聞く気が無いのなら、ぶちのめして力関係を教え込んでやってから話をすればよいのだ。
……とはいえ、それをしてしまえば彼らを対話を試みようとしたジュンペイの心を踏みにじるだろう。リアトリスは「なんだかんだでジュンペイに甘いわ、私……」と胸中で嘆息しつつ、ならば親切にしてやる分は役にたってもらおうかと、品定めするように三人の人間を眺めた。
一人は深緑の外套を着こみ杖を持った初老の男。
一人は鎧に身を包み剣を持つ銀髪の女。
そしてユリアが回復させてやった、茶髪の皮鎧を着こんだ男。
腐敗公討伐のため乗り込んできたにしては、あまりにもお粗末というか無謀な人数だ。……などと、かつてたった一人で腐敗公に勝とうとしていたリアトリスは自分の事を棚に上げて考える。
だがもし彼らがリアトリスの予想する国の人間ならば、自分たちや彼らの今後にとってまったく無意味ということもないだろうと結論付けた。
となれば、やはりまず色々と説明をしなければならない。
そしてそのためには、この場所は不適切だ。
「何はともあれ、ここじゃ落ち着いて話も出来ないわ。詳しい話は腐朽の大地を出てからにしましょう。言っておくけど、あんたたちにかけてる結界の維持をしているのは全部私なんですからね。せいぜい感謝して、今は黙ってついてらっしゃい」
「それは……! か、感謝している。これだけの結界を顔色も変えず複数維持するお力、お見事という他ない……」
「あら、ありがとう」
褒められることが大好きなリアトリスはかろうじてその一言で機嫌を良くし、最低限なら彼らを気遣ってもよいかと考えを改めた。単純である。
そして腐朽の大地を出ることに決めたのはいいが……。
いざ端の端。腐朽の大地と生命溢れる大地を隔てる断崖絶壁までやってくると、そこで最低限の気遣いは早くも終わりを告げた。主にこちらの都合のために。
「あああああああああああああああああ!? ふ、腐敗公!? いとけない少女が小さな腐敗公に!?」
かさついた声を皮切りに、続いて甲高い女の声と野太い男の悲鳴が響く。
「やめ、やめろ! うわああああ!?」
「うあああああああ!? お、俺はやはり死ぬのか!? い、いやだ! せめて戦って死にた……ぎゃああああああああ!?」
仲良く順番にそれぞれ喚いているさまを、リアトリスは日の光もないのに手でひさしをつくりながらぼんやりと見上げていた。
「お~……。わめいてるわめいてる。でっかい声ねぇ。もう豆粒みたいになってきたのに、よくここまで聞こえるものだわ」
「そりゃ、あれは怖いですよ……」
同情をふくんだユリアの声色に、そういえば初回はユリアも叫んでいたなと思い出すリアトリス。おかげでアリアデスの館に行くときの岩山上りでは、怖がってはいても多少の耐性ができていたようだが。
そして彼女たちの視線の先には、小さいながらもとの腐敗公の姿に戻ったジュンペイが触手で襲撃者三人を巻き取り、先に崖の上にのばしていた触手を引き寄せてよいしょよいしょとばかりに崖を昇っている姿が見て取れた。
「リアトリスさんも人が悪いですよね。初めてここから出る時に私もアレでしたけど、石の階段作れるなら教えてくれればいいのに」
「この高低差、自分の足で登りたい? 降りるならまだしも、階段で一歩一歩上がっていくのよ」
「今回もジュンペイくんにお願いしちゃいましょうかね!」
すぐさま手のひら返しをきめたユリアに、リアトリスは自分も人の事は言えないが分かりやすいなと感想を抱いてから改めて崖を見上げた。
……瘴気の影響もあるが、単純な高低差でも到着地点が霞んで見えないような崖を階段で登りたくはない。下りの時ですら消耗が激しいのだ。
だが少々納得がいっていないのか、ユリアは少しだけ口をとがらせる。
「でも、それを岩山を軽々登れちゃうリアトリスさんが言っちゃいます?」
「師匠の所の岩山は多少体力を必要とするけど、あれは修行用だもの。魔力の扱いを覚えれば登れるようになっているわ。でもこの崖はそうじゃないし、よしんば魔術頼りの身体強化で登れたとしても、時間がかかりすぎて途中で魔力がきれるわよ。崖を昇り切るまでが腐朽の大地の範囲内だから」
「ああ~……なるほど」
「逆にこっち側に入る時なら、ジュンペイの本体っていう魔力の当てがあるんだけどね~」
「ふむふむ」
リアトリスの結界に守られているとつい忘れそうになるが、ここは腐朽の大地。魔力が異常に消費される土地である。一緒に腐敗公が行動しているとはいえ、今の彼は分身体だ。定期的に本体から魔力を補給しなければ分身体は消えてしまうため、その彼から魔力を補給するのは難しいだろう。
その中で他に手段があるのなら、わざわざ危険を冒すより当然そちらを取る。初めて体験する彼らに関しては、少々かわいそうであるが。
そしてその後。
三人を崖上まで無事に運び終えたジュンペイが戻ってきて、今度はリアトリスとユリアが同じ方法で運ばれた。リアトリスとしてはこの間に例の三人が逃げてしまうのではと危惧したが、よく考えてみれば危惧する事でもなんでもない。その時はその時で、奴らなど無視して再び旅に戻ればよいのだ。
だが、リアトリスの考えに反して三人はちゃんと崖の上で待っていた。顔色は最悪だが、一応こちらの話を聞く気はあるらしい。
「お待たせ。良く逃げなかったわね?」
軽い皮肉をこめてリアトリスが言えば、初老の男が苦々しげな表情でもって答える。
「我らは決死の覚悟でここまで来た。腐敗公を足止め出来ぬのあれば、少しでも情報を持って帰らねば祖国に顔向けができぬ。……説明してもらいたい。今、腐敗公はどのような状態なのだ。その少女は? お前たちは?」
「私はさっき名乗ったじゃない。……まあいいわ。こんな殺風景な場所じゃ落ち着けるとは言えないけど、先延ばしにしても面倒なだけだしね。さくっと説明しちゃうから、まあ座んなさいよ」
リアトリスに促されて、手近な岩や朽木が倒れた丸太にそれぞれが腰を下ろす。
それを見届けると、リアトリスは余計をはぶいた簡潔な説明を述べた。
「私はさっき名乗った通りよ。元アルガサルタの宮廷魔術師、リアトリス・サリアフェンデ。一昨年、腐敗公に花嫁として捧げられたわ。そしてその旦那様、腐敗公がこの子……ジュンペイよ。でもって今年の花嫁としてルクスエグマから捧げられた花嫁、ユリア・ジョウガサキ。あ、でもこっちは双方同意で離婚済みね。今は私がこの子の唯一のお嫁さん」
「この子って言わないで……」
「見ての通り、人の姿をとっているけどこれは私の人化の術によるものよ。で、余計なことをはぶいて言っちゃうと腐敗公に私たち、人族や魔族に好んで敵対する意思はない。花嫁も、私が居るから今後もう必要ではないわ。とにかくあんたたちが危惧している生存圏への侵食は今後あり得ない。よろしくて?」
蚊の鳴くような声での主張はあっさり流され、ジュンペイはしゅんと肩をおとした。
旦那様などと紹介してくれてはいるが、自分は未だに彼女の中で男として、夫として見てもらっていないのだと思い知る。……打算抜きにしても大事に想ってくれている事はわかるし、それを自分がとても嬉しく感じている事は事実。しかしそれでも、早くこの身を自分の力で人化させて、本当の意味で夫婦になれることを望んでやまない。
そんなジュンペイの複雑な魔物心をよそに、説明を受けた三名はそれぞれが説明された実情を簡単には信じられない様子だった。
当然だ。何百年も連綿と続いてきた忌々しき腐敗公と、この世界の命ある者達の因縁、契約。それがこんな説明一つで信じられようはずもない。あっさり受け入れ理解を示したアリアデスとシンシア……オヌマなどのリアトリスの知り合いや、ユリアがおかしいのである。
しかし喚きたてる三人を前にジュンペイがリアトリスに促され再び腐敗公の姿をとれば、彼らも黙り込む。ほかならぬ証拠が、話の裏付けが……目の前にあるのだから。
「これを見ても、私の説明が嘘だと?」
「それは……」
「ユリアのことがあったからね。これ以上花嫁を腐朽の大地に送られても困るし、何らかの形で今後は花嫁が不要であると世界に知らしめる必要があったわ。……そのために、まずあなたたちの国が認知してくれると嬉しいのだけど」
あくまで提案するように穏やかな声色を心掛けて言ってはみるが、三人から警戒、疑念、当惑の気配は薄れない。おそらくこのわずかばかりの時間では、事態のすべてに思考が追い付いていないのだろう。
かといってこれ以上時間を割いて、心を砕いて説明するのも面倒だとリアトリスは腕を組んで思案する。
……そして、ぽんっとひとつ閃いた。
「ねえ。こういうのは、どう? あなたたちの国……レーフェルアルセを腐敗公が救うという形で、実績をもって敵対者でないと証明するのは!」
「ちょ、リアトリス!?」
寝耳に水とばかりにジュンペイがリアトリスを見るが、当の彼女は「我ながらいい考え!」という感情を隠しもしない表情を浮かべている。そしてジュンペイを見ると「まあ、私に任せなさい」との一言だ。
……嫁を信じていないわけではないが、不安がぬぐい切れない。自分に手を差し伸べたことから始まり、何かと彼女は突拍子もないことをするし、言う。
「な、何を言い出すのかと思えば! 腐敗公が我々を救う? 馬鹿な! それに何故我々の国の名を……」
「一番可能性がありそうな国の名前を口にしただけ。どうやら当たったようだけど。……で、馬鹿も何もあなたたちはこの幸運を素直に喜ぶべきよ。だってあなたたちの国を危うくしている三要素のうち一つ、腐敗公の侵食についてはもう解決したのよ? 残りの二つ、魔族か貧しい土地に起因する飢餓。それのどちらかをジュンペイが解決したら、憂いが減って万々歳じゃない。何が不満なの」
「そのような甘言、信じられるはずがないだろう!!」
まず腐敗公の侵食が無くなることに関しては、一国に留まらず世界にとっての吉報だ。……それが真実であるならば。
しかしその言葉を聞くなり、露骨に「面倒くせぇ……」といった感情を隠しもしないリアトリス。彼女は更に言葉を重ねた。
「これは、私たちにとって授業、実験でもあるの。まあ受け入れるつもりが無いのなら、こっちは勝手にやらせていただくわ。あんたたちは腐朽の大地に戻って動かないジュンペイの本体に攻撃して勝手に消耗して死ぬなり、監視のためについてくるなり勝手になさい。さ、ジュンペイ、ユリア。行くわよ」
「え、え!? リアトリス、授業とか実験っていったい……」
手を引かれるままに歩き出したジュンペイであったが、嫁の真意が読めない。今まで害をまき散らす存在でしかなかった自分が国を救うだとか、それが授業だとか実験だとか。
しかし困惑するジュンペイに、リアトリスは悪戯っぽく笑いかける。
「戦闘での魔術は下級なら問題ないって、この間わかったしね! いやぁ……やっぱり、流石腐敗公よね。分かってはいたけど、魔力の使い方を覚えれば私より余裕で火力あるわ」
「だ、だから?」
「ふふっ。それなら次はもっと、人化の術に繋がる複雑な術に実践をもって挑んでみましょってこと。通常の修行と並行してね。どうもジュンペイは何かしらの成果を伴ったうえで、体で感覚を覚えた方が早いみたいだし」
「え~と、つまりさっきの話を聞いた感じだと……。三重苦の一つ、土地の貧しさ、飢餓をどうにかするとかそんな感じです? 魔族関係をどうにかするとなると、結局戦いって事になりますし」
首を傾げたユリアの問いかけに、リアトリスは勢いよく頷いた。
「そう! 相変わらず理解が早いわね。まあ、何をやるって土地に干渉する魔術の実践よ。これは将来的に腐朽の大地をまるっと有用な土地として復活させるためにも必須事項だもの。私もジュンペイの授業を兼ねつつ、色々試してみたいのよ」
「……。何がしたいかは分かったけど、そんなこと俺に出来るのか……?」
聞く限り、どうも人化などよりよほど難しそうなことを要求されているようにしか聞こえない。今まで生物の生存権を侵し、間接的に、時に直接的に数多の命を奪ってきた自分にそのようなことが出来るのか。ジュンペイとしては、
「出来るようにするの! いい? いくら魔術の才能に関してドベであっても、下級の攻撃魔術で魔王をも倒した戦士を軽くあしらえるのよあんたは。そもそもの地力が違う。もちろんジュンペイの先生として、そこで満足させる気はないけれど……。まずあんたは、使い方を覚えればその身に宿す魔力はなんだって出来るともっと自覚なさい」
正直なところ、このように堂々と話して先生などと言ってはいるが……リアトリス自身が"ドベ"と下した魔術の才能であっても、もともと擁する魔力量、魔力そのものの純度の差によりリアトリスはジュンペイに勝つことは出来ない。この本体から分けた分身体であってもだ。
だが単純な強さなど関係ない。自分はこの未成熟な才能を導く役目があるのだと、そしてそれは自分たちの未来のためだとリアトリスは自分を奮い立たせる。
もう腐敗公は勝つ負けるの対象ではなく、リアトリスの運命共同体。つまりジュンペイの強さはそのままリアトリスの強さにもなるのだ。
ならば生中で満足してもらっては困る。目指す幸せ生活の理想は高いのだから。
「あんたなら、かる~く国一つ救えるわ。さ、分かったら実践授業その二よ! はりきっていきましょう!」
ふんっと鼻息荒く笑顔で宣言したリアトリスに、ジュンペイはしばし難しい顔をするも……やがて緩く破顔した。
「……うん! 分かった。俺はまだ自分にそんなことできるのか分からないけど。リアトリスが、俺のお嫁さんがそういうなら俺……頑張ってみるよ」
「ふふっ。そう言ってもらえると、嫁冥利。先生冥利につきるわね~」
「もう、二人だけで楽しそうにしないでくださいよ~。未来の愛人として私も混ぜてくださいっ」
「いや愛人てなんだよ!?」
「安心してください。ジュンペイくんとはきっぱり離婚したので、リアトリスさんとの話ですから!」
「そっちのが安心出来ねぇからな!?」
三人の大小凹凸にぎやかな女性三人に、何度目かの置いてけぼりをくらうことになったレーフェルアルセの三人組。彼らは理解が追い付かないながらも、「あ、これこっちの意見は丸々と無視されるやつだな……」という事だけは悟ったようだ。概ねそれであっている。
そして意気揚々と歩きだすリアトリスらを、彼らは諦念が滲む思いでとぼとぼと追うのであった。